蜂蜜の君と

まきまき

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第一章

序章 始まり始まり

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海と広大な森に囲まれた王国がそこにはあった。
遠い昔に獣と人が混じり合い、強靭な肉体を持つ王が誕生し、さまざまな国を作った。北に鳥と交わり、麗美な姿をもつくグラゾラ国。南に猛獣と交わりうまれたロジム国。強大な二つの国の狭間で、様々な国がひしめきあっている。
ロジム王国と呼ばれるその国は、強靭な肉体を持つ王族と貴族たちが、国を支配していた。特徴は、飛び抜けた身体能力と体躯、そして髪の色が金色に近い者が多かった。彼らの事を、皆は畏怖を込め、ロジンと呼んだ。


僕たちが遊ぶ場所は、いつも屋敷の裏山だった。

週末の昼過ぎに、彼らはやってくる。
その日は、母は朝からうきうきと部屋の飾り付けをし、中庭に料理を並べ、楽しそうに出迎える。父も仕事を切り上げ、そわそわしている。そして、親たちの週末の付き合いに、その少年はついてくる。
面白くなさそうに、ただ静かに横についている。
その家族は、貴族じゃないのに、父はいつも楽しそうだ。しかめ面をして、周りの大人たちに怒鳴りつけているのに、週末だけは楽しげに笑っている。学生からの幼なじみだと聞いて、大人になってもそんなに楽しいのかと、不思議な気分になる。
ただの商人とその妻じゃないか。
体格がいいわけでもない。線の細い、人の良さそうな笑みを浮かべた、父と共通点が見えない姿。
大人たちの話なんて、全然面白くない。
大人たちの後ろについてくる彼は、いつも部屋の隅で本を読んでいる。ひょろひょろしていて、大きな厚い眼鏡をして、ほとんど周りと話さない。明らかに、自分の周りにいない人種だった。
本当は外に出て遊びに行きたかったが、父が必ず同席させていた。
「サウス、お前の大事な家族になるかもしれないのだから、ちゃんとしておくんだぞ」
本当につまらない冗談をいう父親に、子供ながらに醒める。周りも苦笑いしている。すみにいる少年なんて、無視して本に夢中だ。
彼も同じ気持ちなんだろうと思って、話かけた。
「おい。今、暇だろう?本なんか読んでないで、外に行かないか?僕しか知らない秘密の場所があるんだ」
驚いたように彼は見上げた。
「・・・・・僕は遠慮します。貴方みたいに、強い身体は持っていないから、足手まといになります」
眼鏡の隙間から見える瞳は、綺麗な鳶色だった。瞳の縁は濃い緑色で飾りのガラス玉みたいだ。
自分の周りにいない瞳の色にサウスはうれしくなった。
話しにきくグラゾラ国の血が流れてるのかもしれない。だから、こんなに細っこいんだ。
「本、好きなのか?」
「ここには、珍しい本が沢山あるから・・・・」
「僕の相手をしたら、お父様の書斎の本を見せてあげてもいい」
「・・・・いいです」
沈黙が落ちた。少年はまた、目を本に落とす。
サウスは、自分におべっかを使わない少年に衝撃を受けた。
皆、ちやほやしてくれるのに。そんなに本は面白いのか?
のぞき込むと、料理の専門書のようだった。綺麗な盛り付けをされたイラストが完成品として描かれている。
しげしげと少年は興味深そうに、説明を読んでいる。
「た、食べ物に興味あるのか?何か作ってもらおうか?うちのは、とても美味しい料理を作るんだ」
その言葉にかぁと少年は顔を赤らめた。
なんだ、普通の顔も出来るんだ。
「食べたいから、見てるんではありません。作り方が知りたかっただけです」
少しうつむき、恥ずかしそうにそうに答えた。
「変な奴だな。料理人になるのか?」
「絵。綺麗だと思いませんか?こんな綺麗なもの作れるなら、いいなって」
「ふうん?僕は絵よりも、食べるほうがいいな。暇なんだろう。僕が相手してやるから、外に行こう。舎弟にしてやる」
そう言って、少年が持っていた本を無造作に横におくと、腕を引っ張った。
よろめきながら少年が、立ち上がる。
背は同じ位だが、痩せすぎだ。
「・・・・・年上。僕は一応、貴方より二つ上ですよ」
少し怒ったように言ったが、サウスを上から下まで見て、少年は黙り込んだ。
「僕の方が強いから、別にいいだろ。それに貴族だぞ」
貴族の特徴でもある金髪が、きらきらと反射している。勝ち気な大きな目は、茶色に深い黒の縁取りが入っていた。
「・・・・貴族でも、馬鹿は嫌いです」
物怖じせず、少年は見つめ返した。読書を中断させられたことに怒っているのだろう。
「なんだと。僕を馬鹿だと言うのか?」
「・・・・年上を年上と思わない人は嫌いです」
「サウス、ランの邪魔をするな。ランはお前と違って、物静かで勉強家なんだぞ」
2人のやり取りに気づいた父親が、手にグラスを持ったまま上機嫌で近づいてきた。
「ランは二人に似て、とても頭がよくてかわいいのだぞ。サウスも、見習いなさい。いじめたら、許さんぞ」
ランと呼ばれた少年は、恥ずかしそうに頭を下げた。
父親はロジムの貴族そのものと言われる見事な金髪を無造作に結び、いつも堂々としていた。少年が、自分より父親に対しては特別視しているようで、むっとした。
「違います。僕が一緒に遊びたいだけです。僕の舎弟にしてあげるって言ったのに断るんです」
「舎弟?」
「僕がちゃんと面倒みるから、舎弟でしょ」
堂々とサウスは言った。
隣で見ていた少年の親たちがぼそりと呟いた。
「そっくり・・・・・」
「そのままだね」
「私じゃなくて、旦那に似ちゃったのよね。貴族って、本当に血が強いのね。顔も性格もそっくり。同じそっくりなら、ランみたいなスズそっくりの子供が欲しかったわあ」
サウスの母親がため息をつく。
父親が咳払いをした。
「サウス、舎弟じゃない。ランだ。友人になってもらえ。ランに勉強を教えて貰えばいい。ランは頭が良くて、学校を飛び級してるんだぞ。そうだろ、ラン」
「・・・・僕は勉強しかできないから」
「そう言うな。すごい事だ。大人になったら、私の元で働くんだぞ?」
「・・・・・・・」
「息子にどさくさに紛れて、変なことを言わないでくださいね。ラン、彼の言うことは気にしなくていいよ。サウス君と遊んでおいで」
「夜までには、帰ってくるんだぞ」
「はい。お父様。いくぞ、ラン。」
「あ、ああ・・・・」
「あまり連れ回すなよ。ランはお前と違って繊細なんだ」
「ラン、休みながら遊びなさいね」
半ば引きずられながら、ランが外に出た。


