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28. そして魔の森は攻撃された

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ミケは考える。
自分はそろそろ、シェドやチャドさんのように、ふるまってみてもいいだろうか。

辺境の貧民街の子どもが、親に気まぐれに殴られて、魔の森の淵に隠れるから。
お腹を空かせた子を抱えた親が、たべものの当てもなく魔の森の淵で泣くから。
「お世話」をしてみたくなって。

ロロ芋を、こっそりと近くに置いてみたのだ。
魔の森のロロ芋は、ミケが水やりをすると、それはもう狂乱状態かと突っ込みたくなるほど増えたから。

世話をして、喜ばれた。
世話をして、人が増えた。
世話をして、街が出来た。
世話をして、軍隊が押し寄せた。

悪いことをしたつもりはなかった。困っている人に、ロロ芋を分けてあげただけ。
シェドやチャドさんのように、親切をしてみたかっただけ。

それから、しばらくして、突然魔術師が大挙して乗り込んできた。
私が、違う種類のくせに、チャドさん達の真似をしたから。
だから、こんなひどいことが起きたのだと思う。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

シェドも私も決して弱くはなかったけれど、敵の数が多すぎた。
応戦なんて、焼け石に水だった。
彼らは、魔の森を壊して、壊して、壊して。
えぐれて裂ける大地と、燃え狂う大気と水と、爆風で飛び散る生命と。

たった数分で、フロラインが結界をはってくれた家以外は、その様相を変えた。
丹精していたロロ芋畑も、ブランコを作ってもらったお庭も、毎日のように果物をくれた木々も、すべて剥ぎとられていく。
見えるのは、瓦礫と、裂けた大地と、岩肌と。

家の中はフロラインに守られてはいたけれど、彼女の結界は身内を傷つけないから。
爆風で飛ばされてくるものの中に、仲良しだった小鹿でもいようものなら、瞬間的に結界が途切れる。
もちろんこの仔たちが結界に潰されるところなど見たくはないから、その方がいいのだけれど、まぎれて周りの物も飛んできて家に激突するから、家はだんだんボロボロになっていった。
ドアが吹き飛んだ時、ものすごい陰圧がかかって、私もシェドも外に吸いだされた。

爆風は、軽いものほどよく飛ばした。

私が一番遠くに、次にシェドが吹っ飛んで、チャドさんは風に顔とか服とか裂かれながらも、もちこたえたようだった。

足が岩にぶち当たり、吹っ飛んで転がった私の下に、地面はすぐになくなった。
フロラインが必死で守っていた小さな家の周りは、地面の裂けめだらけだったのだ。

必死でもがくと、裂けめの縁にかろうじて両手が引っかかった。
地面をひっかいて、這い登ろうとしたけれど、かろうじて地面すれすれまで頭が上がった後は、吹っ飛ばされた時に強打した足が痛くて、手の爪が割れて血で滑って、どうしても登り切れなくて。

同じ裂け目の中に、シェドもいた。シェドの体がひどく揺れていて、いまにも地の底に吸い込まれそうなのに、私は無力だった。
大好きなシェドが私のせいで死にかけているのに、駆け寄るどころか声すら出せない無能っぷりをさらすだけ。

ごめんなさい、ごめんなさい。
別種の私が、くだらない「お世話」をしたから、軍が来た。
チャドさんとシェドとは違うのに、同じになれるか確かめたがったから、ここが標的になった。

私の目は、チャドさんが走っているのを見た。
家から遠ざかったら、フロラインの結界が効かないけれど、シェドもぶら下がっているから。
チャドさんなら、自分の息子を見捨てたりしない。魔力が少なかろうが、怖かろうが、無理だろうが、きっと駆け寄って助けようとする。

無責任にも、チャドさんがシェドを抱きしめる姿をもう一度見て死ねるなら、贅沢な死だと思ったのに、私が次に見たのは信じがたい光景で。

チャドさんは、シェドの横を通り過ぎて、あろうことか、私に向かって駆けて来る。
ここじゃない、シェドはもっと手前にいるのと、必死で口をぱくつかせたけれど、血が出るだけで声が出ない。

体に、爆風で飛び回る岩とか木とかがぶつかるのに、チャドさんは避けようともしない。ミケの名を呼びながら、首の後ろ側の襟とか背中の服とかをひっつかんで、普段からは考えられないもの凄い力で、ずるずると引っ張り上げていく。

私が守られてどうする。シェドの前で、シェドの前に、私が助けられてどうする。

うつ伏せで土の上をにじるから、口に入った土が、逆流してくる血が、なかなか吐き出せなくて、顔も見れなくて、チャドさんにシェドの場所が伝えられない。

強引に顔を横に向ける。私に覆いかぶさるようにして足を引き上げてくれているチャドさんの両脚の間から、魔素をまとった槍が、見えた。
ヒトの気配に引き付けられて、ぐんぐんと迫ってくる。

