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第1章 ■てくれ
最初で最期のフィジカルバトル
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――sideとある『隣人』
少年は、抗った。謎の施設。謎の検査。謎の生活。頭が狂いそうになりながらも施設から出る方法を模索する。使えるものを活かした反抗計画とその結末は……この様である。
「くっそ!畜生がぁ!!」
少年らは足を失ったものの、【風】の異能で浮遊して逃走を謀った。
「おい!俺たちならまだやれただろっ!」
「落ち着いてよ!こっちの対策もしっかりしている。あの人数なら無理矢理突破もできなかった。とりあえず、引くしかなかったよ」
リーダー的な存在は激昂していたが、頭の良さそうな少年は辛うじて冷静だった。
だが……
「うるせぇ!どうせ飼い殺されるくらいなら、殺すんだ!!」
「……チッ。だから、脱出計画にしようって言ったのに……」
脳筋と頭脳派の相性は想定外の事態によって険悪化し、計画は難航していた。気弱そうな少女が助け舟を出すかのように尋ねる。
「あの……、どこに逃げるの?」
「それは『検査室』さ。『風の検査室』のガラスならきっと破れる」
頭の良さそうな少年は冷静だった。だからホントは気付いている。興奮のあまり逆に冷静になっていると思いたいようだが、目を逸らしているに過ぎない。
実現度の非常に高い現実を見ないがために……。
どう足掻いても、少年らを待ち受けるのは、死しかなかった。大量出血によるショック死か、単純な失血死か、はたまた別か。『風の検査室』に入ると少年らは諦念に至る。自分以上に異能を操る大人がいるのだ。
格上の存在……。
少年は死神の足音を肌に感じずにいられない――
☆side??
ボクは倉庫で物色していた。時と場所がそうなら泥棒にも見えるだろう。
<この行為は罪になるんかな……。ま、攫われてる身だ、あっちが悪い>
そんなことを考えていると、ふと『隣人』たちのことを思い出す。
<あいつらは馬鹿だよな>
素直にそう思った。状態を把握しきれてない奴がここで生き残るはずがない。それを分かっていたからだ。そう考えながら足をさする。
〈足の異物に気づかない時点で勝ち目はない〉
そう結論を出しながら『異能』を制御している。ボクは今、4つの対象に『異能』を発動していた。
❶【雷】による停電。施設内の『電気』回路の妨害。
❷【風】による空間把握の範囲拡張
あと……。
無言で、粛々と作業をこなしていると、廊下から足音がした。感知を潜り抜けてそこにいることを意味していた。息を殺して、できる限り陰に溶け込んだ。突然倉庫に入った人影は高らかと言い放つ。
「『隣人』は案の定、ただの狂犬にすぎない。問題はお前だよな?把握かってるぜ?そこにいるのは…………
『神子』ちゃんよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
まるで狂ったかのように筒状のものからナニかを乱暴に放ちだす。それは一見、無作為に、脳死で、撃ってるように見えるのだが、よくよく見ると、その射線はボクのところを追い詰めるように、逃げ場を失くすように撃たれているものだと分かる。
「なぜ分かった?」
どうせ確信をもって追い詰めているのだ。下手に神経を逆撫でするよりも、行為のための時間稼ぎで会話をした方が賢明だと判断した。だから、ボクは静かにそう切り出した。ピアス野郎は撃つのを休め、こちらを挑発するかのような口調で返す。
「それはお前の場所か?それとも、行動か?」
「……」
キッチンのようなところに身を潜めながら、感情を悟られないように押し黙る。
<どこまで知ってやがる……>
内心汗をかきながらピアス野郎の返答を待った。
「まぁ、答えてやるよ。お前は『神子』だろ?」
<隠していたつもりだったんだが……>
「お前はどうせ、『隣人』たちの計画も知っていたんだろ?」
<はっ……。当たりだよ>
「その上で見捨てた」
<っ………!>
「俺がお前でも、そうしている。お前はその時点で、俺と本性一緒だろ……」
<お前にだけは………!!>
「自分のために他者の命を利用する。なぁ…、どこが違うんだ?」
「一緒にすんな!」
つい感情的になって叫んでしまったが、冷静さを取り戻すべく話を持ちかける。
「……。おい、答えになってないぞ……」
「そうでもないと思うがな。お前が『神子』だと言うのは、確信に近い勘だ」
<異能のひた隠しは無意味ってか……>
「俺がお前なら、そうする」
<……!あぁ、それでか>
どこか納得がいった。心や行動が読まれるのも、激しい憎悪を抱くのも……。
〈似た者同士ってことか………〉
ボクは静かに腰を上げた。
――sideアピス
ゴーグルの奥から『神子』の様子を注視しする。だが、それでも視野は狭くするわけじゃない。注意力を分割するだけだ。
「大人しく俺らに従ってくれないか?」
パシャーン!