「僕は外を歩くのは苦手なんです」
山の中腹で、ぜいぜいとランは息を吐いた。
「そんなだから、ひょろひょろしてるんだ」
サウスは、ふつうの顔でランを見つめる。
「子供の相手は疲れます」 
「おんぶしてやろうか?僕がおんぶするなんてないんだぞ?お前、軽そうだし」
「結構です。年下の子供におんぶしてもらうなんてありえませんから」
裏山を駆け上がったせいで、靴も泥だらけだ。
「お前も子供だろう。お前は、面白いやつだ。僕におべっか使わないだな」
言われて、ランは首を傾げた。一瞬、ランの母親の仕草に見え少女がいるような感覚に、サウスはどきりとした。
「媚びを売る人間がほしいなら、僕は無理ですよ。貴族に媚びを売るよりも、読書をしていたほうが楽しい」
「・・・・・お前、面白いな。僕の舎弟だから、ちゃんと面倒みてやる」
「結構です」
「ほら、いくぞ。頂上から見る景色凄いんだぞ」
夕闇が覆う頃、2人は帰ってきた。
本当はもっと森の奥に行きたかったがランの体力が持たなかったのだ。
ランの顔色が悪くなっている。無言だった。
「帰ります・・・・・」
「今日は、僕の部屋に特別に泊まらせてやるぞ。本を読んでくれ」
「・・・・・・・」
「ラン。遊び過ぎて、眠いみたい」
「ラン母」
「サウス君、ランは夜は早く寝る子だから、寝させてあげてね」
「・・・・・わかった」
「わかりました、でしょ。サウス。スズは貴方より年上なんだから」
「わかりました。ラン、いくぞ。僕の宝物見せてやるから」
ほぼ引きずられる形で、部屋に連れて行かれた。
その後ろ姿を微笑ましく母親達が見ている。


よほど疲れたのか、ランはベッドに倒れるとすぐに寝息をたてだした。
広いベッドは、子供が2人寝ても、まったく問題なかった。
サウスは毛布を掴むと、ランに被せた。
「手の掛かる舎弟だな。明日の朝は僕の相手するんだぞ」
そういって横に寝転んだ。
サウスもすぐに寝息をたてた。
深夜だった。
もぞもぞと音がする。
「ラン?どうしたの?」
ランはぼんやりと焦点の合わない目をしていた。
サウスは人より、夜目が利く。
「寝ぼけてるの?」
ランがおもむろに、自分の人差し指の第二間接を噛んだ。
サウスが止める間もなく、ランの指から鮮血が滲んだ。ランが無心で舐めだした。
「ラン、だめだよ。気分が悪くなるぞ、ラン」
ランは聞こえていないのか、身体を丸め無心に舐めている。
「ラン・・・・」
正気ではなかった。
相手にされない寂しさに、サウスががりっと自分の指を噛み切った。
「ラン、見て。ほら、僕の飲んで」
その赤い鮮血にランが釘付けになる。
かぷりと小さな口が、自分の人差し指を咥えた。
舌が当たる感覚に、かぁとサウスの顔が熱くなった。
「お、美味しい?」
こくりと頷き、ちゅうちゅうと吸っている。
「もっと飲んでいいんだそ。ランは僕の舎弟だから。美味しい?貴族の血だぞ」
紅い舌がチロリと見えた。
サウスは突然、動揺した。
まるで恋人同士みたいだと。
「あ」
手を引くと、ランがぼんやりしながら血がにじんだ指先を見ている。そして、興味を失ったか、また自分の指先を口に含んだ。
あわてて、サウスは自分の指をまた差し出した。
「も、もっと飲んで。いっぱいあげるから」
ランが猫のように舐めだした。
「・・・・僕の血、美味しい?僕以外の血は飲んじゃ駄目だぞ。いっぱいあげるから」
抱きしめながら、髪をなでる。
ふわりと甘い香りがした。
眼鏡を外したランの顔は、長いまつげや白い肌で、昼間言っていたようにランの母親そっくりで、少女みたいだ。
自分以外、ランのこんなにかわいい顔を知らないんだ。
とても可愛いと思った。
自分の身体が熱くなっている。
舎弟じゃない。舎弟にはこんな事しないもの。
年上だけど、ランはとても可愛い。
ランは僕の恋人だ。
だって、ランは僕の血を飲んだもの。恋人同士は血を飲んだりするって。
僕が貴族だから、ランの旦那様にならないと。
「ラン、立派な旦那様になるからね。ランもずっと可愛いままでいるんだぞ」
闇のなか、サウスはうっとりとランを抱きしめた。

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