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第二章
白銀の昔話と君
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週明けにイツの所有する別荘で、ランは仕事をしていた。
今日は、横にイツの補佐をしているミリがいる。
ミリは少年の格好をしているが、女性だ。
いつもの大きな帽子を深く被り、灰色の男性のの服を着て、いつも書類とペンが入った雑嚢を横掛けしている。
大きな綺麗な瞳は、目を引く。
いつも子栗鼠のように、パタパタと歩き回り、とても可愛い。
丸い頬っぺたは、少女そのものだが、イツと同じで成長が遅い種族らしい。もしかしたら、自分より年上か、同じ年かも知れないが、女性に年を尋ねるのは失礼と、一応知ってるので正確なことはわからない。
帽子の下には、見事な真っ赤な髪が隠されてるらしい。
イツが呼び寄せる前は、貴族の下働きをしていたと聞いた。今、その貴族と婚約しているそうだ。
幼い外見のミリに結婚を迫るなんて、ロジムの貴族は糞だ。と、ミリを好ましく思っている執事見習いが言っていたのでそうなのだろう。
ミリは、横でテーブルにカップをひろげ、数を数えている。
「ミリ、誰か来るのですか?」
「イツ様のお知り合いが、来られるそうです。仕事ではないので、中庭で茶会をするそうです。カップを揃えておいてくださいといわれました」
「ここは、人が少ないから。重いものは、私が運びます」
カップを盆に並べながら、ミリがにこりと笑った。
「ありがとう、ラン」
この別荘は、女中は年老いた者しか勤めていない。
わざわざ別荘に呼ぶなんて、よほど親しいのか、見せたくないのか。
ランは、ミリに言われた通りに盆をおきながらぼんやり考える。
しばらくして、ランが護衛のシオンを引き連れて、眠そうに中庭に歩いてきた。
「今日の客人は、ランとミリにも紹介するよ。いい人だよ」
「貴族の方を、ですか・・・・?はい、わかりました」
二人と不思議そうにしていて、イツが笑う。
「貴方がたは、古代種だからね。紹介しておかないと、駄目みたい。僕の下に居るのも珍しいみたいだ」
「はあ」
「黙って立っておいて。後は適当にするから」
ランが頷くと、屋敷に居るはずの執事が近付いてきた。
一瞬、何が起こったのかランは分からなかった。
客人がもうすぐ着きますと、イツの元に連絡が来たと同時に、屋敷の家人達が様々な道具や布を持って、中庭に入ってきた。
ランとミリが唖然としている間に、テーブルがセットされ、キラキラとした食器が飾られ、装飾品が庭に置かれた。
皆、音をたてず、素晴らしい速さで会場がセッティングされていく。
元メイドのミリが目を輝かせて見ている。
黒服のメイドや家人たちは、一礼すると周りにするりとたった。
洗練された動きは、プロを認識させる。
よく見ると、皆均整が取れた肉体を男女ともしている。
『ダグラズ家は、戦闘も出来る使用人ばかりなんだよ。皆、泥棒なんか、すぐに消しちゃうんだ』
昔、イツが楽しそうに言っていたのを思い出した。
貴族、怖い。
ランはただただ、呆然と見ていた。
あっという間に、質素な別荘の中庭が、優美な茶会場所に変わった。
しばらくして、どかどかとブーツで歩く音が聞こえた。
かなりの人数で、貴族の大男たちなのだろうなと、ランはぼんやり思っていた。
「イツ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
赤みの強い髪は短毛で、きっちりと押さえつけているようだが少し跳ねている。
背が高いが横も大きい。この中でも一番大きいかもしれない。
綺麗な筋肉だ。作られたものではない。
少し切ってもすぐ再生しそうと、ランは思った。
人懐っこい茶色の瞳はにかりと笑っていて、とても安心感を与える。
真っ青な軍服に肩には金色の線が入っていた。
男の後ろには、十数人護衛と思われる人間達が付いてきたが、軍服は全て黒だ。
「おお、イツみたいな子供と、蜜人がいる。噂は本当だったんだな。イツみたいな子供は、めんこいなあ。イツに、合うと思うぞ、うん」
ランがぽかんと見つめる。
イツが、青年に駆け寄った。