返事は液体で帰ってくる。背後から襲うなんて想定内…【風】で一薙ぎで終わり。
「子ども騙しなど効くとくと思ったn!?」
バッシャン!!ドコッォ!
「……くっ…」
目の前から襲ってきた液体が秘めた運動エネルギーと、いつの間にか足元を埋め尽くすヌメり。摩擦なんてないに等しく、なすすべもなく廊下の壁に運ばれる。
「…油か…」
<やられたな>
意識を失わずに倉庫の状況を警戒し、すぐに態勢を立て直した。倉庫から『神子』が俺の頭上を飛び越える。
「そのくらい、予想できるぜ!?」
慣れた手つきでレールガンの照準を合わせる……。刹那、閃光が目を焼く。
「チッ!」
出鱈目に放ったソレがあたるはずもなく、視界の端には廊下を駆ける『神子』の後ろ姿があった。
「待t」
そこで気付く、その逃げ方の違和感を……そこでナニヲしようとただの爆心地と化すだけだった――
☆side??
ボクは廊下で走りながら後方の爆風を追い風に変えて加速した。
<さっきの攻防の流れはこうだ。
①【雷】、【風】の2つの異能以外に【水】と【土】を携帯していた。
②倉庫でガスを漏らさせ、サラダ『油』を零し気づかれないように散布(【水】で簡易カッターを作ってガス管を傷つけ)
③持っていた【水】でピアス野郎を後ろから、【油】を前から挟み撃ち。
④廊下に飛ばされた奴の頭上の電灯を【雷】で弄る。(まず、点灯。奴は恐らく暗視ゴーグルの機能があるのなら効果は絶大だ)
⑤離れてから電灯の電気回路に漏電を引き起こし、それがガスや『油』で引火・爆発を生む。
正直、なによりも問題なのは、あのレールガンである。レールガンは大量の『電気』を使うが故に、停電した今、使用不可だと思っていた。通常では巨大発電装置が必須だ。だからあんなにコンパクトかつ連発できるのは信じ難い。それこそ、異能を使わないと……。
……今さらになって、最悪の可能性に気づいた。ボクは『神子』だ。そして、ここの施設の大人はすべて『隣人』なのだろうか?もしそうなら、たとえこっちが上位互換でも、数が揃えば……>
無言で、爆【風】を制御し効率よく加速する。
その可能性が視えたからだろうか……。
嫌な思考回路は簡単には止まらない。自問自答で自分が追い込まれる。
〈このまま何処に行くつもりだ?〉〈『検査室』〉
〈逃げられるのか?〉〈分からない〉
〈出ても幸せとは限らないだろ?〉〈あぁそうだよ…〉
〈半日後、生きてられるのか?〉〈生きては、いられる。たぶん、肉体的に……。あいつらが『神子』を簡単に手放すと思えない〉
〈だからって死なないと思っているのか?〉〈………〉
反射的にピアス野郎の下卑たる笑みが浮かび上がる。
<あいつはもういな……>
心のどこかで考えないようにしていた。奴が生き残る可能性を……。そしてなにより、他の大人がピアス野郎のように腐っているかもしれない。
<あのグラさんでさえ……>
息が切れた。成長しても、虚弱体質のままで、ボクは体力がないのだ。【風】の恩恵あってもこのレベルなのだ。それのせいだろうか。ボクは……。
逃げることにした。
凍え死にそうな心を生かすために……。思考を、確率を、未来を放棄した。今以外に選択肢はなかったと断言するように意気込んだ自分は小さく縮こまっている。この走りがただの敗走でないと思いたいがために…、進むしかないのだ。
