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110. 毒親

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ルカからタイキに入った緊急通信は、なかなか要を得なかった。

「大将、分るように話してくれませんかね」

「どう聞いても、見なきゃわからん。ソナ連れて早く帰って来てくれ。ミケがおかしい」

ルカの大慌ての話によると。
ミケの両親、なるものが出たという。

フェルニア王妃であるミケ・レンネルの直系親族である、それなりに処遇されるべきだといって名乗り出て来た。ムーガルの占領にともなって比較的新しく出来たスラムに潜んでいたらしい。
両親は、今回の結婚が方便だなどと納得できるメンタルではないそうだ。

金を渡して済むのなら、と思ったが納得せず、兵士中心の王城に部屋を要求し、ひたすら厚遇されることを求めている。

無視、という手も試したが、そうするとミケをたびたび呼び出す。
で、信じられないことに、パチド以外に弱点がないと思っていたミケが、両親に会わせるとガタガタになることが判明。
闇に葬るわけにもいかず、扱いに困っている。

という事らしい。

「ソナ、ミケの両親について何か知っている?」

「うーん。パチド様曰く、毒親、だって。ミケがたまに謎の自虐に走るときがあって、それを、親由来ですぐにどうこうするのは難しい、みたいなことをいった」

「うえ。なんか嫌な予感がする」

「だね。パチド様巻き込んで早回し、しよう。ミケ達どこまで来た?」

「メルホ平原の北100キロ。ルカとかうちの熟練なら馬ですぐだけど、抱えているのが殆んど戦力外のデモ行進隊だからいつになるかわからん」

「そっかぁ。ねぇ、あれ。あのえげつない投降勧誘チラシ広めた映写魔道具。動画もいける?例えば、そのデモ行進隊のホログラム動画を街道に映して、進軍しているみたいに見せかけるとか」

「ソナの方が考え方えげつないぞ。だがまぁ、できる。早回しも行ける。パチドの方は、魔力封じされていても華々しく蹴散らせるなら乗るだろうし」

「うん、王都でルカがぶちかまし、メルホ平原でパチド様がぶちかまし、で、拮抗したところで交渉のために、パチド様はミケと会う。多分、これが最短」

「・・・パチドとミケを会わせるのが至上目的かよ。もうちょっと高尚な大義名分かざしてみせたら?」

「ゴール一緒でしょうが。ミケが壊れたら治せるのはパチド様だけなの。替わりはいない。あと、タイキはお客じゃないから、名分サービスとかなしで!」

そして、パチドと話をつけるや否や、ソナはタイキと離れ、一足先にフェルニア軍に合流することにした。
まぁ、ルカとセットにしておけば、タイキはパチドを殺すまいし、逆に、ルカやタイキがやられることもないだろう、とソナは思う。

そうしたらもうソナの心配ごとは、①ミケ②ミケ③ミケ、だ。

そして、ソナがみたミケの顔は。

な、何があった?!ひょっとして私は遅すぎたの?!
誰よ、その毒親とやらを闇に葬るのをためらったのは!
今すぐ迷宮回廊に沈めてやるわ。ええ、二度と浮かび上がらないように!

ソナにそう決意させる程だった。


心配をかけているなぁ、とミケは思う。

私があまりに親あしらいが下手だから、ルカが心配している。
確かに、我ながら下手くそすぎる。
自分の親が好きではないと、そう意識することは、いい年になってさえ、遺伝学的な子どもに相当のエネルギーを要求するらしい。

おかげさまで夢見が悪い。

金色の髪をした私が、金色の目をしたシェドに、捨てられる夢。
捨てられたのに諦めきれなくて、大事なものを失ってしまう夢。

願いがかなうことはない。私の子どもは生まれない。金色の私は、そう言って泣く。

記憶と呼ぶべきか夢と呼ぶべきかわからない映像の中で、金のシェドが、私を罵っている。
何と言っているのか思い出せない。

だから、何でも、あてはまってしまうのだ。
あんな親に、引っかかるまいと思っているのに。

夢の中では、あの人たちの言葉が、金のシェドの空白を埋める。
夢は繰り返し、金のシェドは、あの人たちの言葉で、私を罵る。

子どもが産めないのに、騙しているわけね
他の男のおさがりだろうが、選べる立場か
結婚すら方便?自分の事しか考えないのね
誰のおかげで生きている?身の程を弁えろ

夢の中の私は、とても弱っていて。
金のシェドに、小さな笞で打たれただけで、あっという間に気絶する。
だらしなく垂れ下がり、自分の子がいるお腹を守ることすらできずに打たれて。
意識すらない間に、たった一人で、自分に宿ってくれた命を逝かせてしまった。
あの子はただの血になって、私を見あげた。

好き、なんて、ほんの少しの他人の悪意で、消えてしまうのに。
捨てられたと知っていて、なぜ諦められなかった?
何を求めていた?あの人が私を信じてくれること?
そんな無駄なあがきの責めを負わされるのは、私ではなかったのに。

ミケの親たちが、自分は悪くないと主張するためにまき散らす、半端な悪意。チクチクするそれは、とても、冥界の黒い魔素に、似ている。

あの人たちの側に居ると、いや、側に居なくても、自分の遺伝的な原材料を考えると。

クラムルという単語が浮かぶ。それが体中に貼りついて、捕らわれている気がする。
私が夢で見るクラムルは、ひとりではなくて、集合体だった。半端な悪意の集合体。

私はシェドに、本当にまだ捨てられていない?
言い訳ではないの?

だって、あの人たちが言うのだ。
私にチクチク巻きつきながら。

本当にお前は言い訳ばかりだ。勝手をするな。
自分のした事の責任も取れない出来損ないよね。
私達の子なのだから、私達を見習うべきでしょう。

どれほど見習いたくなくても、私は、あの両親から出来ている。
私の大好きな人たちとは元が違う、半端な悪意から、出来ている。

私はあの魔の森の優しい人々のようになりたかった。
チャドさんは、シェドにも私にも毎日ご飯を作ってくれて、話を聞いてくれて、頭を撫でてくれて。
シェドは、年がら年中、私を甘やかして、抱っこしておんぶして治癒して、怪我した動物を癒して。
フロラインは、森の命で、光で。柔らかなのにどっしり。笑い過ぎるとハート型のロロ芋ができる。

でも、あんなふうに、何かを育みたかった『だけ』だとかは、私はもう、言えない。

命であることをやめさせられた血の塊が、私を見ている。
私が諦めなかったら、引き裂かれた魔の森が、私を見ている。
バラバラのシェドと槍に貫かれたチャドさんが、私を見ている。
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