「久しぶり、元気でしたよ」
「そうか。王子も喜ぶ」
高位貴族のようだが、この人懐っこさはなんだろう。
「略式だけど、王宮からの使いなんだ。屋敷に来てもらって困るこら、ここにしたんだ」
そうだ。金色の線は、王族の関係者だ。
慌てて、ランとミリが片ひざを付いて、頭を下げる。
イツが笑う。
「大丈夫だよ。彼は王族じゃない。側近の一人で、現宰相の2番目の息子。武闘派だから、文官より武官に行った人。現在、彼女募集中だ。お金持ちだから、ミリどう?」
いや、かなりの上位貴族だ。
おどけて青年が言う。
「一応、爵位もあるぞ?イツ」
「・・・・わたしには、旦那様が居ますので」
ミリが困った声で答えている。
「だって。残念だったね」
青年は困った顔でイツを見た。
「まて、イツ。俺は初見で何故振られる話になっているんだ。特に何も言ってないのだが」
「こんな所迄来たのだから、嫁探しかと思って」
一瞬で真顔になった。
「茶化すのは止めろ。お前の自宅謹慎が解かれた。その書類と夜会の招待状だ」
胸元から、恭しく書類と封筒を差し出した。
「いらない」
「受け取れっ」
ぐいぐいと押し付けると、イツが両手を広げ取らないというジェスチャーをする。
「シオン、切って」
スチャと鞘が揺れた。
慌てて、書類を抱える。
「止めろ!シオン。お前ら、何度、強制的に謹慎を続行しているんだっ!遊びじゃないんだぞ」
「遊びじゃないから、行かないんだ」
「そんなにツンツンするな。王子も反省している。機嫌を治して、戻って貰わないと、業務が廻らないんだ!」
「そちらの勝手でしょう?」
ぼりぼりと頭をかいた。髪がほどける。
「イツ、お前の人選を優先してやる。前衛近衛隊がもうすぐ巡行から帰ってくる」
「本当?」
イツの声に感情が灯った。
前衛近衛隊、とランの頭の中で、どんな部隊だったか、情報が巡っていた。
国王や国のパレードで先頭を飾る、選ばれた見目麗しい貴族の部隊だったはず。
王族や国王の愛人もいると噂される所だ。
そんな部隊に、イツが興味を示すのは、驚きだった。友人でもいるのかしら。
「ああ、国王が御幸から戻るからな。あいつも元気してるようだ」
「サンチェに手紙を送ってるけど、返ってこないんだ」
「・・・・・王子が止めてるに決まってるだろう」
「やっぱり。うちのルートで出せば良かった」
「そう言うな。愛人と恋人が仲良くしているだけだと、こっちも言い含めていたんだぞ」
「勝手に思っておけばいい。お茶、どうぞ」
そっけなく、イツが言うと、おうと答えた。
「この子供たちだろう?」
ラン達を顎でしゃくった。
「そう、可愛いでしょう?二人とも優秀なんだよ」
大股でランの前までくると、覗き込むように凝視する。
ランがびくりと震え、真っ赤になる。
「おお、こっちがイツが保護している蜜人か。美人じゃないか。王子が発狂するぞ。匂いは無いな。残念」
「可愛いでしょう。ランと言うんです」
「ランか。俺は、王族近衛隊でサルタン王子の護衛をしている。リン・ゴ・アスルファントだ。リンゴと呼んでくれ」
「リン、ゴ様?」
覗きこまれ、後退りしながら言う。
「リンゴだ」
「リンゴだよ」
イツも追随する。
「は、はい。リンゴさんですね」
リンゴがうむ、と頷いて、椅子に座った。
「リンゴは、サルタン王子の筆頭護衛で側近で影武者なんだよぅ。」
「はあ・・・・」
聞いていい話ではない。
耳を塞ぎたくなった。
「おいおい、ばらすなよ。一応機密事項なんだぞ」
少し困ったようにリンゴが言う。おどけたように言うが、目は笑っていない。
イツの目も笑っていない。
・・・・・帰りたい。
ランとミリは思った。
「ミリは一族の関係者だし、ランは僕のお嫁さんだから、大丈夫。」
その言葉にぴくりとして、顔をあげた。
「本気で、嫁?冗談じゃなかったのか?王子は了承してるのか?」
「言ってないよ?だって、僕の家の話だもの」
「・・・・・本当に、食われるぞ。王子は、お前のものは俺のものだから」
「食べたら、そこで終わりだよ?」
「王子が蜜人の前で、我慢できる訳がないだう。参ったなあ。この子にも、護衛を増やしておこう」
「王子を静止出来ない時点でいりません。その護衛は、ランを守る護衛を阻止する護衛でしょう」
イツが後ろにいる黒服の護衛達を見た。
「狂った忠義なんかいらない」
その言葉に、護衛達が一斉にイツを睨み付けた。
その瞬間、周りに待機していたダグラズ家の家人達も、威圧を放った。
間にいるランとミリだけが、涙目でその様子を見ていた。
「・・・・・・そう言うな。出来るだけ、離すつもりだ」
沈黙が支配した。
「イ、イツ様、私が王子に会う予定はありませんから、だ、大丈夫です・・・・・・」
ランが怯えながらいうと、イツが嫌そうにため息ついた。
「会う予定があるんだ。その夜会には、ランとミリも出席させるように、書かれてる」
「ほう、やはり知っていたか」
感心したようにリンゴが言った。
「情報は来ていたよ。ミリは女の子で婚約者もいるから、夜会で王子の側に行くことはないけれど、ランは蜜人だから、正式に王族の直系に謁見しなければいけない」
「い、嫌ですッ!!」
ランと顔面蒼白だった。
「ほら、本人も嫌だと言っている」
「それでいいなら、俺はここに来ていない」
「・・・・・馬鹿王子は、まだ見ていないランに、嫉妬心を起こして、自分が謁見すると言い張ったのでしょう。緊張しないように、簡単な夜会にするとか、言って。正式な夜会だったら、王族の醜聞は、もみ消せませんからねえ」
「・・・・・我々も、善処するつもりだ」
「言っておきますよ?僕は不当に、僕のものを壊す人間は許しません。ダグス・ラルズ家の人間に、王族への忠義はないと思ってください」
「・・・・・・大丈夫だ。行ってくれるな?」
「いいでしょう。王子の補佐として、出席しますよ。僕の可愛いランを連れてね」
イツが一口、お茶を口に含んだ。
「ラン、何か聞きたいことはあるかい?何でも答えるよ」
「・・・・・イツ様、どうして無期限の自宅待機になったのですか?ずっと家にいらっしゃたので、城に勤めてる居ないと思っていました」
その言葉に、にっこりと頷く。
「サルタン王子を毒殺しようとしてね。『これは毒です。死にますが、食べますか?』と言ったら、喜んで食べたんだ」
「何を食べさせたんですか?」
屈強な王族の青年を殺害しようとしたのだ。成分と量が気になる。
「一滴で成人男性の致死量になる、蛇から抽出した神経毒。2滴、スプーンの切身に垂らしてみたの」
悪戯っ子の目をしていた。
無邪気の邪気だ。
イツは、本当に死ぬか試したかったのだろう。
「・・・・・初期治療が良かったんですね」
「咀嚼して、飲み込んだのを確認したんだけどね。すぐに胃洗浄されて、一週間寝込んだみたい。僕は、その後、押さえつけられて牢に半日拘留されて、無期限自宅待機になったんだ」
その言葉にランが首を傾げた。
「・・・・ロジムの王子は殺人未遂されても自宅待機で終わる位、命が軽いのですか?」
確か国王の息子は、二人しか居なかったはず。うち一人は、まだ幼い。
何か問題があるのか。
「まさか。一発一族斬首で、お家とり潰しだよ」
「では、」
「毒と言ったのに、自ら進んで本人が喜んで食べたから。馬鹿だよね」
「・・・・自殺願望ですか、それとも」
かなりオカシイ人をですか?
ミリも不思議そうにしている。
「サルタン王子は残念な方なんだよ。嬉しがって、毒を食べていたよ?」
イツの言葉に、ランとミリの眉ねの皺が寄った。
だから、王子なのに軽じられているのか。
可哀想な人を見る目で、側近のリンゴにまで見ている。
「・・・・おい、イツ。王子を変態にするな。お前にベタぼれで、お前が差し出した料理を毒と知りながら、食べたんだぞ」
「・・・・・ベタぼれ、なんですか?」
これは、明らかな塩対応と思うのだが。
イツは、興味がない人間には、上だろうと媚びを売らない。
しらりと面白く無さそうにイツも答えた。
「うん、そうなんだ。僕のこの姿が好きみたい。大人の姿には興味ないって」
その言葉に、ランとミリが衝撃を受けた目をしてイツを見つめた。
イツの姿は、少年のそのものだ。
『サルタン王子は、変態で幼児愛好家』
サウスより質が悪い。まだ、内に隠っているだけましだ。
ミリの目には、少し憐れみも見える。
「まさか、第三王位継承者が幼児愛好家とは、知りませんでした。確かに、イツ様だったら年齢的に合法ですが・・・・・貴族は闇が深いですね」
ランがしみじみと言った。
