90 / 141
90. シェド争い
しおりを挟む
シェドは、隙あらば、自分の腹にでも剣を刺してそいつの行動を止めてやろうと、何度も意識を滑り込ませたが、そいつは、シェドの中に居座り続けた。
そいつの思考がシェドに直接流れ込んで、シェドを薄める。
フロラインではないとわかっていても、朦朧としたミケに水をやるのが楽しいのだ。
水をくれるのは味方だと言う先入観でもあるのだろうか。
夢うつつで必死に縋り付き、悪い夢を見て怖かったのだと言わんばかりに甘えた態度で唾液ごと水をすする。
ミケの意識は、浮いたり沈んだり。覚醒が進むと、『俺』を見て、悪夢のままの現実に泣きそうな顔になり、しばらくするとまた意識が遠のいていく。
可愛いと思う。愛しいと思う。フロラインの魂を持つ、ミケという女。
自分の腕の中に閉じこめている今がこんなに嬉しいのに、なぜ、こんなにも追い詰めたいと思ってしまうのだろう。
『俺』が、ぐったりしたミケを抱えて浴室に向かっていく。
ミケの泣き顔がたまらなく見たいとか。顔を拭いてやって、涙の跡がないのがなぜか苦しいとか。もう誰の感情なのだか怪しい。
それでも、魔素欠の苦しさがなくなってからは、あの、人とも思えない程の凶暴な加虐心は鳴りを潜めた。
本当に、初めの方は、『俺』がミケを殺してしまうのではないかと思うほどのひどい情動だった。
シェドの意識は、『俺』と戦うと負けるので、迂遠な誘導が精一杯だが、それでも、そいつが落ち着いている時は、シェドの正気も流れ込む。
屋敷に戻ってから、随分と時間が経っているのに、気の利く使用人は何度も風呂を温め直したらしい。
ミケの傷の具合を考えると、少し熱すぎるかもしれない。
適当に水を足して、ミケごと湯船につかる。
押さえつけ、掴みまわした髪の毛は、ひどいありさまで。手で撫でつけたぐらいではどうにもならない。そのまま頭を支えて水面すれすれまで下げると、やわらかい栗毛色の髪が、花開くように広がった。
綺麗だな。
シャンプーはどこだ?
棚を開けると、シャンプーも見つかったが、タオルにまかれたソナ印3点セットまでごろんと転がり出た。
正気のシェドからすれば、性的な情動まで壊れている『俺』には見せたくない代物で。使い捨てだとは使用人に説明していなかったが、できれば捨てておいて欲しかった。
とりあえずシャンプーだけ拾って、ミケの髪を洗ってやる。
むずがゆかったのか、ミケの意識が浮上して、かすかな声が押し出された。
たぶん、今は、シェドではなく、パチドと、呼んだ気がする。
そいつは、それにすら嫉妬する。
意識のないミケを世話した時間は、パチドの方が長く、シェドはミケに、何もしてやれていないのに。
それから、鞭の跡に軽く舌を這わせながら、ゆっくりと治癒をかける。
結論から言うと、これはとめるべきだった。
多分、ミケの意識がないせいだ。防御とか抑制とか普段あるベールのようなものがすべて消えてしまっていて。『邂逅』する気もないのに、ミケがこのけがを負った時の情景がフラッシュバックする。
膝立ちのまま、両手首を合わせて、頭上に上げたミケが、自分から鞭打ちをライヒに懇願していた。
『ライヒさま、ど、どうかミケを試してください』
だめだ、こんなものを見たらまた、『俺』が強くなる。
一刻を争う傷ではない。ミケが気づいてから治癒すればいい。そう誘導したのに。
昏くてどくどくと身を焼くそいつの情動が、先を見ろ、治癒を続けろと騒ぎ立てて、はねのけられる。
ふらふらと、もう一度傷を舐め始めたソレは、すでに、人の顔をしていなかった。
鞭が乱打されて、何度もミケの体が跳ねていた。
『姿勢を崩すんじゃねーよ!自分から打ってくれって頼んだんだろ!』
『ああ、痛いです!ライヒ様、ゆるしてぇ!あああっ』
『ゆるせねぇなぁ!さっさとその服剥いで、またイキ狂わせてやるから覚悟しろよ!いっそ死なせてくれって懇願するまでだ!』
ばちん
とフラッシュバックが切れて、ミケの意識が戻った。
おなじ場面を見ても、シェドならミケが何を企んだのかわかるのに。
ソナを守るために頭をフル稼働させてライヒと駆け引きをしているのがわかるのに。
『俺』の視野は異常なまでに狭小で。
嫉妬や焦りや自分勝手な独占欲を、破裂寸前まで膨らませていく。
誘導、など、とてもそんな悠長な方法が効くとは思えず、シェドは、もう、自分を攻撃できる武器を探して視線を走らせるしかできなかった。
