110 / 141
110. 毒親
しおりを挟む
ルカからタイキに入った緊急通信は、なかなか要を得なかった。
「大将、分るように話してくれませんかね」
「どう聞いても、見なきゃわからん。ソナ連れて早く帰って来てくれ。ミケがおかしい」
ルカの大慌ての話によると。
ミケの両親、なるものが出たという。
フェルニア王妃であるミケ・レンネルの直系親族である、それなりに処遇されるべきだといって名乗り出て来た。ムーガルの占領にともなって比較的新しく出来たスラムに潜んでいたらしい。
両親は、今回の結婚が方便だなどと納得できるメンタルではないそうだ。
金を渡して済むのなら、と思ったが納得せず、兵士中心の王城に部屋を要求し、ひたすら厚遇されることを求めている。
無視、という手も試したが、そうするとミケをたびたび呼び出す。
で、信じられないことに、パチド以外に弱点がないと思っていたミケが、両親に会わせるとガタガタになることが判明。
闇に葬るわけにもいかず、扱いに困っている。
という事らしい。
「ソナ、ミケの両親について何か知っている?」
「うーん。パチド様曰く、毒親、だって。ミケがたまに謎の自虐に走るときがあって、それを、親由来ですぐにどうこうするのは難しい、みたいなことをいった」
「うえ。なんか嫌な予感がする」
「だね。パチド様巻き込んで早回し、しよう。ミケ達どこまで来た?」
「メルホ平原の北100キロ。ルカとかうちの熟練なら馬ですぐだけど、抱えているのが殆んど戦力外のデモ行進隊だからいつになるかわからん」
「そっかぁ。ねぇ、あれ。あのえげつない投降勧誘チラシ広めた映写魔道具。動画もいける?例えば、そのデモ行進隊のホログラム動画を街道に映して、進軍しているみたいに見せかけるとか」
「ソナの方が考え方えげつないぞ。だがまぁ、できる。早回しも行ける。パチドの方は、魔力封じされていても華々しく蹴散らせるなら乗るだろうし」
「うん、王都でルカがぶちかまし、メルホ平原でパチド様がぶちかまし、で、拮抗したところで交渉のために、パチド様はミケと会う。多分、これが最短」
「・・・パチドとミケを会わせるのが至上目的かよ。もうちょっと高尚な大義名分かざしてみせたら?」
「ゴール一緒でしょうが。ミケが壊れたら治せるのはパチド様だけなの。替わりはいない。あと、タイキはお客じゃないから、名分サービスとかなしで!」
そして、パチドと話をつけるや否や、ソナはタイキと離れ、一足先にフェルニア軍に合流することにした。
まぁ、ルカとセットにしておけば、タイキはパチドを殺すまいし、逆に、ルカやタイキがやられることもないだろう、とソナは思う。
そうしたらもうソナの心配ごとは、①ミケ②ミケ③ミケ、だ。
そして、ソナがみたミケの顔は。
な、何があった?!ひょっとして私は遅すぎたの?!
誰よ、その毒親とやらを闇に葬るのをためらったのは!
今すぐ迷宮回廊に沈めてやるわ。ええ、二度と浮かび上がらないように!
ソナにそう決意させる程だった。
☆
心配をかけているなぁ、とミケは思う。
私があまりに親あしらいが下手だから、ルカが心配している。
確かに、我ながら下手くそすぎる。
自分の親が好きではないと、そう意識することは、いい年になってさえ、遺伝学的な子どもに相当のエネルギーを要求するらしい。
おかげさまで夢見が悪い。
金色の髪をした私が、金色の目をしたシェドに、捨てられる夢。
捨てられたのに諦めきれなくて、大事なものを失ってしまう夢。
願いがかなうことはない。私の子どもは生まれない。金色の私は、そう言って泣く。
記憶と呼ぶべきか夢と呼ぶべきかわからない映像の中で、金のシェドが、私を罵っている。
何と言っているのか思い出せない。
だから、何でも、あてはまってしまうのだ。
あんな親に、引っかかるまいと思っているのに。
夢の中では、あの人たちの言葉が、金のシェドの空白を埋める。
夢は繰り返し、金のシェドは、あの人たちの言葉で、私を罵る。
子どもが産めないのに、騙しているわけね
他の男のおさがりだろうが、選べる立場か
結婚すら方便?自分の事しか考えないのね
誰のおかげで生きている?身の程を弁えろ
夢の中の私は、とても弱っていて。
金のシェドに、小さな笞で打たれただけで、あっという間に気絶する。
だらしなく垂れ下がり、自分の子がいるお腹を守ることすらできずに打たれて。
意識すらない間に、たった一人で、自分に宿ってくれた命を逝かせてしまった。
あの子はただの血になって、私を見あげた。
好き、なんて、ほんの少しの他人の悪意で、消えてしまうのに。
捨てられたと知っていて、なぜ諦められなかった?