イツが頷きながら、お茶を飲んでいる。
しばらく沈黙が落ちた。
リンゴが我慢出来ずに叫んだ。
「おいっ!言葉が足らんだろうがっ。王子は、子供の頃、初恋でそのまま来てるだけだ。学園に入った時は釣り合いが取れていたはず。お前、もうしばらくしたら、成人の姿になるのだろう」
「初恋」
ランが眉ねを寄せる。
「初恋なんですか、素敵」
ミリが女の子らしく言ったが、イツが冷静に答えた。
「僕の母にね」
「・・・・・・」
ランたちに、再び衝撃が走った。
よく意味がわからない。
周りの家人たちや護衛たちは、知っているのかプロなのか、表情は一切崩さない。
もしかしたら、初恋の常識は貴族と平民では違うのかもしれない。
「えっ・・と、イツ様のお母様に初恋をして、イツ様がそっくりだったから、恋人にした。で、いいんですか?」
ランがストーリーを、ひねり出した。
「まあ、そんな所かな。当時、四歳暴君サルタン王子は、田舎に狼狩りを随行された。そのもてなした公爵家の妻君に初恋をして、田舎公爵家は罪をでっち上げられ、お家とり潰し財産没収。でも、しない代わりに妻君を差し出せと要求。その間に、王子は妻君を誘拐。怒り狂った公爵家の当時のお父様は、商会にも貴族にも手を回して、王とサルタン王子をぼこぼこにした。まあ、本当に財産没収されたから、大変だったよ、建て直すの」
もっとドロドロしていたので、ランは何も言えなかった。
「はあ」
「王子は、お母様にもこっぴどく振られて、お姉様に鞍替えしたら、トラウマになるくらい罵られて再起不能になったみたい」
「・・・・・・」
ランたちは、黙って聞いていた。
聞けば聞くほど、聞いてはいけない気がするのは正しいと思う。
「で、しばらく大人しくしてたのだけど、お姉様が第二王位継承者のグレン王子の婚約者にさせれらせて、僕に執着しだした」
「いや、最悪です・・・・・」
ミリがドン引きしている。
「最悪だよね。まだ、見てないのに、弟のイツは私のものだ。と、いい広めたらしい。最悪の学校生活だったよ」
「そうは言っても、王子はお前に一目惚れしているだろう。毒殺されるのわかっていて、食べるなんてなかなか出来ないぞ」
リンゴが持ち上げようとするが失敗する。
「王子が変態なだけでしょう?王族は、尻軽過ぎる。同じ顔なら、誰でもいいなんて」
「・・・・・・」
「イツ様、かわいそう」
ミリは、眉ねを潜めたまま、イツを見ている。
悲壮感迄漂っている。
明らかに、たちが悪い王子にイツはちょっかいをかけられているのだ。
イツは神妙に頷いている。
「可哀想でしょう?サルタン王子は、尻軽なんだ。皆、サルタン王子の私生活、知らないよね?だから、この話を婚約者の土地にも広めてきてね。商会の皆さんの奥方にも」
「わかりました。皆さんに、お知らせしますっ」
「止めろっ。『サルタン王子は、尻軽運動』をするなっ!」
リンゴが慌てていったが、キッとイツが睨んだ。
「貴族には、暗黙の了解だからね。勝手に婚約者にされた僕の仕返しの一つだ」
ランが今まで聞いていて、ずっと引っ掛かっていた事を聞いた。
「・・・・・イツ様、男性同士でも婚約者と言うのですか?私は特異体質だから、サウスに言われるのは分かるのです。貴族が同姓と『結婚』して、経済的に提携を持つのは知っているのですが」
「ああ、僕はちょっと特殊でね。ランと似た感じで、『子供が産める』かも知れないんだ」
何でも無いようにイツが言うと、リンゴが慌てた。
「イツ!それは、秘密案件だっ!ここにいる全員が粛清対象だぞ!」
リンゴが怒鳴る。
「ここは、ダグラズ家の敷地ですよ。そんな事したら、貴方達をつぶします」
「・・・・・・」
「ラン、怖がらなくていいからね」
俯いたランに、イツが優しげに声をかける。
ランが震えていた。
「ラン?大丈夫?」
ほら見ろ、とリンゴが言った。
「・・・・イツ様、機会があるなら、是非、身体を調べさせてくださいっ」
きらきらした目でランが、イツを見ている。
それは、恐怖でなく、歓喜と探求心。
怪訝そうにリンゴが、ランを見た。
「ふふ、ランは本当に学者馬鹿だなあ。僕の専属医師団の一人に加えてあげる」
イツが楽しそうに笑う。
「ありがとうございます!」
