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137. 解除
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酸欠気分の心臓の周りに、シャツの上からミケの頬が、押し付けられてくる。
「なにを、調べていたんだっけ。私が、洗脳にかかっているか、とか、誰でも私に暗示をかけられるのか、とか?」
「・・・ミケと、ずうっと一緒にいる方法を調べようとしただけ。邪魔する奴とか、攫って行こうとする奴とか、割り込もうとする奴が、いる気がして、我慢できなかった」
まだ指を絡めたままだった手から、理性を揺らすような、誘っているような拍動で、魔素が流れて来る。
力が抜けたせいかもしれないけれど、ごめん、下半身直結です。
シャツの上から、口で、はむってされたり、繋いでない方の手でぎゅっとしがみつかれただけで、色々崩壊の危機。
「そ、か。あんなに簡単にぐずぐずになる私なんて、簡単に暗示、かかりそうだもんね。魔素流す時も、できそう。私がライヒの魔力辿ったのと似た感じで」
ミケが、俺のシャツのボタンを二つだけあけて、頬を素肌にあてながら、言う。
呼吸が荒れそうになるのだけれど、俺、意地悪されていますか?
「無理、だよ。ミケの意識が揺らいだって、眠ったって、ミケの魔素は強いままだから」
「・・・ああ、じゃぁ、コレかな?」
ミケがそう言った途端、魔素が凍ったように、ぴたりとも動かなくなった。
ぞくり、と、触れている場所が冷たく感じて、固まる。
ミケは、俺と繋いでいない方の手を、自分の口元へ持っていき、手首の後ろ側を、噛んだ。
ぶち
!!!
肉が、千切れて、ミケの口と、手首の後ろに、真っ赤な色が散った。
「何すんだ!!」
大慌てで、繋いでいた手を離して、傷口を抑える。
「コレね。痛く無いだけじゃなくて、怖くもないの。八つ裂きでも、串焼きでも。ああ、この状態だと、シェドのいうイキっぱなしも、気絶もすぐだけど、試す?」
治癒をしようと魔力をながしても、魔素の呼応がまったくなくて、本当に無力な、子どもとか、動物とかを治癒している時のよう。
そして、魔力がすこし流れればわかる。脳が、魔素をつかさどる部分の脳が、まったくスパークを飛ばさない。
「脊髄でも視床ですら、なく・・、大脳皮質を触って、麻痺?」
思った以上の大技、だった。右手で右手を握るのが難しいように、魔素をつかさどる器官を魔素で麻痺させるとか、規格外だ。
こんなことが、出来たなら、ものの感じ方だけを変えることだって、出来てしまう。
よく、生きていたと。よく、何度も戻ってくれたと、思った。
ひどいことばかりの現実になど、戻りたく、無かったろうに。
「ふつうに軍の研究所でもやっているでしょう?脳に百何十個かある神経の連携に人工受容体導入して、それのON/OFF実験とか。私は、多幸感とかいらないし、簡単」
多幸感いらないし、か。
強すぎることは、痛々しい。
「わかった。ありがとう。戻して、くれるか?」
「なんで?頭、触って、調べてもいいし、イキっぱなし試してもいいよ?」
防御の切れたミケは、しゃべり方がゆっくりで、なんでも受け入れてくれそうな、危険な無垢さで。
自分の汚い処とか、欲とか、弱いところから順に引き込まれそうで、恐ろしい。
こんな状態のまま、何人もの男に引き裂かれて、敵だらけの中で何度も気絶して?
