ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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65. 毒に気づくパチド

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パチドはミケに、謝ろうと、思っていた。

謝って、ミケが楽になるわけではないけれど。
彼女が俺に気を許すことなど到底できない環境だったと、認めざるを得なかったから。

非道としか言いようがない、国ぐるみの虐待と、俺の乱暴のなかで。
俺が彼女に勝手に惚れたからと、彼女の強情と拒絶が苦しいと責めるのは、ひどい傲慢だった。

嫉妬も、独占欲も、彼女はパチドから受けるいわれはない。

シェドですら、彼女の重荷だ。
ミケは、何度もシェドの名を呼び、詫びる。そして、もう、許してくれるのかと、聞いたのだ。

「どこへ行く?」
「お散歩に。苦しく無くしてくれたから、体が軽くて。ありがとう」

さよならと、声に出すよりわかりやすく俺を見たくせに、目の前に、短刀が刺さっても驚きすらしないくせに、行き先は、お散歩か。

「ポケットに宝飾品が2つしか入っていないのは、なぜだ?」
「・・・普通、なぜ宝飾品を入れたのかって、聞かない?」

帰らない気で、その木戸を出ようとしたくせに、数日分の宿代程度しかもって出ない以上に不吉な行動があるか。

「俺から、逃げたかっただけか?」

「なんでぇ?里帰り許してもらって、怪我なおしてもらって、ラブラブエッチまでしてもらっている私が、逃げる理由なんてないよ」

「・・ああゆうのは、ラブラブとは、いわない」

虐待の延長で下賜されて、犯されながら魔素を喰らわれて、勝手な嫉妬で嬲られた。

「えー?しょんぼり、じゃなくて、私の事好きじゃなかったのね、きぃ?」

「なぜ棒読み・・って、そうではなく」

好きだと伝えて、可愛いと甘やかして、優しくしたかった。
進んで魔素を注いでくれるまで、待ちたかった。
愛していると言って抱きたかった。

「・・・大好きよ?」

唐突な『大好き』は、ミケが、俺につげたさよならに聞こえた。

「・・どこへ、行こうとした?おまえが、嫌がるなら、『邂逅』など一生しない。だからっ」

「見られたくないというより、まとめてすかっと消したいなー、とは思った、かな?」

白状。死にに行こうとしたと、認めたも同然だった。

「ミケ!」

「はい!」

いつの間に、こんなに髪の色が褪せた。
青い顔、浅い呼吸。
細くなっていく手。薄くなっていく体。

「もうずっと、体調悪いよな。どこがつらい?なんで言わない?原因は!」

「え、原因は・・・恋煩いということで」

ミケの泳ぐ目に焦れて、手首をつかみ、強く引くと。

「んっ・・」

噛み殺すミケの声にまざる、苦痛の色に気づいて血の気が引いた。

「・・・また、背中、なのか?みせろ」

「こんなところで、やーだー。えっちー。ルカの情操教育に悪いー」

間延びしたもの言いに反して、俺を突き放そうとつっぱる腕の力は強く、切羽詰まった暴れ方で。
とても見逃せない。羽交い絞めにして、上着を剝ごうとすると、ミケは叫び始めた。

「キャー、だーれかー!ルカー、フロライーン、助けてー!」

いまさらか。ルカの気配があったから裏木戸に回ったのだろうに。
ルカが、庭をぬけて、駆けて来る。

ルカにミケの肌をさらすのが嫌で、はだけた上着は戻したが、抱き込んだ腕は緩めない。

じたばた、じたばた。
ミケが罠にかかった鳥のように暴れるので、傍から見たら俺が暴漢のように見えるだろうに。
ミケに激甘のルカが、あろうことかミケの方を怒鳴りつけ、ひやりと嫌予感が肺を満たす。

