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第1章 ■てくれ
ハンラン
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時間は少し前へと遡る。
ボクは突然、後ろから抱きつかれた。感覚的にグラさんだと分かった。
………!!!!!
視界が明るくなり、聴覚は甲高い外界の音を遮断しようと麻痺していた。そんなよく分からない世界の中で優しい温もりだけがボクを不安から逃してくれた。どこか懐かしさを覚え、
「放してくれよ!」
ボクは乱暴に振りほどく。強い倦怠感を感じていたボクは脳ミソ空っぽで動いていた。あまりにもない抵抗と乾きとナニカの焦げの空気、生暖かい液体に違和感を抱き、振り返る。眠気もダルさも吹き飛んだ。
グラさんは口から血を流していた。
「え?」
「良かった。無事で……」
「第一声がそれかよ………」
〈そんなこと他人に言う余裕なんてないくせに……〉
「あぁ………嗚呼!a唖Aゝ!!」
走馬灯かのように、情報が掻き乱れる
〈見たことある?覚えている?忘れたくない?
ナニヲ?ドコデ?ナンデ?
見たくなかった……。覚えていない……。忘れたい……〉
「龍児」
グラさんは瀕死なのに無理して声を出して、手を伸ばす。知らない言葉のはずなのに、どういうわけか身体に馴染んだ。身体の奥が熱い。どことなく懐かしさを……
「1 歳の誕生日おめでとう……」
ボクを優しく撫でながらそう告げる。
記憶が甦る。一致する。理解する。それはパズルのピースが合うかのような感触に似ていたが、その時に得る感情とは相反するものだ。膝から崩れ落ちる……。
そう、思い出した。思い出してしまった。
「なんで今更なんだよ。父さん……」
僕は変えられない現実の前に虚しく切なくそう言った……。
――僕は当たり前のように施設に暮らし、普遍的な才能と、平坦な日常。そんな環境故か無表情、無感情、無欲に限りなく近い性格となった。世界の狭さを体感し、子どもながらに落胆した。
だからこそ、この惑星に期待したくないから、天文学者を志した。
隣にはいつも天才の幼馴染がいた。ルコはあの『カーセ家』に呼ばれることもあり、住む世界の違いを体感した。
劣等感や無力感が実は心の奥にあったのかもしれない。
それでも、胸の内に留めたのはルコには妹のような存在だったのだろう。そう僕にとってかけがえのない親友である。
僕にもチャンスが訪れた。
【土】の『隣人』としての才能が認められたのだ。
この国での【土】のNo.2になれたのだが、正直出番はあまりない。施設内にある憧れの科学チームに入ることができたから何とも言えなくなった。そこでは僕と同じような中途半端な者が集まっており、僕は雑用もとい監視役を任された。
少年たちの体が、精神が折れるさまをただ観ることしかできなかった……。
ずっとずっと観せられたせいか、悲鳴を、叫びを、独白を聴いていたせいか、いつ鬱になっても、いや、なっていたのかもしれない。
そんな時に、亡き妻に会った。
話しやすい雰囲気も、そして何より他人の空似とは言えないほどにルコに似ていた。つい話しかけたのがきっかけだった。
縋るように、懺悔するかのように、心のままに嘆いた。
相手への配慮も礼儀などなく、支離滅裂で、言葉になっていたか怪しい。独白に近いものだった。でも聞いて欲しかった。
僕には荷が重すぎると……。
聖母のように受け止めてくれて、前に押してくれた。彼女がいたから、耐えられた。
僕の泣き言をいじりながらも、優しく接してくれるようになった。科学チームの中で唯一の癒しだった。そんなアイナにひかれていった。
貶す訳ではなく単純に、彼女は僕より才能がなかった。
それでも、彼女が悲観的になることはなかった。
彼女に憧れ、敬い、好きになっていった。
チームに入って約1年、アイナが『カーセ家』に連れていかれそうになった。
僕は偶々その場にいたのだ。【土】でバレないように体を覆い、アイナ奪還を死ぬ気でやった。正直、そこまで考えてなかったが、結果的にと言える。この惑星に絶望した僕が決死の行動に出るなんて僕自身が驚いていた。
アイナを自室で保護して、それでも金や野望のためにも科学チームには通常通り参加した。アイナがチームにいないだけで他は変わりないはずだった。
「……こうも……変わるのか………」
