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129. 俺を、締め出さないで

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どれくらい寝たのだろう。
外はほんのりと白んできていたが、シェドの胸に引っ付いたままだし、何時間も経ってはいないと思う。

あの発作が信じられない程、自分がまともなのがわかる。息を吸っても苦くないし、頭を痺れさせるような寒さも、体を内側から齧り倒されるような焦りも感じない。

シェドが寝ているのを見る。
平和な顔で、すぴぴぴぴ。

うふふ。ちゃんと15の頃のシェドの面影がある。今となっては、なんで継ぎ接ぎだなんて信じたんだろうかと思うほど。
こんなに可愛い顔で寝て、ちゃんと軍ではパチドのままって、すごく不思議。

シェドと自分の、両方の手のひらを合わせる。ぐっすりだから、ルードが抱えた黒の魔素を、いつもよりたくさん捨ててみよう。

そおっとルードの気配を探って、黒の魔素を引く。

と。ぐりん。

「見つけた。現行犯」

へ?
いつの間にかシェドの目が開いていて、あっという間に両手をホールドアップ型にして、ベッドに押さえつけられた。

「あんな状態の直後に、ひとりで黒の魔素にアクセスしようとか、何を考えているんだ!」

うわぁ。やろうとした中身までバレてる。なんで、この人こんなに謎々得意なんだろ。

「ごめん、ちょ、ちょっと、出来心。えへへ」

「初めてじゃ、ないな?いつからだ。理由は?!」

う。どうしよう。言いたくない。
黒の魔素で、ルードはフロラインを捨てた。
シェドが、黒の魔素にもちこたえられなかったら、今度捨てられるのは、私だ。
耐えられない。
・・・なんて口を割ったら、信じてないのか、って、なるし、絶対私にさわらせずに、自分で魔素何とかしようとするよ、このひと。

「あんなひどい不安定、本当に、気分の問題か?先に外部からの精神攻撃を疑え?」

なーるほど。そう言う心配かぁ。
例えば、私が親になんか吹き込まれて、黒の魔素にアクセス、とかだったら、なんか、バシバシ冥界の意図とか感じるし、グリーンさん位の魔術で真剣に手順を踏めば、ムーガル軍が私のメンタルに介入することもできたかも。

うん。シェドは心配の中身まで頭がいいね。
でも、今回の情報ルーツは親とかじゃなくて、過去だし。

「ごめんね。本当に心配してくれるようなことじゃないから・・つっ」

あたた、耳たぶ噛まれた。

「俺を、締め出さないでくれ、ミケ。頭ぐちゃぐちゃになって、またひどいこと、しそう」

「え゛。シェドが?シェドのままで?」

「変か?ひどいことされて、口にしたくないこと無理矢理吐かされながら犯されたくなかったら、2~3日触るなって、ちゃんといったぞ?」

「変!えーと、口にしたくない事って、なんだっけ。あ、そだ、結婚式!こっそりならいけると思う!教育キャンプで入れられた水牢、あれムーガルの海からよね?ムーガルで住むの、迷宮回廊の亀裂の側じゃダメ?」

シェドがため息。
「ムーガルになんか、連れていくかよ・・」

「お、おいて、行くの?やだ。ごめんなさい。海の側じゃなくていいです。監禁だろうが、ひどい事だろうが、どんとこいです。シェドがどうしてもっていうなら、ムーガル軍に出頭しても・・」

がちゃ
両手が後ろに回ってしまって、動かなくなる。

あら?
これは、昼間シェドにつけられた革手錠では?なんであるの?

「ミケが、二の腕、自傷したから。もっとひどくなったらつけようと思って、置いといた」

そか。でも、今の私はまともですが?

「えーと、監禁ごっこ?それとも、罰、前倒し?私が、今、罰されたら、ピクニックは一緒してくれる?!」

それはいいな!

「あのな。まともじゃない俺にさんざんひどいことされといて、今も俺の理性がヤバくて、革手錠つけられて、なのに比較対象は、ピクニックのドタキャンなのか?!この残念頭!」

いや、ひどいことしよう、っていう人が、ひどいことされた後の私が、翌日ピクニックに行ける前提で話しているのをスルーだよ?
そっちのほうがおかしいって。

「ピクニックドタキャンの方がつらい!さっきのパニックだって、ドタキャンのせいだもん!」

「言ったなー?泣かす!ぜってー、ぎゃん泣きさせてやる!」

「ピクニック、ピクニック、ピクニックー!」

「おう、わかった、ピクニックな!弁当も作れない程ぐったりにしてやる。言っとくがレガスの弁当は、軍の癖が抜けてないから、ひどいぞ?色もないし、塩ばっかりだからな!」

「そ、そんなに?た、タイム。お弁当の下準備をしてから・・」

起き上がろうとして、のしかかって来たシェドに、べちゃんと潰される。

「ミケ・・本当に、怖くないのか?ルードもパチドも、俺の一部だ・・」

そういう括りなら、フロラインも私の一部だけど、さ。
私が怖いのは、シェドに捨てられることであって、シェド本体が怖い訳じゃないので。
シェドに付属物がくっついていることは正直大した問題ではない。

「気にしぃだなぁ。パチドにひどくされて喜んだくせにって、蔑まれましたけど何か?」

「蔑んだハズないだろ・・・何度も、シェドって、呼んでくれそうになったから、忘れられない、だけ」

ぼぼぼっ
ばれてたか!

