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136. あやまりにきたよ

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ノックをしても、返事がないから。
寝ているのかと思って。
そっとドアを開ける。

このうちは、各部屋に鍵などついていない。
パチドの屋敷でそんなものが必要なのは執務室のさらに奥の機密書庫ぐらいだったし、魔の森の小屋にはどこも鍵なんてなかったから。
無理をし過ぎて魔の森で倒れたミケをつれ帰ってからも、部屋に鍵をつけようとは、思わなかった。

でも、もし、ミケが、俺が部屋に入るのを嫌がったら、今日鍵を付けようと、決意する。

深呼吸2回、足踏み3回。

一応昼飯の時間だから、声をかける名分くらいはあるのだからと、自分に言い訳をして、許可がもらえない部屋に入る。

ミケの目は開いていたけれど、何も見ていない感じで、あの寝たきりになった1年が一瞬頭をよぎって、駆け寄ってしまう。

「ミケ、ミケ、大丈夫か?どこか痛いか?」

ミケが、はっとして、急に体を起こそうとするので、肩を抑えてとめる。

「あ、と。おかえりなさい、シェド。どこも痛く無いよ。ちょっとボケッとしていただけ」

普通の声で、ミケにそう言われると、肩を抑えた手を離さざるを得なかったけれど、どこかに触れていたくて、起き上がるのに手を貸す。

「ごめんな。怒られに、きたよ。痛いことして、嫌なこと言って、ごめん。叩いても、いいよ?俺、泣くかもしれないけど」

枕でブロック、は、怒ったと言うにはあまりに些細だけれど。

「自分がすごく嫌いだなって、思っただけで、怒ってなんか、ない」

傷を抉った自覚があるだけに、メンタルを、ひどく殴られた気がする。怒って拒絶、じゃなくて、心が苦しくて拒絶?

「それだけは、勘弁して。俺に、怒って、ミケ。嫌な思い、させたし、怪我も、させたよ」

強く噛んだせいで、下唇に小さな赤い跡がついた。治したくて、指を触れようとすると、ミケは笑ってそれを避けた。

「髪の毛が数本抜けたとか、唇に少し跡が付いたとかは、怪我とは言わないと思う」

「怪我、だよ。俺がミケに負わせて、怪我に入らないのは、喘ぎ過ぎて声がかすれるとか、泣いて目が赤くなるとか、ちょびっとキスマークとかで、ぎりぎりです」

本当に、それで、ぎりぎり。自分が嫌と思わせるなんてもう大罪だ。なのに、ミケは、こまったひとだとでも言うように、緩く首を振った。

そして、出た言葉は、

「シェドは、まだミケが、好きなの?」

だった。
そんな根本まで揺らがれると、心臓が痛いぞ、こんにゃろう。

「好きに、決まっているだろ」

ミケはちょっと不思議そうな顔をした。

「パチドの時みたいに、好き?パチドの好きを、覚えている?」

パチドの時みたいに。それは結構、ずしんとくる。

パチドは、見方によっては、記憶がないだけの、シェドだ。
ミケに毒を流して殺そうとして、ミケが監禁所で無茶苦茶にされているのも知らん顔で、ミケを勝手な誤解と嫉妬で嬲りまわしたのは。記憶がないだけの、シェド。

ルカの言はこの上なく正しくて、ミケへの処遇は、『戦勝国だからで許される範囲をはるかに超えて』いた。そして、パチドは、そのムーガルそのものだった。

ミケは、パチドから受けた、強姦と、暴力と、屈辱を、覚えている。
忘れたふりを、してくれているだけ。

「覚えて、い、ます」

許してくれとさえ言えない程、ひどいことをして。
俺のせいで力つきて、動けなくなったミケを看続けて1年。

意識を取り戻してくれたことは、俺にとっての奇跡だったけれど、その後のミケの笑みは、寂し気で。死なせてほしかったとなじる代わりに、日陰の小さなカタツムリのように、動かなくなった。

パチドのままだったらなら。
例えミケに、暗示がかけられていると気付いても、今日みたいなことは、できなかった。

シェドだから、今もどこかで、ミケに好かれていると信じていて、嫌われないと思い上がっていて。
きっと、平謝りで済むだろうと。
こんな顔をさせてしまう程、傷つけはしないだろうと。

「シェドだった頃の経験のせいで、思い上がったことは、認めます。でも、好いてもらえているから、傷つけてもいいとか、思った訳じゃない。そんな、好き、とは違うよ、ミケ」

こんな顔のミケから、涙が流れていないだけで、根底から崩れてしまいそうな、安い思い上がりだったと、今更気づく。

「おもいきり、魔素が、流したい」

「ミケ?」

緊張で神経を逆立てて、『誰に?』と聞きそうになった。
ミケが、おもいきり魔素を流せるほどの魔力量があるのは、多分、俺とルカだけで。
ルカは、羨ましい程にまっすぐで、強く、ミケを傷つけない。

ここで、ルカと、言われたら。俺は、どうなってしまうだろう。

ミケが、少し首をかしげて、俺の方に、手を伸ばすのが見えて。
すがるようにその手を取った。

「ごめん、ミケ。こんなに、傷つけずに、出来ると、思った。俺の、『好き』も疑われる程・・・つっ」

どくん。

ミケの手のひらから、魔素の濁流が来て、あの甘露の快楽が、スコールのように体の中を跳ねた。

俺の反省は、本当に安いと思い知る。
ミケの半開きの唇が、シェドと、動いたのを見て、周りから景色が消えた。ミケの唇に、吸い付いて、吸い立てて。

溺れたと、思った。

愛しくてどうしようもなく、ミケの全部が、欲しい。ルカだろうが冥界だろうが、ミケを奪われたら、きっと悪鬼のごとく暴れて、力尽きるまで破壊して。その後の世界を、自分が生きないとわかる。

唇が離れると、ミケは、あの時の、日陰の小さなカタツムリになった時のようなさみし気な顔で、えへへ、と笑った。

叫んだと思う。

「お願いだからっ、ミケ、俺から、退いて行かないでくれ。ミケの嫌がることは、一生しない。せめて怒って、なじって、不満をぶつけて」

「・・シェド、怒られ、たいの?」
意外そうではあったけれど、内向きではないその声に、すがる。

「何も言ってもらえずに、消えられたら、耐えられない。信じられないなら、いくつでも魔道具移植していいし、何でも言うことを聞く」

ミケは、信じられたいものを見たように、ぱちぱちと、瞬きを繰り返した。

「シェド、ドМ」

「・・・。へ?」

突き放されたら、自分がどうなるか解らないほど、追い詰まり切ったところだったから。
誠心誠意謝ったつもりで、どうなじられても、何も言ってもらえないよりは、マシだと思ったところだったから。

ミケから降って来た言葉に、傷つくつもりで、いた。
が、えーと、ドМ・・・?
傷つくにしても、なんか、方向が違うような? 

か、からかわれたのか、な?
むちゃくちゃ怖かったぞ?
心病むかと思いましたが?

ミケの笑い方から、寂しそう、が抜けて、それを見ると、安心して、体からがっくりと力が抜けた。

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