僕の過ごしてきたチームの雰囲気の大半はアイナのものであり、彼女がいなくなると同時にチームの雰囲気は険悪化した。この呟きさえも誰の耳にも届かないほどに……。
「お帰り~」
帰ればアイナが居る。チームの時の方がなんだかんだいたものだから。前までの方がいいのだが、自室に居るのも悪くないと思ってしまう。
「あぁ、ただいま」
「うん。ご飯食べよう♪」
ハッキリ言って僕は料理が好きではなかった。誰が作っても変わらないと思っていたから……。癖の強いソースがまるで主役かのように激しく主張していた。
〈たかが、ごは…………〉
アイナのご飯を食べると自然と涙が零れた。
塞き止めた感情が氾濫するように……。
〈チームに温もりなどない〉
〈子どもたちの心を見殺しにするのはもう……〉
〈アイナはなぜ『カーセ家』に襲われた?〉
〈おれがあいつらをぶちのめ〉
ギュッ
アイナが優しく抱きしめてくれた。情けない……。男女の偏見がいまだ抜けきれない時代遅れ思想のせいか、それは男がすることだと自身の漢気もまた嘆いている。
「大丈夫だよ。あたしも龍成も生きているし、誰も傷ついて欲しくないよ」
僕なんかよりアイナの方がよっぽど強いや……。そう思いながら、僕はアイナからそっと離れた。
〈僕はきっとアイナが好きだ。だが、好意とか、欲とかのエゴでアイナに甘え続け見殺しにするのは……
絶対に間違っている〉
できるだけ冷静になって導いた答えは……。
「僕なんて使えない奴なんかよりもっと頼るべき相手がいるだろ。
僕も探すし、協力するから、君はここにいるべきじゃな!!」
「嫌だ」
「どうしてだよ……。こんなとこ…居れて2ヶ月程度なんだよ……」
「たとえ捕まっても、何なら死のうとも……。最期まであなたといたい」
「命が懸かった、重要な場面で情や欲を選ぶなんて……」
そう言いながらよく分からない涙を流していた。
「そんなの……バカだよ……」
「えへへ。知ってるよ」
ご飯を済ませた後、コーヒーを飲んでゆったりしながら話し始める。
「君は何を言っても一緒に居るというから、妥協案を考えよう」
「おぉ~ありがとう~」
「君のことなんだよ……まったく」
「あ!だったら、子ども産みたい」
ゲッホッゲッホ!
あまりの衝撃でコーヒーが口から零れる。
「もしかして……」
「うん。あの時の♪」
「ごめんなさい。深くお詫び申し上げます」
「いいって、いいって♪アレはあくまで合意のもとだから」
「それでも、とにかくごめんなさい」
「も~大丈夫って言ってるでしょ~」
「『採胚』はしてないのかい?」
「もちろん、して無いよ」
「なっ!!」
この時代では、『採胚』が当たり前すぎて、それをしないことに驚いてしまった。
「だって、できるだけ自然がいいの。確かに菌とかの問題もあるし、難産とかで死ぬリスクもあるけど、科学を支配するどころか、支配されているみたいで好きになれないんだよね。だから、本当の自然の生態系を見たいのに科学にあまり浸食されたくないよ」
これはチームにいた時からよく言っていたことでもある。そういわれてしまっては納得せざるを得ない。
「分かった……。3人で生き残る方法を考えよう」
「おぉ~~」
その日から夜遅くまで2人で語り明かした。しばらくは、これが1日の楽しみとなってしまうのだろうと素直に思った。
それから1週間ほどだろうか、施設で久々の来客が来た。
「久しぶり龍成」
初めて付けたサングラス越しに映ったのは……
「ルコ……」
ルコとは休憩時間を用いて近況を伺った。ルコの環境は平民とは打って変わって、良いものになったらしい。『カーセ家』に襲われているアイナとは反対に、好待遇……。
〈何がしたいんだよ……。『カーセ家』……〉
「私は科学チームの医学分野に入れたんだ。私も『カーセ家』のコネだと思われないように期待以上の成果出すんだから」
「あぁ、頑張れよ……」
悩んでいるせいで顕著に声音に表れる……。
〈こんなつもりじゃ……〉
「……なんか、人間味が増したね」
「!?」
昨日、似たことを言われてサングラスを付け始めたというのに……。そのセリフを思い出す。
《あなたは出会ったころに比べて笑顔が増えたよね♪まぁ代わりに、顔に出やすいから短所ともいえるけど……。あたしは好きだよ。今の方が……》
「そして、何か悩んでるの?」
「ハハハ……。あぁ……。そのとおr」
肯定するためにルコに目を合わせようとした瞬間のことだった。確かな閃き……。
〈攻略法が分かった……!〉
