蜂蜜の君と

まきまき

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第一章

アサジと婚約者と君

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週に数回の訪問であったが、アリスは、ランに驚くほど懐いた。
誰かが、自分が来ることを心待にしてくれるのは、なんにせよ嬉しいものだなとランは思った。
元々、あまりグリーダ家の家人は執事位しか会わないが、少しは自分を認識してもらっているらしい。
暫くすると、テーブルにティーセットや、簡単な調理器具等が置かれていた。

二日目に、ポットを持参したのを見ていたらしい。その日は、お茶に興味を持ったので、美味しいお茶の入れ方を教えた。
やはり、アリスは勉強嫌いと言うより、教養を触れされないようにしていたようだ。
家庭教師も何も付けられた形跡がない。

執事が、執拗最低限のしつけだけを教えていたようだった。
過去に数人、家庭教師をつけたが、当主によってすぐに解雇されたらしい。

アリスはランの言うことは、言われた通りにやる。
優等生といってもよかった。

ずっと、閉じ込めているわけにもいかないだろうに。

ランは早急に家庭教師を付けることを、進言した。
意外に甲斐甲斐しく、アリスの世話をするランに、周りの家人達が、アリスと一緒に取る事を望んだ。
アリスは、偏食らしい。
ランが言えば、偏食も治るかもと思ったのだろう。

料理に関して思い入れがあるランには、偏食は由々しき事態だ。
聞けば、成長期のアリスに、いろんな食事を出すがほとんど残してしまうという。
「アリス嬢、ちゃんと食事をとっていますか?」
アリスは前菜のサラダは完食しているが、メインの肉料理はほとんど手を付けていない。
「美味しくないの。それにお肉ばかり」
「ふむ・・・・・食生活が違うのかな?甘いのは好き?」
「好き。でも、甘過ぎるから、沢山食べれないの」
困ったように、アリスが言う。
「じゃあ、一緒に作りましょう」
「わたしも?いいの?」
「はい。お勉強の一貫です。今日は、簡単な蒸しパンを作りましょう」
「はいっ」

アリスがキラキラした目で、ランを見つめる。
アリスにとって、ランは好奇心をくすぐる最高の先生だった。




グリーダ家の当主であるアサジは、国王の近衛隊長の一人だ。
筋肉がついているが、背が高いので、すらりとした印象がある。茶色の髪は短く切られ、爽やかな茶色の目元は、誠実そうに見えた。
一応、隊長との肩書きを持っているが、他の隊長達より年下なので、書類業務が多く廻ってくる。

国王が外遊する場合は、同行するため、城に泊まり込みになるが、ほとんど今は自宅で、書類業務を処理している。
執務室には、同僚で補佐のクヌと数人の部下が立ち代わり入れ替わり書類を持ってくる。

クヌは、アサジの従兄弟になり、母親はアサジの乳母になる。
アサジより横も縦も大きく厳つい顔をしているが、クヌは、誰よりも優しい事をアサジは知っている。

「アサジ、さっさと終わって、城にあがるぞ。今日は、会議だろ。あと、部隊の連中が、腑抜けてたぞ」
「今やってる。夕方から、特別演習だ」
アサジが顔を上げた。
「どうした?」
クヌが怪訝そうに、アサジを見た。
「アリスの声がする」
初めて、アサジはアリスの笑い声を聞いた気がした。
執務室から慌てて、窓際による。
窓下には、アリスが中庭で、線の細い青年と話している。

手には、パンが握られて、楽しそうに食べている。
「可愛い・・・・・・」
年相応の子供の笑みだ。
「愛しい婚約者様か」
クヌは、アリスをよく知らない。
いきなり、アサジが連れてきたのだ。

亡くなった祖父が保護していた“神天の子”だと。

いるだけで、家に福を呼び込む“神天の子”。
クヌはまったく、信じていないし、胡散臭いと思っている。
「あ、ああ。可愛いだろう?アリスが庭で遊んでいる」
嬉しそうにアサジが、アリスを見ている。
クヌが一緒に中庭を見て、眉根を潜めた。

