ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

文字の大きさ
上 下
84 / 141

84. 時間稼ぎ

しおりを挟む
ミケの体力では、走れば息が上がるのは当然で、気配を消すとか、到底無理だった。
こっそりは諦めて、格子戸を蹴り開けて、普通に踏み入る。

入った瞬間、ソナはライヒに唾を吐きかけて、意識を失った。

おお、かっこいい。

全裸で両腕つられて気絶しているわけだから、無事じゃないだろうが、とりあえず、今の行動を見る限り、壊れちゃいない。

「来たわよ。ソナを離して」

ライヒが、憤怒の表情で、ソナとミケを交互に見る。

ミケを相手にすべきと頭ではわかっていても、ソナの行動に腹が立って仕方がないのだろう。

「ずいぶん早かったな。そんなに会いたかったか?」

ミケは肩をすくめてみせる。

「ソナにね。あなたは当然忘れていたわよ、印象薄いし?」

へっ

ライヒは鼻で笑って、ソナに近づき、手首の鉄の輪をはずした。
ソナがくたくたと床に崩れ落ちる。

「ソナの中にもあの鉄の玉、入ってるぜ?お前が生意気な口きいたら、すぐにこいつの腹を突き破るからな」

そういって、コードのついた鉄の輪を二つ、ミケの方に放った。

「自分でつけろ。1年前の続きをしようぜ。ああ、逃げようなんて思うなよ?ここはお前用に作られた牢だろう?」

ぎっ

と音がして、格子戸が閉まる。

「目的は?私と会いたいだけなら、ソナは帰してくれないかしら?」

ミケは鉄の輪をゆっくりと自分に嵌めながらライヒの反応を探る。

「ずいぶんと、生意気な口を利くようになったな。パチドは躾が甘いと見える」

ライヒの表情には余裕があり、自分が逆らわれないと思い込んでいるらしい。

ここの封印にずいぶんと信頼を置いているものだ。
手練れの魔術師どもが死んでからは誰もろくに手入れできず、今となってはミケの魔素で動いていると言うのに。

出て行かなかったからといって出ていけなかったとは限らない。
ルカやパチドに比べて想像力が足らなすぎると思う。

それでも、ソナの中であんな鋼鉄ポップコーンをはじけさせるわけにはいかない。

「はめたわよ」

パチドに向けて、コード付きの輪がつながった両手を振ってみせる。

「腰の獲物を投げろ」

あー、投げても怒らないかな、魔剣のマー君。
さっき走っている間に、仲良くなって。役職名で呼ぶなというので、急遽マー君になった。

ごめんねぇ。あとでちゃんとお手入れして、飾り紐も買ってかげるから、ちょっとだけ普通の剣のフリをして?
鍔なりがしそうなところを、先手必勝でなでなでしてから、放る。

がちゃん

あ、偉い、ちゃんと落ちた。

「・・・随分と素直だな。話でも、するか?」

そう言えば、この阿保と会話したことはない。挨拶だけでレンツがのけぞったくらいだから、ライヒも珍しいのだろうか。

ソナが、かすかに身じろぎをした。多分、もうすぐ気づく。
彼女の両手は自由で、心折られてもいない。
何とか自力で鉄の玉を体から出してもらえれば、ライヒの言うことを聞く必要はない。

普通なら、ぐずぐずしていたら軍に踏み込まれて、適当に冤罪ひっ被せられてしまいだろうが、軍のNo2パチドの力を持っているのは、シェドだ。いずれ来てくれる。

うん、時間稼ぎの価値はある。

「いいわよ?挨拶もしたことがなかったものね」

「パチドを捨てて、俺に飼われるなら、生かしてやらなくもない」

「・・・・え゛。無理でしょう、色々!現実を見なさいよ!」

ひとつ、1度は下賜された身よ?パチドが私を捨てることがあっても、逆はない。
ひとつ、あんたが女飼って生かしておけるわけがない。ザリガニすら飼えんわ、阿保。
ひとつ、そんなことは、ソナも私もパチドもだれも許さない。身の程を知れよ、無能。

「無理?俺がパチドを追い落とせば、嫌でもそうなる。お前が自ら俺のところに来るなら、手加減してやってもいい」

そういえば、こいつも私を自分に下賜せよって上申書をあげていたのだっけ。いや拷問させろ、だったかな?

「取り返されて、ひどい目に合うわ」

私じゃなくて、あんたがだけれども、ね。
馬鹿なのかと一喝してしまうと時間稼ぎにならないので、どうとでも取れる言い方をしてみる。

「俺がパチドに負けると?」

絶対負けるわよ。
パチドもシェドも魔素ケチるからこんな雑魚に夢見せちゃうんだわ。
あー、後は立場の問題もあるか。

外にシェドの気配が追加されたけど、魔術グリーンと、がっつりにらみ合ってしまっている。無理して私の味方をしなくてもいいからね、シェド。お仕事大事。

それでも、シェドがここにいれば、軍に踏み込まれて、ソナをかっさらわれるという最悪の事態にはならないだろう。

「・・・」

ちょっと、答えにくかったのと、外の気配を探っていたのとで黙っただけなのだけれども、ライヒは私が迷っているとでも思ったらしい。
斜めというか、パラノイア全開な提案をしてくる。

「ミケ、このまま連れ去ることもできるが、俺に服従して、自分から来るなら生かしてやる。どうだ?俺への服従心を試してやろうか?」

ばらりと重い音がして、パチドは自分の上着から、どこの恐竜を追うのかと突っ込みたくなるような長い鞭を引き抜いた。

何のためもなく、それを振り回してソナを打とうとするので、あわてて、ソナの前に回り込む。

バシーン

派手な音とともに、私の上着が裂けた。

「んっ」

いたた。
服の上からとはいえ、頭使わなきゃいけない時に麻酔モードは無理なので、どうしても息が詰まる。
痛みにのたうち回るふりで転がり、ソナに近づいた。

あ、えらい、ソナ起きてる。

ライヒに背を向けて、ジェスチャー1秒。
人差し指でお腹を指さした後、人差し指と親指を丸めて円を作り、足側に向かって開く。
意味は簡単、お腹に入れられた鉄の玉を出して。

ソナからは、瞬き二回の了解サインだ。
よし任せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

処理中です...