「ああ・・・・・イツと同じ目をしている。お前ら類友だな。ますます、サルタン王子に目をつけられるぞ」
リンゴが疲れたように、頭をたれた。
今日は、横にイツの補佐をしているミリがいる。
ミリは少年の格好をしているが、女性だ。
いつもの大きな帽子を深く被り、灰色の男性のの服を着て、いつも書類とペンが入った雑嚢を横掛けしている。
大きな綺麗な瞳は、目を引く。
いつも子栗鼠のように、パタパタと歩き回り、とても可愛い。
丸い頬っぺたは、少女そのものだが、イツと同じで成長が遅い種族らしい。もしかしたら、自分より年上か、同じ年かも知れないが、女性に年を尋ねるのは失礼と、一応知ってるので正確なことはわからない。
帽子の下には、見事な真っ赤な髪が隠されてるらしい。
イツが呼び寄せる前は、貴族の下働きをしていたと聞いた。今、その貴族と婚約しているそうだ。
幼い外見のミリに結婚を迫るなんて、ロジムの貴族は糞だ。と、ミリを好ましく思っている執事見習いが言っていたのでそうなのだろう。
ミリは、横でテーブルにカップをひろげ、数を数えている。
「ミリ、誰か来るのですか?」
「イツ様のお知り合いが、来られるそうです。仕事ではないので、中庭で茶会をするそうです。カップを揃えておいてくださいといわれました」
「ここは、人が少ないから。重いものは、私が運びます」
カップを盆に並べながら、ミリがにこりと笑った。
「ありがとう、ラン」
この別荘は、女中は年老いた者しか勤めていない。
わざわざ別荘に呼ぶなんて、よほど親しいのか、見せたくないのか。
ランは、ミリに言われた通りに盆をおきながらぼんやり考える。
しばらくして、ランが護衛のシオンを引き連れて、眠そうに中庭に歩いてきた。
「今日の客人は、ランとミリにも紹介するよ。いい人だよ」
「貴族の方を、ですか・・・・?はい、わかりました」
二人と不思議そうにしていて、イツが笑う。
「貴方がたは、古代種だからね。紹介しておかないと、駄目みたい。僕の下に居るのも珍しいみたいだ」
「はあ」
「黙って立っておいて。後は適当にするから」
ランが頷くと、屋敷に居るはずの執事が近付いてきた。
一瞬、何が起こったのかランは分からなかった。
客人がもうすぐ着きますと、イツの元に連絡が来たと同時に、屋敷の家人達が様々な道具や布を持って、中庭に入ってきた。
ランとミリが唖然としている間に、テーブルがセットされ、キラキラとした食器が飾られ、装飾品が庭に置かれた。
皆、音をたてず、素晴らしい速さで会場がセッティングされていく。
元メイドのミリが目を輝かせて見ている。
黒服のメイドや家人たちは、一礼すると周りにするりとたった。
洗練された動きは、プロを認識させる。
よく見ると、皆均整が取れた肉体を男女ともしている。
『ダグラズ家は、戦闘も出来る使用人ばかりなんだよ。皆、泥棒なんか、すぐに消しちゃうんだ』
昔、イツが楽しそうに言っていたのを思い出した。
貴族、怖い。
ランはただただ、呆然と見ていた。
あっという間に、質素な別荘の中庭が、優美な茶会場所に変わった。
しばらくして、どかどかとブーツで歩く音が聞こえた。
かなりの人数で、貴族の大男たちなのだろうなと、ランはぼんやり思っていた。
「イツ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
赤みの強い髪は短毛で、きっちりと押さえつけているようだが少し跳ねている。
背が高いが横も大きい。この中でも一番大きいかもしれない。
綺麗な筋肉だ。作られたものではない。
少し切ってもすぐ再生しそうと、ランは思った。
人懐っこい茶色の瞳はにかりと笑っていて、とても安心感を与える。
真っ青な軍服に肩には金色の線が入っていた。
男の後ろには、十数人護衛と思われる人間達が付いてきたが、軍服は全て黒だ。
「おお、イツみたいな子供と、蜜人がいる。噂は本当だったんだな。イツみたいな子供は、めんこいなあ。イツに、合うと思うぞ、うん」
ランがぽかんと見つめる。
イツが、青年に駆け寄った。
「久しぶり、元気でしたよ」
「そうか。王子も喜ぶ」
高位貴族のようだが、この人懐っこさはなんだろう。
「略式だけど、王宮からの使いなんだ。屋敷に来てもらって困るこら、ここにしたんだ」