ミケに惑ったやつらは、魔素の精神作用じゃなくて、コレにやられたのだろうと、思う。
「・・・怖くなくても、嫌、だろ」
「あは。優しいなぁ。嫌じゃないよ。シェドは、嫌じゃないし、怖くも、ない。こんなことで、長く一緒にいられるなら、もっといいね」
ミケの顔を覗き込と、わかりやすく、ほんとだよ、と唇を動かした。
ミケの手を握る。
魔力を絞って、手のひらから、ミケの中へ。
精神操作の痕跡は、簡単に見つかった。
本当に簡単な、神経への受容体の導入でできる入れ替え。
ミケの感じる半端な悪意や、冥界関連、黒の魔素関係などに対する警戒感の鈍磨と、シェドの恐怖や焦燥を自分の恐怖と置換えてしまう交錯。
効果としては、未来向けの指向性のある暗示というより、過去向きの、簡単なフィルターと交錯だ。大脳皮質と海馬の間の、記憶痕跡の引っ張り出しへの干渉。
冥界関連のものには無警戒に、シェドの怒りや焦燥には過敏に。
ミケが、遊びに来たくて麻痺をかけすぎた時、両足を焼き落とそうとした時、シェドは、怒ってはいなくても恐怖を感じていた。
気配に敏いミケに気取られたシェドの恐怖は、ミケの恐怖である『捨てられる』に頭の中で置き換わる。その繋ぎが、彼女の頭が作り出す『怒ったシェド』、だ。
ミケが、シェドの恐怖を見た時。それが針穴になって、大きなミケの恐怖と置き換わって決壊させられた。『怒ったシェド』も、ミケの恐怖も、ミケが作り出したものだから、ミケに怪しまれることもなく増幅を続けた。
とけろ。
魔力が少しかすめただけで、外部からの力を何も想定していない脆弱な魔力便りの人工受容体は、あっけなく、とけた。
1分子も残さないように、丁寧に敵と自分の痕跡を消しながら、魔力を引き上げる。
「おわり、ました。ミケ。記憶の取り出しにフィルターっていうか、にせものの受容体があったから、どけた。ありがとう。戻して?」
ミケはきょとんとして、それから、俺の心臓の上に、キスをして、麻痺のまま、笑う。
うわ。キツイ。ほんと、人間やめて襲いそう。
「ごめんなさい。謝るから。虐めないで、戻して。ミケ、おかしくなりそうだ。怒っている?」
ふるふるとミケの首が左右に触れて、手のひらから、あたたかい魔素が、戻って来る。
ミケが、戻って来る。
ほっとして、へたり込みそうになる。今日へたりそうになるの、何度目だ。
「なにを、調べていたんだっけ。私が、洗脳にかかっているか、とか、誰でも私に暗示をかけられるのか、とか?」
「・・・ミケと、ずうっと一緒にいる方法を調べようとしただけ。邪魔する奴とか、攫って行こうとする奴とか、割り込もうとする奴が、いる気がして、我慢できなかった」
まだ指を絡めたままだった手から、理性を揺らすような、誘っているような拍動で、魔素が流れて来る。
力が抜けたせいかもしれないけれど、ごめん、下半身直結です。
シャツの上から、口で、はむってされたり、繋いでない方の手でぎゅっとしがみつかれただけで、色々崩壊の危機。
「そ、か。あんなに簡単にぐずぐずになる私なんて、簡単に暗示、かかりそうだもんね。魔素流す時も、できそう。私がライヒの魔力辿ったのと似た感じで」
ミケが、俺のシャツのボタンを二つだけあけて、頬を素肌にあてながら、言う。
呼吸が荒れそうになるのだけれど、俺、意地悪されていますか?
「無理、だよ。ミケの意識が揺らいだって、眠ったって、ミケの魔素は強いままだから」
「・・・ああ、じゃぁ、コレかな?」
ミケがそう言った途端、魔素が凍ったように、ぴたりとも動かなくなった。
ぞくり、と、触れている場所が冷たく感じて、固まる。
ミケは、俺と繋いでいない方の手を、自分の口元へ持っていき、手首の後ろ側を、噛んだ。
ぶち
!!!
