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第一章
ダグラズ家の息子の憂鬱
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ダグラス家の朝は早い。
長男であるイツが日の出とともに起き、書類整理をした後で朝食をとるのだが、それでも早かった。
女中や執事達も数人しかまだいない。
成長が遅いせいで、外見は子供に見られているが、実質ダグラス家の仕事管理をしているのはイツだった。
十代前半の姿で取り仕切る姿は、家の威信に関わるので、ほとんど表にでることはなかった。
当主の父親は、国の業務でほぼ家にいない。
イツは誰もいない中庭が見える場所で食事をするのが気に入っていた。
イツはパンをちぎり、黙々と口に放り込んでいる。
「イツ」
声の方に目を向けると、長い黒髪の男性がたっている。
「・・・・・おはようございます。お久しぶりですね、父上」
その言葉に、青年は軽く頷く。少し目の下にクマが見えたが、威風堂々といった印象を与えた。
金に黒の縁取りが入った珍しい瞳を持った美丈夫だった。
ブルーブラックの長衣は、サゾルの服ではなく、地元のシライシで着られている服だ。
袖口には金糸で鮮やかな刺繍が見える。
黒い髪を後ろで束ね、鋭い眼差しはますます鋭く見えた。無言の威圧感がある。
ダグラス家の当主であるオリオンだった。
「ひさしぶりだな。ずいぶん早い朝食だな」
そう言って、イツの正面に疲れたようにどっかりと座った。
執事が、紅茶を前に置いた。
柑橘系の爽やかな香りが周りを包む。
2人は、正真正銘の血のつながった親子であったが、母親似のイツを見て勘ぐる人間は少なくない。
イツには姉がいるのだが、姉は見事に金黒目に艶やかな黒髪を持っていた。
オリオンはそんな噂に対して、一瞥するだけだった。
イツの親であり、国の経済を担当している彼は、オリオンが本名だが、巷では、黒獅子と呼ばれていた。
「書類の整理がありますから、ランがくるまえに終わって置かないと遊べないでしょう」
オリオンは、鼻を鳴らすと、くいっと紅茶を飲んだ。
「ラン?学者出の秀才だったな。お前のお気に入りだな。昨日、仮眠を取るつもりで山の別荘に行ったら、そのランがいたぞ」
「ああ、貸してるんです」
何でもないように、イツが言った。
「・・・・・私が当主と気付いて居なかったぞ」
憮然としながら言うその言葉に、イツが笑う。
「無礼な対応はされなかったでしょう。別荘を使う代わりに、たまに親戚の、商売が上手なおじさんが訪ねてくるから、温かい料理とベッドを提供するようにいってます。容姿もダグラス家の金黒目ですぐわかると。まさか、大臣が数人の護衛と軽装で来るとは思っていないでしょう」
「ふん、普通に出迎えられて、飯と酒が用意された」
常備されている食材で、よくあれだけの料理を作れたものだと、思い出しながらオリオンは言った。
「美味しかったでしょう?食材は常備してるし、ランは趣味が料理だから。キッチンが広いと喜んでいた」
その言葉に、オリオンが素直に頷いた。
「うむ、うまかった。あいついいな。頭もいい。私の酌の相手をしてくれたが、博識だ。それに柔軟性もある」
「あげませんよ。ランは僕の片腕になるんです」
オリオンがつまらなさそうに言った。
「ふん、なら、あの蜜人の匂いをどうにかする事だな」
「わかりましたか?」
「当たり前だ。後ろの護衛達がふらふらしていたぞ。本人は気付いていないみたいだったな。いままで、周りが貴族がいなかったか」
釈然としない顔でオリオンが呟いた。イツが不思議そうに、見つめ返す。
父親は、地方出身だが、生粋の貴族だ。
「父上はどうもないんですね」
「あれくらいで、ふらふらしてどうする。アエカで鍛えられているからな。母親が保護対象だったが、息子までとは書いていなかったはず」
アエカとは、イツの母親になる。
ランに似た古い血をもっているせいか、よく騒動に巻き込まれている。
