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49. うちの子

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「うそだろ、なんで、いきなりフェルニアの南端・・・」
岩の隙間から体を引っ張り出したルカは、呆然と巨大な六角柱を見上げた。
柱状節理と呼ばれる特徴的な地形。
風が吹き上げてくるので恐る恐る覗くと、案の定、下は断崖絶壁。

ここは、魔の森だ。
いや、もと、魔の森、というべきか。
外交に行き詰ったフェルニアの王が、海をもつムーガルに出るために、ムーガルと戦をするために焼き払った聖地。

破壊の限りを尽くされた魔の森に、哀愁を感じないわけではないが、当面はどうやってここから脱出するかの方が大問題だった。
自分が出て来た亀裂は、かなり上方で、岩肌は固そうな上にすべすべしている。
何か足がかりはないかと乏しいながら歩きまわれる範囲を探索し始めたルカの耳は、あり得ない音を拾った。

「ちょっと、そこのあなた。フィールの縁でしょう。こっちをお向き!」
ぞわっ

女の声だ。
いや、無理だろ、こんなところに。
生きている人間がいるはずがない。

そう思いながらも、おそるおそる声の出どころを振り返る。
見とれずにはいられない金の髪と、飾りとしか思えない弱弱し気な透明の・・・羽根?
妖艶なと表現すべきか、可愛らしいと表現すべきか、なんとも印象の定まらない女が、岩に腰かけて足をぶらぶらさせていた。

絵本の知識が正しいとすれば、精霊、なのだと思う。

「あなたよ、あなた!」

状況が理解できずに時間が止まったルカに、精霊がたたみ掛ける。

「ここであったが百年目!うちの子の匂いをぷんぷんさせて・・・まぁ、今世もいい男ね。とりあえず、今世の名前と年齢!」

今世というのは、前世でも来世でもないという理解でいいのだろうか。
「・・・ルカ、15才」

女はふわりとルカの前に降りると、いきなりパーソナルスペースを割って、人差し指をルカの鼻にくっつけた。

「15ぉ?若いのにやるわね・・まぁ、いいわ、うちの子と寝たからには責任とってもらうわよ!」

おまけに、言っている内容たるや、どこの美人局に引っかかったかと思うようなもので。
魔素から来る幻覚にしてもぶっ飛んでいる。

「だれ・・・だ?」

「私?お母様ってやつよ!あんたが散々もて遊んでくれちゃってるミケが私の大事なムスメって寸法!」

「ミ・・ケ?え?ミケの母親ぁ?!」
この状況で、話の要旨をくみ取れたルカは、柔軟と褒められて良いと思う。

「分かったか、この放蕩ガキ!うちの娘と寝たわねぇ?あの子はどこ?!泣かせてないでしょうねぇ?さっさと教えないと、そこの崖から吊るすわよ!」

ガクガクガク

精霊に胸ぐらをつかまれて揺すられることはめったにあるまい。
頭を前後に揺らされながら、ルカは、腕のミサンガを突き出した。

「ちょ、待って下さい、って。ミケとは寝てません、ってかまだ誰とも寝てませんが?!」

精霊はルカを揺さぶるのをやめて、ミサンガを食い入るように見つめた後、手をぱっと離して恥じらった。

「あ、あらやだ、私としたことが。あの子の髪のミサンガなんてもらって、なに、両思いなの?シェドったら弟に負けちゃったのかしら。あー、お茶でも出すわね、うちにいらっしゃい。いいのよ、いいのよ、両想いなら、いくらでもイチャイチャしてくれて」

「してませんから~」

げんなりとしたルカの言葉が終わらぬうちに、ルカの精霊は手を引いて歩きはじめた。
あろうことか、空中を。
それから、驚いて固まるルカに、高い所が嫌いなのかと問いかける。

「い、え、好きとか嫌いとか、そういう問題ではなく、人は空を歩かないので・・」

「あー、現代っ子ね、魔力量は多いのに、足が弱いわ」

ちがう・・
ルカが反論する間もなく、ぐにゃりと景色が歪み、大雑把に槍が刺された花壇に出た。
周囲には若いながら青々とした葉を茂らせて空に向かう元気な木々と、庭にブランコのある小さな家と。

精霊は、にっこりとほほ笑んで、ルカを手招きした。

「長いこと寝ていたからちょっと家が荒れているけれど、歓迎するわ。あなたがどうやってここに来たか教えて?」

精霊は、チャド・フロラインと名乗り、ルカにシチューをご馳走しながら、話を強請った。

チャド・フロラインは、数年前に無理をしたせいで、いまは、魔の森を出る力がないそうだ。
魔の森は、とても小さく縮んでしまったし、せいぜい様子がわかるのも、もと魔の森だった範囲で精一杯、ということで、彼女は外界の情報に疎かった。

ルカがどうやってここに来たかや、ミケの様子、シェドという子を知っているかと、一生懸命に聞いてきた。

シェドという子は知らない、ミケの様子はなかなかに壮絶で、どう伝えてよいのか見当がつかない、という訳で、ルカは、どうやってここに来たかを話始める。


ルカがここにいる直接的な原因は、新生フェルニアで、金山で岩盤をぶち抜いた途端、魔素が噴き出したからだった。

王城地下の迷宮と、魔素の谷と、ミケ本人と。
ルカが何度も助けられた、あの魔素だ。

ルカにとっては、馴染のともいうべき気配で、安心感すら与えてくれるものではあるが、周りの兵たちはそうもいかない。
多量の魔素に浸されれば、精神作用がでるからだ。人によって症状は異なるが、多いのは、意識障害や幻覚、 認知や感情の攪乱。
案の定、体格のいい屈強な兵たちが、蹲るわ、泣きだすわ、脱ぎだすわ。

「ち。おい、タイキ、無事だな?」

ルカの側近である数人だけは、かろうじてこの魔素に耐性がある。タイキやゴルドーと言った昔からの仲間はその筆頭だ。
ルカと共に王城の主砲を破裂させて新生フェルニアの盾を作り出し、ルカを王城から奪還するために魔素に沈んだ迷宮と魔素で埋まった谷を抜けて逃げた。

「そうでもありません」
ひげ面の巨漢に抱きつかれたタイキは、げんなりした声で応じる。

「贅沢言うな。タイキは脱出の指揮をとれ。あと、ゴルドー!俺が入ったら、そこの岩を崩して、この穴塞げ。まともそうなヤツを見つけたら手伝わせろ」

「はい!って、ここ塞いじまったら大将は?!」

心配そうに駆け寄ってくるゴルドーに、ルカは手首のミサンガをのぞかせた。

「何とかなる。最悪でも迷宮か谷にはつながっている。いいルートが探せたらこの先が相当楽になるだろ」

「ひとりで潜るんですか?!やめましょうよ!」

おろおろとルカの周りをまわるしかできないゴルドーに返事をしたのは、ルカではなく、タイキだった。

「とめても止まったことがないでしょうが、うちの大将は」

正気を失った筋肉自慢の男たちに、飴玉やら干し肉やらを見せながら、頭を撫でてやりながら、『酒があるぞー』とおかしな声音で叫ぶという、軍の指揮官とは思えない苦労をしながら兵を歩かせ始めていたタイキが、自分の水筒をルカに投げる。

ぱしっ、っと手に心地よく納まった水筒だけをもって、ルカは岩盤のあなに飛び込んだのだ。

そして、空間の歪んだ魔素迷宮を歩き回り、見慣れぬ亀裂から這い出したところ、今に至る。
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