肉が、千切れて、ミケの口と、手首の後ろに、真っ赤な色が散った。
「何すんだ!!」
大慌てで、繋いでいた手を離して、傷口を抑える。
「コレね。痛く無いだけじゃなくて、怖くもないの。八つ裂きでも、串焼きでも。ああ、この状態だと、シェドのいうイキっぱなしも、気絶もすぐだけど、試す?」
治癒をしようと魔力をながしても、魔素の呼応がまったくなくて、本当に無力な、子どもとか、動物とかを治癒している時のよう。
そして、魔力がすこし流れればわかる。脳が、魔素をつかさどる部分の脳が、まったくスパークを飛ばさない。
「脊髄でも視床ですら、なく・・、大脳皮質を触って、麻痺?」
思った以上の大技、だった。右手で右手を握るのが難しいように、魔素をつかさどる器官を魔素で麻痺させるとか、規格外だ。
こんなことが、出来たなら、ものの感じ方だけを変えることだって、出来てしまう。
よく、生きていたと。よく、何度も戻ってくれたと、思った。
ひどいことばかりの現実になど、戻りたく、無かったろうに。
「ふつうに軍の研究所でもやっているでしょう?脳に百何十個かある神経の連携に人工受容体導入して、それのON/OFF実験とか。私は、多幸感とかいらないし、簡単」
多幸感いらないし、か。
強すぎることは、痛々しい。
「わかった。ありがとう。戻して、くれるか?」
「なんで?頭、触って、調べてもいいし、イキっぱなし試してもいいよ?」
防御の切れたミケは、しゃべり方がゆっくりで、なんでも受け入れてくれそうな、危険な無垢さで。
自分の汚い処とか、欲とか、弱いところから順に引き込まれそうで、恐ろしい。
こんな状態のまま、何人もの男に引き裂かれて、敵だらけの中で何度も気絶して?
ミケに惑ったやつらは、魔素の精神作用じゃなくて、コレにやられたのだろうと、思う。
「・・・怖くなくても、嫌、だろ」
「あは。優しいなぁ。嫌じゃないよ。シェドは、嫌じゃないし、怖くも、ない。こんなことで、長く一緒にいられるなら、もっといいね」
ミケの顔を覗き込と、わかりやすく、ほんとだよ、と唇を動かした。
ミケの手を握る。
魔力を絞って、手のひらから、ミケの中へ。
精神操作の痕跡は、簡単に見つかった。
本当に簡単な、神経への受容体の導入でできる入れ替え。
ミケの感じる半端な悪意や、冥界関連、黒の魔素関係などに対する警戒感の鈍磨と、シェドの恐怖や焦燥を自分の恐怖と置換えてしまう交錯。
効果としては、未来向けの指向性のある暗示というより、過去向きの、簡単なフィルターと交錯だ。大脳皮質と海馬の間の、記憶痕跡の引っ張り出しへの干渉。
冥界関連のものには無警戒に、シェドの怒りや焦燥には過敏に。
ミケが、遊びに来たくて麻痺をかけすぎた時、両足を焼き落とそうとした時、シェドは、怒ってはいなくても恐怖を感じていた。
気配に敏いミケに気取られたシェドの恐怖は、ミケの恐怖である『捨てられる』に頭の中で置き換わる。その繋ぎが、彼女の頭が作り出す『怒ったシェド』、だ。
ミケが、シェドの恐怖を見た時。それが針穴になって、大きなミケの恐怖と置き換わって決壊させられた。『怒ったシェド』も、ミケの恐怖も、ミケが作り出したものだから、ミケに怪しまれることもなく増幅を続けた。
とけろ。
魔力が少しかすめただけで、外部からの力を何も想定していない脆弱な魔力便りの人工受容体は、あっけなく、とけた。
1分子も残さないように、丁寧に敵と自分の痕跡を消しながら、魔力を引き上げる。
「おわり、ました。ミケ。記憶の取り出しにフィルターっていうか、にせものの受容体があったから、どけた。ありがとう。戻して?」
ミケはきょとんとして、それから、俺の心臓の上に、キスをして、麻痺のまま、笑う。
うわ。キツイ。ほんと、人間やめて襲いそう。
「ごめんなさい。謝るから。虐めないで、戻して。ミケ、おかしくなりそうだ。怒っている?」
ふるふるとミケの首が左右に触れて、手のひらから、あたたかい魔素が、戻って来る。
ミケが、戻って来る。
ほっとして、へたり込みそうになる。今日へたりそうになるの、何度目だ。
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