上 下
79 / 141

79. とろとろ液

しおりを挟む
「えーと、記憶を取り戻されてからは、そのぉ、なさっていないと?」

ソナの質問に、こくり、と彼は、頷いた。

「ミケが、意識を取り戻した時にはすでに、記憶はおありに?」

「いや、記憶がもどったのは、ここ数日だ。ミケの意識が戻った後は、体調も心配だったし・・」

「要するに、もう1年以上もそういう事はなくて、今は記憶が戻った感動を二人でかみしめた状態で、話を聞く感じでは、両想い、ですよねぇ」

「たぶん。いや、その、ソナに、ミケが俺と寝たくないって相談しているなら、違うかも」

「ああ、寝たくないじゃなくて『自分が汚く』て、あなたまでそう見られるのが心配だと。お褥滑りをしてすみっこのすみっこにいれば、このままいられるだろうかと、言っただけです」

「・・・そんな両想いなんて、あるか?」

わかりやすく表情が沈んでいくパチドを見て、ソナは、こいつらに頭を使わせておくとろくなことにならないと結論した。

「まぁ、両想いなら、やっちゃってから考えてもOKですね。では、夕方に、大義名分、もってまいりますので、体力温存しといてください」

「大義名分?」

「ええ。女には勢い付けが必要な時がたまにあるので。大義名分で勢いつけて、体を先行させて、ミケに欲を思いださせる作戦で。あの欲のなさが病巣な気がします。別に強欲じゃなくていいですけど、さすがにあれはマズイです」

「欲のなさ、か。言えているな」

では、後程。そう言って、ソナはミケに会わずに引き返していった。



「な、な、何かしら、これは。ソナぁ?」

出資してくれるか打診したい案件があるからパチドを紹介して、できたら一緒に頼んでくれと、ソナからの初めての頼み事だった。
ミケは二つ返事で引き受けた。ソナは頭が良くて、商売は連戦連勝なのだ。

それなのに。
裏切り行為?あんた、友達を裏切る気?

ミケの目が、あきらかにそんな感じだけど、ソナはそ知らぬ顔で、パチドのすぐ前に、いかにも『キケンな夜に使います』的なセットを置いた。

革袋にたっぷり入ったとろとろの液体と、張り型と、ライヒが気に入っていたのに似た棒がついた鉄の玉の棘々なし、の3点セット。どう言い訳しても、そういう用途だ。

それでもソナは、ミケの頭をぎゅうと抑えて、パチドに頭を下げさせ、堂々と口上を始めた。まぁ、商会の共同経営者なので、一緒に頼むのは変ではないのだが、こんなものを扱うとは聞いていない。

「ロクト村に虫の害が出ました。特産物のグァール豆が褐色化して飢饉寸前、というか冬までに換金できなければあの村の子どもの半分は売られます」

この3点セットを前にして、ミケも気にしていたロクト村の話?!
グァール豆はお菓子の原料になるので、王都にも卸されているし、もとが貧しい村なので、口減らしをかねて、出稼ぎ奉公などに来ている子どもも多い。
虫の害を聞いて、子どもたちは、とても不安そうだ。

「グァール豆から作っているのは、高級菓子の増粘剤なので、無色無臭でなければ引き取り手がありません。ですが、この通り褐色になってしまうのです」

ソナは、自分も一つ手にしていた革袋の中身を指ですくった。うすい褐色で、ちょっとくらくらする匂い。あ、これ、うちの商会の売れ筋の花酒の匂いだ。

ソナはすくった液体をミケの手の甲に塗り付ける。
もたっとした液体とゼリーの間みたいな液で、伸ばすとつるつるのぴかぴかになる。

ソナは自分が先に上着を脱いでシャツだけになり、ミケにもまねしろと手振りで指示する。

こそこそ、ひそひそ

なによ、なんなの?

上着着たままだと汚れるでしょ。それより、ミケの色気ひとつで、子ども達、売られなくて済むんだから、気合い入れてよね。あんたが逃げたら、餓死者二桁じゃすまないわよ!

ちょ、脅さないでよ。なんで私?

パチド様以外に、色街の治安を気遣ってくれるムーガルの役人なんていないの。他のだれに話通しても無駄なのよ!いいこと、この革袋の中身が、気分盛り上げてくれて、気持ちよくて、何の害もなくて、美容効果まであることをアピールするのよ!

にーっこり。そしてソナはパチドに向きなおる。

「ミケとパチド様は、ご夫婦同然とお聞きしましたので、不慣れですが、安全性をわたくしたち自身で証明させていただきますね」

そう言うと、革袋の中身をミケのシャツの上から、とろとろと垂らし始めた。

「ちょ」
「子ども売られる!」
「う」

ミケの白いシャツが濡れていき、肌にぴったりくっついて、鎖骨とか胸とか肩とか背中とかを浮き上がらせ、しかもその上をつるつるとソナの指がすべる。

と、とてつもなく、あやしいことをしている気がするんだけど?!

ミケが抗議しようとしてもソナは、にーっこりと営業用スマイルで。

肩や胸元に触れながら、挙句の果てにミケの背中に、自分の胸を押し付けてすりすり。

「ひゃう」

かなりきわどい声が出て、ミケが自分の口を押えて真っ赤になる。

むり、もう無理。
友達の女性相手に、喘いだらどうしてくれるの!

「一緒にお風呂に入れるようなご関係ならば、服はなしで、革袋も湯船で温めてお使いください。私共は、共同経営者ですので、このあたりで」

そう言うと、涙目で顔をほてらせているミケに、例の3点セットをもうひとセットもたせてダメ押し。

「こちらの革袋の金額は銅貨6枚。お菓子用の6倍の金額です。そしてこの3点セットで売ることで、販路が約束されます。私共の取り分や、花酒などの原料を考えても、ロクト村の生産者から、平時の3倍の値で買い取ってあげられるのです」

パチドは感心したような声で

「売り物にならなくなったはずの豆が、3倍の値で売れるのか」

と言った。

「はい。試算では、ロクト村は冬までに備蓄が買えるようになり、餓死者はゼロに。ご出資者の名前にパチド様があれば、おかしなものを混ぜて流通を乱す者も出ません。安全性と効果は、ミケが直接ご説得するそうですから、何卒ご検討お願いします」

つられて一緒に頭を下げると、重いシャツが肌に冷やりとした刺激をあたえて、ミケはまたしても口に手を当てる羽目になった。

ちょっと、ソナ、あんた、この状態で私だけおいて帰るつもり?

ミケが目で精一杯抗議するなか、ソナは、ミケほどではないがかなり透けてしまったシャツの上から、上着をぴっちり着込んだ。

目で縋るミケに、「飢えるってつらいわよね・・・」とか、「子どもたちが、年に1回の里帰りをあんなに楽しみに・・」とか、ささやきながら、気のせいでなければ、ちょっとウィンク。

そして、ソナは、パチドから『前向きに検討して、折り返すと』という言質をとって、颯爽と帰って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~

一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが そんな彼が大好きなのです。 今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、 次第に染め上げられてしまうのですが……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

処理中です...