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第一章

3.少年は見習いになる

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「シュナーダ神父様、これはどちらに置いておけばいいですか?」
ぱたぱたと楽しそうにトウカが歩きまわっている。
まるで、鴨の雛みたいだ。とアスランは目を細めて見ていた。

アスランを案内した日、トウカはアスラン付の神父見習いになった。
トウカにとっては、単にお手伝いだと思っていたので、正直びっくりした。
いつの間にそうなっていた。


店のお手伝いの終了報告を言いにきたトウカに、シスターは優しく言った。
「トウカ、シュナーダ神父の言うことをよく聞いて、励むのですよ」
きょとんと見つめ返すトウカに、シスターはにこにこ笑いながら、白い見習い服を渡した。

「・・・・・・は、い?」
「シュナーダ神父様は来たばかりで、身の回りを世話する見習いが誰もいないの。トウカ、お手伝いしてくれるかしら?まだ見習いの見習いね。代わりに、神父様がお勉強を見てくださるそうよ」
その言葉に、トウカは嬉しそうに頷いた。

「わかりました。ぼく、あ、私、頑張ります」
トウカが緊張して答えた。



ほどなくして、アスラン一団の荷物が届いた。トウカは、運ばれてきた荷物を、部屋に運んでいた。
御者と一緒に、部屋と荷台を往復している。
アスラン個人の荷物は、あまり大きな物はないが、小物が入った箱が多い。
こだわった物を置いているのだろうなと、トウカは持って行きながら思った。

「それは寝台の横に置いてください。二つあるので陶器の物を。銀の香炉は、部屋の入口に」
アスランは慣れているのか、きびきびと指示している。

箱を置き、丁寧に梱包を開くと、アラビスク模様の描かれた小さな香炉の陶器が入っていた。

蓋を開けると、とてもいい甘い匂いがした。
「分かりました。いい匂いです」
微かに甘く香ばしい香りは、とても美味しそう。

花?果物?
ふわりと夢心地にする。

鼻を寄せるトウカに、アスランは微笑む。
「あまり嗅いではいけません。それは眠りを深くする薬が入っています。慣れていないなら倒れてしまうかも」

慌てて顔を離す。

「そんな危険な物を寝台に置くのですか?」
「もう深く寝る事がないから、効かないのですよ」
少し悲しげにアスランは笑った。

ずっと浅い眠りだ。

夢を見る。

いつも、黒神が側に居て幸せなのに、消えてしまう夢だ。



トウカは不思議そうに首を傾げたが、すぐに頷いた。
「そうなんですか?お仕事が大変なのですね」
「仕事はきっちりやらないとね。トウカもお手伝いお願いしますね」
「はい」
お手伝いと聞いて、少しおどおどとしたトウカに微笑む。
「大丈夫ですよ。そんなに激務じゃない。単に自分自信の問題ですから」
「・・・・・・」


アスランと行動を共にしていたトウカは気付いていた。
青白いアスランの顔色の原因を。
食事の作法を聞いていたときに、分かったのだ。
「シュナーダ神父様は、偏食過ぎです。食事は水とパンだけなんて。お腹空くと、眠くなりにくいし、顔色が悪いのもそのせいですっ」

アスランは、そこにあるものしか食べない。
「そうかな?息をしているから大丈夫だよ」
軽く笑うと、とんでもないですと、トウカが怒ったような顔をした。


鍛練は欠かしていないが、流石に持久力は落ちているだろう。
青白い顔は不健康そのものだろうなと、アスランは思う。

何を食べても砂を噛んでいる気がするのだ。
あまりに頓着無さすぎて、部下に頃合いを見られて、口にパンを放り込まれたことがある。

トウカは、目の前でぷりぷり起こっている。
自分がこんな甘酸っぱい思いに囚われるなんて、アスランは面白く思った。

「・・・・・じゃあ、今度から、トウカに食事を用意してもらおうかな」
「はい。ご用意しますから、沢山食べてくださいね」
嬉しそうにトウカが頷いた。


トウカは暫く通いで、アスラン付きの見習いすることになった。
アスランは、頑張ろうとするトウカの姿を目を細めてみていた。



アスランの朝は早い。

他の説教が専門の神父と違って、夜が明ける前に、素振りの鍛練を行う。

聖戦士と神父、両方の肩書きをもつアスランは、体力を落とすことは出来なかった。
肥太った神父たちと違い、すらりとした体躯を保つアスランは、それだけで抜きん出た存在に見える。