「・・・・・あの男、ダグラス家から派遣された家庭教師だろ?」
「そうだ。蜜人の系譜らしい。薬で抑えているから、実害はないそうだ」
成人後に発覚した蜜人の出現は、上層部で噂になった。麻薬にもなる蜜人の血肉が貴族間の没落に関係することもあるからだ。
すぐにダグラズ家とミグリ家が名乗りを上げて、ダグラズ家が保護することで終息したと聞いている。

眼下の青年は、ひょろりとして、いかにももやしだ。
見目は良さそうだが、人一人守れんだろうなと。
「保護対象なのに。よく他の貴族に貸し出したな。何を考えてるんだ、ダグラス家は」
蜜人を人身御供で、他の貴族に貸し出すのは、貴族の悪しき慣習だとクヌは思う。
「・・・・蜜人としては、貸し出ししてない。あくまでアリスの家庭教師だ。それと、アリスの専属の医者だ」
アサジが嫌そうに答えた。
「医者?あの若造が?間違いが起こってもいいのか?」
「ダグラズ家からの指示だ。仕方がない。付けないと、アリスとの婚約が無くなる」
「なんでそんなに固執するかね。〝神天の子〟っていっても、末席で血も薄いんだろ。箔付けなら、別に他の娘でも」
何気に言うと、アサジが言葉を被せた。
「アリスは、グリーダ家のものだ。他の娘はいらない。祖父には懐いていたのに、私には全然なのは仕方がない。もっと話せばわかってくれる」
クヌはため息をついた。
この若き当主は、アリスを正妻にすると言って聞かないのだ。
「わがまま放題はいかんだろう。お前か渡した、花束棄てたの見てただろ」
目の前で、中庭に花を投げ捨てた。
アリスは謝る事もせず、走り去った。
「違う。わがまま放題じゃない。他の人間には従順で、素直だ。私にだけ、嫌がる事をする」
「甘えてるんじゃないか」
アサジが頭を振った。
「違う。嫌われようとしている。私との婚姻を破棄させたいんだ」

「まさか。ただの我がまま姫だろうに。グリーダ家の後ろ楯がなくなったら、孤児になるだけだろ」
アサジが暗い顔をした。
「ダグラス家が一枚噛んでいる」
アサジが、いらないと言えば、アリスはダグラズ家に保護される。そして、二度とアサジの前に現れないだろう。
「はあ?あそこは相変わらず胡散臭いな。気を付けろよ。あの若造と懇ろになるかも知れんぞ」
まさかと思いながらも、アリスは弾ける笑顔で青年を見上げている。
「・・・・・・」



庭でアリスは初めて自分で作った蒸しパンを、ふにふにと触っていた。
「食べ物で遊んではいけないよ?食べれる?」
「はい。美味しい」
「・・・・アリス嬢、私は貴方の医者にもなります」
蒸しパンを頬張るアリスは、年相応にみえた。
ぺろぺろと親指についたジャムを嘗める。
「お医者様?ランは、とても頭がいいのね。お医者と先生はいっぱい勉強しなきゃなれないって」
「取り柄が勉強しかなかったのです。そして、研究者でもあります」
「?」
「私は貴方の〝神天の子〟の血を調べたい」
正直にランはアリスに言った。
「・・・・ランは、直接、わたしに言うのね。今までお医者は、わたしに隠れて調べていたわ」

アサジが気付いて、すぐに辞めさせたのを知っている。
「私は偏屈なんです。しかも嘘が苦手だ。だから、最初に言います。貴方の血を実験に使います」
ランは真っ直ぐに、真摯にアリスを見つめた。
学者馬鹿の片鱗を見せながら、ランは自分の血を調べたいと言うのだ。
「・・・・いいわ。ランなら、許してあげる。でも、ラン以外の方から、診察は受けたくないわ」
「責任もって、貴方の健康を維持します。勉強も頑張りましょう、アリス嬢」
「ええ、先生。いろんな事を教えてね」



