蜂蜜の君と

まきまき

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第一章

優しき隣人の故意と恋

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窓を開け、ひやりとした風が入ってくる。窓から差し込む街頭の灯りは、ぼんやりと影を作っている。
ムードを好むサウスが、ランプの光を灯し、薄暗い部屋の中、緩やかな時間が過ぎている。
時間がたつにつれ、口数が少なくなるランに、サウスは酒を勧めていた。
「サウス、すまない。もう、眠い・・・・」
夜に酒を呑むと、すぐ眠くなる。弱くはないのだが、疲れがたまっているのだろう。
赤い酒がグラスで揺れる。
「ラン。今日は、新月だ。星が綺麗だよ」
「サウス・・・・・」
サウスがランの隣に座った。眼鏡を外してやり、毛布を膝にかける。
「もう酔った?お前は、夜が本当に弱いな」
愛しげに頭をなぜた。
「寝ていいぞ。疲れてるのだろう。後片付けはしておくから」
「ごめん・・・・・・」
「気にするな」
こんな時にしか甘えてくれないランに、歯がゆささえ覚える。
きっと明日には、何も覚えていない。
グラスを口に持っていくと、ちびりと嘗めた。
「もっと、飲んで。お前は、貧血なのだから。私の血は美味しい?」
酷い貧血で、血を無性に欲しがるのは、本人さえ知らない。
自分がこうやって飲ませてるから、丈夫になったのだ。
可愛いラン。偏屈で一人ぼっちのラン。
私以外がランと一緒にいるなんて、絶対駄目だ。
ほの暗いどろりとした瞳で、サウスはランを抱き締める。
奥手で、人を信じないランは、肉親以外でサウスだけを信用してくれる。
友人だと言ってくれる。他の友人より、私は特別だ。
頭を抱きしめながら、グラスを口に持っていくと、ぺちゃりとランがカップの縁を舐めた。
綺麗な鳶色の瞳が揺れる。
ランの為に特別に作った酒だった。自分の血が入っているのを、もちろんランは知らない。
ランは血を飲むと、熱に浮かされるように酔って可愛い。長い睫の下、潤んだ瞳がある。
自分のロジムの貴族の血のせいかもしれない。強すぎるのかもしれない。
自分が繁殖期が過ぎた後、血が変化したのだろう。その頃から、ランはあまり自分の血を求めなくなった。
しかし、サウスは止めるつもりはなかった。
「酒はもういい?じゃあ、直に飲ませてあげる」
そう言って、サウスは自分の胸元を開け、ナイフで胸の上の方を少し切った。
胸を伝う鮮血にランが釘付けになる。
「あ・・・・・・・」
「ほら、美味しいよ?」
誘われ、ペロペロとランがサウスの胸を舐める。
紅い舌が見え、サウスが興奮する。しかし、ランは、すぐに眠そうにサウスによりかかった。
「近頃は飲む量が少なくなったね。もっと沢山飲んで」
残念そうに呟き、頭を撫でた。
ランの為に身体を作っているのに。
「ん・・・・・」
ランに綺麗な血を飲ませる為に、薬も煙草もしていない。食事も気を使ってる。定期的に検診も受けて、病気もない。
全部、ランの為だ。
私のランだ。一番可愛い、私のランだ。
偏屈で、人嫌いの、ぐるぐる眼鏡の可愛いラン。つなぎの恋人の話をしても、眉ねの一つも動かさない鈍感なラン。
勝手に研究所を辞めて、いけすかないダグラス家の長男の部下になった。
本当は、すぐにでも辞めさせて、閉じ込めてしまいたいのに。
「私以外の、血を飲んじゃ駄目だからな。私がずっと飲ませてあげるから」
ランに繁殖期がきたら、私が相手をするんだ。
そのまま、屋敷に閉じ込めてしまえばいい。
ランはとても頭がいいし、よく周りを見ている。
お飾りじゃない。私の仕事を一緒にしようね。
小さく呟き、額にキスをする。
ランは夢うつつだ。
サウスは愛しげに、ランを抱きしめた。