その考えをルコと共有するべく初めての頼みごとをする。
「頼むルコ。君にしか頼めないんだ!」
誠心誠意、頭を下げる。しばしの静寂……。
「…………分かった」
【土】で大きな荷物を隠し、支えて持ち帰った。帰ってすぐにアイナに説明する。
「えぇっと、つ~ま~り??」
一通りアイナに教えたもののしっくりこなかったらしい。
「つまり、僕らの子供を10歳にして成人と認めさせて、他の国なり何なり逃亡すればいい」
「質問~。なぜ子供のままではいけないの?」
「さすがに逃げる際に赤ん坊だったら制御が利かない。つまり、隠れたい時に泣かれでもされたら困る」
「なるほど。じゃあどうやって成長させるの?」
「アイナ、こいつに見覚えはないか?」
持って帰ったブツを見せる。
「なるほど……」
アイナからも納得と許可を貰って作戦内容を確定する。
半月もすれば、子供が産まれ世話には手を焼いた。ルコからはブツを貰っただけに留まらず、防音シートをくれた上、逃走日を聞いて手伝ってくれると言ってくれた。
そんなことを話して約一ヶ月。詳しくはどんな日だっただろうか……。そう、逃走日の前日に事件は起きた。自宅には横たわったアイナと彼女が死して守りたかった龍児を奪われたという事実だけが残っていた。
【土】のNo.1がいなくなり、必然的に【土】のNo.1になったこともあり、処分は自分の子が壊れる様を見せられるという苦行だった。助けることはもちろん、本来の職務以外は罰則。言葉も遅れない。
〈なんて残酷な処分なんだよ……〉
初めにそう思ったが、思った通り、いやそれ以上に不快だった。何度も見てきた『検査室』がより凶悪に、施設がより冷酷に映った。
あの子は必死で足掻いた。その結果、あと一歩のところでアピスに邪魔された。でも、何とか誕生日を祝えたのだ。それだけでも充分僥k…
あぁ……寝てしまったのか。いや、これが夢なのか……?どうでもいい。
目の前に、愛しの妻がいた。
「僕も君の隣にいる資格を得られたかな?」
アイナは僕に微笑んでくれた。僕は満足さ…………――
警報音のようなけたたましい音が鳴っていたが、無視した。そんなことよりグラさんからの最期のメッセージに夢中だった。
父さんとか、龍さんとか色々考えたけど、しっくりくるはグラさんだった。
僕は宣言通り『水の検査室』から屋上にあがっていた。施設の外を見渡した。
施設の外もまた高めの塀で囲まれていた。
太陽光発電の最新型や水力発電、様々な機械があるもののこれらを壊しても、嫌がらせに過ぎず、施設に対するダメージはあまりないと分かった。
「……」
施設の外には、機械以外に平原のようなところもあった。家畜のような動物たちが飼いならされている様はまるで先刻の僕らのようだ。
宙を見上げれば、グラさんが信じた外が文明の光のせいで鈍く光っていた……。
《お前の異能は少なくとも1つじゃない》
グラさんの言葉が甦ったせいで、自然と握り締める左手に力が籠る。そう思い自分が使える異能、状況把握・整理を始める。
〈グラさんの遺志を絶やす訳には……〉
そこまで考えて違和感に気づく、
〈あれ?グラさんの遺志ってなんだ?〉
足が止まる。
〈グラさんは明確に「逃げろ」とも「生きろ」とも言っていない……〉
〈な……に……を……す……れ……ば……?〉
《諦めちゃ駄目だからな!!》
〈『雷の検査室』で言った僕への意思継続の願望?〉
〈僕の意思って……なんだ?〉
――屋上に『神子』がただ呆然と立ち尽くしているようだ。
「なんだ?自殺したいのか?」
視界の端では塀が背を高くしていた。
「逃げるんならまだ間に合うかもしれないぞ?」
塀が籠になるのとそのシステムを知り不可能だと分かった上でそう言う。
「……まぁ巨大電気回路かつ予備やブラフで何人死んだことやら……」
『神子』である龍児は一切反応しなかったが、突如、左手を握りしめ、右手を天へ突き出し、大きく笑う。
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!お前をぶちのめすのが、僕の野望だ!!」
「ククク、その感情がお前のじゃなかったらどうなんだろうな!」
「……」
龍児は警戒しながら耳を傾ける。
「『神子』の異能は不思議だよな。この世に1つ存在し続けている。さらに異能は強力になり続けている。これは成長を示すのでは?と考えられる。そこで、俺はこう仮説を立てた。
『神子』の異能は引き継がれているのではないだろうか?
