蜂蜜の君と

まきまき

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第一章

アサジとアリス

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ランが目が覚めたら、アリスの水色の瞳が不安そうに覗き混んでいた。
「・・・・・何を泣いているのですか?アリス嬢」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
アリスが謝罪した。
周りを見ると白い部屋だ。
医務室のベッドの上のようだ。
身体が痛い。
手を頬に当てると、大きなガーゼが張られている。
身体を起こすと、やはり硬いベッドに寝かされていた。

「ああ・・・・、私、殴られたんですね」

あの怒気に満ちた顔をした男は、アサジ侯爵だろう。
確かに、グリーダ家の大切な婚約者の肌を、一介の平民が触っていいわけない。
神天の子を研究出来ると、たかが外れてしまったようだ。
「泣かないで、アリス嬢。私が悪いのですから」
「違う。わたしが」
「アリス嬢、顔を洗ってきなさい。可愛い顔が台無しですよ。貴方は、笑顔がよく似合います。後、一人にしてもらっていいですか?」
「はい・・・・・・」
とぼとぼとアリスが部屋を出た。

さて、どうしたものか。

壁に倒れた時、変な筋肉を使ったのか節々が痛い。頬は口の中を少し切った位なので、ガーゼなんて大袈裟なのだが。
それよりも、イツがここに来るだろ。
イツは、自分の部下を傷付けられるのを特に嫌う。
なし崩し的に、サウスも呼んでいるかも知れない。サウスは、私の事になると我を失う。
この後の展開に、イツは頭が痛くなってきた。


「申し訳ない!この詫びは何でもする!私は何て事をしてしまったんだ!」
アサジが土下座に近い格好で、ランに謝った。
ランを殴った直後、引き離され、執事を含む家人達から長く説教され、アサジは弱っていた。

曰く、そのような短絡的思考だから、アリス嬢に愛想をつかされるのだ。
曰く、暴力に訴えるから、アリス嬢に愛想をつかされるのだ。
曰く、自分より弱い人間に手を上げるから、アリスに愛想をつかされるのだ。
曰く、歩みよる努力をしないから、アリス嬢に・・・・・

ランが、アサジの迫力に仰け反る。
うなだれるアサジに、ランが慌てた。
「や、止めてくださいっ!貴族なのに、謝らないでくださいっ。誤解されるような場所にいた私が悪いのですから」
アサジの後ろで、クヌが頷いている。
「当主なら、現状確認が先だろう。それをいきなり、殴り付けるなんて騎士の風上にも置けない」
「その通りだ。貴方が望む治療と慰謝料を」
「止めてくださいっ!」
ランが悲鳴を上げた。
「もうすぐ、ダグラズ家の方が来るだろう。大事をとって今日は、こちらで休んでいってもらっても」
「大丈夫ですっ」
「ラン!大丈夫かっ!?」
あっという間だった。
バンっとドアが空いた瞬間、サウスがアサジを殴り付けていた。
「貴様っ!!よくもっ!」
アサジが抵抗せず殴られ、壁に叩き付けられた。
「旦那様っ!?」
アカシ達が慌てて、サウスを引き剥がした。
「ランに乱暴したんだぞ!こいつ、殺してやるっ!」
「旦那様、落ち着きましょう!あちらに!」

サウスが退場させられ、その場に沈黙が支配した。
「・・・・サウスザリア子爵が、申し訳ありません」
ランが疲れたように、頭を下げた。
頬の傷を気にしながら、アサジが立ち上がった。
「いや、・・・・・すまなかった」
「顔、大丈夫ですか?手当てを」
思いっきり殴られたように見えたが、唇の端を気にするぐらいで、アサジにはダメージがそんなに無いように見えた。
貴族は作りが違うのだろうな。
ランは自分の脆弱な身体を呪いたくなった。
「貴方の顔を殴ったのだ。当たり前だ」
「貴族の貴方が、本気で殴っていたら、私の顎は砕けていたでしょう。当てる瞬間、手加減されたのでしょう?私も誤解されるような事はをしていた」
そう、確かにアサジが手をあげて、ランの頬を触れる一瞬、アサジの手が止まったのだ。
あまりのもやしぶりに、一撃で壊してしまうとわかったのだろう。
命拾いしたと思う。
誤解で命を失くすのは、笑い話だけで結構だ。
「・・・・・・申し訳ない」
目の前のアサジは、しょんぼりしていてまるで大きなぬいぐるみみたいだ。
ランは少し笑った。
「頭をさげないでください。アリス嬢の所に行かれてください。ショックを受けているようだ」
「・・・・・・」
アサジは踵を返した。