そいつの思考がシェドに直接流れ込んで、シェドを薄める。
フロラインではないとわかっていても、朦朧としたミケに水をやるのが楽しいのだ。
水をくれるのは味方だと言う先入観でもあるのだろうか。
夢うつつで必死に縋り付き、悪い夢を見て怖かったのだと言わんばかりに甘えた態度で唾液ごと水をすする。
ミケの意識は、浮いたり沈んだり。覚醒が進むと、『俺』を見て、悪夢のままの現実に泣きそうな顔になり、しばらくするとまた意識が遠のいていく。
可愛いと思う。愛しいと思う。フロラインの魂を持つ、ミケという女。
自分の腕の中に閉じこめている今がこんなに嬉しいのに、なぜ、こんなにも追い詰めたいと思ってしまうのだろう。
『俺』が、ぐったりしたミケを抱えて浴室に向かっていく。
ミケの泣き顔がたまらなく見たいとか。顔を拭いてやって、涙の跡がないのがなぜか苦しいとか。もう誰の感情なのだか怪しい。
それでも、魔素欠の苦しさがなくなってからは、あの、人とも思えない程の凶暴な加虐心は鳴りを潜めた。
本当に、初めの方は、『俺』がミケを殺してしまうのではないかと思うほどのひどい情動だった。
シェドの意識は、『俺』と戦うと負けるので、迂遠な誘導が精一杯だが、それでも、そいつが落ち着いている時は、シェドの正気も流れ込む。
屋敷に戻ってから、随分と時間が経っているのに、気の利く使用人は何度も風呂を温め直したらしい。
ミケの傷の具合を考えると、少し熱すぎるかもしれない。
適当に水を足して、ミケごと湯船につかる。
押さえつけ、掴みまわした髪の毛は、ひどいありさまで。手で撫でつけたぐらいではどうにもならない。そのまま頭を支えて水面すれすれまで下げると、やわらかい栗毛色の髪が、花開くように広がった。
綺麗だな。
シャンプーはどこだ?
棚を開けると、シャンプーも見つかったが、タオルにまかれたソナ印3点セットまでごろんと転がり出た。
正気のシェドからすれば、性的な情動まで壊れている『俺』には見せたくない代物で。使い捨てだとは使用人に説明していなかったが、できれば捨てておいて欲しかった。
とりあえずシャンプーだけ拾って、ミケの髪を洗ってやる。
むずがゆかったのか、ミケの意識が浮上して、かすかな声が押し出された。
たぶん、今は、シェドではなく、パチドと、呼んだ気がする。
そいつは、それにすら嫉妬する。
意識のないミケを世話した時間は、パチドの方が長く、シェドはミケに、何もしてやれていないのに。
それから、鞭の跡に軽く舌を這わせながら、ゆっくりと治癒をかける。
結論から言うと、これはとめるべきだった。
多分、ミケの意識がないせいだ。防御とか抑制とか普段あるベールのようなものがすべて消えてしまっていて。『邂逅』する気もないのに、ミケがこのけがを負った時の情景がフラッシュバックする。
膝立ちのまま、両手首を合わせて、頭上に上げたミケが、自分から鞭打ちをライヒに懇願していた。
『ライヒさま、ど、どうかミケを試してください』
だめだ、こんなものを見たらまた、『俺』が強くなる。
一刻を争う傷ではない。ミケが気づいてから治癒すればいい。そう誘導したのに。
昏くてどくどくと身を焼くそいつの情動が、先を見ろ、治癒を続けろと騒ぎ立てて、はねのけられる。
ふらふらと、もう一度傷を舐め始めたソレは、すでに、人の顔をしていなかった。
鞭が乱打されて、何度もミケの体が跳ねていた。
『姿勢を崩すんじゃねーよ!自分から打ってくれって頼んだんだろ!』
『ああ、痛いです!ライヒ様、ゆるしてぇ!あああっ』
『ゆるせねぇなぁ!さっさとその服剥いで、またイキ狂わせてやるから覚悟しろよ!いっそ死なせてくれって懇願するまでだ!』
ばちん
とフラッシュバックが切れて、ミケの意識が戻った。
おなじ場面を見ても、シェドならミケが何を企んだのかわかるのに。
ソナを守るために頭をフル稼働させてライヒと駆け引きをしているのがわかるのに。
『俺』の視野は異常なまでに狭小で。
嫉妬や焦りや自分勝手な独占欲を、破裂寸前まで膨らませていく。
誘導、など、とてもそんな悠長な方法が効くとは思えず、シェドは、もう、自分を攻撃できる武器を探して視線を走らせるしかできなかった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる