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46. 雑用

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目を覚ました時にはずいぶん明るくなっていた。
ミケは既に目を覚ましていたが、俺の腕の中で、なぜだか俺の指をしげしげと見ている。

まだ眠っているふりをして観察していると、少しだけ頭を上げて俺を確認した後、ちゅ、と小さく指先にキスをした。

「おい」
驚いて声をかけると、ミケは
「ひっ」と声を上げて、縮こまり、

「ご、ごめんなさい。怒らないで」
と言った。
ちょっと、ショックだった。

「・・・・べつに、怒っていない」
と告げても、縮こまったままだ。
昨晩つらく当たった報いだな。

この時間なら使用人がすでに風呂を用意している。
本当は、一緒に入って洗ってやりたかったが、怯えさせてしまっているようなので、ひとりで行かせた。

朝食は、普段ミケの部屋に運ばせていたが、ほとんど食べていないというので、一緒に食べることにした。
昨日夕食を抜いてしまったので、腹が減っているはずなのに、飲み物と果物だけで済ませようとするので、𠮟りつけて固形物を食べさせた。

まったく、それじゃなくても監禁所でやせた分が戻らないのに、どういう了見だ。
いい子にしていれば家の外にも出してやるから、大人しくしていろと告げて仕事に出かける。

この時期の仕事は、ムーガルに返す兵の撤退にかかる費用の算出やら、フェルニアに駐在させる兵の配置やら、基本的に雑用だ。
早めに切り上げてミケの顔でも見ようと、せっせと片を付けていると、レンツが訪ねてきた。

最初にミケの拷問ショーをやらかしたあの男だ。
あのおかげで、ムーガルの役人に気に入られ、フェルニアの貴族の中で最も自由に王都を闊歩している。

ミケへの感情を自覚した今となっては、会うのも不愉快な相手ではあるが、昔のミケを知っているという点では比類なく、背中の弱みについても気づいているのもこいつだけのようなので、とりあえずレンツについて仕事場をあとにした。

腰を落ち着けたのは、意外にもまともな店だった。
静かで、店員の対応も良く、客の質もよさそうな落ち着いた酒場。

こんな場所にもいき慣れているのかと、ふと興味を惹かれて、仕事は何だったのかと聞くと、軍の作戦行動や魔道具の記録を編纂する司書だったという。思ったより真面目な人間だったのだなと感心する。

話はやはりミケの事らしいが、上申書を上げた奴らのようにぎらついた感じはなく、どうやら本当に心配しているように見える。

少し話しづらそうなので、こちらから監禁所でのミケの様子はどうだったのかと尋ねてみる。レンツは何度も呼ばれていたはずだ。

「毎日毎晩、ひっきりなしに惨い目に合わされていましたよ。憂さをはらすにはもってこいの生贄だった。しかも彼女は魔素量が多すぎて、なかなか死ねないのでね」

「・・・死んだほうがマシな目に会っていた、ってか?だが、彼女は精神作用のある魔素で男を操っていたろう?宴のたびに、操られた虫どもがうるさくてかなわん」

憂さ晴らしに飢えたまま戦勝で箍がはずれた男たちに、何をしても許されるという免罪符のもとに若い娘が投げ与えられれば、まぁ想像できたことではある。ただ、パチドは、ミケはそれを逆手に取ったと思っていた。

「は?確かに強い魔素を、精神作用のあるガスに変えることはできますが、それなりの工程と魔力が必要ですから。ミケ一人がその場で操るのは無理です。まぁ、軽い魅了の効果位はありますが、むしろ危険な人間を寄せてしまうので、彼女のためにはなりませんね」

「そう、なのか?声をかけてきた奴ら、そろいもそろって、下半身のネタだったぞ。一種の魔素酔いだろう、あれは」

「監禁所には10人以上もお偉方が通い詰めていましたから、全員がペンチで指を潰したり、酸で顔を焼き始めたら後ろの人間が楽しめないでしょう?だから、勝負は、いわゆる色責めで、となっただけです」