「嫌い!旦那様なんて、大っ嫌い!」
アリスは自分の部屋で、泣いていた。
今まで、そんなに激しい感情をぶつけられたことがなかったので、アサジは何故か嬉しかった。
「ランに嫌われちゃう!馬鹿、馬鹿馬鹿、旦那様なんて、大っ嫌い!ランが辞めちゃう」
わんわんアリスが泣いている。
「・・・・なんとかする。家庭教師も、辞めさせない」
「・・・・本当?ずっと、一緒に居れる?」
「ああ、本当だ。だから、泣かないでほしい。ラン殿には、ちゃんとお詫びをして、続けてもらうから」
鼻をかませながら、アサジがアリスの背中を撫でる。
「旦那様、ランを嫌いになる?」
「ならないよ。旦那様じゃなくて、アサジと呼び捨てにしてほしい」
「でも、皆、旦那様と呼んでいるわ。この屋敷で一番偉いから」
「偉くないよ。アリスには、名前を呼んでほしいんだ」
「・・・・・・」
アリスはだだ、だまって見ている。


イツがゆっくりと部屋に入り、椅子に座った。
「大丈夫かい?痴話喧嘩に、巻き込まれたみたいだね」
「イツ様」
大人びた口調は、子供の姿に不似合いだが、イツの瞳は冷たい目をしていた。
「ごめんね。まさかこんなことになるなんて」
「いいえ、申し訳ありません。私が出過ぎた真似をしたせいです。アサジ侯爵もアリス嬢も悪くありません」
ランがうなだれる。
イツは鼻を鳴らしただけだった。
扉が開いた。
「イツ様」
泣きはらした顔をしたアリスが、ぱたぱたイツに駆け寄った。
「ごめんなさい。ランを怪我させてしまって」
「・・・・・・アリス、今日はランと何を話していたの?」
アリスは、考えながら答えた。
「今度、クッキーを一緒に作るって。後、肌の色が悪いから、いろんな物を食べましょうって。」
「そう。顔色がよくなってるね」
「ランが美味しいご飯を作ってくれるの」
「ランとの相性は良かったみたいだね」
「何の話をしているんですか?」
「アリスがランを気に入ったという話だよ。ね、アリス」
「ええ。ラン、大好き」
後ろにアサジ立っていて、ランが青ざめる。
イツは気にした素振りなく、二人を椅子に座るように即した。
ランはベッドから、三人の顔を見て、部外者だから違う場所で話し合ってくださいと、願っていた。
「さて、アリス、こちらに戻るかい?」
イツが言うとアリスがこくりと頷いた。
「だめだ!だめだ!だめだ!」
慌てアサジが立ち上がると、アリスがイツの後ろに隠れた。
アサジが戸惑ったように、椅子に座る。
「・・・・言ったはずでしょう。脅えさせないでくださいと」
イツがアリスの頭を撫でる。
「グリーダ家との約束はどうなるのですか?神天の子を、系統に組み込むと」
「別にアリスでなくてもいい話です」
「ア、アリスは、グリーダ家の所縁が深いはずだ」
その言葉に、イツが嫌そうに顔を歪めた。
「貴殿方が、閉じ込めていたからでしょう。それは所縁がとは言わない。ただの人拐いだ」
「・・・・・・」
「・・・・・どうします?別の子を寄越しましょうか?アリスは貴方との婚姻生活は難しそうだ」
「駄目だ!アリスは、私の妻だ!」
「嫉妬に狂って、家庭教師を殴り付ける乱暴者に、アリスは任せられません。しばらく、アリスはうちで預かります」
「そんな」
イツがアサジを睨み付けた。
「うちの大事な部下を傷付けましたね?」
「申し訳ない・・・・・・」
「反省ならどうとでも言えます。アリスが許すまで、貴方は毎日、ランに頭を下げてください」
いきなり振られ、ランがあたふたした。
「や、止めてください。イツ様、とっくに許してますっ!」
「ラン、貴方のためではない。彼は、我を忘れて、いきなりランを殴った。アリスにそれをしないと、誰が言える?私はアリスの保護者として言ってるんです。あと貴方とアリスは話し合いが足りない」
「・・・・・・」
「わかりました。通います」
アサジはまっすぐにイツを見つめた。


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