それによって、『神子』の異能自体に意思が芽生えたのなら、それはお前の意思じゃない。身に覚えがないか?」
龍児は深く黙り込み。ふいに顔を上げ言い切る。
「関係ない。たとえ、僕以外がそう思っていなくても、お前は嫌いだ!!」
そう言って龍児は右手に巨大な竜巻を発生させる。
「オーケー。身に覚えがあると……」
そう言って、アピスもまた戦闘態勢に入る。レールガンを龍児に向け、異能を発動し始める。【風】で周りの空気を局所的に真空にし、【雷】で施設から充電する。無駄なく電気を行き渡らせて独り言ちる
「死んでくれるなよ?実験体」
1分後……。屋上には静寂さが虚しく残った。アピスは肉塊と成り果てたそれを横目に、舌打ちをする。
「チッ……。使えねぇ……」
そう言うや否や激しい激突音。
「!!」
もはや聞こえないようだが、鼓膜を確実に震わせていると分かる。
アピスが上を見た刹那、彼は押し潰されたのだった。そう、施設にめり込む隕石に……――
ボクは突然、後ろから抱きつかれた。感覚的にグラさんだと分かった。
………!!!!!
視界が明るくなり、聴覚は甲高い外界の音を遮断しようと麻痺していた。そんなよく分からない世界の中で優しい温もりだけがボクを不安から逃してくれた。どこか懐かしさを覚え、
「放してくれよ!」
ボクは乱暴に振りほどく。強い倦怠感を感じていたボクは脳ミソ空っぽで動いていた。あまりにもない抵抗と乾きとナニカの焦げの空気、生暖かい液体に違和感を抱き、振り返る。眠気もダルさも吹き飛んだ。
グラさんは口から血を流していた。
「え?」
「良かった。無事で……」
「第一声がそれかよ………」
〈そんなこと他人に言う余裕なんてないくせに……〉
「あぁ………嗚呼!a唖Aゝ!!」
走馬灯かのように、情報が掻き乱れる
〈見たことある?覚えている?忘れたくない?
ナニヲ?ドコデ?ナンデ?
