ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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112. 合戦ごっこ

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合戦『ごっこ』だよ、と言う割に。
メルホ平原は、豪華キャストだった。

パチドとルカの合意は至極簡単で、お互い、積極的には殺さない。それのみ。

フェルニア軍の方は、へなへなの新米軍の動画を複製で増やしただけだから、当然数は多く見えてもいかにも弱そうだ。
これに対して、ムーガルの軍は少数精鋭の構えにみえる。兵の数は、自分の師団にグリーンの配下を加えた六千程だ。

パチドは、ライヒたち看板部隊(?)を解呪して無印に戻したものの、メンタル的なダメージを考慮して、メルホ平原の陣から外した。とても使い物にならない。

正直、あまりの惨状に、少数とはいえ、集団行動をさせて援軍に送ってこられただけでライヒの成長を感じたほどだ。ルカの発案にしては臓腑の抉り方が鋭いから、きっとタイキだろう、とパチドは思った。

そして、なんだ、この立体映像は。パチドは頭を抱えたくなる。いつの間にいれかわった?

だからと言って戦力的にどうなのかと言えば、ひょっとして寄せ集めの1万よりマシなのではなかろうか。
そのホログラムの中に隠れて、新生フェルニアのキラキラ兵士たちが南下してきていたし、ルカの手にはマー君が、ミケの手にはオーデが、ギンギンに気張った状態で収まっている。

タイキとソナは舞台演出とでも言うのだろうか、ホログラムから、雄叫びの音響流してみたり、マー君の周りにオーロラ出してみたり。
タイキとソナの2人は、驚くほど息がぴったりで、ついでに言うなら派手好きだった。
おまけだ、とばかりに、パチドの周りにまで、格闘技の興行みたいなメラメラ炎を出し始めた時には、ルカとパチドの両方がのけぞった。

フェルニア軍の主力武器は、タイキが指揮者の、『音』と『光』。

フェルニア軍のホログラムは、それ自体が結界で、外から聞く分にはただの雄叫びだが、中は基本的に音響爆弾が吹き荒れているのと変わらない。
100人単位の新米雑兵で構成されたかにみえる師団は、その実、中にいるのはミケの魔素たっぷりの分厚い遮音具と特殊な遮光眼鏡を付けた、3人一組のキラキラ兵だ。

戦闘をするつもりで突っ込み、いきなり襲ってきた音と光で蹲る兵に、電磁ガンをあてて秒速で気絶させていく。

見かけ1万の烏合の衆、実質数百の精鋭。割とめんどくさい。

パチド本人と、騎兵が出てきた段階で、フェルニア軍は3人一組のキラキラ兵を下げ、ホログラムの中は、ただの荒れ狂う音と光が詰まった袋になった。

馬がつっこむと操縦不能になるので、パチドは騎兵を下げた。

パチドはの魔術は、魔素をケチる癖がついているせいもあって、本来機能性重視だ。
だが、今回はレーブルやヘルクの偵察部隊の度肝を抜かなければいけないので、そうとも言っていられない。

パチドの手から、竜巻のような炎が何本も放たれる。その竜巻があたると、フェルニア軍の師団は、散り散りになって、吹き飛ばされていくのだ。視覚効果抜群。

実際には、タイキとソナが、惜しげもなくホログラフを切り、タイミングを合わせて、鳴りっぱなしの音響爆弾と化した結界袋の中身を消し去っていくわけだが。

2人はそれだけでは飽き足らず、パチドの手から、放たれる竜巻のような炎を例の『うつるのがうつる』魔道具で映写し、流しまくった。

おかげでメルホ平原は、太陽が落ちて大地が血を流したかのごとき、壮絶な地獄絵図・・・あくまで見かけ上、だが。

烏合の1万がすべて消え、燃えながら血を流す大地に、魔剣を携えたルカが、空を飛ぶようにして現れて、あまりにも堂々と降り立った。

そして、ルカの背後に、ミケが立ち上がって腕を突き上げる。王の腕輪がオーロラを呼び狂って吠え、それに呼応して無傷のフェルニア兵が雄叫びを上げる。
戦意旺盛にして、自分たちの王に対する絶対的な敬愛の念が、オーデを調子づかせ、敵の脊髄まで揺さぶる。

我らが王に、すべてを。

パチドが最前線に立ちはだかっているムーガルはともかく、レーブルとヘルクの震えあがり方は、想定を超えた。

ヘルクの高台からでも、魔道具を使えばメルホ平原の様子は見えてしまうのだ。自国の魔術レベルとのあまりの差に、王の腕輪の魅了の力の強さに、次々と偵察の魔道具を切断していくありさまだった。

フェルニアのルカであれ、ムーガルのパチドであれ、どちらか一方であれば、あんな魔術はこの世のものではない、『冥界の黒』だ、と断じることが出来たかもしれない。『冥界の黒』がでた、人間界の危機だと言って、他国まで巻き込んで結束することもできたかもしれない。

だが、両国は、戦闘を繰り返し、攻められ押し返し、何年も戦争をしていたのだ。そして今、その両国の兵は、当たり前のようにお互いの大将を敬愛し、一歩も引かずに命を張り合っている。

この、自分たちにはトラウマ自殺が出そうな、壮絶な魔術合戦を、万を超える、一般の人間であるはずの兵士が、この魔術師たちを、人間と認める人間の群れが、冥界ではない人間界の日常として、この戦いに高揚している。

魔道具で戦いを見ていたヘルクは、リアルタイムで斥候からメルホ平原の報告を受け続けていたレーブルは、ムーガルへの進行断念を、決断した。

逆に進行されることを、恐れる。
フェルニアに押し戻されたムーガル軍は、矛先を変えて、もっと進行が簡単なレーブルやヘルクに向かって来るかもしれない。

直接的な軍事衝突こそないものの、レーブルはムーガルへの挑発行為を始めていたし、レーブルとヘルクの同盟が、フェルニア平定でバランスを欠いたムーガルの弱みを突こうとしたものであることは明白だ。
報復を口実に、兵士狩りや物資の略奪に来るかもしれない。

「魔の森に開けた、ムーガルに続くルートを閉じろ。空間の結節点を今すぐ爆破だ」

レーブルの高官は、進軍断念の決断と共に、指示を出し始める。防衛を固めるのだ。魔の森が縮小してから、ムーガルに向けて進軍するときのために、ヘルクと共同で、数本のルートを開拓してきた。

だが、こちらから進軍できるほどのルートは、見つかってしまえば逆に、侵攻されるルートに早変わりしてしまうのだ。
進軍を断念した以上、そのままにしておくべきではない。空間の結節点を破壊し、ルートとして使えなくするべきだと思えた。

「了解いたしました。こやつらが全盛である間は、伏竜もやむを得ますまい」

レーブル内からも、ヘルクからも、一切異論はでなかった。



ルカは魔剣の律動に合わせて、楽し気にパチドと剣を合わせる。
正確に言うと楽しそうなのはマー君なので、適当に合わせながら、ルカはパチドと会話だ。

「ご期待に副えたか?レーブルをビビらせればそれでいいんだろ?」

「派手過ぎだ。誰の趣味だ」

「あー、うちのタイキ、ちょっと今頭が春なんだ。加えて、火に油系傑物のソナが、ミケの不調でキレてるから、誰も止められない」

「ミケが、・・不調?」

「なんか、へんな親?が出たら、ガタガタになった。で、ソナが、こりゃだめだ、最短でお前を交渉に呼ぶっていって、これがソナの最短」

「親、生きていたのか。しぶといな」

「図太いし、しぶといし、なんか、きしょい。このまま和解交渉でいいか?あー、もちろん和解はどうでも良くて、ミケか両親かどっちか何とかしてくれ」

「了解した。・・・多分、親、の方になると思う」
「へー。めずらしい。ミケは俺にくれるって?」

ブワッ
パチドの剣の風圧が急に上がり、マー君は大きく飛びすさった。

「交渉の日時は、連絡する」

「分かった。急・・」

ギュイイイイイ

実際の音だろうか。
聴覚神経を逆剥きにするような振動が襲い、パチドとルカが、同時に膝をついた。

ルカの通信機がけたたましく鳴るが、それに応答する暇も与えず、マー君がその刃をパチドの腕に向かってたたきつける。

すっかり一心同体のつもりで安心しきって体をまかせていたルカは、慌ててマー君を抑えるが遅い。
だが、ルカの目の前で、ぼろぼろに崩れたのは、パチドの腕ではなくて、腕輪だけで。

そうしてマー君はパチドに向かって、必死で叫んだのだ。

『ルード!ルード!たいへん、冥界が、来た!』

ルカの目の前で、パチドの髪が赤みを帯びながらみるみる伸びて、瞳が金色に変わっていく。

後ろを向くと、ミケが慣れない馬に乗って走り出しており、ソナがそれを追いかけて行く。タイキが通信機に向かって慌てているのは多分、ルカが出ないせいだ。
パチドに向きなおりながら、通信機のスイッチを入れる。

『大将!魔の森の結節点を、レーブルが爆破。そのせいで、魔の森に空間の亀裂、です!亀裂から本物の黒い魔素が来るとオーデが騒いで、ミケが暴走、ソナが追いました。戻ってください!!』

冥界の、ほんものの、黒い魔素。
ルカの夢に何度も出て来て、世界を塗りつぶそうとした。
戦いは、いつも孤高に戦う金の瞳が、自らの体に黒の魔素を抱え込んで結界と化し、亀裂を閉じると同時にその瞳を閉じて終わる。

あれは。おまえか、パチド。

ミケをおいて、逝く気か?
そうはさせない。死なせるわけには、いかない。

「・・・マー君。俺と一緒に魔の森、行ってくれるか?パチド、いや、ルードじゃなきゃ、だめか?」

『ルカと行く。でも、ミケの魔素がないと、何もできない。ミケのところへ。ミケのところへ!!』



同じ時、パチドは、ルードの力に翻弄されていた。

魔力封じの腕輪が壊されるとともに聞こえるようになる、冥界と人間界の間の壁が軋む音。
魔の森が、亀裂を広げまいと必死で抵抗しているが、それでも、滲み出してくる、冥界の魔素。
その気配を感じて、ルードが覚醒したから。

柱状節理の崖から、亀裂が広がってくる。
亀裂が森の中まで広がれば、瘴気で草も木もかれてしまう。噴き出した黒の魔素が、風も雨も止めて、魔の森を殺してしまう。

黒の魔素を、外に、出しては、ならぬ。
ルードが咆哮を上げ、魔の森から立ち上る黒い魔素を、その身に取り込もうと、広く深く魔力を巡らせる。

フロライン、フロライン、フロライン。
私は自分が狂ったことに、理由が欲しい。
今度こそ全てを終わらせ忘れ去り、お前に会いに行きたい。

私を殺せ、私を殺せ、私を殺せ。
此処だけは、どんなことをしても絶対に渡さない。

俺は誰だ。
パチドか、ルードか、それとも、シェドか。
馬で魔の森に駆けるミケが見える。

行かなければ。ミケのところへ、行かなければ。
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