ランを寝かしつけ、サウスはそっと家をでた。
月明かりはないが、街頭に街は照らされている。ロジムの人間は、元々夜に活動していたせいか、夜目が効く。そのせいか、深夜にもかかわらず、人通りも多い。
「サウス様、お戻りですか」
ランの家の脇に控えていた護衛の一人か近づいてきた。
足音のない訓練された動きだった。サウスと年はほとんど変わらない。サウスの護衛及び側近として育てられた青年の1人だった。
サウスが酔っていない冷静な目で、軽く手を上げる。
「ああ。処理は、どうなった」
「新しい男あてがって、執着は収まったみたいです」
「そうか。今後、私の前に現れるなら、場末の宿にでも沈んでもらおうかな」
なんの感情も映していない、決してランの前では見せない顔だった。
「わかりました」
横についていた秘書が、後ろに下がった。
「うちの主は、元恋人に厳しいですよね」
その様子に、呆れたように青年がいった。サウスが冷笑した。
「ただの性欲処理だ。馴れ馴れしい」
「そうっすか?本気っぽかったですよ。薬まで使って引き離したのに」
「貴族の恋人気分が味わえたんだ。本望だろう。あいつ等は、私が好きなわけじゃない貴族のブランドがほしいだけだ。私は性欲を解消しているそれだけだ」
「商売女でいいんじゃないですか。主なら、高級娼婦いけるでしょ」
「・・・・素人がいいんだ。練習になるだろ」
「はあ」
よくわからない顔をしながら、首を傾げた。
「しっかし、毎週、幼なじみの所で飲み会なんて、ミグリ家の若き貴族が地味過ぎるんじゃないですか?旦那様が地味すぎると嘆いていましたよ」
「父みたいに派手に遊び廻ってもいかんだろう。母がいつでも離縁出来るように準備している家庭は嫌だ」
「なんだかんだて、奥様はいるじゃないですか」
「毎回、行かないでと、泣いてすがってるぞ。やらなければいいのに、わざと見つかるようにしているはいかんだろう。出ていかないのは、周りが説得しているだけだからな」
「旦那様は嫁には甘いんですね」
「まあな」
別の護衛が近づいてきた。切れ長の瞳が不機嫌そうに揺れている。
「旦那様から、伝言です。男の恋人を作るのは構わんが、世継ぎは必ず作るようにと」
父親から、小言を言われたのだろう。周りから攻めてくるのは、うんざりする。
「分かってる。それ相応な女に産ませればいいだろ。まだ考えていない」
「男の正妻、娶るつもりなんですか?」
貴族が戯れに、男同士で婚姻を結ぶことは珍しくない。庶民にとっては理解できない行動だが。
「別に、悪くはないだろう」
「飽き性の主が、そこまでいけますかね」
「遊びと本気は分けてるだけさ。お前ら、スラムを廻るように言ったが、目立つな。ランの知り合いと思われたら、ランの立場が悪くなる」
「本人が勝手に行ってるんでしょ」
側近たちが呆れた声を出した。
「あんなぐるぐる眼鏡のもやし男なんて、誰も襲いませんよ。金も持って無さそうだし。偏屈で有名でしょ。恋人でもないのに、なんでそこまで気にかけるんですか?」
頭のいい偏屈。それが共通の認識だった。
姿形も、際立っているわけでもない。いつも瓶底の眼鏡をして、表情は読めない。
平民だが、頭のよさだけで学院を飛び級し、貴族たちを押し退け、羨望の的であった研究所に就職した。そして、あっさりと辞め、一介の貴族の家庭教師になった変わり者。
「・・・・ランは特別だ。おまえ等は、黙って仕事しておけ」
「・・・・・」
サウスが不機嫌なり、歩き出した。
誰も話しかけれなかった。
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