見たくなかった……。覚えていない……。忘れたい……〉
「龍児」
グラさんは瀕死なのに無理して声を出して、手を伸ばす。知らない言葉のはずなのに、どういうわけか身体に馴染んだ。身体の奥が熱い。どことなく懐かしさを……
「1 歳の誕生日おめでとう……」
ボクを優しく撫でながらそう告げる。
記憶が甦る。一致する。理解する。それはパズルのピースが合うかのような感触に似ていたが、その時に得る感情とは相反するものだ。膝から崩れ落ちる……。
そう、思い出した。思い出してしまった。
「なんで今更なんだよ。父さん……」
僕は変えられない現実の前に虚しく切なくそう言った……。
――僕は当たり前のように施設に暮らし、普遍的な才能と、平坦な日常。そんな環境故か無表情、無感情、無欲に限りなく近い性格となった。世界の狭さを体感し、子どもながらに落胆した。
だからこそ、この惑星に期待したくないから、天文学者を志した。
隣にはいつも天才の幼馴染がいた。ルコはあの『カーセ家』に呼ばれることもあり、住む世界の違いを体感した。
劣等感や無力感が実は心の奥にあったのかもしれない。
それでも、胸の内に留めたのはルコには妹のような存在だったのだろう。そう僕にとってかけがえのない親友である。
僕にもチャンスが訪れた。
【土】の『隣人』としての才能が認められたのだ。
この国での【土】のNo.2になれたのだが、正直出番はあまりない。施設内にある憧れの科学チームに入ることができたから何とも言えなくなった。そこでは僕と同じような中途半端な者が集まっており、僕は雑用もとい監視役を任された。
少年たちの体が、精神が折れるさまをただ観ることしかできなかった……。
ずっとずっと観せられたせいか、悲鳴を、叫びを、独白を聴いていたせいか、いつ鬱になっても、いや、なっていたのかもしれない。
そんな時に、亡き妻に会った。
話しやすい雰囲気も、そして何より他人の空似とは言えないほどにルコに似ていた。つい話しかけたのがきっかけだった。
縋るように、懺悔するかのように、心のままに嘆いた。
相手への配慮も礼儀などなく、支離滅裂で、言葉になっていたか怪しい。独白に近いものだった。でも聞いて欲しかった。
僕には荷が重すぎると……。
聖母のように受け止めてくれて、前に押してくれた。彼女がいたから、耐えられた。
僕の泣き言をいじりながらも、優しく接してくれるようになった。科学チームの中で唯一の癒しだった。そんなアイナにひかれていった。
貶す訳ではなく単純に、彼女は僕より才能がなかった。
それでも、彼女が悲観的になることはなかった。
彼女に憧れ、敬い、好きになっていった。
チームに入って約1年、アイナが『カーセ家』に連れていかれそうになった。
僕は偶々その場にいたのだ。【土】でバレないように体を覆い、アイナ奪還を死ぬ気でやった。正直、そこまで考えてなかったが、結果的にと言える。この惑星に絶望した僕が決死の行動に出るなんて僕自身が驚いていた。
アイナを自室で保護して、それでも金や野望のためにも科学チームには通常通り参加した。アイナがチームにいないだけで他は変わりないはずだった。
「……こうも……変わるのか………」
僕の過ごしてきたチームの雰囲気の大半はアイナのものであり、彼女がいなくなると同時にチームの雰囲気は険悪化した。この呟きさえも誰の耳にも届かないほどに……。
「お帰り~」
帰ればアイナが居る。チームの時の方がなんだかんだいたものだから。前までの方がいいのだが、自室に居るのも悪くないと思ってしまう。
「あぁ、ただいま」
「うん。ご飯食べよう♪」
ハッキリ言って僕は料理が好きではなかった。誰が作っても変わらないと思っていたから……。癖の強いソースがまるで主役かのように激しく主張していた。
〈たかが、ごは…………〉
アイナのご飯を食べると自然と涙が零れた。
塞き止めた感情が氾濫するように……。
〈チームに温もりなどない〉
〈子どもたちの心を見殺しにするのはもう……〉
〈アイナはなぜ『カーセ家』に襲われた?〉
〈おれがあいつらをぶちのめ〉
ギュッ
アイナが優しく抱きしめてくれた。情けない……。男女の偏見がいまだ抜けきれない時代遅れ思想のせいか、それは男がすることだと自身の漢気もまた嘆いている。
「大丈夫だよ。あたしも龍成も生きているし、誰も傷ついて欲しくないよ」
僕なんかよりアイナの方がよっぽど強いや……。そう思いながら、僕はアイナからそっと離れた。
〈僕はきっとアイナが好きだ。だが、好意とか、欲とかのエゴでアイナに甘え続け見殺しにするのは……
絶対に間違っている〉
できるだけ冷静になって導いた答えは……。
「僕なんて使えない奴なんかよりもっと頼るべき相手がいるだろ。
僕も探すし、協力するから、君はここにいるべきじゃな!!」
「嫌だ」
「どうしてだよ……。こんなとこ…居れて2ヶ月程度なんだよ……」
「たとえ捕まっても、何なら死のうとも……。最期まであなたといたい」
「命が懸かった、重要な場面で情や欲を選ぶなんて……」
そう言いながらよく分からない涙を流していた。
「そんなの……バカだよ……」
「えへへ。知ってるよ」
ご飯を済ませた後、コーヒーを飲んでゆったりしながら話し始める。
「君は何を言っても一緒に居るというから、妥協案を考えよう」
「おぉ~ありがとう~」
「君のことなんだよ……まったく」
「あ!だったら、子ども産みたい」
ゲッホッゲッホ!