<奴を相手して、他の敵に捕まったら意味がない>
<あそこで戦っても不利だ。戦略的撤退だ>
それらが言い訳なのかもしれないことに、何とも言えない気持ちを胸に秘めていた。
「おい、なんだあれ!」
前方には大人たちがいた。戦いはいい。煩わしい思考を放棄できる。体を低くし足に力を込めていく……。
「おとなしくしろ!」
大人たちはボクを狙って発砲を始める。そうそう。まえに言った『周りの動きが視える目』のことだが、健在している。仮に【流眼】と呼ぶそれは、武人の眼に近い働きをする。
「遅いよ……」
あまりの遅さについ呟くのだが、何を隠そう、ゆっくり視えるのだ。銃弾すらもゆっくり視えるのは、日々行った武人とのタイマンも無駄ではなかったのだろう。線上の攻撃は単調で読みやすく、それが多少交差しようが余裕で躱せる。
<この柔軟な身体を今発揮するのだ>
避けられないものは【砂】の盾で受け流した。またしても飛翔する。
「こっちを見やがれ!」
先程と同じ作戦だ。暗視ゴーグルの天敵、閃光!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!目がっ!」
あっと言う間に大人たちを薙ぎ倒し、『食堂』らしき場所を通り越して、ボクは肩で息をしながら、歩みを止めない。
<ここで止まるわけにはいかない……!>
追い【風】を半ば無意識に強くする。一直線の廊下もそろそろ端が見えてきた。目的の『検査室』の直前で人影が3つ現れた。
「なっ!『神子』!?」
1人の男はそう言いながらボクの【風】を緩めた。
〈『隣人』か!!〉
恐れた相手が出てきてしまった。完全じゃないとは言え、打ち消された。
「ウォーター☆ストリーム」
流れるようにボクの懐に入り込み、【水】を発動されたようだ。
「かっ…は………っ!」
ボクは相変わらず弱いまま、一撃でこの様だ。
「ふむ。我のダメージを軽減しよった。やるねぇ!」
〈勝てるか?〉
扱いの慣れた大人3人に対して、疲弊し元々虚弱体質の子ども。壁に打ち付けられた自分の姿を想像するだけで、惨めだ。だが、勝機はある。
『大人』たちはこっちの気持ちも知らずに、会話をし始める。
「こいつ『親和力』高くないか?」
<『親和力』?>
疑問を解消しようと、勝手に『引用』される。
[親和力…『神子』や『隣人』の妖精との相性度合いを指す。これによって、異能の対象物への効力の優先度が決まる。一般に『神子』が基本的に最上級の親和力を持つが、慣れ親しんだ妖精は多少の贔屓をするらしい。例えば、ずっと水槽でも抱えて生きたならば、親和力はその水に限り、最上級となるといった仮説がある]
<誰も言わなきゃ知るわけないだろ…、クソが……>
「そりゃあ……『神子』だからな………」
「ふーむ。神の子!破れたり!!」
「まぁ、さっさと捕獲しちゃおうか」
『風の大人』が飄々とボクに近づく……。気絶したフリをして、ボクは近くにいた2人に攻撃を仕掛けた。
「早っ!?」
「ぐはぁ!」
『風の大人』はなんとか躱し『水の大人』はモロ、顎に食らい倒れた。【砂】を球のようにした塊で【風】で加速させたのだ。残念ながら、『風の大人』はそれを反射で【風】を緩和してきたのだ。
「危なかっt!」
そう、終わりではないのだ。立て続け襲う【水】は『ダサオ』が纏っていたものだ。
ブワァア!