チャドさん、避けて、お願い。私から離れて。

私の足は、両方折れていた。たったそれだけで、どれだけ血涙をながそうが、怨嗟のうめきを上げようが、立つことすらできない。

願えば叶うとか、一念岩をも通すとか、ぜったいに嘘だ。意志の強さなんて、魔素の多さなんて、たかだか敵味方の数がふた桁違うだけで無に帰するクズだ。

チャドさんは、私のじたばたを感じ取って、顔を上げ、槍を見て、いちばんしてほしくなかったことをした。私に覆いかぶさったのだ。

目の前が、チャドさんと土でふさがれてすぐ、背中越しにとても嫌な衝撃が来て、その一瞬後に背中から激痛が広がっていく。

何が起こったのか、何をされたのか、理解したくなかった。

灼熱の激痛の上を、ぬるい血が浸していく。
槍が裂いた背中を、込められた魔力が沸騰させていく。

私の背中に槍が刺さっているなら、覆いかぶさったチャドさんは絶対にもっとひどいはず。

体を動かせないまま、めちゃくちゃに治癒魔法を放ったけれど、あらぬ方向に飛んで力がぬけていくばかりで、チャドさんには当たらなかった。

それでも、少しでも。

「や、めろ」
声と同時に、槍の刺さった背中が、酷く引き攣れて、勝手に痙攣する体が、横を向いた。

「おちつけミケ、この残念頭」

怒った顔をしたシェドが、槍ごとチャドさんをどけたのだと思う。
シェドは血まみれで、やることなすことめちゃくちゃだった。

チャドさんの生死を確かめもせず、チャドさんを置いたまま、私を抱えて、家に駆けこんだのだ。

フロラインの結界は見る影もないほどに薄くなっていたけれど、まだ破れてはいなかった。
かろうじて爆風のない家の中で、口から血と土を掻き出された。

「ごめんなさい、私がいてごめんなさい、役立たずでごめんなさい」

私に治癒魔法をかけようとして、シェドの傷から血が噴き出すのを見て、あわてて魔力のめぐりを止める。

「ちっ」

舌打ちをするシェドなんて見たことがない。傷が酷いのかもしれない。

「私じゃなくてチャドさんを看て。私に無駄な力を使わないで。死ぬべきなのは私で・・」

背中がじわっと痺れて、魔素が解毒されていくのがわかる。戦闘のために磨き抜かれた、人を殺すための魔素なのに。私はシェドの魔力が流れないように止めているのに。

だめだ、こんなに力を使っては。最近シェドはひどく魔力の調子が悪いのに。

私は渾身の力を込めて、シェドを押した。魔力でかなわないなら、物理で引きはがそうと思ったのに、びくともしない。

ここまでくるともう、私が生きているから悪い。シェド1人なら、多分まだ空間を跳べる。
魔術師の繰り出した小さく網目模様になった刃が、家と結界をバラバラにしようと、圧力を強めてくる。

調子が悪いのに強引に魔力を使ってしまったシェドが、脂汗をかいてよろめいている。
お願いシェド、私を置いて行って。

「いい、ッ加減にしろよ。チャドは、自分より、ミケを気にしているんだ。さっさと死のうとか、チャドに恥かかせてんじゃねぇ!」

シェドに、怒鳴られたのははじめてだった。

「ごめ・・」

「謝んな、残念頭!」

ぎゃぁぁああっ

家の木が裂ける擬音にまざったフロラインの断末魔が、耳をつんざく。
フロライン!フロラインまで!

それと同時に、あみの形に広がって、家を締め上げていた刃が、すぱすぱと屋根や柱を切りながら、縮まってくるのが見えた。

シェドが切れちゃう!

私は、折れた自分の足を切り離して動こうとした。魔力がゴミだって、魔素で焼き落としてしまえばいい。
上半身だけなら、腕の力でシェドの上に乗っかって、クッションになれる。
そう思ったのに、シェドの方が早かった。

「おっま、えはーーー!」

シェドの人差し指と中指がそろって、私の額を押すと、ぐにゃりと周りの景色が溶けた。

「行け!・・・死んだらただじゃ済まさねーぞ!生きろ!」

シェドの声が少し遠くなって、私の方が跳ばされようとしていると気付いた時、

ぱしゅっ

軽い音と共に、刃でできた網が、完全に閉じた。

最後に私の目が捕らえたのは、魔術師が作り出した刃でばらばらになっていくシェドだった。

叫んだと思う。
跳ばされている空間を逆流しようとして、大きすぎる魔素と小さすぎる魔力を手あたり次第振り絞った。

それなのに。堕ちたのは、やわらかい草の上で。
体を濡らす雨が静かで、木の葉にあたる音がまったくしなくて。ここが魔の森では無いことを知らせた。
足は、変な方向を向いていたけれども、まだついている。

体の奥底がからからになるまで、魔素を振り絞ったのははじめてだったから、揺り戻しのように魔素が満ちてくる感覚も初めてだった。
満ちてきたのは、まがまがしく、荒れ狂う、凶暴な魔素だった。
心の柔らかい部分なんて、すべて沈めてしまえるような、憎しみの魔素。

シェドのところに、チャドさんのところに、いきたいのに、生きろと言われた。
きっと別種だから、一緒に行けなかったのだ。
悲しんではだめだ。悲しんだら、きっと死んでしまう。
私は生きないといけない。

シェドに追い出される位『違う』なら、この魔素にさらわれてしまおう。
あの人たちにのようになれないのなら。やることはひとつだ。
殺してやる。私を受け入れてくれた家を壊したやつらを。たとえ私が悪くても。
壊してやる。私に夢をみせてくれた人達を殺した社会を。たとえ体くだけても。

呻いても、誓っても、自分に起きた変化は、人とは思えない、絵本に出てくる悪魔のような爪が、のびていくだけだ。
ただ、それだけ。
貫いて、引き裂いて、炎に沈めたいのに、敵の前にすらたどり着けない。
シェドとチャドさん以外の人間も、何一つ思い通りにならない弱い自分も、大嫌いだ。
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