あまりの衝撃でコーヒーが口から零れる。
「もしかして……」
「うん。あの時の♪」
「ごめんなさい。深くお詫び申し上げます」
「いいって、いいって♪アレはあくまで合意のもとだから」
「それでも、とにかくごめんなさい」
「も~大丈夫って言ってるでしょ~」
「『採胚』はしてないのかい?」
「もちろん、して無いよ」
「なっ!!」
この時代では、『採胚』が当たり前すぎて、それをしないことに驚いてしまった。
「だって、できるだけ自然がいいの。確かに菌とかの問題もあるし、難産とかで死ぬリスクもあるけど、科学を支配するどころか、支配されているみたいで好きになれないんだよね。だから、本当の自然の生態系を見たいのに科学にあまり浸食されたくないよ」
これはチームにいた時からよく言っていたことでもある。そういわれてしまっては納得せざるを得ない。
「分かった……。3人で生き残る方法を考えよう」
「おぉ~~」
その日から夜遅くまで2人で語り明かした。しばらくは、これが1日の楽しみとなってしまうのだろうと素直に思った。
それから1週間ほどだろうか、施設で久々の来客が来た。
「久しぶり龍成」
初めて付けたサングラス越しに映ったのは……
「ルコ……」
ルコとは休憩時間を用いて近況を伺った。ルコの環境は平民とは打って変わって、良いものになったらしい。『カーセ家』に襲われているアイナとは反対に、好待遇……。
〈何がしたいんだよ……。『カーセ家』……〉
「私は科学チームの医学分野に入れたんだ。私も『カーセ家』のコネだと思われないように期待以上の成果出すんだから」
「あぁ、頑張れよ……」
悩んでいるせいで顕著に声音に表れる……。
〈こんなつもりじゃ……〉
「……なんか、人間味が増したね」
「!?」
昨日、似たことを言われてサングラスを付け始めたというのに……。そのセリフを思い出す。
《あなたは出会ったころに比べて笑顔が増えたよね♪まぁ代わりに、顔に出やすいから短所ともいえるけど……。あたしは好きだよ。今の方が……》
「そして、何か悩んでるの?」
「ハハハ……。あぁ……。そのとおr」
肯定するためにルコに目を合わせようとした瞬間のことだった。確かな閃き……。
〈攻略法が分かった……!〉
その考えをルコと共有するべく初めての頼みごとをする。
「頼むルコ。君にしか頼めないんだ!」
誠心誠意、頭を下げる。しばしの静寂……。
「…………分かった」
【土】で大きな荷物を隠し、支えて持ち帰った。帰ってすぐにアイナに説明する。
「えぇっと、つ~ま~り??」
一通りアイナに教えたもののしっくりこなかったらしい。
「つまり、僕らの子供を10歳にして成人と認めさせて、他の国なり何なり逃亡すればいい」
「質問~。なぜ子供のままではいけないの?」
「さすがに逃げる際に赤ん坊だったら制御が利かない。つまり、隠れたい時に泣かれでもされたら困る」
「なるほど。じゃあどうやって成長させるの?」
「アイナ、こいつに見覚えはないか?」
持って帰ったブツを見せる。
「なるほど……」
アイナからも納得と許可を貰って作戦内容を確定する。
半月もすれば、子供が産まれ世話には手を焼いた。ルコからはブツを貰っただけに留まらず、防音シートをくれた上、逃走日を聞いて手伝ってくれると言ってくれた。
そんなことを話して約一ヶ月。詳しくはどんな日だっただろうか……。そう、逃走日の前日に事件は起きた。自宅には横たわったアイナと彼女が死して守りたかった龍児を奪われたという事実だけが残っていた。
【土】のNo.1がいなくなり、必然的に【土】のNo.1になったこともあり、処分は自分の子が壊れる様を見せられるという苦行だった。助けることはもちろん、本来の職務以外は罰則。言葉も遅れない。
〈なんて残酷な処分なんだよ……〉
初めにそう思ったが、思った通り、いやそれ以上に不快だった。何度も見てきた『検査室』がより凶悪に、施設がより冷酷に映った。