アサジは、アリスが婚約者になる前から、アリスを知っている。
アリスは、ずっと祖父の別荘で監禁されていた子供だ。
両親を早くに事故で亡くし、グリーダ家の当主であった祖父は、アサジを溺愛してくれた。
しかし、アリスの存在を祖父は教える事はなかった。
存在を知ったのは、偶然だった。
5年前になる、鷹狩で寄った別荘で、開けたことがない扉が開いていたのだ。世話をしていた女中の閉め忘れだった。
扉の先の廊下を歩くと、広い庭と離れの部屋があった。庭の東屋のベンチで女の子が眠っていた。

初めて見る女の子だった。

長い銀髪に幼い頬、長い睫毛の下にはきっと大きな瞳がある。
銀髪をした人間なんて、見たことがなかった。まるで、天使だ。
アサジは何故か、戸惑いその場から逃げ出した。
その日から、銀髪の天使がアサジの心を支配した。
後日、祖父からアリスの事を聞いた。
見たのか。とそれだけだった。

アリスはグリーダ家の守り神だ。だから、死ぬまであの場所で監禁される。決して、外部に漏らすなと
そう言われた。
アリスに会える事はなかった。
祖父が亡くなった時、真っ先に思い浮かんだのは、アリスの存在だった。
自分が当主になったのだから、アリスの世話も自分がするのだと。何故か、非常に気分が高揚したことを覚えている。

アリスは外に出たいと、初めて見た新しい当主にねだった。

水色の瞳に自分が映っていることに、アサジは高揚した。
思えば、外に出る機会を窺っていたのだろう。
媚びるアリスに、まんまとアサジは引っ掛かった。
アリスは学や教養はないが、誰が悪いのか理解していた。
アリスを別荘から出して、籍を作り、婚姻届を出そうとした。

アリスを外に出した瞬間、ダグラズ家が動いた。アリスは神天の子。
神天の管理は、ダグラズ家が行っている。
アリスは拐われた、神天だと。

祖父が表に出すなと言ったのは、この事だったのか。


アリスを返せと。
アリスは、私のアリスなのに。
ひっくり返す情報を、アサジは持っていなかった。ダグラズ家はあからさまな重圧をかけ、アリスをグリーダ家から引き離そうとした。
同時に、ここまで保護してくれた礼に、アリスと違う、グリーダ家に見合う爵位と教養と美貌を持った女性を用意すると言われた。


それでも、アリスとの婚姻を認めさせようとしたアサジに対して、多額の結納金を求めた。
アサジは素直に従った。
アリスが手に入るなら、安いものだった。
まさか、金を支払うと思っていなかったのだろう。ダグラズ家の交渉人の唖然とした顔は、今思い出してもおかしくなる。
他の見目の良い子なんて、いらない。

アリスがいいんだ。

家庭教師をつけたが、すぐに辞めさせた。
無学のアリスを笑ったからだ。それに、異質な目で見る人間も辞めさせた。
アリスは、媚びても屋敷から出られないと気付いたのか、私の前で笑わなくなった。
笑わない顔も可愛いと思う。
アリスは自分に懐いていないが、きっとわかりあえるとアサジは信じていた。



それは、場が悪かったとしか言いようがなかった。
アサジがクヌに言われて、二人を見に行った場所は、中庭の脇にあるメイド達が使う休憩部屋だった。
「ラン、くすぐったいわ」
「我慢してください。深呼吸して」
「はあい」
その時、ランはアリスの喉と肌を直診して、アレルギーを確認していた。
扉を開けたアサジが見た光景は、服を乱れさせあられもなく肌をランに見せているアリスだった。
「!?」

ランが、殴られたんだと気付いた時は、吹っ飛んでいた。
そのままは、壁に当たり、ランは意識を失った。

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