ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

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57. 共依存

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なぜ、好きだと口にすることが、あんなに気恥ずかしかったのだろう。
ミケを好きなこと位、自分でも分り切ったことで、チャドやフロラインどころか、そこら辺を駆けるパンダリスにさえばれていた気がするのに。

フェルニアの男女は、そろって奇形なのだと、フロラインは言う。
普通の人間は、魔素と魔力の両方をもって生まれ、そのバランスで魔術を使うものなのに。フェルニアの男は、魔素を作る器官を退化させてまで魔力を作る器官を発達させ、逆に、フェルニアの女は、魔力を作る器官を退化させて、魔素を作る器官を発達させた。
なるほど、確かに、そんな魔素と魔力を混ぜた魔術は、一見他国より優れて見える。
だが所詮は共依存なしには成り立たないまやかしだ。

奇形的に増殖を続ける魔力の負荷で、神経が焼ききれそうでも、ミケに魔素を流されれば一瞬で癒えた。
王妃家系なのに、走り回っても食べても遊んでも幸せそうに笑い、くだらないことでぎゃん泣きし、脇目もふらず俺を好いてくれるミケの魔素は、暴力的なまでに心地良くて。

それは、ミケを好きだという気持ちを押し流してしまうのではないかと、恐怖を覚える程だった。
魔素に魅入られ、自分が自分でなくなっていくのではないかという恐怖。
ミケが嫌がろうが、弱っていようが、最悪、死んでしまおうが、魔素を吸い立てる異形になり果てる夢を見る。

めでたく恋人になれたところで共依存、ヘマを踏めば魑魅魍魎。
そんな風に、拗らせていたから。
魔素を求める魔力が神経を焼いてのたうち始め、発熱で倒れることがふえても、年齢的に魔素の取り込みが必要なのだと理解しながら、意地を張った。

魔力なんかいらないと押し込めて、そいつが腐り堕ちるのをひたすら待って。
魔素を流させろと鉢巻きを締めて突進してくるミケに、大人の女の方がいいと嘘をついた。

だからあの日。
魔術師が大挙して押し寄せた時、俺は、流石にティムマインの息子だと叫びたくなるほどに無能だったのだ。

爆風で飛ばされた先は、大き目の地面の裂けめで、30mほど先に、ミケがぶら下がっているのが見える。
体を振り子のように降って、地表に蹴上がろうともがく俺のそばを、チャドが『シェドは自分で上がれるわね?ミケちゃん引っ張っとくから早めに来て!』と叫んで駆け抜けて。

風に巻き上げられたガラクタが体にあたって少し時間をロスしたが、何とか地表にあがった途端、魔術師の槍が、ミケに覆いかぶさっているチャドごと、2人を貫いた。

自分の無様さに、吐き気がする。
体一つ浮かせられず、槍一本止められない。

駆け寄る間にも、ミケは、血をまき散らしながら暴れて、四方八方に魔素ばかり消費するへたくそすぎる治癒をとばしていた。
チャドにかけたいのに、動けず、それでも、諦められず。
泣き叫ぶミケは自分の体を顧みない。

やめろ。お前の命が、流れ出てしまう。

フロラインもやめなさいと叫ぶけれど、消耗した精霊の声は、今のミケには聞こえないのだろう。
俺が2人の側に膝をつき、槍の柄を抑え、チャドの体をもって引き上げると、チャドの口が少しだけ動いた。

声はないが、フロラインが通訳してくれる。
ミケをお願いって。あと、貴方に、大丈夫だから凹まないのよ、って言っているわ。
ただ、あー、ちょっとチャドが言うほど大丈夫じゃないから、分業しましょう。
チャドは私が引き受けるから、あなたミケをお願いね。

ミケを抱きかかえて、まだ結界が効いている家に飛び込んだが、治癒すらろくにできなくなった今の俺は、何をお願いされることが出来るのだろう。

必死で魔力が不安定でも発動できる術を考えている間にも、ミケが無茶をする。

ミケは両足が折れ、爪が裂けて、背中のやり傷からどくどくと血を流しているのに、自分に残った魔素を俺に流そうと暴れ、自分よりチャドを看ろと叫び、この惨劇は自分のせいだと錯乱する。

挙句の果てには、常軌を逸した魔素まわしで、折れた両脚を焼き落とそうとする。
完全に自分の生を放棄した行動だった。

王の無能の流れ弾を、なぜ、いちばん関係が薄いお前が引き受けようとする。あんな迷惑なだけの父親にミケを殺される位なら、俺が魔素ごと喰らってしまえばよかった。
死ぬな、死ぬな、死ぬな。

もう、それしか考えられなくなって。
自分の防御も生命維持も全部切って、5才の頃、よれよれの魔力でチャドにしたのと同じように、ミケを、南に向けて、跳ばしたのだ。
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