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第一章

4.波紋ときっかけ

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アスランがグランデラルの教会に来て、一週間が経った。
トウカは、アスランの食事や洗濯を行い、忙しく過ごしていた。
外から来た監査員の神父様達も、見慣れてきた。

「トウカ」

教会の食堂に、荷物を運んでいたトウカは、呼ばれて庭を見た。
庭には、簡易武具をつけた少年が立っていた。
肩当てに、教会の紋章である白い花が彫り込まれ、わずかに乱反射している。
緑色の瞳が、真っ直ぐにトウカを見つめている。
なんだか背も高くなってる気がする。
少し見違えたアークだ。

「アーク?どうしたの、こんなところで」
「騎士見習いになったの知ってるだろ?俺、見込みがあるから、教会の警備の手伝いもしてる」
「すごい、アークは強いんだね」

最年少かも知れない。
素直に喜ぶトウカに、アークは照れた。
「まあな。トウカは神父になるのか?シスターは違う職勧めてたのに」

トウカの、見習いの詰襟の服を見た。
シスターは、トウカを神父の枠にくくりつけるのを嫌っていたのを、アークは知っている。

「見習いの見習いなんだ。ほら、勇者のシュナーダ神父様のお手伝いをするんだ」
「へえ、すごいな。英雄の手伝いか」

「うん」
トウカは嬉しそうに笑った。
アークが撫でまくりたい衝動にかられたが、ぐっと我慢する。

トウカが教会の見習いになったと聞いて、慌てて志願したのだ。
トウカは、神父になっても、とても可愛いと思う。
「トウカ、週末さ。買い物に行かないか?隣街に行くんだ。前に頼んでたナイフを買いに。給料も入ったし」

「買い物?」
「ああ、俺が一緒なら、シスターも隣街に出掛けていいって言ってただろ?」
もちろん、日帰りのみの許しだ。
トウカを勝手に連れ出そうとするアークに、本人の同意と隣街までと制約をつけたのだ。

「でも、夕方には食事の用意もあるから・・・・」
アスランの食事の用意やお祈りがある。
「大丈夫だって。昼過ぎには帰って来れるって。行く武具屋、色んなのがあるんだぞ?こっちの店と違って、装飾品もある」
「そうなんだ。大きい店なんだね」
「子供用の武具もあるんだぞ?」

へえ、とトウカが興味を示した。
アークが嬉しそうに頷いた。
「な?行こう」
「わかった。朝からになるかな?」
「迎えにくる」


アークと別れて、トウカは食堂で持ってきた野菜のより分けを、シスターと一緒にしていた。
プチプチとえんどう豆の鞘を取りながら、ぼんやりする。

アークはすごいな、とトウカは思う。
ちゃんと将来を見て生きてる。
トウカは自分が何をやりたいのか、わからない。
だから、何でもまずやってみるアークに憧れを抱く。

「トウカ、手がお留守ですよ?」
シスターが柔らかに注意した。

「あ、あ、すいません」
「トウカ、シュナーダ神父によく務めていますか?」
「はい。シスター」
「シュナーダ神父は優しい?ちゃんと、お仕事を教えてくれますか?」
「はい。とても優しい方です。とても沢山事を知ってらっしゃいます」
「そうね、彼からはとても多く学ぶことがあります」

「・・・・・でも、食事を一緒にとっています。怒られますか?」
「あら、そうなの?一緒に?」

「はい。シュナーダ神父様が一人で食べるのは味気ないと」
「・・・・・・そう」
シスターは少し怪訝に思った。
神父と見習いが別に食事をとるのは、理由があるのだ。

昔、専属の見習いと始終いつもいるため、神父と良からぬ関係になってしまった事例が多くあった。
それに関連して、血生臭い事件も多く起きたと聞く。

だから、必ず別に食事をする事と、全教会に律として中央教会が折り込んだのだ。

厳格な司教という役職のアスランが、知らないわけがない。
目の前のトウカは、勿論知らないだろう。
教会の律を曲げてまで、トウカと一緒に食事を取りたいのだ。

ただそれだけの事。

けれど、老シスターは何か言い知れないものを、アスランに感じた。
「トウカ。何か嫌な事があったら、すぐに私に言うのですよ」
「はい」
トウカは楽しそうに笑っている。



アスランは事務室の隣の応接間で書類を捲っていた。
「司教、少しよろしいですか?」
顔をあげると、部下の一人に耳打ちされた。
隠蔽防止の為に、教会内の警備を当たらせている一人だ。
アスランはすぐに立ち上がると、裏庭に向かった。

文字を書く練習をする板番を持ったトウカが
見習いの、トウカより年上の少年三人に囲まれている。
「トウカ」

呼ぶと、慌てたように、見習いの少年たちが立ち去った。
「・・・・・シュナーダ神父様」
少し途方にくれたように、涙目のトウカがほっとしたようにアスランを見た。

「トウカ、何を言われたのだい?何か酷い言葉を言われたのかい?」
その言葉に頭を横にふる。

「いいえ、シュナーダ神父様。何も言われていません」
「トウカ」
トウカは分かっている。

アスランは現時点で、教会の一番の権力者だ。
今まで指導していた司祭が、アスランに対してぺこぺこと頭を下げ、すり寄っている姿を何度もみている。

アスランが言えば、白が黒になることを感覚的にわかっていた。
泣きついてしまったら、トウカに対して優しいアスランは、きっと見習いの子達を、教会から追い出されてしまうかもしれないと。

