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77. 拗らせ思春期を脱出したい

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朝方近く、ミケは、まだ寝っているふりをしながら、本物のシェドのそばで懊悩していた。

シェドの目に映りながら触れられるとか、シェドに思いっきり魔素を吸ってもらうとか。正直もう、想像するだけで頭がぐらぐらする。
抱いたり抱かれたりが現実で起こった日には、恥ずかしながら、痴女の域に突入すること確定。

シェドが、好きな子にはとても見せられないような夢と、表現していたような妄想系は、そりゃぁもう、自分の方が数倍ひどい自覚がある。

仇だの加虐者だのと、その手の事をこなし続けた代償作用。
心が壊れそうになるたびに、頭が勝手に作るのは、シェドと寝る夢だった。

シェドに気持ちよくされて幸せなエッチをしている夢だったり、シェドに好きだと言われながらめちゃくちゃに乱れる夢だったり、シェドとしかそういうことをしない自分に生まれ変わって子どもを産む夢だったり。

そんな夢を見て起きた時には大抵泣き腫らしたひどい顔だったし、現実に戻ってしまったダメージは心を抉ったけれど、それでも、多分正気でいるための必須工程だった。

現実に至っては、パチドにシェドの面影を見て触れられるだけでも、頭が焼ききれるかと思うほどで。う、あんな痴態、パチドはともかくシェドにまで見られることなんて想定していない。

どう思われただろう。はしたなくて、だらしなくて、汚い女、かな、やっぱり。
うー。やだやだやだやだぁ。



一方、シェドはシェドで、かなりディープな、ヘタレだった。

うーん。当然、イチャイチャしたい、けどな。
シェドは、しがみついて眠っているミケを眺める。

パチドの指にキスをするミケ。
パチドに触れてくれと強請るミケ。
たまにシェドと口にしそうになるミケ。
反芻するだけで、ちょっと赤面する変化が起きる程。

なぁ、シェドにも、ミケの反応、くれよ。

恐ろしいことに、ミケへの欲を拗らせ続け、乗り越える隙もないまま7年間だ。
思春期を拗らせて魔素を断った魔の森の1年と、その結果迎えた最悪の事態と、涙を流す以外何もできずにバラバラの体でただ待った2年、さらにそこから時間を止めるかのような記憶や悲しみを抑え込む術をかけられて4年。

パチドの経験は、正直、帯に短くタスキに長く。情報としてはゴミだ。
シェドだったら、絶対にミケの顔を見て確認するところでも、煩悩箇所に掛りっ切りとか。ふざけるなよ、自分。ミケの希望がわからねーだろが!

ひゅん
ひゅひゅっ

シェドはサイドボードに置きっぱなしになっていた、小さな笞を手慰みに振ってみる。
パチドがたまにミケを脅すのに使っていたものだ。
当てる気もないくせに、ミケに意見を聞き入れてもらえなくて、焦れて脅すとか、どんだけミケ初心者だよ、情けない。
も、謝るのも難しいよな。ミケがパチドとシェドをどれくらい別人格に捕らえているかにもよるけれど。

気がつくと、しがみつくミケが一回り小さくなっていて。
あ、まずい、こいつ起きてるわ。

おまけに。

ひゅっ

ぎゅぎゅーっ

笞の風切音で、さらに縮んでいく。

げ。まさか、びびってるのか?

パチドの野郎~。ミケ、音だけだって充分嫌がってるじゃねーか!
こんなんじゃ、釣り竿も振れねえわ!