そいつの【風】によって【水】はかき消される。
<こっちが本命さ!>
【風】でサポートしながら『ダサオ』を投げ飛ばす。
つもりだった……
「惜しかったな。もう、勝機はない」
『ダサオ』は空中に固定されたように動かない。
〈終わった………〉
全身にも圧を感じる…。視線をゆっくり上げると、眼が合う。悲し気に揺蕩う『風の大人』の眼が、ボクに敗北を理解させる。瞬間、感情は絶望一色に染まる。
「……!!」
動くのをやめたからか、希望を失ってか、身体を急激にダルさが襲う。
<…限界なのか……?>
頭の中で感情が渦巻く。
<神がもしいるなら、ボクの人生は贖罪で、努力も、気持ちも、懸けたもの全てが無意味だって言うのか?>
視界から色が、音が消えていk
「……。すまない………」
「!!…どぅ…して……」
最後の1人が申し訳なさそうに囁くと同時に、『風の大人』はふっ飛ばされる。【土】の塊が『風の大人』を襲い、今では廊下の隅で拘束されている。肉体的にも、精神的にも疲れ過ぎているせいで、自分の身体を支える力は残ってなかった。
ドッサァ……
『ダサオ』の体は放し、崩れ落ちそうになった身体に鞭をうち床に手をつく、なんとか顔を上げて思ったことを零す。
「……そういうとこなんだよ………なぁ、あんたの気持ちを教えてくれよ」
上げて落とすことで定評のあるグラサンである。
「もう君の味方なんだ。信じてくれ……」
分からない。分からない。明確な優しさが初めてのせいか、涙が止まらなかった。頭ではもう捨てたと思っていた感情が……。優しさに浸されて元に戻ったような感覚を覚えた。
ぽとぽと……
優しさのせいか、涙が止まらなかった。視界がはっきりせず、思考が纏まらない。
「2人でまた暮らそう。今度こそ守り抜くからっ……!」
グラさんはボクに手を差し伸べた。その手を取ることはできなかった。
「……。とにかく、この研究施設から出よう」
「リューセーさん!裏切るんですか!?」
グラさんたちが出てきた『風の検査室』の中にいた大人から話しかけられる。検査室の中には子どもを見つける。その子らはボロボロではあれど、手、足には目立った外傷はなかった。
「悪い、もう施設に従うつもりはない!」
グラさんはやはり【土】の『隣人』であるようだ。
「ちょっ!リュウs!」
グラさんの纏った『土』の一部をその入り口を塞ぐ。その様子を横目に見やり、廊下の壁にもたれかかるように進む。
<『水の検査室』に行けば、水圧で壁を破れるかもしれない>
<できなくても応用が利く上、水を飲めば最悪、状況把握を深められる>
「待ってくれ!」
<グラさんに頼ってはいけない。理解できないから。戦意を感じないから戦う必要がない>
そう考え、グラさんを無視して進むと後ろから新たな提案をしてきた。
「僕の権限はまだ有効のはず。この混乱に乗じて脱出しy!!!」
そこまで言われたところだった。突然、後ろから抱きつかれた。
………!!!!!
