海月のこな

白い靴下の猫

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アルト王子はお気に入り

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やっぱ、気のせいじゃないよなぁ。
ルウイが『ぬめぬめ』と呼んだあの声は、ルウイのそばではか細く弱い。
国境の小競り合いとは言え凱旋は凱旋、ということで、城はすっかり宴会仕様だ。
アルトは、宴の中心でさざめく先師ことルウイを盗み見た。
化けてんじゃん。露骨すぎて好みじゃないけど。
薄い布で仕立てられたベールと衣服は、ほとんど飾りだ。
見せつけているとしか思えない。なめらかな手触りを想起させずにはいない肌も、童顔にアンバランスなほど濃い化粧も。
「王子もいかがですか。本当に先師様の占いはよく当たります。王様ももう片時も手放せぬご様子ですぞ」
だから、寄りたくないんだけどな。
いい年をしてデレデレと鼻の下を伸ばした父王は、アルトにとっては『ぬめぬめ』と同類項だ。
「そなたの占いの力はすばらしい」
貼り付いたように笑いながら、父王はルウイの手をなぜる。
「別の噂もあるな・・・極上品と聞いておるぞ」
「恐れ入ります」
ほらはじまった。
佃煮にする前のイナゴのようにぎゅうぎゅうと後妻やら子供やらを後宮に入れておいて、まだ足りないのか。
「各国を駆けておられるアルト王子は、私と交換できる情報をお持ちでしょう。お話しても?」
王が渋い顔になる。
「あれはまだこどもだ」
「私もでございます。王からの特別なお呼びのとき以外には」
取られた手を自分の頬にひきよせて笑うあたりは、そうとう露骨だ。
王が渋々頷くと、ルウイはアルトの隣に移って来た。
勝手に、天幕の薄カーテンをおろして、半透明の個室をつくり、アルトのそばに座る。
「やほ」
「・・・随分即効で馴染んだな。似非占い師。パセルの神姫、か?」
「あー、私のこと調べたのか。早いね。うーんと、ものすごくはしょれば、そういえなくもないような、あるような?」
「自己紹介は、わかりやすく、な」
一応内緒でねと、小さな声でいいながら、息が当たるほど体を摺り寄せて座る。
外からはどう見えていることやら。
「パセルに神の船と呼ばれる異世界の乗り物が良く落ちてくることは知ってる?」
「そういう噂だな」
「うん、その噂の船。それに乗ってた妊婦さんが私の母親らしいのよね。私が物心つく前に死んじゃったけど。神の船と呼ばれる飛行物に乗ってたことがある女性を母親にもってたせいで、長老会が夢見てお姫様扱いしていた年頃の女性、略すと、神姫?」
「と、とおいな」
「そうなのよ!」
「聖なる力を持っているとか言われてる?」
「それも嘘じゃないのかもだけど、なんといえばいいのか。例えばね、降りてきた神の船に私が近づくと、勝手に扉があく!でもね、ほかの人がやっても、昔の王様が持っていた銅鏡むけて手順踏めば扉は開くのよ!なんか意味ある?!」
「あー、ないな」
「他もひどいわよ、近くの人と見つめ合った状態だと感能力が働いて、すごく簡単な言葉を伝えることができる」
「・・・しゃべれよ」
「でしょぉ?!わかってくれる?!」
ブンブンブン。
ルウイは俺の左手を両手で握って、派手にシェイクし、で、
「アルト王子ってばナイス物件!付き合おう!」
と、のたまった。
「なんだよ、それは」
はい、よろしく、というのは癪だった。
だがルウイは斜め上から逆を行く。
「恋愛よ、恋愛!あんたでいいわ」
げんなり、を絵に書いたような顔でアルトが聞き返す。
「どういう基準だ?」
「この際、丈夫で、私にびびらなくて、信心深くなきゃとりあえずOKよ。顔も好み!」
「あ、そ。飢えた女なわけね」
本当は、口説いてみようかと思っていたのだが。あっさりだいなしにされてむくれる。
もちろんそんなことは気にしないルウイは、バチンとアルトの胸を叩いた。
「そのとおり!わかっているじゃない!」
「・・・父王でも引っ掛ければ?」
「うえ」