何を求めていた?あの人が私を信じてくれること?
そんな無駄なあがきの責めを負わされるのは、私ではなかったのに。
ミケの親たちが、自分は悪くないと主張するためにまき散らす、半端な悪意。チクチクするそれは、とても、冥界の黒い魔素に、似ている。
あの人たちの側に居ると、いや、側に居なくても、自分の遺伝的な原材料を考えると。
クラムルという単語が浮かぶ。それが体中に貼りついて、捕らわれている気がする。
私が夢で見るクラムルは、ひとりではなくて、集合体だった。半端な悪意の集合体。
私はシェドに、本当にまだ捨てられていない?
言い訳ではないの?
だって、あの人たちが言うのだ。
私にチクチク巻きつきながら。
本当にお前は言い訳ばかりだ。勝手をするな。
自分のした事の責任も取れない出来損ないよね。
私達の子なのだから、私達を見習うべきでしょう。
どれほど見習いたくなくても、私は、あの両親から出来ている。
私の大好きな人たちとは元が違う、半端な悪意から、出来ている。
私はあの魔の森の優しい人々のようになりたかった。
チャドさんは、シェドにも私にも毎日ご飯を作ってくれて、話を聞いてくれて、頭を撫でてくれて。
シェドは、年がら年中、私を甘やかして、抱っこしておんぶして治癒して、怪我した動物を癒して。
フロラインは、森の命で、光で。柔らかなのにどっしり。笑い過ぎるとハート型のロロ芋ができる。
でも、あんなふうに、何かを育みたかった『だけ』だとかは、私はもう、言えない。
命であることをやめさせられた血の塊が、私を見ている。
私が諦めなかったら、引き裂かれた魔の森が、私を見ている。
バラバラのシェドと槍に貫かれたチャドさんが、私を見ている。
「大将、分るように話してくれませんかね」
「どう聞いても、見なきゃわからん。ソナ連れて早く帰って来てくれ。ミケがおかしい」
ルカの大慌ての話によると。
ミケの両親、なるものが出たという。
フェルニア王妃であるミケ・レンネルの直系親族である、それなりに処遇されるべきだといって名乗り出て来た。ムーガルの占領にともなって比較的新しく出来たスラムに潜んでいたらしい。
両親は、今回の結婚が方便だなどと納得できるメンタルではないそうだ。
金を渡して済むのなら、と思ったが納得せず、兵士中心の王城に部屋を要求し、ひたすら厚遇されることを求めている。
無視、という手も試したが、そうするとミケをたびたび呼び出す。
で、信じられないことに、パチド以外に弱点がないと思っていたミケが、両親に会わせるとガタガタになることが判明。
闇に葬るわけにもいかず、扱いに困っている。
という事らしい。
「ソナ、ミケの両親について何か知っている?」
「うーん。パチド様曰く、毒親、だって。ミケがたまに謎の自虐に走るときがあって、それを、親由来ですぐにどうこうするのは難しい、みたいなことをいった」
「うえ。なんか嫌な予感がする」
「だね。パチド様巻き込んで早回し、しよう。ミケ達どこまで来た?」
「メルホ平原の北100キロ。ルカとかうちの熟練なら馬ですぐだけど、抱えているのが殆んど戦力外のデモ行進隊だからいつになるかわからん」
「そっかぁ。ねぇ、あれ。あのえげつない投降勧誘チラシ広めた映写魔道具。動画もいける?例えば、そのデモ行進隊のホログラム動画を街道に映して、進軍しているみたいに見せかけるとか」
「ソナの方が考え方えげつないぞ。だがまぁ、できる。早回しも行ける。パチドの方は、魔力封じされていても華々しく蹴散らせるなら乗るだろうし」
「うん、王都でルカがぶちかまし、メルホ平原でパチド様がぶちかまし、で、拮抗したところで交渉のために、パチド様はミケと会う。多分、これが最短」
「・・・パチドとミケを会わせるのが至上目的かよ。もうちょっと高尚な大義名分かざしてみせたら?」
「ゴール一緒でしょうが。ミケが壊れたら治せるのはパチド様だけなの。替わりはいない。あと、タイキはお客じゃないから、名分サービスとかなしで!」
そして、パチドと話をつけるや否や、ソナはタイキと離れ、一足先にフェルニア軍に合流することにした。
まぁ、ルカとセットにしておけば、タイキはパチドを殺すまいし、逆に、ルカやタイキがやられることもないだろう、とソナは思う。
そうしたらもうソナの心配ごとは、①ミケ②ミケ③ミケ、だ。
そして、ソナがみたミケの顔は。
な、何があった?!ひょっとして私は遅すぎたの?!