視界が明るくなり、聴覚は甲高い外界の音を遮断しようと麻痺していた。そんなよく分からない世界の中で優しい温もりだけがボクを不安から逃してくれた。どこか懐かしさを憶え…、ボクは………
――sideアピス
長い廊下を歩き、撃った惨状を見やり鼻で笑う。
「はぁ……。溜め有りとは言えこの威力……我ながら惚れ惚れするぜ」
俺は同僚だった遺体や大量砂の上に立ち、目当てのそいつを見下す……。こちらに気付いてないようだ。優しい俺は『神子』に明るく声をかける。
「よう。『神子』!大人しくする気になったか?」
『神子』は俯き、時折、嗚咽を零しながら吐き捨てる。
「『神』の子じゃない……」
強く拳を握りしめ、俺を睨みつけて言い放つ。
「『龍』の児だ!!」
俺は『神子』の変貌を満足気に笑って返す――
少年は、抗った。謎の施設。謎の検査。謎の生活。頭が狂いそうになりながらも施設から出る方法を模索する。使えるものを活かした反抗計画とその結末は……この様である。
「くっそ!畜生がぁ!!」
少年らは足を失ったものの、【風】の異能で浮遊して逃走を謀った。
「おい!俺たちならまだやれただろっ!」
「落ち着いてよ!こっちの対策もしっかりしている。あの人数なら無理矢理突破もできなかった。とりあえず、引くしかなかったよ」
リーダー的な存在は激昂していたが、頭の良さそうな少年は辛うじて冷静だった。
だが……
「うるせぇ!どうせ飼い殺されるくらいなら、殺すんだ!!」
「……チッ。だから、脱出計画にしようって言ったのに……」
脳筋と頭脳派の相性は想定外の事態によって険悪化し、計画は難航していた。気弱そうな少女が助け舟を出すかのように尋ねる。
「あの……、どこに逃げるの?」
「それは『検査室』さ。『風の検査室』のガラスならきっと破れる」
頭の良さそうな少年は冷静だった。だからホントは気付いている。興奮のあまり逆に冷静になっていると思いたいようだが、目を逸らしているに過ぎない。
実現度の非常に高い現実を見ないがために……。
どう足掻いても、少年らを待ち受けるのは、死しかなかった。大量出血によるショック死か、単純な失血死か、はたまた別か。『風の検査室』に入ると少年らは諦念に至る。自分以上に異能を操る大人がいるのだ。
格上の存在……。
少年は死神の足音を肌に感じずにいられない――
☆side??
ボクは倉庫で物色していた。時と場所がそうなら泥棒にも見えるだろう。
<この行為は罪になるんかな……。ま、攫われてる身だ、あっちが悪い>
そんなことを考えていると、ふと『隣人』たちのことを思い出す。
<あいつらは馬鹿だよな>
素直にそう思った。状態を把握しきれてない奴がここで生き残るはずがない。それを分かっていたからだ。そう考えながら足をさする。
〈足の異物に気づかない時点で勝ち目はない〉
そう結論を出しながら『異能』を制御している。ボクは今、4つの対象に『異能』を発動していた。
❶【雷】による停電。施設内の『電気』回路の妨害。
❷【風】による空間把握の範囲拡張
あと……。
無言で、粛々と作業をこなしていると、廊下から足音がした。感知を潜り抜けてそこにいることを意味していた。息を殺して、できる限り陰に溶け込んだ。突然倉庫に入った人影は高らかと言い放つ。
「『隣人』は案の定、ただの狂犬にすぎない。問題はお前だよな?把握かってるぜ?そこにいるのは…………
『神子』ちゃんよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
まるで狂ったかのように筒状のものからナニかを乱暴に放ちだす。それは一見、無作為に、脳死で、撃ってるように見えるのだが、よくよく見ると、その射線はボクのところを追い詰めるように、逃げ場を失くすように撃たれているものだと分かる。
「なぜ分かった?」
どうせ確信をもって追い詰めているのだ。下手に神経を逆撫でするよりも、行為のための時間稼ぎで会話をした方が賢明だと判断した。だから、ボクは静かにそう切り出した。ピアス野郎は撃つのを休め、こちらを挑発するかのような口調で返す。
「それはお前の場所か?それとも、行動か?」
「……」
キッチンのようなところに身を潜めながら、感情を悟られないように押し黙る。
<どこまで知ってやがる……>
内心汗をかきながらピアス野郎の返答を待った。
「まぁ、答えてやるよ。お前は『神子』だろ?」
<隠していたつもりだったんだが……>
「お前はどうせ、『隣人』たちの計画も知っていたんだろ?」
<はっ……。当たりだよ>
「その上で見捨てた」
<っ………!>
「俺がお前でも、そうしている。お前はその時点で、俺と本性一緒だろ……」
<お前にだけは………!!>
「自分のために他者の命を利用する。なぁ…、どこが違うんだ?」
「一緒にすんな!」
つい感情的になって叫んでしまったが、冷静さを取り戻すべく話を持ちかける。
「……。おい、答えになってないぞ……」
「そうでもないと思うがな。お前が『神子』だと言うのは、確信に近い勘だ」
<異能のひた隠しは無意味ってか……>
「俺がお前なら、そうする」
<……!あぁ、それでか>
どこか納得がいった。心や行動が読まれるのも、激しい憎悪を抱くのも……。
〈似た者同士ってことか………〉
ボクは静かに腰を上げた。
――sideアピス
ゴーグルの奥から『神子』の様子を注視しする。だが、それでも視野は狭くするわけじゃない。注意力を分割するだけだ。
「大人しく俺らに従ってくれないか?」
パシャーン!
返事は液体で帰ってくる。背後から襲うなんて想定内…【風】で一薙ぎで終わり。
「子ども騙しなど効くとくと思ったn!?」
バッシャン!!ドコッォ!
「……くっ…」
目の前から襲ってきた液体が秘めた運動エネルギーと、いつの間にか足元を埋め尽くすヌメり。摩擦なんてないに等しく、なすすべもなく廊下の壁に運ばれる。
「…油か…」
<やられたな>
意識を失わずに倉庫の状況を警戒し、すぐに態勢を立て直した。倉庫から『神子』が俺の頭上を飛び越える。
「そのくらい、予想できるぜ!?」
慣れた手つきでレールガンの照準を合わせる……。刹那、閃光が目を焼く。
「チッ!」
出鱈目に放ったソレがあたるはずもなく、視界の端には廊下を駆ける『神子』の後ろ姿があった。
「待t」
そこで気付く、その逃げ方の違和感を……そこでナニヲしようとただの爆心地と化すだけだった――
☆side??
ボクは廊下で走りながら後方の爆風を追い風に変えて加速した。
<さっきの攻防の流れはこうだ。
①【雷】、【風】の2つの異能以外に【水】と【土】を携帯していた。
②倉庫でガスを漏らさせ、サラダ『油』を零し気づかれないように散布(【水】で簡易カッターを作ってガス管を傷つけ)
③持っていた【水】でピアス野郎を後ろから、【油】を前から挟み撃ち。
④廊下に飛ばされた奴の頭上の電灯を【雷】で弄る。(まず、点灯。奴は恐らく暗視ゴーグルの機能があるのなら効果は絶大だ)
⑤離れてから電灯の電気回路に漏電を引き起こし、それがガスや『油』で引火・爆発を生む。
正直、なによりも問題なのは、あのレールガンである。レールガンは大量の『電気』を使うが故に、停電した今、使用不可だと思っていた。通常では巨大発電装置が必須だ。だからあんなにコンパクトかつ連発できるのは信じ難い。それこそ、異能を使わないと……。
……今さらになって、最悪の可能性に気づいた。ボクは『神子』だ。そして、ここの施設の大人はすべて『隣人』なのだろうか?もしそうなら、たとえこっちが上位互換でも、数が揃えば……>
無言で、爆【風】を制御し効率よく加速する。
その可能性が視えたからだろうか……。
嫌な思考回路は簡単には止まらない。自問自答で自分が追い込まれる。
〈このまま何処に行くつもりだ?〉〈『検査室』〉
〈逃げられるのか?〉〈分からない〉
〈出ても幸せとは限らないだろ?〉〈あぁそうだよ…〉
〈半日後、生きてられるのか?〉〈生きては、いられる。たぶん、肉体的に……。あいつらが『神子』を簡単に手放すと思えない〉
〈だからって死なないと思っているのか?〉〈………〉
反射的にピアス野郎の下卑たる笑みが浮かび上がる。
<あいつはもういな……>
心のどこかで考えないようにしていた。奴が生き残る可能性を……。そしてなにより、他の大人がピアス野郎のように腐っているかもしれない。
<あのグラさんでさえ……>
息が切れた。成長しても、虚弱体質のままで、ボクは体力がないのだ。【風】の恩恵あってもこのレベルなのだ。それのせいだろうか。ボクは……。
逃げることにした。
凍え死にそうな心を生かすために……。思考を、確率を、未来を放棄した。今以外に選択肢はなかったと断言するように意気込んだ自分は小さく縮こまっている。この走りがただの敗走でないと思いたいがために…、進むしかないのだ。