「隠れ蜜人なんです」
軽くイツが言った。
「どうでもいいが、早く主人を明確にする事だ。蜜人は騒動の種だ。お前では、まだ無理だろう。私がなってやろうか?」
その言葉に、イツが驚く。父親は自分の利益にならない事には手を出さない。
よほど気に入ったか、使い道をみつけたか。そう言えば、ランは雰囲気がアエカに似ているかもしれない。
「結構ですよ。そのまま、自分の部下に取り込むつもりでしょう。ランは、ミグリ家の長男が主人になる予定です」
「ミグリ家?ああ、若造がいたな。うちの商売にちょっかいをだした怖いもの知らずか」
慈善家で売っているダグラス家は、裏では商人たちとがっちりと癒着していた。
「ランの事で、逆恨みされましたからね。返り討ちにしたから、影響はありません。ただ、ランは主人として納得していませんが。ミグリ家の長男はランを恋愛対象として見ているようなので。あんまり嫌がるんだったら、僕が成長したら、主人を変わってもいいし」
「なんだ、よほど気に入ってるんだな。お前の子供でも産ませるか。蜜人の血が入った子も面白いな」
にやりとオリオンが笑った。
イツは何でもないように呟いた。
「母の血と蜜人の血を持つ子供なら、いろいろ利用出来るでしょうね」
「・・・・・・私は、お前たちを利用した事は、ないぞ」
「わかってますよ」
にこりとイツが笑った。
「父上は実力でのし上がってきた。それが母様のそばに居れる第一条件でしょ」
ほぼ幽閉状態でオリオンの妻になったアエカは、イツが赤子の頃、ダグラス家を出て行ったことがある。
当時、おかしくなったオリオンが、保護された場所まで追いかけ、母親を数回誘拐したと聞いたことがあった。
話し合いの末、母親はグラゾラに籍を置き、オリオンは繁殖期と祭りの日だけ会えることが許されていた。
「そうだ。大臣職なぞ、さっさと退任してアエカと一緒に暮らしたい」
イツが大人びた笑いをする。
「王が許さないでしょうね。国が乱れるのは、本意ではないでしょう」
国王の近頃のお気に入りは、オリオンだった。
「バカ国王が。忌々しい。お前もボンクラ王子をちゃんと操縦しておけ。また、グラゾラに薬を撒こうとしているぞ」
オリオンは、国王に気に入られる以前に、外交の技術を買われ、第三継承者と言われる王子の教育係りになっていた。
王子は、数年だけ入ったイツの学生時の先輩に当たった。
その時から、イツはその王子につきまとわれていた。
「ああ、大丈夫ですよ。中身はすべてすり替えています。王子も暇になると、すぐ隣国に喧嘩を売るから困ったものです」
「サゾルは血の気が多いからな。そのくせ、単独行動を好む。馬鹿者どもが」
「・・・・・母様のための箱庭ですよね」
「そうだ。アエカの為にだ。だから、国にも関わってるんだ。少し寝る。夕食後に城にあがる」
「わかりました。おやすみなさい」
生あくびをかみ殺し、オリオンが右手を上げ立ち上がった。
イツはすっかり冷えてしまった紅茶を飲み干した。
数時間後、イツは専用の執務室にいた。
執務室の中心にある大きな机には、大量の書類が山積みにされている。
承認ずみなので、サインをするだけなのだが、見ただけでうんざりする。
隣の席で、ランが黙々とサインを代行している。
ふわりと蜜人のとろりとした、いい香りがして、イツのダグラス家の血を刺激する。ランは気付いていないせいか、近頃は香りが強くなっているのがわかる。
蜜人の香りに反応するのは、貴族ぐらいのせいか、ランの周りも騒ぎになっていない。
刷り込みで、おやつを食べたくなっているのはラッキーだなとイツは思った。
ダグラス家は田舎貴族だが、生粋の血だから、蜜人に対して見境がなくなる可能性があった。
自分の右腕にする人材を、それで潰すのはおしいと思う。
「ラン、体調はどう?」
書類に目を落としていたランが顔を上げた。眼鏡の隙間から、綺麗な鳶色の瞳が見える。
「はい。薬が効いていて、貧血もよくなりましたよ」
「良かった。顔色もいいみたい」
「はい。体調もよくなりました」