誰よ、その毒親とやらを闇に葬るのをためらったのは!
今すぐ迷宮回廊に沈めてやるわ。ええ、二度と浮かび上がらないように!
ソナにそう決意させる程だった。
☆
心配をかけているなぁ、とミケは思う。
私があまりに親あしらいが下手だから、ルカが心配している。
確かに、我ながら下手くそすぎる。
自分の親が好きではないと、そう意識することは、いい年になってさえ、遺伝学的な子どもに相当のエネルギーを要求するらしい。
おかげさまで夢見が悪い。
金色の髪をした私が、金色の目をしたシェドに、捨てられる夢。
捨てられたのに諦めきれなくて、大事なものを失ってしまう夢。
願いがかなうことはない。私の子どもは生まれない。金色の私は、そう言って泣く。
記憶と呼ぶべきか夢と呼ぶべきかわからない映像の中で、金のシェドが、私を罵っている。
何と言っているのか思い出せない。
だから、何でも、あてはまってしまうのだ。
あんな親に、引っかかるまいと思っているのに。
夢の中では、あの人たちの言葉が、金のシェドの空白を埋める。
夢は繰り返し、金のシェドは、あの人たちの言葉で、私を罵る。
子どもが産めないのに、騙しているわけね
他の男のおさがりだろうが、選べる立場か
結婚すら方便?自分の事しか考えないのね
誰のおかげで生きている?身の程を弁えろ
夢の中の私は、とても弱っていて。
金のシェドに、小さな笞で打たれただけで、あっという間に気絶する。
だらしなく垂れ下がり、自分の子がいるお腹を守ることすらできずに打たれて。
意識すらない間に、たった一人で、自分に宿ってくれた命を逝かせてしまった。
あの子はただの血になって、私を見あげた。
好き、なんて、ほんの少しの他人の悪意で、消えてしまうのに。
捨てられたと知っていて、なぜ諦められなかった?
何を求めていた?あの人が私を信じてくれること?
そんな無駄なあがきの責めを負わされるのは、私ではなかったのに。
ミケの親たちが、自分は悪くないと主張するためにまき散らす、半端な悪意。チクチクするそれは、とても、冥界の黒い魔素に、似ている。
あの人たちの側に居ると、いや、側に居なくても、自分の遺伝的な原材料を考えると。
クラムルという単語が浮かぶ。それが体中に貼りついて、捕らわれている気がする。
私が夢で見るクラムルは、ひとりではなくて、集合体だった。半端な悪意の集合体。
私はシェドに、本当にまだ捨てられていない?
言い訳ではないの?
だって、あの人たちが言うのだ。
私にチクチク巻きつきながら。
本当にお前は言い訳ばかりだ。勝手をするな。
自分のした事の責任も取れない出来損ないよね。
私達の子なのだから、私達を見習うべきでしょう。
どれほど見習いたくなくても、私は、あの両親から出来ている。
私の大好きな人たちとは元が違う、半端な悪意から、出来ている。
私はあの魔の森の優しい人々のようになりたかった。
チャドさんは、シェドにも私にも毎日ご飯を作ってくれて、話を聞いてくれて、頭を撫でてくれて。
シェドは、年がら年中、私を甘やかして、抱っこしておんぶして治癒して、怪我した動物を癒して。
フロラインは、森の命で、光で。柔らかなのにどっしり。笑い過ぎるとハート型のロロ芋ができる。
でも、あんなふうに、何かを育みたかった『だけ』だとかは、私はもう、言えない。
命であることをやめさせられた血の塊が、私を見ている。
私が諦めなかったら、引き裂かれた魔の森が、私を見ている。
バラバラのシェドと槍に貫かれたチャドさんが、私を見ている。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる