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135. フライング

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あー、ミケ、怒ったよなぁ。
シェドの肩はがっくりと、落ちて。

戦力になりそうなやつらはムーガルに撤退したし、休みだし、そうそう人に会わずに済むとは思うが、一応、元ムーガルの戦略資料室だ。
パチドがこんなにしょんぼり小さくなっているのはまずいと思うが、それでももう、我ながら姿勢から萎れている。

とりあえず、上申書。妻とか言い出した奴は誰だ?あー、こいつか。真っ先に魔素に酔った三人組のひとり。そう言えばこいつ、こっちでもムーガルでも最近見ていないな。
レンツに記録を見直させると、ミケの腹をやたらと打ちたがったのもこいつだった。

とっ捕まえてやろうと、グリーン付のレイに問い合わせたら、メルホ平原の合戦後、魔の森に向かい行方不明と言われた。あんな役立たず、俺はメルホへなど連れて行ってないが?

それからタイキに問い合わせて、レンネルの所在を確認しようとするも、こいつらも、メルホ方面にまで追いかけてきて、その後行方不明だ?

・・・柱状節理に開いた冥界の亀裂にでも飛び込んだか?

レンネル達が、王城に強引におしかけた時に使わせたという部屋に行ったら、今は空間がよじれている感がありありで、誰も入りたがらなくなっているという。何とか理性を総動員しておし入ったところ・・・ねとねとの黒い魔素の残骸が瘴気をあげていた。

濃厚な黒の魔素の気配で、ルードが身じろいだ。長く居れば起きるだろうかと一瞬考えるが、そこまで時間はかけられない。

ミケの腹を執拗に打ったムーガルの役人が、レンネルと繋がっていて、そのレンネルは黒の魔素漬けだった、だと?
しかも全員、冥界の亀裂が出た魔の森方面で行方不明?

その後、ミケがくれた魔素除けを首に引っ掛けて、魔の森に出て。途端に仰け反る。

小屋の中にまで、年若の妖精が、うじゃうじゃ。
フロライン以外の精霊など生まれて一度も見たことがないのに、なんだ、この稀少性のなさ。
おまけに、チャド・フロライがなぜこんなにバタバタと世話を焼いている?ナーサリー経営でも始めたか?

そう聞いたら、いちゃいちゃいもいいけれど、ペースが速すぎないかと怒鳴られた。
なんの話だと噛みついたら、ミケの腹自体が、精霊界再生の鍵で、ルビコン川で、天王山で、冥界のターゲットだ?
ミケの腹に回復の兆しがあるから、フライングする奴が増えた?

真っ先に言っとけよ、そういう事は!

なに、ミケには言った?
ミケのやつ、ふざけやがって、よくもそんな大事なことを黙っていたな!
おまけにルードがフロラインを信じられなくなったのは、黒の魔素の精神作用のせいだっただと?
言うのが遅い!

要は何だ、冥界には俺が思っていたよりも明白な悪意があり、その悪意の先はミケで。
ミケの子孫ができないように、腹から心から命から狙われて、相方の俺との信頼関係まで攻撃対象だったと。
で、それに思い切り手を貸すのが、冥界の魔素漬け野郎ども。
妻に欲しいと上申書をあげた役人みたいな簡単なのは直接操って。
ライヒみたいな剛健なやつは間接的に煽って?

ミケは、そいつらの手で、監禁所で極限まで弱らされて、それでも生き延びようとしたから。
一歩間違えば自殺になる程の、麻痺をかけなければ耐えられないくらい痛めつけられて。その隙に、暗示にかけられた。

ミケを殺しても目的を達成できるのだろうが、現実問題、ミケを殺すことは結構難しい。
隷属の魔道具なんかは、ミケにかかればひとひねりだから使えないし、ホイホイと少量の黒の魔素に乗っ取られるような雑魚に暗殺も無理だろう。特に王都なんぞにいた日には、周り中にミケの意をくんでしまう魔道具にあふれている。

ミケは魔素の守りが強いから、普通の人間よりは体も丈夫だ。あの頭も、残念なだけで賢いから、『自殺しろ』みたいな直接的な暗示ならば、ミケ本人が自分で気づく。

そうなると、未必の故意に頼るような、時間をかけてミケ本人が自分の弱いところを自分でえぐり続けて弱っていくような、間接的な暗示で精一杯。

例えば、俺が、怒りやすくて、怒ればミケを捨てる、って暗示とか?

迂遠だな。

はふ。

ミケが監禁所でやった麻痺がどれだかわかれば、暗示の方法がわかる。
神経や脳の中は触れないから、壊されていたら直接的な治癒はできないかもしれないけれど、暗示の方法がわかれば癒し方も考えられるし、防御もできる。

・・・教えて、くれるだろうか。
平謝りに謝って、ピックニックの弁当は俺が作って食べ物で釣って、ゆるしてもらえないかな。
本当に嫌われてはいない、と思う・・けど、嫌いって、言葉に出されると、驚くほど、凹む。

ミケを乗っ取ったフロラインに言われた時は、凹みはしなかった。

おれの1部であるルードが、ミケの1部であるフロラインを子どもごと殺したと知った時には、あの『嫌い』の意味は、ミケの全部で俺の全部が愛されることはないと知れ、だろうなと、全身が、冷えはしたが。

その元も、冥界の黒の魔素か。ふざけやがって。

大急ぎで家に戻る。ミケにもらった魔素除けをかけてはいたが、少々魔素酔い気味。
それでも、早くミケに会いたくて。
なじられようが拒まれようが、とりあえず顔を見なければ落ち着かなくて。迷宮の魔素に濡れたまま、ミケの私室を小さくノックした。

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