「別荘は自由に使っていいよ。来客があっただろう。騒がしかった?」
「ああ、昨晩の。イツ様の叔父の方ですね。イツ様に面影が似てましたよ。とても美味しいお酒をご馳走になりました。経済の話も、とても面白かったです。仕事を楽しそうに話される方ですね。全員、沢山食べられて、作りがいがありました」
嬉しそうにランが言った。
「・・・・・料理、美味しかったって。また、食べたいと言ってたよ」
ランが少女のようにはにかみ、微笑んだ。
イツが頷いた。
「後、蜜人の件なんだけど」
イツが引き出しから、錠剤が入った袋を取り出した。
ランの顔が、一瞬で強張る。
「私は、蜜人ではありません」
「・・・・・・・」
「人前に出ても、何も変わりませんし。男のままだ。きっと、検査の数値が間違っていたんです。保護までしてもらって、申し訳ないですが」
「うん、そうかも知れないけど、一応ね。蜜人は、我を失った人間におそわれることがあるんだ」
「はあ」
「だから、匂いを抑える薬。普通の日常生活が送れる位まで、抑えてくれる」
「必要ありませんから」
イツが肩をすくめた。
「・・・・・・そう。サウスザリア侯がいるから、大丈夫かな。いつでもいってね、すぐ渡すから」
そう言って、袋をしまった。
「・・・・・・・」
沈黙の後、イツが微笑みながらいった。
「あとね、ラン。もし襲われたら、血を匂わせたらいいよ」
「血?自分の?」
「うん。蜜人の血は麻薬と同じで、免疫がないと言いなりになっちゃうから。少し匂わせれば、すぐだ」
「はあ・・・・・」
「安定したら、言葉だけで言いなりにする事ができるみたいだけど。血は緊急時な時だけね」
「不思議な血ですね。よく、わかりません」
「ランのスズ母に聞いたら、対処法を教えてくれるよ。帰ってないでしょ」
「夫婦水入らずで、楽しんでるみたいですよ」
「・・・・・スズ母は、保護されてるけど、うまく立ち回ってほぼ自由に行動してるから、教えてもらうといいよ」
「・・・・・わかりました。参考に聞いてみます。イツ様、書類もらっていきますね。後はやっておきますので」
不服そうに、それでもランは静かに呟いた。
長男であるイツが日の出とともに起き、書類整理をした後で朝食をとるのだが、それでも早かった。
女中や執事達も数人しかまだいない。
成長が遅いせいで、外見は子供に見られているが、実質ダグラス家の仕事管理をしているのはイツだった。
十代前半の姿で取り仕切る姿は、家の威信に関わるので、ほとんど表にでることはなかった。
当主の父親は、国の業務でほぼ家にいない。
イツは誰もいない中庭が見える場所で食事をするのが気に入っていた。
イツはパンをちぎり、黙々と口に放り込んでいる。
「イツ」
声の方に目を向けると、長い黒髪の男性がたっている。
「・・・・・おはようございます。お久しぶりですね、父上」
その言葉に、青年は軽く頷く。少し目の下にクマが見えたが、威風堂々といった印象を与えた。
金に黒の縁取りが入った珍しい瞳を持った美丈夫だった。
ブルーブラックの長衣は、サゾルの服ではなく、地元のシライシで着られている服だ。
袖口には金糸で鮮やかな刺繍が見える。
黒い髪を後ろで束ね、鋭い眼差しはますます鋭く見えた。無言の威圧感がある。
ダグラス家の当主であるオリオンだった。
「ひさしぶりだな。ずいぶん早い朝食だな」
そう言って、イツの正面に疲れたようにどっかりと座った。
執事が、紅茶を前に置いた。
柑橘系の爽やかな香りが周りを包む。
2人は、正真正銘の血のつながった親子であったが、母親似のイツを見て勘ぐる人間は少なくない。
イツには姉がいるのだが、姉は見事に金黒目に艶やかな黒髪を持っていた。
オリオンはそんな噂に対して、一瞥するだけだった。
イツの親であり、国の経済を担当している彼は、オリオンが本名だが、巷では、黒獅子と呼ばれていた。
「書類の整理がありますから、ランがくるまえに終わって置かないと遊べないでしょう」
オリオンは、鼻を鳴らすと、くいっと紅茶を飲んだ。