「蔑んでないわけ?!レンツのは?」

「フロラインの過去のせい?」

「知っとんかい!なんでわざわざ意地悪いうのよー!」

結構言われたくなかったですけど?!

「だって、ミケ、何も言ってくれないから。俺に嫉妬させて嫌がらせしたいのかな、とか」

「うわ。さいてー」

思考が黒い!

「さいてー、って思うの、多分この後。はい、罰前倒しするから、ミケの部屋の箱のそばまで移動」

「まじで?!」

後手でがちゃがちゃいっている、このままで?もう明け方が近いんじゃないの?
早起きなレガスさんとかに見られたらどうしてくれるの?!

革手錠の間をつないだ鎖が鳴らないように、抜き足差し足歩く練習をしていたら、シェドに後ろにくっつかれたから、これ幸いとローブを後ろ手でひっつかんで、シェドを隠れ蓑に歩いてやった。

私の部屋は、出て行った時の精神状態を表すように荒れていて、よくこんなに落ち着いて帰ってこられたものだと感心する。
あーあ、窓も開けっぱ。窓の外が見えて、シェドからもつっこみが入る。

「なんで、ベランダに巣作り?」

「巣じゃないもん。不安定になった時に、ちょっと入ると落ち着くの!」

不安定な時のうめき声って我ながら不気味だから、なるべく他人に聞こえないようにしているのだ。で、最近頻繁だったから、置きっぱなしになっている座布団とか、口に押し当てる用の布とか、常備品がふえちゃっただけ。

「・・ミケ、本当にそれ、変だと思わないのか?」

まぁ、19の女が、ベランダに秘密基地作っているのは変と言えば変かもしれないけど、6歳のシェドは、隠れ基地作るの、好きだったのよ?

シェドは、窓を閉めて、私がくっついた革手錠をベッドの天蓋の柱に繋いでしまった。

動けないじゃない。パチドの時だって最後の方はなるべく拘束しないようにしてくれていたくせに、いきなりなにするかな。

お、置いて行く気とか?
ムーガルに帰るから、バイバイとか言われたらどうしよう?
やだ、やだ、やだ!

がちゃがちゃ
あせって引っ張って、耳障りな音が大きくなる。
多分、かなり青い顔をしていたと思う。

箱を何個かもって戻って来たシェドが、そんな私を見て、大きくため息をついた。
「ほんっとに、信頼されてないな・・・」

それから、もう一回箱をあさりに行った。最初にシェドが避けていたほうの山へ。
手にぶら下げて帰ってきたのは、割と正視したくない形状の首輪で、売り込み商品の中では、珍しく魔道具系。

首輪の内側にトゲトゲが何本も出ていて、電気ショックとかそう言うのを与える系統。ライヒとかが、好きそう。
うう、やだなぁ。私が電気で焼かれるのを、シェドが大喜びで見ているとか、できれば想像したくない。

目を背けていると、目の前に首輪を出された。
で。

「はい、魔素入れて」

って。私が?私がいれると、私が操れちゃいますが?
そう思ったのだけれども、促されてほんのちょっと魔素を流す。
そうしたら、シェドはそれを自分の首に嵌めてしまった。

「シェド、それはずして!あぶないから!絶対体に悪い!内臓傷つく!」

「知ってる。ただの保険。俺にどうしても嫌なことをされたら、流せ。わかった?」

わ、分りませんが?!

ぶんぶんぶん。じたばたじたばた。
はずして、ってば。それを、はーずーせー!

暴れていると、天蓋の柱ごと抱っこされた。

ぴた。
硬直。
だって、私の頭突きが首輪に入ったら、刺さっちゃうじゃない?!

固まった私に上を向かせて、シェドが、キスをしてくれた。何度も顔を覗き込みながら、するから、も、速攻ででれでれ、なのだけれど。

それでも。背中に柱が擦れると、パチドに抱かれた時を思い出す。
死ぬはずだった頃、ほんもののシェドにもう一度触れられるなんて、夢にも思えなかったころ。

パチドは私を好きだと言ってくれた。公妾の私しか知らないのに。私がシェドを好きなことを知っていたのに。

無理を重ねて、私を、死なせなかった。
シェドの『好き』のなかに、パチドの『好き』は残っているだろうか、なんて。ちょっと感傷的な事を考えた。
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