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73. シェド、シェド、シェド

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パチドからシェドへの変化は、劇的だった。
頭でも体でも、体内と精神の間にある魔力を生み出す器官でも、何色もの光がちらちらとかすめるようにして、降り積もった時間を掃き落としていく。
丸ごと埋まった巨大な恐竜の発掘でも早回しで見ているかのように、それはいとも簡単に姿を現した。

魔の谷でチャド・フロラインにスリッパではたかれて、乾いたシェドの記憶がこぼれてきた時とは、根本的に違った。

自分の足を焼き落とそうとするミケの、濁流のような魔素の動きが触れられそうに近い。怪我を治してやった動物が、鳴声すら上げられずに爆風に割けて俺を見る気配も、母親とミケから流れ出る血の温さも、何一つ忘れたことなどない。

自分があれ程忌避していた魔力を、吐きそうなほどの渇望で、欲して、欲して、欲して。
それでも、自分自身の裏切りで無為に弱らされた魔力は、たかだかミケが拒んだだけで、ぴたりとも流れない。

そこまでヘマを踏み散らかしておいて、ミケが自分の生命維持もほっぽらかして、俺に魔素を流そうとしたとき、なぜ逃げた、ヘタレ!ミケを害してでも受け取って一緒に死に目をさまよった方がまだましだろうが!

ミケが、私のせいだから私が死ぬと、壮絶に残念な思考を展開している。こういう時のミケは、放っておいたら、カスケードがドミノ倒しで、核分裂が連続するに決まっている。そばで止めないと。絶対に、そばにいてやらないといけないのに!

魔術師の刃が食い込む俺なぞ、ミケに見せていいわけがないだろうが!見せたが最後、生きろも、死ぬなも、すぐに行くから待っていろという意味だなどと、反対の立場でも信じられんわ!

何をしている、何をしている、何をしている!
行かなければ、行かなければ、行かなければ!

せばまっていく魔術師の刃は、肉体側も精神側もスパスパと切って、俺をバラバラにしていく。

指一本すらミケについて行かせることが出来ず、ねじれてしまって肝心の時に役に立たなかった魔力器官を八つ当たりのように自傷する。

やめなさい、シェド!
死なぬように温めてあげるから、チャドのお腹にいた時のように丸くなるの。眠っても泣いても大丈夫よ、涙は羊水に混ざるから。でも、暴れても叫んでもだめよ?敵に見つかってしまうわ。
ミケちゃんを、ひとりに出来ないのでしょう?言うことを聞いて。

どれくらい時間がたったのだろう。泣いても泣いても、循環する涙は枯れない。眠っても眠っても、夢は堂々巡りだ。

ミケは、どこだ?
泣き止んだか?とち狂って傷口を広げていないか?
ごめん、母さん。ごめん、フロライン。俺、もうここにいるの、無理だ。
体が朽ちても、風に溶けて会いに行く。

仕方がないわね、わかったわ。
素材がイマイチだけど賭けましょう。私が眠る前にあなたを外に出してあげないと。いつ目覚めるかわからないもの。

で、フロラインが叫ぶのだ。

「ちょっと、そこのじいさん!あんたよ、魔術師グリーン!うちの子を継ぎ剥いで南の国に連れて言ってちょうだい!大事に育ててくれたら次にあえた時にお礼をするわ!」

グリーンは、チャド・フロラインに鼻の下を伸ばしながら、必死で俺を継ぎ剥いだ。

「そうそう、その調子、この子を大事にしてくれたら、次はいっぱい触らせてあげるわね」

そういって、チャドを抑え込んだフロラインが、継ぎはぎ終えたばかりのグリーンの手をとって、自分の太腿にぽぽんと当てた。
何とも安いお礼だ。

それでもグリーンはにこにこ顔で。

小柄とはいえ、15にもなる俺の両脇に手を差し込んで持ち上げ、ベロベロばぁという、グリーンは、確かに素材がイマイチなのだろうと思ったが、贅沢を言える立場でもない。

体が体になったので、休もうと目をつむった。
明日になれば、ミケを探しに行けるだろうか。
頭はいいが思考が残念なミケは、いきなり跳ばされたムーガルで、大人しく待っていてくれるだろうか。

久しぶりに見た魔の森は、ズタズタで。自分のやらかした失態の大きさと、それをかぶった周囲への負い目で、涙が流れて止まらない。

明日には、ムーガルに連れて行ってやるからな、と言いながら頭を撫でるグリーンは、悪い人間にも見えなかったから、つい気を抜いて、眠った。

思い込みの激しい善人が、効率性を重視する悪人よりもたちが悪いなんてことはすっかり忘れていたのだ。

可哀想に、可哀想に。こんなに泣いて。魔力器官を自傷して。
苦しみは忘れさせてあげよう。
自分を責めるなど愚かだ。恨みも焦りも痛みもすべて忘れてしまおうな。
またたく、たくさんの色。
さぁ、これでもう、大丈夫だ。どこも痛く無いな、何も苦しくない。これなら焦らずゆっくり養生出来るだろう? 

そうして起きた時には、パチドだった。
そうして、パチドが出来ただけだったのだ。

「なっ、なっ、なっ。シェドは、死んでいないのか?!」

「当たり前でしょう。このチャド・フロラインが4年も寝込むほど手をつくしておきながら、最愛の息子を死なせる程無能だとでも?」

「パチドが似非で、俺はシェド?」

「だから、初めにそう言ったじゃない。あなたはシェドよって」

「もう少しわかりやすく言ってくれ!それに、魔術師グリーン!あんたなんてことを!」

「だ、だって、大事にしろと言われたし!泣いとったんじゃぞ!あんなに小さいのに、辛そうで苦しそうだったのだ!」

「てめ、喉乾いたつったら、喉切り取られた気分だぞ!」

ミケの部屋に駆け上がろうとして、チャド・フロラインに手鏡を向けられる。

「自分の顔、確認してから行きなさいね。ミケちゃん、出ていく気よー。グリーンが黒もどきっていったでしょう?軍に、黒い魔素の言いがかりつけられたら、歩く攻撃目標だもの。自分のせいで犠牲など出さないわ!って、なるわね。説得できるかなぁ?」

黒い魔素?冥界の?そんなもんが本当に出たら、軍など一目散に逃げるくせに、言いがかりには使おうってか。

確かに鏡に映った自分の顔は、平静を欠いていたけれども。それでも。
シェドの手を振り切ってどこぞに消えるミケ?そんなものはこの世に存在しない。

「誰に言っている?似非人格と一緒にしないでくれるか?」

パチドが何をどう考えたか、もちろん覚えている。

それでも、似非人格としか言いようがない。
単に記憶をなくしただけの人間だと思って作られる人格と、自分が死んだ人間からいきなり出来たと思って作られる人格は、あきらかに違う。
よくもまぁ、ミケに惚れることが出来たものだと、我がことながら感心するレベル。

「それよりグリーン!あの報告書が公になってみろ、マジにムーガルごと潰してやるからな!」

「ひどいぞ。わしは、お前が冷酷無惨だと噂されるのがつらくて・・」

「いーっさい、まーったく、気にしなくていいから握り潰せ!」

そう言い捨てて、ミケの部屋に向かう。
シェドが、ミケに会うのだ。1秒すらおしい。

応接では、この期に及んで、結婚相手がだの、孫の顔がだのわめくグリーンを、チャド的な表情になったチャド・フロラインが、形ばかり慰める声が聞こえはじめた。
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