「ラン?学者出の秀才だったな。お前のお気に入りだな。昨日、仮眠を取るつもりで山の別荘に行ったら、そのランがいたぞ」
「ああ、貸してるんです」
何でもないように、イツが言った。
「・・・・・私が当主と気付いて居なかったぞ」
憮然としながら言うその言葉に、イツが笑う。
「無礼な対応はされなかったでしょう。別荘を使う代わりに、たまに親戚の、商売が上手なおじさんが訪ねてくるから、温かい料理とベッドを提供するようにいってます。容姿もダグラス家の金黒目ですぐわかると。まさか、大臣が数人の護衛と軽装で来るとは思っていないでしょう」
「ふん、普通に出迎えられて、飯と酒が用意された」
常備されている食材で、よくあれだけの料理を作れたものだと、思い出しながらオリオンは言った。
「美味しかったでしょう?食材は常備してるし、ランは趣味が料理だから。キッチンが広いと喜んでいた」
その言葉に、オリオンが素直に頷いた。
「うむ、うまかった。あいついいな。頭もいい。私の酌の相手をしてくれたが、博識だ。それに柔軟性もある」
「あげませんよ。ランは僕の片腕になるんです」
オリオンがつまらなさそうに言った。
「ふん、なら、あの蜜人の匂いをどうにかする事だな」
「わかりましたか?」
「当たり前だ。後ろの護衛達がふらふらしていたぞ。本人は気付いていないみたいだったな。いままで、周りが貴族がいなかったか」
釈然としない顔でオリオンが呟いた。イツが不思議そうに、見つめ返す。
父親は、地方出身だが、生粋の貴族だ。
「父上はどうもないんですね」
「あれくらいで、ふらふらしてどうする。アエカで鍛えられているからな。母親が保護対象だったが、息子までとは書いていなかったはず」
アエカとは、イツの母親になる。
ランに似た古い血をもっているせいか、よく騒動に巻き込まれている。
「隠れ蜜人なんです」
軽くイツが言った。
「どうでもいいが、早く主人を明確にする事だ。蜜人は騒動の種だ。お前では、まだ無理だろう。私がなってやろうか?」
その言葉に、イツが驚く。父親は自分の利益にならない事には手を出さない。
よほど気に入ったか、使い道をみつけたか。そう言えば、ランは雰囲気がアエカに似ているかもしれない。
「結構ですよ。そのまま、自分の部下に取り込むつもりでしょう。ランは、ミグリ家の長男が主人になる予定です」
「ミグリ家?ああ、若造がいたな。うちの商売にちょっかいをだした怖いもの知らずか」
慈善家で売っているダグラス家は、裏では商人たちとがっちりと癒着していた。
「ランの事で、逆恨みされましたからね。返り討ちにしたから、影響はありません。ただ、ランは主人として納得していませんが。ミグリ家の長男はランを恋愛対象として見ているようなので。あんまり嫌がるんだったら、僕が成長したら、主人を変わってもいいし」
「なんだ、よほど気に入ってるんだな。お前の子供でも産ませるか。蜜人の血が入った子も面白いな」
にやりとオリオンが笑った。
イツは何でもないように呟いた。
「母の血と蜜人の血を持つ子供なら、いろいろ利用出来るでしょうね」
「・・・・・・私は、お前たちを利用した事は、ないぞ」
「わかってますよ」
にこりとイツが笑った。
「父上は実力でのし上がってきた。それが母様のそばに居れる第一条件でしょ」
ほぼ幽閉状態でオリオンの妻になったアエカは、イツが赤子の頃、ダグラス家を出て行ったことがある。
当時、おかしくなったオリオンが、保護された場所まで追いかけ、母親を数回誘拐したと聞いたことがあった。
話し合いの末、母親はグラゾラに籍を置き、オリオンは繁殖期と祭りの日だけ会えることが許されていた。
「そうだ。大臣職なぞ、さっさと退任してアエカと一緒に暮らしたい」
イツが大人びた笑いをする。
「王が許さないでしょうね。国が乱れるのは、本意ではないでしょう」
国王の近頃のお気に入りは、オリオンだった。
「バカ国王が。忌々しい。お前もボンクラ王子をちゃんと操縦しておけ。また、グラゾラに薬を撒こうとしているぞ」
オリオンは、国王に気に入られる以前に、外交の技術を買われ、第三継承者と言われる王子の教育係りになっていた。