「ミケ!この莫迦、動くな!」

「あんたねぇ!止める方間違えてない?!この状態で動かなかったらつるんと剥かれるわよ!」

ルカは、ちっ、と舌打ちをして、俺の腕に手を乗せた。
意外なほどの緊張が伝わってくる。

「パチド、頼むから、手を緩めてやってくれ。そっとだ」

少しだけ腕を緩めると、ミケは強引にきゅぽんと抜けて、ルカの背に隠れる。
自分以外の男を頼るミケに苛立たないと言えば嘘になるが、焦りが勝った。

「ミケの不調を、聞いているのか?」

ルカの場合、そうでもなければ、俺がミケを押さえつけているところをみたら、間髪入れずに跳びげってくる。そうっと腕を離せと頼むようなタマじゃない。

「聞いちゃいないよ。ってか、ミケが自分の弱みをゲロるまで待っていたら、星の寿命も終わるぞ」

とりあえず、お前の知っていることを吐けと詰め寄りそうになったが、ミケの声の方が早かった。

「なんつー言われよう。ルカ、私逃げるけど、昔のおねしょの話とかしたら絶交するわよ!」

おねしょ??

「あー、昔の話をしなければいいのな?分ったし、逃げていいから、走るな?遠くへも行くな?気配が消えたら俺も追っかけるぞ」

ルカがそう言うと、ミケは抜き足差し足で数歩さがり、異様に早いスキップで家に向かって逃げ去った。走っていないぞアピールな訳か、残念頭め。
それでも、家ならばいい。姿を消そうとするのでなければ、いい。

ルカは、バツの悪そうな顔でそのまま立っていた。

「ミケは、どこが悪い。背中の槍傷か?」

「やり?・・・はしらないけど、槍傷で髪の色が褪せるかよ、普通に考えたら毒・・」

「毒?!いつ!なんのだ!」

「いや、いつったって、戦争中だろ?ムーガルが盛ったなら毒の中身はあんたの方が詳しいんじゃないの?」

「短期決戦の遠征で、数か月かかるような毒なぞ盛るか!」

そうかみつくと、ルカは少しだけ、俺に気の毒そうな顔をむけて目をそらしたのだ。
正体のわからない冷たい何かが、足元から這い登り、じっとしていられない。

「ミケを締め上げて吐かせる」

そういって踏み出すと、胸ぐらをつかみ上げるかのごとき勢いで、ルカは俺の腕をつかんだ。

「やめてやって、くれないか。俺が、ミケから手遅れだから構うなと言われたのはもう2月以上も前だ。だから、好きにさせてくれと言って、ミケはあんたのもとに残った」

ルカの腕を振り払う。

っ。そこからか。
2人を牢に入れておけと命じたのは自分だ。
牢からはルカだけが消えた。

魔素の谷にルカを逃がしただろうと、魔素の谷の抜け方を吐けと、拷問を受けるミケがまざまざとよみがえる。

「殺されるつもりで、残ったのか?」
「死ぬ前に、会いたい人が居るって言った。惚れた男に会いにいくからほっとけって。あんただろ?」

・・・ミケが、俺のパーツにシェドがつかわれていると、確信をもったのはいつだ?
継ぎはがれて、体格も顔つきも変わり、記憶もなかった。

ミケが、機密書庫に忍び込んだ時、さんざん俺に責め立てられて、彼女は俺に、シェドのパーツがつかわれているのかを知りたかったのだと吐いた。

面影のひとつも見つけて、でも確信がなかったから、俺を探ったのだと納得したが、ルカの言うとおりだとしたら大嘘だ。

集中して荒らされていたのは、王城の主砲攻略、魔の森殲滅、魔の谷追撃計画、そして、魔素の起源を突き止める、研究。

「魔の谷はお前がミケにつくらせたのだな?」
「半分は、そうかな」

「半分?」
「王城の主砲を、復讐道具に使おうとしてメルトダウン寸前の自爆装置に変えたのが、ミケ。王城地下の迷宮から魔素の谷に続く回廊に、それを叩き込んだのが俺」

「っ。谷を埋めた魔素は、主砲用か!」

うめき声が、抑えられない。

ミケの、過去を、見なければ。どれほど、嫌がられても。
主砲の魔素の供給者がじゃまで、毒を流せと命じたのは、俺だ。

激しい痛みと発熱でその身を腐らせる血液毒に、魔術で走化性をもたせて使った。主砲の魔素をさかのぼって、供給者にたどり着くように。

即効性の毒だぞ?
どれくらい、どんなふうに入った?

焦りが、口を、喉を、干上がらせていく。

俺が、ミケを殺そうとしている。
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