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74. 先手

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バタンッ!

ミケの部屋のドアが暴力的な音を立てる。

・・・最近この部屋のドアは、ノックも無しに開くときが、最大スピードだ。
ただ今日は、ドアを開けたパチドのスピードも最速で。

一応私は、先手必勝を狙い、感謝のあいさつを考え、我ながらぼろいなと思うカバンに荷物をつめて待っていた。

中身は、今度こそ数日分と言われないように、換金性の高い宝飾品は全部内ポケットに入れて、ルカにもらった共生結晶まで大事に包んで入れて、なるべくかさばらないワンピースと下着が数枚と水筒。うん、どう見ても死ぬ気とかなさそう。

それでもパチドの初速が違った。
先手必勝を狙って待っていた私のもとに、パチドはドアから1秒かからずにたどり着き、

ぎゅむぎゅう

これを抱きしめるとは呼んではいけなかろうという程強い力で抱きしめられた。

「ミケ!なっがかったぁ。会いたかった。ひとりにしてごめん。時間がかかってごめん。テンパり弱くて本当にごめん」

なぜそんなことを言われているのか、よくわからなかったけれども、とりあえず、抱きしめ返そうと腕をもぞもぞさせる。

いつものパチドなら、私が抱きしめ返そうとするのを止めることなどないのに、今日は、少し変だ。

パチドの腕が一瞬緩んだと思ったら、次の瞬間重力が逆転して、私は立った姿勢のまま、ひょいっとずり上げられたのだ。

ダンスのリフトのように腰を持ち上げられて、自分の顔が、パチドと並ぶ程高い位置になっている。

「あれ?抱きつき返さないんだ」

この状態でどうやって?!

「足、足、棒のぼりもできなくなったのかよ」

ワンピースで、足を広げてパチドの胴を挟んでしがみつけと?!

私が動けずにいると、パチドはもう一度私を投げ上げるようにして、一瞬だけ自分の腕を私の重みから解放すると、あろうことか、私の両足の太腿に手をかけて、パチドの右腰を挟ませてしまった。

「よし、定位置」

どこが?!完全にオラウータンですが?!

パチドは自分の右手を私のお尻の下に、腰かけのように当てて、自分の前身ごろを掴み、左手を自由にした。なに、その長時間準備!

「スリング欲しいな。カンガルーのポケットみたいなやつ」

それは、赤ちゃん用では?!

「ミケ、おっとなしいなぁ」

噓だ、ってか、無理だ。どこに口を挟む隙があった?

「顔見せろ、かお」

パチドは私を自分の腰にしがみつかせた状態でホールドを決めたまま、空けた手で、私の髪を横に流す。
小指の付け根に、シェドの手と同じ小さなホクロが見えてしまい、ふらふらとその手に頬を押し付ける。と、パチドは、私の額とか眉間とか、まつげの上とか鼻の頭とか、頬とか口の横とかに、小刻みなキスの雨をふらせた。

「ちょ、な、にして」
「なんか、変な顔してるから、マッサージ」

そう言ったパチドは、もういちど私の両肩をぎゅうと抱きしめて、私を腰に乗せたまま、歩きだした。
まずは、出ていく準備のカバンの口を、かぱっと全開にして、覗く。
下着もあるから遠慮して欲しいけど、服も下着もパチドが買ってくれたものだから強くは言えない。

パチドは、内ポケットの宝飾品をじゃらっと左手に乗せて確認した。

「統一感ないなー。売りに行くなら一緒に行ってやるぞ?」
「一緒はちょっと・・・」

いかん、完全に先手を取られた。おまけにこの体勢では、感謝のあいさつも、出奔の言い訳も、ちゃんと聞いてもらえる気がしない。
とりあえず、おろしてもらおう。

「グリーン総司令がいらして、パチドの結婚が決まったって・・・」
「で、首飾り売って、お祝いしてくれるとか?」

真面目な話の導入にしようと思った話題の最初から、パチドの声に被せられる。

でも、お祝い、かぁ。それは考えていなかった。
財力的に差があるから、喜んでもらうのは難しいかもしれないけれど、こういうのは気持ちの問題だし・・・と考え始めたところに、あきれたような声。

「気持ちはありがたいけど、俺、もう結婚しているし」
「ええ?!そうだったの?!」

お相手の方は、私がいて不快にならなかっただろうか。でも、下賜だし、権力構造的に返品困難でしたで、なんとか許される?

「ミケ、初夜っていつのこと言うか知ってるか?」

「?結婚した後、初めて一緒に夜寝るとき?」

「そうそう。順番的にいって、ミケが『初夜ーっ』て、突っ込んでくるということは、その前に俺らは結婚しているな?」

?!

「へ、ヘリクツ!そんな事言ったら、私が公妾していたのなんて浮気じゃない!」

「浮気の意味って『決まった相手がいながら気まぐれに異性から異性へと心を移し、恋愛関係を持つこと、あるいは、心うかれて、好色とか多情な様子』だって。ふーん?本当にそうなら、旦那さんな俺は凹々ですけどね。ミケ、ボロボロだったしなぁ。うかれて恋愛楽しめる環境には見えなかったなぁ」

「じゃ、じゃぁ、不倫!」

「『婚姻関係にありながら、他の異性と継続的な肉体関係を続ける道徳的に許されない恋愛』?ミケ、国語弱すぎないか?」

「むきーーーっ!も、降ろして!出ていく!」

そうだ私は、出ていく。
邪魔だから、危険だから、害をなすから。

「わかった、わかった。どこへでもついて行ってやるから、安心して出ていけ?」

パチドは、赤ちゃんでもあやすように私をゆするだけで、一向におろす気配がない。

「それじゃダメなの!スケープゴート体質が高じちゃって、私の半径1㎞は焦土候補地なんだから離れてよ!」

「・・・魔の森が殲滅された時の、俺のテンパり弱さについては、心から詫びる。ごめんな、格好悪くて。ミケについていけなくて、ごめん。でも、二度はない。絶対に」

二度はない?絶対に?
あの時間を、一緒に居たように言わないで。 
私たちがどんな思いをしたか知らないでしょう?私はあの時間に戻りたい位だわ。

恨みの魔素まみれで、嚙みついてやればよかった。あの槍を投げたやつに、家とシェドをバラバラにしたやつに。折れた両足どころか背中まで焼き落とし、首だけになって喰いついてやればよかった。

「シェドの振りしないでよ!そんなひどいことしないで!パチドなんて大嫌い!」

手も足も振り回して暴れたけれど、パチドが、私を離さない。
私の腕が彼の体を叩いても、呼吸が浅くしかできなくて苦しくなるくらい抱きしめて、離さないのだ。

「俺も、パチド嫌いだわ。ミケに大嫌いって言ってもらえる程、入り込んでいたとはな」

ちょこっと頬を膨らませて、食卓にピーマンが出たときのシェドみたいな顔をするから、あわてて目をそらす。

見てはダメ、見てはダメ!!

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