王子は、数年だけ入ったイツの学生時の先輩に当たった。
その時から、イツはその王子につきまとわれていた。
「ああ、大丈夫ですよ。中身はすべてすり替えています。王子も暇になると、すぐ隣国に喧嘩を売るから困ったものです」
「サゾルは血の気が多いからな。そのくせ、単独行動を好む。馬鹿者どもが」
「・・・・・母様のための箱庭ですよね」
「そうだ。アエカの為にだ。だから、国にも関わってるんだ。少し寝る。夕食後に城にあがる」
「わかりました。おやすみなさい」
生あくびをかみ殺し、オリオンが右手を上げ立ち上がった。
イツはすっかり冷えてしまった紅茶を飲み干した。
数時間後、イツは専用の執務室にいた。
執務室の中心にある大きな机には、大量の書類が山積みにされている。
承認ずみなので、サインをするだけなのだが、見ただけでうんざりする。
隣の席で、ランが黙々とサインを代行している。
ふわりと蜜人のとろりとした、いい香りがして、イツのダグラス家の血を刺激する。ランは気付いていないせいか、近頃は香りが強くなっているのがわかる。
蜜人の香りに反応するのは、貴族ぐらいのせいか、ランの周りも騒ぎになっていない。
刷り込みで、おやつを食べたくなっているのはラッキーだなとイツは思った。
ダグラス家は田舎貴族だが、生粋の血だから、蜜人に対して見境がなくなる可能性があった。
自分の右腕にする人材を、それで潰すのはおしいと思う。
「ラン、体調はどう?」
書類に目を落としていたランが顔を上げた。眼鏡の隙間から、綺麗な鳶色の瞳が見える。
「はい。薬が効いていて、貧血もよくなりましたよ」
「良かった。顔色もいいみたい」
「はい。体調もよくなりました」
「別荘は自由に使っていいよ。来客があっただろう。騒がしかった?」
「ああ、昨晩の。イツ様の叔父の方ですね。イツ様に面影が似てましたよ。とても美味しいお酒をご馳走になりました。経済の話も、とても面白かったです。仕事を楽しそうに話される方ですね。全員、沢山食べられて、作りがいがありました」
嬉しそうにランが言った。
「・・・・・料理、美味しかったって。また、食べたいと言ってたよ」
ランが少女のようにはにかみ、微笑んだ。
イツが頷いた。
「後、蜜人の件なんだけど」
イツが引き出しから、錠剤が入った袋を取り出した。
ランの顔が、一瞬で強張る。
「私は、蜜人ではありません」
「・・・・・・・」
「人前に出ても、何も変わりませんし。男のままだ。きっと、検査の数値が間違っていたんです。保護までしてもらって、申し訳ないですが」
「うん、そうかも知れないけど、一応ね。蜜人は、我を失った人間におそわれることがあるんだ」
「はあ」
「だから、匂いを抑える薬。普通の日常生活が送れる位まで、抑えてくれる」
「必要ありませんから」
イツが肩をすくめた。
「・・・・・・そう。サウスザリア侯がいるから、大丈夫かな。いつでもいってね、すぐ渡すから」
そう言って、袋をしまった。
「・・・・・・・」
沈黙の後、イツが微笑みながらいった。
「あとね、ラン。もし襲われたら、血を匂わせたらいいよ」
「血?自分の?」
「うん。蜜人の血は麻薬と同じで、免疫がないと言いなりになっちゃうから。少し匂わせれば、すぐだ」
「はあ・・・・・」
「安定したら、言葉だけで言いなりにする事ができるみたいだけど。血は緊急時な時だけね」
「不思議な血ですね。よく、わかりません」
「ランのスズ母に聞いたら、対処法を教えてくれるよ。帰ってないでしょ」
「夫婦水入らずで、楽しんでるみたいですよ」
「・・・・・スズ母は、保護されてるけど、うまく立ち回ってほぼ自由に行動してるから、教えてもらうといいよ」
「・・・・・わかりました。参考に聞いてみます。イツ様、書類もらっていきますね。後はやっておきますので」
不服そうに、それでもランは静かに呟いた。
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