ルウイが喉元を抑えるふりをするが、乗ってやる気にはなれない。
別に『でいい』と言われて怒ったわけではない。断じて違う。
「つうかもう引っ掛けたか。すっかり父王の賓客。リュートが招くまでもなかったな」
なんとなく不快さが募るのを感じながら、アルトは父王の話題を引っ張った。
ルウイは手をパタパタ振りながら、軽くかえす。
「レグラム王は脇が甘いからねー。他国での先師の噂丸呑みにしたみたい。すぐ招いてくれたわ」
「噂?」
「『王だけが貪れる極上の遊女』だって」
「ふーん」
「そう見える?」
じゃれる様な目で身を乗り出してくるルウイに、アルトが至近距離まで顔を近づける。
ルウイが表情を変えないままほんの少し体をひいた。
そこはよせて来いよ、とアルトは思う。
「そんなに男の匂いがついた感じはしねーな」
アルトはぺいっとルウイの額をつついて距離を開ける。
ちぇ、まけた。
そんな感じで上を向いて、ルウイはいった。
「伊達に年上じゃないってか。じゃ、本題。あたしの薬飲めるくらいには、理解した?」
喋りながら声音からからかいの色をあっさり抜いて、ルウイはアルトを正面から見た。
わかっているとも。こいつが普通でないことぐらい。
「・・・もう飲んだよ。効いた」
悔しいかな、信じられない効果だった。
深く眠ったのは、何日ぶりだろう。
「そか。じゃ、あんたさぁ、風邪ひいたとか言って部屋にこもってよ。ねずみの霊が付いているとか適当なこと言って、あんたの部屋通うわ。リュートにも伝えといて」
まったくもって予定通りと言わんばかりのルウイにイラっと来る。
インチキ占い師め。
「種あるんだろ?占いの。みやぶってやるからやってみろよ」
「可愛くないな~。こういうのは頭から信じなきゃ。ま、面倒くさいから、種だけね。ほい、こっち向いて目を見る」
「ああ」
本当に瞳ってものは輝くのだな、結構綺麗だ。
「なんか思い浮かべて。ゆっくり頭の中で発音するみたいな感じで」
なんでもいいのか?脈絡なく?
”か・ぶ・と・む・し”
「んー。カブと武士?」
ぐらっ。アルトは精神的に三歩ぐらいよろめいた。
「なんだよそれは」
「・・・あ、ちがった?でも近い?崇めたくなった?」
「いや、ならねーだろ、普通。そりゃ、ひょっとしたらなんかの能力かもしれないけど、ぜんっぜん、役に立たないだろ。呆れるわ」
「だよねぇ」
ルウイが心底おかしそうに、声を上げてわらった。
「ね、も一回」
「何がだよ」
今度はルウイからアルトの目を覗き込んでくる。
“か・お・ち・か・づ・け・ろ”
頭の中にルウイの声が流れ込んできて、こんどは結構驚いた。
が、今更驚いてやるのもしゃくにさわって意地を張る。
だまって至近距離まで顔を近づける。今度はルウイは引かず、ほんの0・数秒、アルトの頬に唇を触れさせた。
あ、完全に驚いたかも。しかも、口をついて出た言葉は、我ながら間抜けだ。
「普通、あんたでいいっつーレベルで女からキスするか?!」
「いいのいいいの、先払い」
「なにがっ?」
「なにがって。ええと、あたしさ、この力って、やくたたずって言ってほしいの。そう言ってくれるのはミセルだけだったけど、あんたみつけて、こういうことできる人が二人に増えて嬉しいわけ」
言っている意味はよくわからないが、思ったことは一つ。
ちぇ、あいつには同じことすんのか。
ちょっとがっかり?とアルトは思考が流れそうになって、あわてて話題を変える。
「そういや、お前らの報酬、聞いてなかったな。何がのぞみだ?金?」
「あー、今のところ、海藻類と浮遊生物?」
・・・普通なら、ふざけているのかと、そんなゴミをどうするのかと、切り返すところだろう。でも・・・
『ここら辺の海はねぇ、海藻と浮遊生物がすごいのよ。』
はるか昔、めちゃくちゃ優れものだった母親はそう言って笑った。
「なによ」
「なんでもね」
俺ってマザコンだったのな。それからアルトは頭を振る。
いかん、いかん、コイツのペースにはまりすぎだろう、俺!
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