<奴を相手して、他の敵に捕まったら意味がない>
<あそこで戦っても不利だ。戦略的撤退だ>
それらが言い訳なのかもしれないことに、何とも言えない気持ちを胸に秘めていた。
「おい、なんだあれ!」
前方には大人たちがいた。戦いはいい。煩わしい思考を放棄できる。体を低くし足に力を込めていく……。
「おとなしくしろ!」
大人たちはボクを狙って発砲を始める。そうそう。まえに言った『周りの動きが視える目』のことだが、健在している。仮に【流眼】と呼ぶそれは、武人の眼に近い働きをする。
「遅いよ……」
あまりの遅さについ呟くのだが、何を隠そう、ゆっくり視えるのだ。銃弾すらもゆっくり視えるのは、日々行った武人とのタイマンも無駄ではなかったのだろう。線上の攻撃は単調で読みやすく、それが多少交差しようが余裕で躱せる。
<この柔軟な身体を今発揮するのだ>
避けられないものは【砂】の盾で受け流した。またしても飛翔する。
「こっちを見やがれ!」
先程と同じ作戦だ。暗視ゴーグルの天敵、閃光!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!目がっ!」
あっと言う間に大人たちを薙ぎ倒し、『食堂』らしき場所を通り越して、ボクは肩で息をしながら、歩みを止めない。
<ここで止まるわけにはいかない……!>
追い【風】を半ば無意識に強くする。一直線の廊下もそろそろ端が見えてきた。目的の『検査室』の直前で人影が3つ現れた。
「なっ!『神子』!?」
1人の男はそう言いながらボクの【風】を緩めた。
〈『隣人』か!!〉
恐れた相手が出てきてしまった。完全じゃないとは言え、打ち消された。
「ウォーター☆ストリーム」
流れるようにボクの懐に入り込み、【水】を発動されたようだ。
「かっ…は………っ!」
ボクは相変わらず弱いまま、一撃でこの様だ。
「ふむ。我のダメージを軽減しよった。やるねぇ!」
〈勝てるか?〉
扱いの慣れた大人3人に対して、疲弊し元々虚弱体質の子ども。壁に打ち付けられた自分の姿を想像するだけで、惨めだ。だが、勝機はある。
『大人』たちはこっちの気持ちも知らずに、会話をし始める。
「こいつ『親和力』高くないか?」
<『親和力』?>
疑問を解消しようと、勝手に『引用』される。
[親和力…『神子』や『隣人』の妖精との相性度合いを指す。これによって、異能の対象物への効力の優先度が決まる。一般に『神子』が基本的に最上級の親和力を持つが、慣れ親しんだ妖精は多少の贔屓をするらしい。例えば、ずっと水槽でも抱えて生きたならば、親和力はその水に限り、最上級となるといった仮説がある]
<誰も言わなきゃ知るわけないだろ…、クソが……>
「そりゃあ……『神子』だからな………」
「ふーむ。神の子!破れたり!!」
「まぁ、さっさと捕獲しちゃおうか」
『風の大人』が飄々とボクに近づく……。気絶したフリをして、ボクは近くにいた2人に攻撃を仕掛けた。
「早っ!?」
「ぐはぁ!」
『風の大人』はなんとか躱し『水の大人』はモロ、顎に食らい倒れた。【砂】を球のようにした塊で【風】で加速させたのだ。残念ながら、『風の大人』はそれを反射で【風】を緩和してきたのだ。
「危なかっt!」
そう、終わりではないのだ。立て続け襲う【水】は『ダサオ』が纏っていたものだ。
ブワァア!