「なる、ほど?」

「それでも、普通の人間が耐えられるはずもない惨さでしたから、あなたの所に下賜されると聞いてほっとしていました」

「あー、俺の元が安全とは限るまい?」

現に、昨晩も殺してくれと泣き叫ぶまで責め嬲ったわけだしな、と口の中だけでごちる。

「ミケは、酷く強情ですが、あなたの前だと少し違うようなので。知り合い、いえ、ミケが一方的にあなたを知っているように見えたのです」

ミケが俺を知っている?
俺のもとに来てからのミケについて他人に話したことはないので、レンツは、たった一度でそう見切ったという事だろうか。

「シェド、という男を知っているか?あと、チャド、と言ったかな、南の女の名のようなのだが」

「シェド・・・、あ、殺された子どもですかね?王の庶子で、たしか、その子を産んだ王の愛人がチャドです。それがなにか?」

「ミケに言わせるとそのシェドというのが俺に似ているのだそうだ。おおかた見間違えたのだろう」

「見間違え・・はないのではないかと。その子は15で殺されて、一度だけお見掛けしましたが、とても華奢な少年でしたから。いえ、それより、ミケが自分からしゃべったのですか?あの強情な娘が?」

まぁ、死体を継ぎ剥いだのだから実際には、少年時代は記憶にないわけだが、それでも、まるで俺に華奢な少年時代があってはおかしいような物言いに複雑な気分になり、そのまま流してしまったが、ミケが自分からしゃべるのがそんなにおかしいだろうか。

「強情、ではあると思うが、会話が成り立たないわけではあるまい?」

あー、そこからか、という顔になり、レンツは両手を広げた。

「私は、『公妾』だったミケのもとに、2年以上通いましたが、会話が成立したのは、あなた方8人の前で拷問ごっこをしたあの時だけですよ」

「は?あの時だけ?」

「ええ。私も出て行ったので見てはいませんが、あなたが出て行ったあとはやはり意味のある言葉は発しなかったようですね。口から出るのは、せいぜい、悲鳴か嗚咽です」

我ながら意外そうな顔をしてしまったと思う。

「年単位で、悲鳴しか上げていない?それは、強情というレベルの話ではなかろう?よくそれで『公妾』がつとまったな!」

「まぁ、彼女は、その・・・イキやすいので。自尊心で満腹になる男も多かったかと。それに、あなたの思う『公妾』とは多分イメージが異なると思います」

「?フェルニア王側近のサロンで囲われ者をして生計を立てていたのだろう?手首に肉がそげる程の長期間の拘束の痕があったから、中におかしな趣味の奴がいたのだろうな」

「えーと、長期は長期ですね。王の魔力不足を補うため、魔術師たちに魔素を与える生餌が必要で、両足を折られて12で捕らえられました。王妃家系でしたが、有名な程いかれた親で、はした金で黙りました。親はムーガルの監禁所でも金をせしめたそうですね」

「はぁ?!」

もちろん、金のために進んであちこちの男に股を開く女であって欲しかったわけではないが、ここまで悲惨な話を聞くよりはマシだった気がする。フェルニアの倫理感はどうなっている?!

「そういう訳で、もちろん自分の性嗜好もあり、自分だけに縋らせたい的な欲もありましたが、死んだほうがさぞ楽だろうというような日々を送らせたかった訳ではないので、お話しに伺いました」

なるほど。レンツの尋問が、娼館の拷問ショー化したのは、どうやらこの男がわざとそっち方面に持って行こうとしたせいだとわかる。
おおかた、普通の拷問で殺されるよりは、性処理用でも生き延びさせた方がマシと考えたのだろう。

「あー、その、忠告に感謝する。俺としてはそこまで酷いことをするつもりはない・・」

が、絶対と言い切れないところが弱い。
パチドは居心地の悪い罪悪感にため息をついた。
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