決して私利私欲に走らず、己を高める為に動く神父。

彼の評価はそう見られてる。

鍛練が終わり、礼拝堂で祈りを捧げた後に、朝食になる。

神父服に着替えようと、アスランは汗を拭いながら、部屋に戻っていく。
トウカは、朝食から教会に来ているようだった。
通いになるなら、いつか私の部屋で過ごさせるようにしようかな。
食堂でぱたぱたと動き回る姿をちらりと見つけた。

アスランが微笑む。

トウカは目立つ。
他の見習い達よりも、背は低いがとても可愛らしい。
よく動く姿は、子栗鼠のようだ。


ここの教会でも、食事は神父以上は自室でとり、見習い以下は食堂でとるようだった。
「おはようございます。シュナーダ神父様」
食堂から食事を持ってくると、トウカがシュナーダの前に置いた。

大量のパンと、惣菜が置かれる。
コンソメスープから湯気が立つ。
「卵、私が焼きました」

黄金色のスクランブルエッグがある。
サラダも綺麗に盛り付けられていた。
「ああ、綺麗に作れたね。美味しそうだ」

「はい、いっぱい食べてくださいね。お代わり持ってきます」
トウカは、世話を焼きたがる子供なのだろう。
とても楽しそうだ。

黒神の時は、他人に怯えていたが、自分には、恋人のように世話を焼きたがっていた。
稚拙過ぎて、私が世話をしていたのだが。


「トウカも一緒に食べなさい」
アスランが言うと、トウカは首を降った。
「いえ、シュナーダ神父様、見習いは食堂と決められています」

教会の律でも、師弟関係で一緒に食事を摂ることを禁じられている。
「・・・・トウカ、私の食事もちゃんと管理してくれるのでしょう?私もここに来たばかりだから、一人で食べるのはとても味気ない。よければ、ここの神父達の事を食べながら、教えて欲しい」

「シュナーダ神父様、私は、あまり神父様達の事を知りません。お名前と人となりしか・・・・・・」
申し訳無さそうに、トウカが言うと、アスランが微笑んだ。
「寂しいから一緒に食べて欲しいんだ。いいかな?後で、皆には私から言っておくよ」

「・・・・はい」
はにかんだようにトウカが頷いた。
可愛いなあと、アスランは思う。

早く思い出せばいいのに。


朝の祈りが終わり、トウカは図書室で座学を初めている。
簡単な計算から始めて見たが、覚えは早いようだった。
両手を使って計算する姿を微笑ましく思いながら、シスターと代わる。


さっさと自分の仕事を片付けて、トウカと遊ぼう。
トウカから離れたアスランは、にこやかな表情から一変、冷たい微笑を浮かべ、神父達がいる事務所に歩きだした。




「何も疚しいことはしておりませんよ」

優し気な顔で老神父はそう説明した。
目の前には、琥珀色のお茶が置かれている。
数枚の書類が、テーブルに置かれている。

「・・・・・・」
過去5年の出納帳を出せと言って、これだけしか出してこないのはふざけてるとしか言いようがない。
グランデラルの教会の運営は、地元の神父たちだけでおこなっているようだが。
ここ数年、信者は増えているが、中央教会に納める上納金が極端に減っていた。

司祭である老神父の指には、金色の指輪が光っている。黒の礼服はよい生地を使っているようだ。
この老神父だけでなく、他の神父たちもぐるだろう。

あのトウカを育てるシスターは、金の流れはノータッチだったようだ。
新品では無いが、綺麗に洗われた清貧のシスター服を思い出す。
金は不浄だ。
シスターは触ることさえ、苦手だろう。

目の前の人の良さそうなジジィは、愛想笑いを浮かべている。

田舎の実直な神父との評価であったのだがな。

アスランは、事前に言われていた資料を思い出す。
その評価であったからこそ、放って不正が拡大したのだろうが。

真面目な顔をしてアスランは、出された献金の資料を捲る。
数日後には、部下たちがやって来て、全て晒してくれるだろう。

さて、どうしようか。

アスランはぼんやり思う。
すぐに教会の掃除をしてもいいが、トウカが居る。
まだ見習いに成ったばかりで、私と一緒に居ることが慣れていない。

一緒に連れていくつもりだが、私への憧憬と羨望は欲しい。

それにトウカは、糞ガキにちょっかいを掛けられているようだ。

私が認めた番しか、駄目なのに。



神父達が横領を始めたのは、トウカのせいでもあるだろう。
元々黒神は、欲望を司る。
白神女神と正反対の性質をもっている。
力が失くなって人になってしまったが、完全に消えることはない。