そいつの【風】によって【水】はかき消される。
<こっちが本命さ!>
【風】でサポートしながら『ダサオ』を投げ飛ばす。
つもりだった……
「惜しかったな。もう、勝機はない」
『ダサオ』は空中に固定されたように動かない。
〈終わった………〉
全身にも圧を感じる…。視線をゆっくり上げると、眼が合う。悲し気に揺蕩う『風の大人』の眼が、ボクに敗北を理解させる。瞬間、感情は絶望一色に染まる。
「……!!」
動くのをやめたからか、希望を失ってか、身体を急激にダルさが襲う。
<…限界なのか……?>
頭の中で感情が渦巻く。
<神がもしいるなら、ボクの人生は贖罪で、努力も、気持ちも、懸けたもの全てが無意味だって言うのか?>
視界から色が、音が消えていk
「……。すまない………」
「!!…どぅ…して……」
最後の1人が申し訳なさそうに囁くと同時に、『風の大人』はふっ飛ばされる。【土】の塊が『風の大人』を襲い、今では廊下の隅で拘束されている。肉体的にも、精神的にも疲れ過ぎているせいで、自分の身体を支える力は残ってなかった。
ドッサァ……
『ダサオ』の体は放し、崩れ落ちそうになった身体に鞭をうち床に手をつく、なんとか顔を上げて思ったことを零す。
「……そういうとこなんだよ………なぁ、あんたの気持ちを教えてくれよ」
上げて落とすことで定評のあるグラサンである。
「もう君の味方なんだ。信じてくれ……」
分からない。分からない。明確な優しさが初めてのせいか、涙が止まらなかった。頭ではもう捨てたと思っていた感情が……。優しさに浸されて元に戻ったような感覚を覚えた。
ぽとぽと……
優しさのせいか、涙が止まらなかった。視界がはっきりせず、思考が纏まらない。
「2人でまた暮らそう。今度こそ守り抜くからっ……!」
グラさんはボクに手を差し伸べた。その手を取ることはできなかった。
「……。とにかく、この研究施設から出よう」
「リューセーさん!裏切るんですか!?」
グラさんたちが出てきた『風の検査室』の中にいた大人から話しかけられる。検査室の中には子どもを見つける。その子らはボロボロではあれど、手、足には目立った外傷はなかった。
「悪い、もう施設に従うつもりはない!」
グラさんはやはり【土】の『隣人』であるようだ。
「ちょっ!リュウs!」
グラさんの纏った『土』の一部をその入り口を塞ぐ。その様子を横目に見やり、廊下の壁にもたれかかるように進む。
<『水の検査室』に行けば、水圧で壁を破れるかもしれない>
<できなくても応用が利く上、水を飲めば最悪、状況把握を深められる>
「待ってくれ!」
<グラさんに頼ってはいけない。理解できないから。戦意を感じないから戦う必要がない>
そう考え、グラさんを無視して進むと後ろから新たな提案をしてきた。
「僕の権限はまだ有効のはず。この混乱に乗じて脱出しy!!!」
そこまで言われたところだった。突然、後ろから抱きつかれた。
………!!!!!
視界が明るくなり、聴覚は甲高い外界の音を遮断しようと麻痺していた。そんなよく分からない世界の中で優しい温もりだけがボクを不安から逃してくれた。どこか懐かしさを憶え…、ボクは………
――sideアピス
長い廊下を歩き、撃った惨状を見やり鼻で笑う。
「はぁ……。溜め有りとは言えこの威力……我ながら惚れ惚れするぜ」
俺は同僚だった遺体や大量砂の上に立ち、目当てのそいつを見下す……。こちらに気付いてないようだ。優しい俺は『神子』に明るく声をかける。
「よう。『神子』!大人しくする気になったか?」
『神子』は俯き、時折、嗚咽を零しながら吐き捨てる。
「『神』の子じゃない……」
強く拳を握りしめ、俺を睨みつけて言い放つ。
「『龍』の児だ!!」
俺は『神子』の変貌を満足気に笑って返す――
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