ひどくされても好きでした

白い靴下の猫

文字の大きさ
上 下
4 / 141

4. ルカという少年

しおりを挟む
 場も治まり、何人か項垂れている人はいたけれど問題もなく解散となった。


 月原家の人達は監視付きで一先ずは帰すことになる。

 今回の件は吸血鬼同士の事件となるため、ハンター協会は手を出すことはないし出来ないのだそう。


 月原家に関しては後日吸血鬼達だけで処遇が決められるだろう、と田神先生が報告してくれた。

 どうなるかは分からないけれど、もう私達に手を出してくることはないだろう。


 ……私が相愛の誓いを宣言したとき、伊織は希望を見るような目をしていた。

 多分、シェリーのことを考えたんだろう。

 まあ、どうするのかは彼らの自由だ。

 これ以上関わってこないのならそれでいい。


 始祖としての力はまだ扱える状態だけれど、力も馴染んで口調や態度がもとに戻ったからだろうか。

 周囲も多少は緊張がほぐれたみたいだった。


「凄いことしちゃったわね?」

 苦笑気味にそう言って近付いてきた嘉輪に、私も苦笑いで返す。

「うん、自分でもビックリだよ。……でも、やらずにはいられなかったんだ」

 永人と共にあるために。
 誰にも邪魔をされないために。


「そうね。……格好良かったわよ? 『これは相愛の誓いである。何人たりとも引き離すことは許されない!』だったかしら?」

 わざわざ声マネまでして再現する嘉輪に唇を尖らせる。

「からかわないでよ」

「ごめんごめん、でも格好良いと思ったのも本当よ?」

「ふふ……ありがとう」


 そうして笑い合った後、私は愛良の元へと向かった。

 愛良は会場で戦闘が始まる前には零士によって連れ出されていたらしい。

 事が終わった頃にはあてがわれた部屋に戻り、ベッドに寝かされていた。


「お姉ちゃん……綺麗……」

 会って第一声がそれだったせいもあって、心配していたのに気が抜けてしまう。

 偉そうな口調ではなくなっても最上の美しさはそのままなため、言いたくなるのも分かる気はするけれど……。


「愛良の方が綺麗だし可愛いぞ?」

 横になっている愛良の頭を愛おしそうに撫でながらそう言う零士は相変わらず。

 でも、始祖の魅力にすら惑わされないなんて逆にすごすぎる。

 今回ばかりはその愛良への思い、本気で称賛に値すると思った。


「どんな様子? 薬がまだ体に残っているんでしょう?」

 愛良に近付き状態をたずねる。

 吸血鬼なら少し時間を置けば分解出来るような量でも、人間である愛良はそう簡単にはいかない。

 体に影響が残るような薬ではないから、休んでいれば動けるようになるとはいえやっぱり時間はかかる。


「治してあげられればいいんだけど……」

 永人のように血流を操って薬の成分だけを吐き出させることは出来なくはない。

 でも、あれは永人が吸血鬼だから出来た事。

 人間の愛良にそんなことをすれば不整脈を起こしかねない。


「永人。さっき持っていた中和剤ってまだあるの? 愛良に使っても大丈夫?」

 完全な中和剤じゃないと言っていたけれど、少しでも愛良が楽になればいいと思って聞いた。
 でも永人は眉を寄せ「止めておいた方がいい」と口にする。

「あの中和剤は不完全だし、どっちかっていうと気つけ薬に近いからな。俺達が飲むことしか想定してねぇからちょっと無茶な配合したし……」

 だから人間である妹には飲ませない方がいいと言われた。

「そっか……」


 結局は自然と薬が抜けるのを待つ方がいいってことか……。

「大丈夫だよお姉ちゃん。意識はもうハッキリしてるし、一晩眠っているうちに体も自由に動かせるようになるだろうって言われたから」

「……うん」

 愛良の言う通りなのは分かっているけれど、それでも心配なものは心配だ。


「本当に大丈夫だよ。……零士先輩がついていてくれるから」

 でも、幸せそうな笑みでそんなことを口にされたら居座るわけにもいかない。


 というか、もしかしてお邪魔しちゃったのかな?


 なんて思ってしまう。

 仕方ないから、私は零士に口うるさいほど頼んだからね! と言い含めて愛良の部屋を出た。


***


「じゃあ永人、おやすみ」

 部屋の前まで来ると、私はずっとついて来てくれていた永人に向かってそう言った。

「……」

 でも永人は返事もせずスッと目を細める。

 不満を覚えていそうなその仕草に、私何かしたっけ? と疑問に思った。


「……おやすみ、じゃねぇよ」

「え?」

 低い声を出した永人は、私の肩を抱くようにしてそのまま部屋の中へ一緒に入ってしまう。

 そのまま後ろ手にドアを閉め、カチャリと鍵を掛けた。


 耳に届いたその音に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。

 肩を抱く永人の手が熱い気がして、トクトクトクと心音が早まった。

 顎を掴まれ、上向かされる。

 電気もつけず薄暗い部屋の中、ギラつくような漆黒の瞳と目が合った。


「……今夜は、寝かせるつもりねぇから」

「あ……」

 その声音に確かな欲を感じて、ゾクリと体が震える。


 怖いわけじゃない。寒いわけでもない。

 むしろ、彼の視線や私に触れる手から熱が伝わって来たみたいで……熱い。


「二人きりで、ベッドもある。……そして時間もたっぷりあるしなぁ?」

「永人……」

「逃がさねぇよ」

「っ!」

 真剣な目と声が、更に私を昂らせる。


 強く私を求めてくれるその想いから、逃れる術なんて私にはない。

 だって、その想いこそ私が欲しいものだから。


「お前を奪って良いって、言ったよな?」

 小一時間前に言ったばかりの言葉。

「……うん、言ったよ」


「だったら俺は、遠慮なんかしねぇからな?」

 遠慮しないと言いながらも、手を出す前にこうして確認してくれている。

 そんな分かりづらい優しさも、私の好きな永人の一面。


「……うん。全霊を掛けて、奪ってくれるんだよね?」

 顎を掴む永人の手にそっと触れた。

 こうして想いを交わし触れ合うだけで、他のことが何も考えられなくなる。

 頭の中も心の中も、もう永人でいっぱいになっていた。


「ああ、奪いつくしてやるよ。お前のすべてが、俺でいっぱいになるくらいにな」

 妖艶さをも含んだ笑みが浮かべられる。


 もう永人でいっぱいになってるよ。


 その言葉は、すぐに唇を塞がれたせいで音にならなかった。

 でも、きっと伝わっている。


 だって、その後の行為で私達は溶け合ってしまうから。


 何度も触れる唇に、柔肌を撫でる彼の手に。

 与えられた熱で溶けて混ざり合うから。


 だからきっと、私の想いも伝わっている。


「永人……」

「ああ……聖良」


 名前を呼び合うだけでも、満たされる。

 好きで、大好きで、愛しい相手。

 私達を邪魔する者は、もういない。



 新月の夜は、月でさえ私達を邪魔することはないのだから――。




『妹が吸血鬼の花嫁になりました。』【完】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...