魂が欲を増幅させる。
運や金回りが良くなるのは必然だろう。

物欲の金回りもよくなるのだが・・・・
それだけで済めばいいものを。

黒神本人は、欲を知らない。
トウカは気付かないし、周りもわからない。
トウカは居れば、人の欲を無意識に集めて増長させる。


ただ、不思議と、トウカが来て、信者や献金が増えたという〝たまたま良いことが続く〟福の神のような扱いだろう。
福の神で終われば良かったのだが、神父たちは下手に献金の金に目が眩んだのだ。

馬鹿なことを。

決めた。
1ヶ月ほど、ここに滞在しよう。
それまでに、こいつらは総入れ替えだ。
目の前の老神父に微笑み返しながら、アスランは今後の処遇を考えていた。



アスランが到着して、次の日、五人のアスランの部下と言う神父達がやって来た。
全員男性で、アスランと同じ位か少し年上に見えた。
アスランと似た白い詰襟の服であったが、青色ではなくて、紺色のさしが入っていたので、階級によって違うのかもしれない。

皆、様々な髪の色や瞳の色をしていたが、一様にアスランに対して尊敬の念を抱いているようだった。
アスランの世話をする見習いという事で、五人をトウカは顔合わせさせられたが、皆、厳しい顔をしていて、少し怖かった。

監査員と言うことで、あまり笑わないようにしているのだろうと、トウカは挨拶をしながらぼんやり思った。

逆に、アスランの部下達にとっては、見習いとして紹介されたトウカは、驚きの存在であった。
アスランは、専属で身の回りを行う見習いを置かない。

アスランは特別だ。

文武両道で元勇者の、人に優しく、人を導き、個人を愛さない孤高の上司。
彼は必ず、腐った本部を変えてくれる。

そう信じられた。

時折見る、絶望にも似た虚空の瞳は、誰も写していない。

アスランの近くにいる者は、一度は聞いたことがあった。
アスランは勇者であった時、褒美として白神女神から〝直接〟奴隷を賜ったと。

白神女神によく似た奴隷。

白神女神の神饌として、アスランは、選ばれたのだ。
賜った奴隷は人ではなかったらしいが、姿を見た者は居なかった。

人に見せる事を嫌い、アスランはずっと奴隷を自分の部屋に置いていた。
それほど、アスランは溺愛したらしい。
そして、一年も経たずに、奴隷は白神女神の元に戻った。


当時、アスランの嘆きは凄まじかったと、聞いている。
廃人の手前になるまで壊れて、そして、立ち直った。

彼は孤独だ。

彼は、側に人がいることを、酷く嫌うのだと、皆、認識していた。
が。
あのアスランが、作られた微笑ではなく、蕩けるような笑みで、見習いだというトウカを見つめている。

トウカはその瞳に気付かずに、緊張して自分達に挨拶している。
綺麗な金髪に、真っ青な瞳。

白神女神の〝色〟だ。

柔らかそう頬。大きな瞳は、ふるりと揺れる。
まるで雛鳥のように。
『よろしくお願いいたします。トウカと申します。シュナーダ神父様のお手伝いを務めさせていただきます』

辿々しく言うトウカは、周りの人間にとって好印象しか与えない。
アスランは、トウカのその様子を見て嬉しそうに微笑んであえる。

その瞬間、悟る。

この子が、アスランの幸いなのだと。
部下たちは、ゆっくりと頷いた。



やって来た神父様たちは、教会の宿泊場ではなく、近くの宿を拠点にして監査を行うそうだ。
『いつも一緒にいると情が移ったりするからね』

教会に泊まるのではないですか?と聞いたトウカに、アスランが微笑みながら言う。
『私は監督だから、教会で証拠隠滅しないように見張るんだ』
悪戯っぽく笑う。


監査では、沢山の資料を広げる場所が必要になるそうだ。
教会の比較的若い神父達が、資料を宿屋に運ぶ作業で右往左往している。

持ち出し禁止の資料らしく見習いに任せることも駄目らしい。


日頃、運動しない神父たちは、宿と教会の往復で息切れしている。
それを横目で見ながら、トウカは掃除や洗濯をして、見習いとしての仕事をしていた。




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