あの子は必死で足掻いた。その結果、あと一歩のところでアピスに邪魔された。でも、何とか誕生日を祝えたのだ。それだけでも充分僥k…
あぁ……寝てしまったのか。いや、これが夢なのか……?どうでもいい。
目の前に、愛しの妻がいた。
「僕も君の隣にいる資格を得られたかな?」
アイナは僕に微笑んでくれた。僕は満足さ…………――
警報音のようなけたたましい音が鳴っていたが、無視した。そんなことよりグラさんからの最期のメッセージに夢中だった。
父さんとか、龍さんとか色々考えたけど、しっくりくるはグラさんだった。
僕は宣言通り『水の検査室』から屋上にあがっていた。施設の外を見渡した。
施設の外もまた高めの塀で囲まれていた。
太陽光発電の最新型や水力発電、様々な機械があるもののこれらを壊しても、嫌がらせに過ぎず、施設に対するダメージはあまりないと分かった。
「……」
施設の外には、機械以外に平原のようなところもあった。家畜のような動物たちが飼いならされている様はまるで先刻の僕らのようだ。
宙を見上げれば、グラさんが信じた外が文明の光のせいで鈍く光っていた……。
《お前の異能は少なくとも1つじゃない》
グラさんの言葉が甦ったせいで、自然と握り締める左手に力が籠る。そう思い自分が使える異能、状況把握・整理を始める。
〈グラさんの遺志を絶やす訳には……〉
そこまで考えて違和感に気づく、
〈あれ?グラさんの遺志ってなんだ?〉
足が止まる。
〈グラさんは明確に「逃げろ」とも「生きろ」とも言っていない……〉
〈な……に……を……す……れ……ば……?〉
《諦めちゃ駄目だからな!!》
〈『雷の検査室』で言った僕への意思継続の願望?〉
〈僕の意思って……なんだ?〉
――屋上に『神子』がただ呆然と立ち尽くしているようだ。
「なんだ?自殺したいのか?」
視界の端では塀が背を高くしていた。
「逃げるんならまだ間に合うかもしれないぞ?」
塀が籠になるのとそのシステムを知り不可能だと分かった上でそう言う。
「……まぁ巨大電気回路かつ予備やブラフで何人死んだことやら……」
『神子』である龍児は一切反応しなかったが、突如、左手を握りしめ、右手を天へ突き出し、大きく笑う。
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!お前をぶちのめすのが、僕の野望だ!!」
「ククク、その感情がお前のじゃなかったらどうなんだろうな!」
「……」
龍児は警戒しながら耳を傾ける。
「『神子』の異能は不思議だよな。この世に1つ存在し続けている。さらに異能は強力になり続けている。これは成長を示すのでは?と考えられる。そこで、俺はこう仮説を立てた。
『神子』の異能は引き継がれているのではないだろうか?
それによって、『神子』の異能自体に意思が芽生えたのなら、それはお前の意思じゃない。身に覚えがないか?」
龍児は深く黙り込み。ふいに顔を上げ言い切る。
「関係ない。たとえ、僕以外がそう思っていなくても、お前は嫌いだ!!」
そう言って龍児は右手に巨大な竜巻を発生させる。
「オーケー。身に覚えがあると……」
そう言って、アピスもまた戦闘態勢に入る。レールガンを龍児に向け、異能を発動し始める。【風】で周りの空気を局所的に真空にし、【雷】で施設から充電する。無駄なく電気を行き渡らせて独り言ちる
「死んでくれるなよ?実験体」
1分後……。屋上には静寂さが虚しく残った。アピスは肉塊と成り果てたそれを横目に、舌打ちをする。
「チッ……。使えねぇ……」
そう言うや否や激しい激突音。
「!!」
もはや聞こえないようだが、鼓膜を確実に震わせていると分かる。
アピスが上を見た刹那、彼は押し潰されたのだった。そう、施設にめり込む隕石に……――
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