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90. シェド争い

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シェドは、隙あらば、自分の腹にでも剣を刺してそいつの行動を止めてやろうと、何度も意識を滑り込ませたが、そいつは、シェドの中に居座り続けた。
そいつの思考がシェドに直接流れ込んで、シェドを薄める。

フロラインではないとわかっていても、朦朧としたミケに水をやるのが楽しいのだ。
水をくれるのは味方だと言う先入観でもあるのだろうか。
夢うつつで必死に縋り付き、悪い夢を見て怖かったのだと言わんばかりに甘えた態度で唾液ごと水をすする。

ミケの意識は、浮いたり沈んだり。覚醒が進むと、『俺』を見て、悪夢のままの現実に泣きそうな顔になり、しばらくするとまた意識が遠のいていく。

可愛いと思う。愛しいと思う。フロラインの魂を持つ、ミケという女。
自分の腕の中に閉じこめている今がこんなに嬉しいのに、なぜ、こんなにも追い詰めたいと思ってしまうのだろう。

『俺』が、ぐったりしたミケを抱えて浴室に向かっていく。


ミケの泣き顔がたまらなく見たいとか。顔を拭いてやって、涙の跡がないのがなぜか苦しいとか。もう誰の感情なのだか怪しい。

それでも、魔素欠の苦しさがなくなってからは、あの、人とも思えない程の凶暴な加虐心は鳴りを潜めた。
本当に、初めの方は、『俺』がミケを殺してしまうのではないかと思うほどのひどい情動だった。

シェドの意識は、『俺』と戦うと負けるので、迂遠な誘導が精一杯だが、それでも、そいつが落ち着いている時は、シェドの正気も流れ込む。

屋敷に戻ってから、随分と時間が経っているのに、気の利く使用人は何度も風呂を温め直したらしい。

ミケの傷の具合を考えると、少し熱すぎるかもしれない。
適当に水を足して、ミケごと湯船につかる。

押さえつけ、掴みまわした髪の毛は、ひどいありさまで。手で撫でつけたぐらいではどうにもならない。そのまま頭を支えて水面すれすれまで下げると、やわらかい栗毛色の髪が、花開くように広がった。

綺麗だな。

シャンプーはどこだ?
棚を開けると、シャンプーも見つかったが、タオルにまかれたソナ印3点セットまでごろんと転がり出た。

正気のシェドからすれば、性的な情動まで壊れている『俺』には見せたくない代物で。使い捨てだとは使用人に説明していなかったが、できれば捨てておいて欲しかった。

とりあえずシャンプーだけ拾って、ミケの髪を洗ってやる。
むずがゆかったのか、ミケの意識が浮上して、かすかな声が押し出された。

たぶん、今は、シェドではなく、パチドと、呼んだ気がする。
そいつは、それにすら嫉妬する。
意識のないミケを世話した時間は、パチドの方が長く、シェドはミケに、何もしてやれていないのに。

それから、鞭の跡に軽く舌を這わせながら、ゆっくりと治癒をかける。
結論から言うと、これはとめるべきだった。

多分、ミケの意識がないせいだ。防御とか抑制とか普段あるベールのようなものがすべて消えてしまっていて。『邂逅』する気もないのに、ミケがこのけがを負った時の情景がフラッシュバックする。

膝立ちのまま、両手首を合わせて、頭上に上げたミケが、自分から鞭打ちをライヒに懇願していた。
『ライヒさま、ど、どうかミケを試してください』

だめだ、こんなものを見たらまた、『俺』が強くなる。


一刻を争う傷ではない。ミケが気づいてから治癒すればいい。そう誘導したのに。
昏くてどくどくと身を焼くそいつの情動が、先を見ろ、治癒を続けろと騒ぎ立てて、はねのけられる。

ふらふらと、もう一度傷を舐め始めたソレは、すでに、人の顔をしていなかった。

鞭が乱打されて、何度もミケの体が跳ねていた。
『姿勢を崩すんじゃねーよ!自分から打ってくれって頼んだんだろ!』

『ああ、痛いです!ライヒ様、ゆるしてぇ!あああっ』

『ゆるせねぇなぁ!さっさとその服剥いで、またイキ狂わせてやるから覚悟しろよ!いっそ死なせてくれって懇願するまでだ!』

ばちん
とフラッシュバックが切れて、ミケの意識が戻った。

おなじ場面を見ても、シェドならミケが何を企んだのかわかるのに。
ソナを守るために頭をフル稼働させてライヒと駆け引きをしているのがわかるのに。

『俺』の視野は異常なまでに狭小で。
嫉妬や焦りや自分勝手な独占欲を、破裂寸前まで膨らませていく。

誘導、など、とてもそんな悠長な方法が効くとは思えず、シェドは、もう、自分を攻撃できる武器を探して視線を走らせるしかできなかった。

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