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35. 薄氷
しおりを挟む時間がたっても、ミケの危険性は表に出てこなかった。
確かに魔素の量は信じられない程多いが、パチドに対する攻撃性がまったく感じられない。
パチドは、眠っているミケの頭を無意識に撫ぜている自分に気づいて驚いたりしながら、現状を受け入れていった。
穏やかな時間が過ぎていく。
平定作業に入った今、忙しいのは政治畑よりの奴らであって、軍の作戦行動にしか責任のないパチドは比較的暇だ。
ポーズかもしれないが、ミケは俺に懐いているように見えるときがある。
ミケが少しずつでも自分から魔素を流している間は、ミケを抱かずに済ませてやろうと何度か商売女を呼んだ。かつえた自分をごまかすためもあったが、上申書を上げた奴らと同類になりそうで少々自重したわけだ。
ちょうどその時、誰だか知らんが屋敷に毒蛇を送って来た。フェルニア生き残りの貴族か上申書を上げた奴らの嫌がらせだろう。
使用人だの部下だのには最低限の危機管理を教えてあったが、さすがに行きずりの女までは無理で、綺麗な箱はプレゼントに決まっているとばかりに素手で開けくさった。
使用人に聞いたところによると、ミケは俺が呼びつけた女を、俺の『大事なもの』呼ばわりして、必死で応戦したらしい。結局毒蛇を仕留めて、女も使用人の無事だったものの扱いなれていない両刃の刃物を使ったせいで、ミケの掌にざっくり切り傷が開いた。
手当の間中褒めてほしそうな顔をしているので、頭を撫でてやったら、自分から頭を擦り付けてきて驚いた。
その後またしても熱を出す。こんな体力でよく生き延びてこられたなと感心するほどだ。一応褒めたのを嬉しそうにされた後だし、うちの使用人やらを守って働いたわけなので、ミケの部屋のベッドまで運んでやったら、袖から裾からつかんで離さない。
懐かれた心地がするのは気のせいでもない気がする。
ただ、な。
素直になったのかと言うとそうでもない。
朦朧とするたびに口走る、チャドとシェド。チャドも、シェドも、南よりの名だ。
だれだと聞いても決して口を割らない。
魔素の気配に敏いパチドには、谷に満ちた魔素が明らかにミケのものと同じだと解る。
どうやったと聞いても決して口を割らない。
状況証拠と能力から考えて、ルカを逃がしたのは間違いなくミケだ。
魔の谷の抜け方を聞いても決して口を割らない。
万事がその調子で、腹が立つほど強情だった。
それに、あちこちでぶつけられる羨望も腹立たしい。
主に上申書を上げた奴らだ。
宴があるたびに絡んでくる。
あんな女を好きにできるとは羨ましいとぶつけてきたり、俺も組み敷いたことがあるのだと負け惜しみのように垂れ流したり、挙句の果ては、加虐趣味の奴らが使う道具の使い方やら、ミケはどの責めが弱くてどうしてやっただの、大概にして欲しい。
パチド自身は、物欲も性欲も独占欲も、もてあます程ではない。むしろ淡泊な方だと自分では思っている。
だが、ミケと他の男のあれやこれや、を想像させられる度に。
ミケの強情が崩れずパチドを警戒していると感じる度に。
ミケがルカたちを必死で守ろうとあがく度に。
ミケへの扱いが手酷くなりそうになる。
泣かせて、縋らせて、屈服させたくなる。
だから、優しくしてやりたいとか、笑わせてやりたいとか。
そんな思いが増えてなお、いや、増える程に、酷くする理由が出来てしまえば、歯止めが効かなくなるのは予測できた。
ため込まれた狂気が決壊するように、責め嬲り、魔素と悲鳴をしぼりださせて貪りそうだ。
なるべく、そうさせてくれるなと、俺を煽るなと、祈るような気分で。パチドは、繰り返されるおだやかな日々を、薄氷を踏むように過ごした。
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