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31. 魔素に酔う

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居室のドアを閉める音が大きくひびいて、パチドは自分がずいぶんと苛立っていることに気づいた。

ムーガルの攻撃を逃れた5万人。戦火を逃れた耕作地と収入源である金山。
魔素で埋まり、ヒトが抜けられないという谷に隔てられた、ムーガルの獲物だ。

パチドは、ミケが、ルカを魔素の谷に逃がしたと疑っている。いや、ほとんど確信している。
他に逃げ道はなかった。
確かに、数人の男たちが忍び込んだ。黒い覆面もしていたようだ。
だが、奴らは明らかに袋のネズミだった。
それが忽然と姿を消した。

パチドは魔素の気配に敏感だ。元のパーツがフェルニア人だったせいだろう。
魔道具に込めて送り届けられたムロの谷を埋めた魔素も、王城地下の魔素も、ミケから立ち上る魔素と同類なことは気配で分かった。だが、それは感覚の問題だ。証明することは難しい。

ミケを責めれば、魔素の谷の抜け方がわかるかもしれないとミケの尋問を見に行ったが、無駄骨になるだろうことはすぐに分かった。

ムーガル人の魔術師は、量は少ないながら、男女問わず魔素と魔力を両方持っていることが通常なので、魔力に特化したフェルニアの男ほどは魔素に飢えてはいないはずなのに。

あの女の魔素にあてられて、どいつもこいつも簡単に目的を見失っていった。今頃、拷問にかこつけた乱交パーティーになっていても不思議はない。

現状、魔素の谷を抜ける術はないというのに。
迷い込んだが最後、五感が狂って死ぬまでヘタリ込み続ける羽目になる。
谷を迂回するには、2つの国をまたいで回りこまなくてはならないが、完全武装の軍隊をどうぞどうぞと通す国境などない。

腹が立つことに、魔素の谷攻略に積極的だった追撃推進派が、真っ先にミケの魔素に酔った。レンツに促されて、真っ先にふらふらと『公妾ミケ』に群がった3人組だ。

きっと、何の情報もとれず、魔素の谷とミケは無関係だと、魔の谷の攻略の手がかりは見つからなかったとして、自分たちの意見を引っ込めるだろう。
あの3人が引けば、追撃隊は出されないし、パチドの仕事も終わる。

パチドの目には、ミケは、勝者からの拷問で蹂躙されるだけの弱者には到底見えなかった。

戦場に長くいれば、拷問にかかわることもある。
残虐な所業に耐性がない方でもなく、それに性的な加虐嗜好者を使ったこともあるが、拷問するものから見ているものまで引っ張られて、加虐趣味が集まる娼館のショーのようになったところなど見たことがない。

カラダを欲しがる男同士を牽制させあい、死なない程度には手加減された拷問を受けた結果、ムーガルの追撃の意志を煙に巻いたことになる。
所詮は、駆け引きで、自分の意図を通りに物事を動かした方が勝ち。計算してやっているとすれば、あの女の方がたいしたものだとすら思う。

それだけの話なのに、なぜかいらいらと焦燥が止まらない。
理性は、ミケの策略勝ち、と判断しているのに、なぜか、あの女の悲鳴が耳の奥から離れないのだ。

あの女は、今も男たちに甚振られているのだろうか。
魔素を立ち上らせ、似合わぬ涙で征服欲を操りながら?
シェド、とあの女が一度しか口にしていない音が、調子を変え、声音を変え、何度も何度も聞こえてくる。

自分も彼女の魔素に当てられたのだろうか。
娼館の世話にでもなれば気にならなくなるだろうかと考えるが、どうにもそういう気分にならない。

鎖につながれたあの女を、どこかで見た気がするのだ。
継ぎはがれたパーツの記憶だろうか。
何に苛立てているのかも判然としないまま、何かが思い出せそうで心がせく。


翌日、くだんの3人組は、そろって会議に出てこず、2日たって、ミケは魔素の谷の攻略には役立たなかった、追撃の進言を撤回する、とする報告書を上げた。
殺してしまったのか?とパチドが聞くと、女は気絶しているだけでまだまだ使えると、3人組は下卑た顔で笑った。

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