「・・・・指導してもらっていました。私がくずくずしているからいけないのです。もっと早起きして、準備しますね」
「・・・・・・」

にこりと笑うトウカに、アスランが困ったような怒ったような顔をした。
そして、トウカはアスランに頭を下げると歩きだした。

アスランが、トウカの後ろ姿を見つめていた。



なんて事だ。
私の可愛い黒神が、私に遠慮をして、私以外から苛められるなんて。

黒神を、トウカを虐めていいのは、私だけなのに。
今まで、小さな争いもない、平和な教会だという話だったのに。

いや、自分のせいかと、アスランは思う。
私という〝異物〟が投げ込まれたせいで、トウカの〝幸せな世界〟に波紋がたったのだ。

トウカはシスターの養い子として、自分で将来を決めさせる為に、洗礼も何もさせていない。

だから、見習いの少年たちにとっては、トウカは敵でも何でもない、ただの教会に住み着いている小間使いぐらいの感覚だったのだろう。
それが、いきなり司教付の見習いだ。
目の色も変わるだろう。

愚かな事だ。
たとえトウカがいなくても、くそ餓鬼を側に置くことなどない。
私は黒神しかいらない。

私の可愛いトウカに、何をしているのだ。
虫けらのくせに。

潰すか、追放か。
教会のパトロンに、奴隷として贈ってやろうか。
冷めた目で、アスランは中庭を見つめる。

 

◇◇◇

トウカはアスランの見習いとして、アスランに迷惑をかけずにちゃんとやっていたと思う。
夕方の門限から少し遅れてしまった。

「ごめんよ、トウカ。一緒に謝るから」

アークが、泣きそうなトウカの横で足早に歩いている。
「大丈夫、です」

アークの用事が思ったより手間取り、乗り合い馬車を逃してしまったのだ。

トウカはとても真面目でお利口だ。
だから門限や規律を破った事はない。
少し遅れただけで、半泣きになっている。
適当に言い訳をすればいい話なのに。

不器用だとアークは思うが、それを含めてトウカはとても可愛い。


教会の裏口には、白い教会服を着たアスランが立っていた。
無表情だが、イラついているのが解る。
トウカが大きく眼を見開いて、そしてうつ向く。

アスランがトウカを見つめ、鋭い目を向けたがすぐに柔らかく溶けた。
「トウカ」

静かに、笑っていない目でアスランが呼んだ。
「申し訳、ありません。シュナーダ神父、様」
「無断外出ですか?教会に事前に言っていましたか?」

静かにアスランが言うと、トウカが項垂れた。
「ご、ごめんなさい。すぐ帰って来るつもりで言っていません」
「反省してください。明日から三日間、懺悔室で祈りと座学を行います」

「・・・・はい、分かりました」
とぼとぼと大人しく、トウカがアスランに近づいた。

「シュナーダ神父、申し訳ありません。トウカに無理を言ったのは、俺です。俺が悪いんです」
アークが、トウカの前に立ち、庇うように言う。
アスランの眉ねがピクリと動いた。
トウカがアークの腕を掴んだ。
「アークっ。すいません、シュナーダ神父様、反省を受けます」

「でも・・・・・」
何か言おうとしたが、アスランが、アークの腕を掴んでいるトウカの手を握った。

そして、抱き寄せるようにトウカを自分に寄せるとアークと離した。
「・・・・・・アーク、君?貴方に言ってるのではないのですよ。これは、私とトウカの話です。貴方は、家にお帰りなさい」
「・・・・・・」

アークはとても嫌な気分になった。
近くで初めて見たが、アスランはとても信用出来ないと、直感的に思った。
笑っていない目の奥は、アークを侮蔑している。

トウカだけだ。
こいつは、トウカだけにしか、優しくないのだ。
嫌な男だ。

「アーク、ありがとう。終わった後に、お詫びに行くね」
トウカがおろおろと、アークを見ている。
「あ、ああ。必ず来いよ。シュナーダ神父、失礼しました」

「ええ。貴方も、無闇に見習いを誘わないで下さいね。指導する者がとても心配しますので」
「・・・・・・」

トウカが、泣きそうな目でアスランを見る。
「ご、ごめんなさい・・・・」
「・・・・いいのですよ、トウカ。失敗は誰にでもあります。次にしなければいいのです」
「はい・・・・」


気に食わない。

私のトウカに、馴れ馴れしく触るなんて。

糞がきのくせに、トウカにため口なんて。

トウカを勝手に連れ出すなんて。


トウカもトウカだ。

勝手に出ていくなんて!

甘やかし過ぎたのだろうか。

ちゃんと躾ないと。

我が儘な奴隷なんて、ご主人様失格だ。


トウカの肩に手を置きながら、アスランはぎりぎりと歯を食い縛った。
トウカは反省しているようだが。

足りない。

トウカは私以外の人間に気を許すなんて、駄目だ。
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