「ミケ、おはよう」

「・・・」

うわ、狸ねいりきめ込まれた。

ミケの手に笞をにぎらせて手を添え、軽めに俺の顔に向かって振ってみる。

ピッ

「きゃぁあああ!」

凄い声を上げてミケが跳ね起きた。

「おはよう」

「け、怪我!痛い?ごめん、大丈夫?私、どうすればいい?」

反応が激烈すぎ。あの勢いじゃイトミミズばれすらできないって。

「ん?おはようのキスがほしい」

そういって、一応、笞があたった方の頬を出してみる。

ミケは、恐る恐る手を伸ばして、顔も近づけて、跡はないかと視線で舐めたあと、笞が当たったあたりを唇でなぞった。

あらら、ぞくぞくする。

自分もやりたくなって、ミケに笞を握らせたまま、擦弦楽器でも引くように、ミケの首筋に滑らせる。
それから、舌でゆっくりその動線をなぞった。行ったり来たり。

「ふぃ・・」

なんか力の抜けた声をだして、ミケが顎を上げる。

「ミケの番だよ」

顔を覗き込んでそう言うと、ふにゃっと泣きそうな顔になり、俺の下唇にちょん、と笞をあてた。

「嫌じゃない?」

「まさかぁ」

ミケの唇が、近づいてくる。

ちょん。ちゅ。ぱくん。
舌でちょこっとつついて。軽く吸って。唇で挟んで。

ミケが一度離れたけれど、俺はしらんぷりで、目をつむって動かずに待っていた。
そうしたら、唇を吸って、舌でなんどもなぞってきた。

あは。限界。
ミケを捕まえて、舌を誘い出して、嘗め回したり。
かぶりつくように、自分の唇でミケの唇をふさいで、吸い立てたり。

「ん、う。あふ・・ぅ」

キスの声が、甘い。声だけで、酔えそう。

ミケが、くてん、とするまで堪能してから唇を離す。

笞がミケの手からずり落ちそうだったから、受け取って、聞いてみる。

「ミケ、これ嫌い?捨てる?」
「・・・すて、ない」

「じゃぁ、置いておいて、ミケとイチャイチャするときに、今みたいに使おうか。体中、いたるところにキス、できるな」
「ふぇ。いたる、ところ?」

俺が、ミケのウエストから下腹側に、それから、臍から胸側に笞を滑らせると。
服の上からとは思えない位『想像しました!』という顔をして、ミケが赤くなる。

「ん。だから、風切り音位で、怖がらないで、ミケ」
「こわがって、ないもん」

「そっか。よかった。じゃ、起きるかぁ。このままいるとマジに襲いそう」
「わ、私を?」

「・・・パンダリスの話だとでも思ったのかよ」

シェドは、ミケが嫌がるもののイメージ改善に積極的だった。

最近は使われることもなく、部屋の隅でとぐろを巻いていた鎖は、庭に急遽出現したブランコの紐にされてしまった。

シェドは、パチドが気づいていなかった、ミケの嫌いなものにも、すぐ気づく。
ミケは、水汲み場の手桶が嫌いだった。
気絶するたびに何度も水をかけられたり、顔をつけられたりしたやつにすごく似ていたから。
でも、日用品な訳だし、特におかしな行動をとったつもりはなかったのに。
翌日には、カラフルな布バケツに変わっていた。

買い物にも、行った。
ネックレスも髪飾りも、カバンも服も、自分で選んだことがなくて。素材もデザインも知らなくて。ミケがうつむきがちになると、あっさり店を出てお菓子屋さんに行った。

ピンクとか水色とかクリーム色とかの可愛い色があふれていて、ちまっとした可愛い形のクッキーとか、クリームやナッツがのったパイとかが、幸せな匂いをあげていて。
そのお店では、選ぶんじゃなくて、手に取りたくなったり、顔を近づけたくなったりしたものに、近づくだけでよかった。
あっという間に手の中が可愛いものだけで埋まった。

すごく楽しくなって、屋台まで来た時には、自分が選べることに有頂天だった。
ルカに買ってもらったジュースとお肉がある!あの時は、毒のせいで食べられなくて。でも、初めて買ってもらって、とてもうれしかったのだ。
当然同じものを頼もうとした。
そうしたらシェドが拗ねたのだ。だから今日はジュースの色が黄色になった。

シェドが、笑う。
パチドの時は、笑ったところなんて見たことがなかった。シェドだって、昔から、にこやかというタイプではない。冷めた目で、興味もないのに他人を観察しているような、ちょっと堅めのポーカーフェィスがデフォルト。
でも、私やチャドさんを見た瞬間に、ふっと力が抜けて、笑ってくれやすい、やわらかフェィスになるのだ。

それが今や、ずうっと私を見て、しょっちゅう笑う。

なんか、もう、全部、果たされた気分で。
今日も、シェドが綺麗で、世界は完成しているんだなぁなんて、思った。

世界は完成している。私がどれだけ汚くても。

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