ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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96. 新生フェルニア軍

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迷宮回廊に降りたち、タイキとルカが進める行軍から魔素をよけて、兵達を通す。

元が私の魔素なのだから当たり前かもしれないけれども、ここの魔素は本当によく言うことを聞いてくれる。

「す、すげぇ」

兵たちはそれに感心してくれるが、ミケから見ると、兵たちの方がよっぽど『すげえ』。

ルカが精鋭というだけあって、ぴかぴかした師団だった。
何人通って行っても誰も錯乱していないし、若者が多くてすごく目が輝いちゃって、筋肉なんかもいかにも鍛えていますと主張しているし、ルカについて行けるのが誇らしくてたまらない感じがひしひしと伝わってくる。

それが整然と1500名。

王城は、フェルニアの旧貴族たちが使わなくなってからは、ほとんど不審者とか物取りが入らないように管理されているくらいで、終日配備されている兵は、今や数十人まで減っていた。

フェルニア中に好き勝手支流が伸ばされているこの多重空間を野放しなんて、ミケやルカから考えると、恐ろしい、の一言だ。
だが、まぁ、ティムマインの治世に情報収集をしたなら、迷宮回廊の使い方がよくわかっていないのは仕方がないのかもしれない。

王城の警備兵は、1日で報告パターンを把握され、制圧までにたった2時間。
中の光が漏れないように窓と光とりの穴に目張りする時間まで入れても、半日仕事でお釣りが来たらしい。

日が落ちたあと、目張りで真っ暗になった王城の部屋の中に、ゆらゆらと光が舞い始める。
新生フェルニアの兵たちだった。
懐かしそうな顔をしているものなど、まずみあたらない。
彼らには、今のフェルニアの方がよっぽど価値があるのだ。

それでも、王城で、自分たちの大将が王戴冠するのは、嬉しい。大将ルカは、好きなところで、戴冠することが出来る。自分たちをだれも追いやったりはできないのだ。と、そんな高揚が伝わってくる。

たいして音を立てることもなく、兵たちは、見張りを交代しながら英気を養う。

そして明け方、光が差し込んだ王都には、あちこちに掲示が出されていた。

『本日、午前中にフェルニア王の戴冠式を行う。

フェルニアの再生を喜ぶ者、
新生フェルニアに夢を託したもの、
フェルニア人であることにもう1度誇りを感じたい者は、参加を許可する。

ルカ・ネルバ』


ルカ・ネルバ

いくら、生まれが庶子で、辺境の鉱山村に、打ち捨てられるように放っておかれていたとしても。
今や、フェルニアで最も力のあったネルバ家の当主で、旧フェルニアの軍神で、魔素の谷で新生フェルニアを守り抜いた英雄だ。

たった1年で、王城にその健在ぶりを見せてくれるというのであれば、見にいきたいに決まっている。

もちろん、ムーガル軍に誅殺されたり投獄されたりしなければ、だが。

早朝に王城を覗きに来た王都民は、一夜で移動できるとも思えない数のフェルニア兵に圧倒され、そのまま広場に吸い込まれて行く。

お役所仕事とはよく言ったもので、ムーガル軍が慌て始めたのは朝の9時。乗り込んできたのは10時だった。

その時間には、王城の正門は全開に開け放たれ、広場に舞台を囲んで整然と並んだ兵士たちも、参加したい王都民を守るために控えた兵士たちも、舞台に現れたタイキとルカを囲んで、こぶしを突き上げながら、歓呼の声を上げていた。



すごいなー、余裕だなー

まだムーガル軍が営業開始していない、朝早く。掲示に惹かれて王城にやってきた王都民たちに、タイキがシュプレヒコールとかを、教え始めたのを見て、心底感心する。

人材豊富なのね。戦闘になった時の動き方とかは、ルカが各隊の隊長とかと打ち合わせしていたけれど、兵の並び方を演出している人とか、長くいる人用の飲み物とかトイレとかに気を配って張り紙している人までいる。

『トイレこちら→』という張り紙が、ここまで合法感を出すとは思わなかった。
入って来る王都民の数が倍増したのも偶然ではないと思う。

そんな事をしているうちに、日はすっかり高くなって。
ムーガル軍が動いた、と報告を受けたルカとタイキは、堂々と中央の舞台に立ったのだ。

フェルニアに栄光あれ。
ルカ・ネルバに祝福あれ。
ミケ・レンネルに祝福あれ。
礼賛、礼賛、礼賛!

はじめは歌うようだったシュプレヒコールが、だんだんと熱を帯び、人々が足を踏み鳴らし、腕を突き上げ始めたころ。

やっと、ムーガル軍が突撃してきた。

あ、先頭のこいつ、知っている。ライヒの師団の先兵だ。
こいつがつっこんでくるということは、ライヒも近くまで来ている。
まぁ、待てなかったのだろう。

奴の軍が、強くて果敢なことは認める。

いくら平原とか河原で自由に戦うのではないにしても、400の兵で1500の陣につっこんで来ようというのだから、相当に果敢だ。

ライヒはグリーンやパチドの師団の指揮を執ったことがない上に、数を頼んで戦うには王城は狭すぎるから、多分、自分の師団だけで追いかけて来る。となると追加で500か。

よし、そろそろ私はマー君を連れてこよう。

そう思った矢先、キラキラと金と青い宝石の装飾をひらめかせて、空から宝剣が、舞った。
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