そうだ。金色の線は、王族の関係者だ。
慌てて、ランとミリが片ひざを付いて、頭を下げる。
イツが笑う。
「大丈夫だよ。彼は王族じゃない。側近の一人で、現宰相の2番目の息子。武闘派だから、文官より武官に行った人。現在、彼女募集中だ。お金持ちだから、ミリどう?」
いや、かなりの上位貴族だ。
おどけて青年が言う。
「一応、爵位もあるぞ?イツ」
「・・・・わたしには、旦那様が居ますので」
ミリが困った声で答えている。
「だって。残念だったね」
青年は困った顔でイツを見た。
「まて、イツ。俺は初見で何故振られる話になっているんだ。特に何も言ってないのだが」
「こんな所迄来たのだから、嫁探しかと思って」
一瞬で真顔になった。
「茶化すのは止めろ。お前の自宅謹慎が解かれた。その書類と夜会の招待状だ」
胸元から、恭しく書類と封筒を差し出した。
「いらない」
「受け取れっ」
ぐいぐいと押し付けると、イツが両手を広げ取らないというジェスチャーをする。
「シオン、切って」
スチャと鞘が揺れた。
慌てて、書類を抱える。
「止めろ!シオン。お前ら、何度、強制的に謹慎を続行しているんだっ!遊びじゃないんだぞ」
「遊びじゃないから、行かないんだ」
「そんなにツンツンするな。王子も反省している。機嫌を治して、戻って貰わないと、業務が廻らないんだ!」
「そちらの勝手でしょう?」
ぼりぼりと頭をかいた。髪がほどける。
「イツ、お前の人選を優先してやる。前衛近衛隊がもうすぐ巡行から帰ってくる」
「本当?」
イツの声に感情が灯った。
前衛近衛隊、とランの頭の中で、どんな部隊だったか、情報が巡っていた。
国王や国のパレードで先頭を飾る、選ばれた見目麗しい貴族の部隊だったはず。
王族や国王の愛人もいると噂される所だ。
そんな部隊に、イツが興味を示すのは、驚きだった。友人でもいるのかしら。
「ああ、国王が御幸から戻るからな。あいつも元気してるようだ」
「サンチェに手紙を送ってるけど、返ってこないんだ」
「・・・・・王子が止めてるに決まってるだろう」
「やっぱり。うちのルートで出せば良かった」
「そう言うな。愛人と恋人が仲良くしているだけだと、こっちも言い含めていたんだぞ」
「勝手に思っておけばいい。お茶、どうぞ」
そっけなく、イツが言うと、おうと答えた。
「この子供たちだろう?」
ラン達を顎でしゃくった。
「そう、可愛いでしょう?二人とも優秀なんだよ」
大股でランの前までくると、覗き込むように凝視する。
ランがびくりと震え、真っ赤になる。
「おお、こっちがイツが保護している蜜人か。美人じゃないか。王子が発狂するぞ。匂いは無いな。残念」
「可愛いでしょう。ランと言うんです」
「ランか。俺は、王族近衛隊でサルタン王子の護衛をしている。リン・ゴ・アスルファントだ。リンゴと呼んでくれ」
「リン、ゴ様?」
覗きこまれ、後退りしながら言う。
「リンゴだ」
「リンゴだよ」
イツも追随する。
「は、はい。リンゴさんですね」
リンゴがうむ、と頷いて、椅子に座った。
「リンゴは、サルタン王子の筆頭護衛で側近で影武者なんだよぅ。」
「はあ・・・・」
聞いていい話ではない。
耳を塞ぎたくなった。
「おいおい、ばらすなよ。一応機密事項なんだぞ」
少し困ったようにリンゴが言う。おどけたように言うが、目は笑っていない。
イツの目も笑っていない。
・・・・・帰りたい。
ランとミリは思った。
「ミリは一族の関係者だし、ランは僕のお嫁さんだから、大丈夫。」
その言葉にぴくりとして、顔をあげた。
「本気で、嫁?冗談じゃなかったのか?王子は了承してるのか?」
「言ってないよ?だって、僕の家の話だもの」
「・・・・・本当に、食われるぞ。王子は、お前のものは俺のものだから」
「食べたら、そこで終わりだよ?」
「王子が蜜人の前で、我慢できる訳がないだう。参ったなあ。この子にも、護衛を増やしておこう」
「王子を静止出来ない時点でいりません。その護衛は、ランを守る護衛を阻止する護衛でしょう」
イツが後ろにいる黒服の護衛達を見た。
「狂った忠義なんかいらない」
その言葉に、護衛達が一斉にイツを睨み付けた。
その瞬間、周りに待機していたダグラズ家の家人達も、威圧を放った。
間にいるランとミリだけが、涙目でその様子を見ていた。
「・・・・・・そう言うな。出来るだけ、離すつもりだ」
沈黙が支配した。
「イ、イツ様、私が王子に会う予定はありませんから、だ、大丈夫です・・・・・・」
ランが怯えながらいうと、イツが嫌そうにため息ついた。
「会う予定があるんだ。その夜会には、ランとミリも出席させるように、書かれてる」
「ほう、やはり知っていたか」
感心したようにリンゴが言った。
「情報は来ていたよ。ミリは女の子で婚約者もいるから、夜会で王子の側に行くことはないけれど、ランは蜜人だから、正式に王族の直系に謁見しなければいけない」
「い、嫌ですッ!!」
ランと顔面蒼白だった。
「ほら、本人も嫌だと言っている」
「それでいいなら、俺はここに来ていない」
「・・・・・馬鹿王子は、まだ見ていないランに、嫉妬心を起こして、自分が謁見すると言い張ったのでしょう。緊張しないように、簡単な夜会にするとか、言って。正式な夜会だったら、王族の醜聞は、もみ消せませんからねえ」
「・・・・・我々も、善処するつもりだ」
「言っておきますよ?僕は不当に、僕のものを壊す人間は許しません。ダグス・ラルズ家の人間に、王族への忠義はないと思ってください」
「・・・・・・大丈夫だ。行ってくれるな?」
「いいでしょう。王子の補佐として、出席しますよ。僕の可愛いランを連れてね」
イツが一口、お茶を口に含んだ。
「ラン、何か聞きたいことはあるかい?何でも答えるよ」
「・・・・・イツ様、どうして無期限の自宅待機になったのですか?ずっと家にいらっしゃたので、城に勤めてる居ないと思っていました」
その言葉に、にっこりと頷く。
「サルタン王子を毒殺しようとしてね。『これは毒です。死にますが、食べますか?』と言ったら、喜んで食べたんだ」
「何を食べさせたんですか?」
屈強な王族の青年を殺害しようとしたのだ。成分と量が気になる。
「一滴で成人男性の致死量になる、蛇から抽出した神経毒。2滴、スプーンの切身に垂らしてみたの」
悪戯っ子の目をしていた。
無邪気の邪気だ。
イツは、本当に死ぬか試したかったのだろう。
「・・・・・初期治療が良かったんですね」
「咀嚼して、飲み込んだのを確認したんだけどね。すぐに胃洗浄されて、一週間寝込んだみたい。僕は、その後、押さえつけられて牢に半日拘留されて、無期限自宅待機になったんだ」
その言葉にランが首を傾げた。
「・・・・ロジムの王子は殺人未遂されても自宅待機で終わる位、命が軽いのですか?」
確か国王の息子は、二人しか居なかったはず。うち一人は、まだ幼い。
何か問題があるのか。
「まさか。一発一族斬首で、お家とり潰しだよ」
「では、」
「毒と言ったのに、自ら進んで本人が喜んで食べたから。馬鹿だよね」
「・・・・自殺願望ですか、それとも」
かなりオカシイ人をですか?
ミリも不思議そうにしている。
「サルタン王子は残念な方なんだよ。嬉しがって、毒を食べていたよ?」
イツの言葉に、ランとミリの眉ねの皺が寄った。
だから、王子なのに軽じられているのか。
可哀想な人を見る目で、側近のリンゴにまで見ている。
「・・・・おい、イツ。王子を変態にするな。お前にベタぼれで、お前が差し出した料理を毒と知りながら、食べたんだぞ」
「・・・・・ベタぼれ、なんですか?」
これは、明らかな塩対応と思うのだが。
イツは、興味がない人間には、上だろうと媚びを売らない。
しらりと面白く無さそうにイツも答えた。
「うん、そうなんだ。僕のこの姿が好きみたい。大人の姿には興味ないって」
その言葉に、ランとミリが衝撃を受けた目をしてイツを見つめた。
イツの姿は、少年のそのものだ。
『サルタン王子は、変態で幼児愛好家』
サウスより質が悪い。まだ、内に隠っているだけましだ。
ミリの目には、少し憐れみも見える。
「まさか、第三王位継承者が幼児愛好家とは、知りませんでした。確かに、イツ様だったら年齢的に合法ですが・・・・・貴族は闇が深いですね」
ランがしみじみと言った。
イツが頷きながら、お茶を飲んでいる。
しばらく沈黙が落ちた。
リンゴが我慢出来ずに叫んだ。
「おいっ!言葉が足らんだろうがっ。王子は、子供の頃、初恋でそのまま来てるだけだ。学園に入った時は釣り合いが取れていたはず。お前、もうしばらくしたら、成人の姿になるのだろう」
「初恋」
ランが眉ねを寄せる。
「初恋なんですか、素敵」
ミリが女の子らしく言ったが、イツが冷静に答えた。
「僕の母にね」
「・・・・・・」
ランたちに、再び衝撃が走った。
よく意味がわからない。
周りの家人たちや護衛たちは、知っているのかプロなのか、表情は一切崩さない。
もしかしたら、初恋の常識は貴族と平民では違うのかもしれない。
「えっ・・と、イツ様のお母様に初恋をして、イツ様がそっくりだったから、恋人にした。で、いいんですか?」
ランがストーリーを、ひねり出した。
「まあ、そんな所かな。当時、四歳暴君サルタン王子は、田舎に狼狩りを随行された。そのもてなした公爵家の妻君に初恋をして、田舎公爵家は罪をでっち上げられ、お家とり潰し財産没収。でも、しない代わりに妻君を差し出せと要求。その間に、王子は妻君を誘拐。怒り狂った公爵家の当時のお父様は、商会にも貴族にも手を回して、王とサルタン王子をぼこぼこにした。まあ、本当に財産没収されたから、大変だったよ、建て直すの」
もっとドロドロしていたので、ランは何も言えなかった。
「はあ」
「王子は、お母様にもこっぴどく振られて、お姉様に鞍替えしたら、トラウマになるくらい罵られて再起不能になったみたい」
「・・・・・・」
ランたちは、黙って聞いていた。
聞けば聞くほど、聞いてはいけない気がするのは正しいと思う。
「で、しばらく大人しくしてたのだけど、お姉様が第二王位継承者のグレン王子の婚約者にさせれらせて、僕に執着しだした」
「いや、最悪です・・・・・」
ミリがドン引きしている。
「最悪だよね。まだ、見てないのに、弟のイツは私のものだ。と、いい広めたらしい。最悪の学校生活だったよ」
「そうは言っても、王子はお前に一目惚れしているだろう。毒殺されるのわかっていて、食べるなんてなかなか出来ないぞ」
リンゴが持ち上げようとするが失敗する。
「王子が変態なだけでしょう?王族は、尻軽過ぎる。同じ顔なら、誰でもいいなんて」
「・・・・・・」
「イツ様、かわいそう」
ミリは、眉ねを潜めたまま、イツを見ている。
悲壮感迄漂っている。
明らかに、たちが悪い王子にイツはちょっかいをかけられているのだ。
イツは神妙に頷いている。
「可哀想でしょう?サルタン王子は、尻軽なんだ。皆、サルタン王子の私生活、知らないよね?だから、この話を婚約者の土地にも広めてきてね。商会の皆さんの奥方にも」
「わかりました。皆さんに、お知らせしますっ」
「止めろっ。『サルタン王子は、尻軽運動』をするなっ!」
リンゴが慌てていったが、キッとイツが睨んだ。
「貴族には、暗黙の了解だからね。勝手に婚約者にされた僕の仕返しの一つだ」
ランが今まで聞いていて、ずっと引っ掛かっていた事を聞いた。
「・・・・・イツ様、男性同士でも婚約者と言うのですか?私は特異体質だから、サウスに言われるのは分かるのです。貴族が同姓と『結婚』して、経済的に提携を持つのは知っているのですが」
「ああ、僕はちょっと特殊でね。ランと似た感じで、『子供が産める』かも知れないんだ」
何でも無いようにイツが言うと、リンゴが慌てた。
「イツ!それは、秘密案件だっ!ここにいる全員が粛清対象だぞ!」
リンゴが怒鳴る。
「ここは、ダグラズ家の敷地ですよ。そんな事したら、貴方達をつぶします」
「・・・・・・」
「ラン、怖がらなくていいからね」
俯いたランに、イツが優しげに声をかける。
ランが震えていた。
「ラン?大丈夫?」
ほら見ろ、とリンゴが言った。
「・・・・イツ様、機会があるなら、是非、身体を調べさせてくださいっ」
きらきらした目でランが、イツを見ている。
それは、恐怖でなく、歓喜と探求心。
怪訝そうにリンゴが、ランを見た。
「ふふ、ランは本当に学者馬鹿だなあ。僕の専属医師団の一人に加えてあげる」
イツが楽しそうに笑う。
「ありがとうございます!」
「ああ・・・・・イツと同じ目をしている。お前ら類友だな。ますます、サルタン王子に目をつけられるぞ」
リンゴが疲れたように、頭をたれた。
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