ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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72. 封印

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「ここであったが、百年目―!」

パチドの屋敷の門を出た瞬間、グリーンの目の前が金色になり、衝撃と共に地面に倒れた。

チャド・フロラインが、いきなりグリーンに跳び蹴りを放った挙句、倒れ込んだグリーンの上にどっかりと腰を下ろしたのだ。

「こ、これは精霊殿!ご無沙汰をしております。相変わらず、おきれいで・・」

いきなり髪を振り乱した精霊のお尻に潰されても状況把握が出来るグリーンは、流石に現役である。

「社交辞令かましてる場合かー!いつまで、シェドの封印はっとく気だったのよ、このヤブ魔術師!総入れ歯でがたつかせる奥歯もないわ、腹の立つ!!」

「封印とは人聞きの悪い、ちょっとした親心のお守りではありませんか」

この精霊にたのまれた手術で、蘇生した瞬間涙を流す少年に、術をかけた。
心をしめる苦しみを手放せ、自戒と自罰につながる、恨みも焦りも痛みもすべて忘れてしまえと。

おかげでパチドは、纏足をとかれた足のようにもとの活力を取り戻し、こんなに立派にすくすくと・・・ん?こんなに?

地面に倒れて見ると、また一段と大きく見える、愛しの我が子、兼、頼れる部下のパチドが、息を切らして駆けつけて来るではないか。

「チャド・フロライン?本体だよな?!その困ったじいさん離さないでくれ!」

「アイアイ!ほら見なさい、怒っているわよ!嫌われたんじゃないの?」

「そ、そんな!ワシの可愛いパチドが・・」

「あんたのじゃないっつーの!愛着形成期も反抗期も思春期もご一緒してない独身老人が、いきなり毒親かますとか、どんだけヤブよ?!」

フロラインは、よいしょと立ち上がり、グリーンの後ろ襟をひっつかんで引き上げ、同時に到着したパチドが、間髪入れずにグリーンの襟首を掴んだ。

「ミケに、何を言った?!」

「んあ?公妾?・・・あー、戦争捕虜の解放にまぜてやろうかと。ほれ、お前、そろそろ結婚して、孫・・ぐえ」

「それだけでっ、ミケが自分から、出奔すると言ったっていうのか?!」

今にもグリーンをゆすり倒した挙句地面にたたきつけそうな勢いのパチドに、チャド・フロラインがあきれ顔で、「どーどー」と、動物でもなだめるような声をかけるが、グリーンとパチドはヒートアップしていく。

「どこがおかしい?あの女の魔素はよくないモノじゃった!腹を裂かれた魔術師を見たろうが!本来なら生存も許されん黒もどきの魔女だ!目を覚まさんか!」

「ムーガルも、彼女がそんな魔素を吐くまで傷つけた奴らと同類だろうが!引きずって行って、ミケの前で撤回させてやる、来い!」

ゴチンッ

額を突き合わせていた、グリーンとパチドのそれぞれの後頭部に手を添えての、チャド・フロライン発、容赦ない相頭突き。

キュウ


チャド・フロラインは、強制的に大人しくさせた二人を引きずって、屋敷の門をくぐったのだった。



「ミケちゃん、ご無沙汰!」

「チャド・フロライン?!どうしたの?」

大柄な軍人二人をずるずると引きずり、使用人を自ら指図して 2人の靴を脱がせているチャド・フロラインをみて、ミケは目を丸くする。

「ああ、チャドがついに『若いってダメねぇ』とか言い始めたから、助太刀にきたの・・まぁ、覇気のない顔しちゃって。大丈夫よ。すぐに、正気のシェドを迎えにやるわ。お部屋で待っていてあげてちょうだい」

「正気の、シェド?えーと、私、パチドに挨拶したら、ここを出ていかなければならなくなって・・」

「まぁ、そうなの?それもいいわね!私も魔の森も回復してきたから、家も増築したのよ?いつでも帰っていらっしゃい?」

「いえ、あの、パチドの目に触れないとこじゃないといけなくて・・」

「んー、じゃぁ、ミケちゃんのお部屋に、直接魔素回廊をつなげてあげる。好きなだけシェドと追いかけっこをすればいいわ」

そういって、チャド・フロラインはくるくる回る。
そうか、元気に魔の森を出られるくらい回復したんだ。逆に言えば、回復に何年もかかる位、ひどかったのだ。それでも帰っておいでと言ってくれる。

うれしくて、うれしくて、絶対に帰れない。ミケは気合いを入れる。
魔術師たちを裂いたとばれた今、公妾ミケは、いつでも大義名分が付く攻撃目標だ。
二度と、魔の森は焼かない。

「チャドさん、フロライン、ありがとうございました」
ミケは、なるべく元気に見えるような笑顔をつくって、頭を下げる。

「んー。確かにこれは、あんなぺらぺらなパチドじゃ、崩せないわね。まぁ、待っていなさい。すぐに本物の『うちの子』が行くから」

にやりと笑ったチャド・フロラインは、むんっ、と、にぎり拳を作って、呻き始めた二人を強引に追い立てて、応接室へとどつき入れた。

そして、応接室からは、チャド・フロライン、いや、元祖ババァ・フロラインのオラオラ声が響きわたり、使用人がお茶を出し直そうと向かった時には、ドアの隙間からでもわかる程つよく、オーロラのような色合いの光が噴き出していた。

なんの、こんなもので驚くものかと、使用人は、後ずさりたいのをぐっとこらえて、光が消えるまで待っていた。

も、もういいかな?

光が消えて3秒。使用人はそうっと応接のドアを開ける。

中には、再びキュウ、とばかりにテーブルに突っ伏したグリーンと、険しい顔で仁王立ちになった主人と、どっかりとソファに身を沈めた金の髪の精霊がいて。

使用人は、職業魂に根性を入れて、三人分のお茶を配り、頭素下げて優雅に去ったのだった。
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