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1. 上り坂と下り坂
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「なぁ、タイキ。この迷宮回廊の上り坂と下り坂ってどっちが多いと思う?」
王城の地下を自由に歩けるような立場になって4日目、うんざりするほど開けた扉の先に、ひたすら下っていく道を見てため息をつきながら、ルカは腹心の部下兼友のタイキに問いかけていた。
「大将、疲れてますね?同じに決まっているでしょうが」
「ほんとかぁ?」
何十とあるだろう扉の開ける順番や歩く場所次第で、目の前の道は何度も変わる。
空間が歪んでいて、国中のいたるところにつながっているのだ。
もともとフェルニアの王城は、この迷宮回廊を治めるために建てられた。大昔は、この回廊を自在に操り、近隣諸国を制して覇権を確立した王もいたそうだ。が、今やそんな逸材は望むべくもなく、力の衰えた王族は、この迷宮回廊をただ恐れ、締め切り、王城と間に障壁を増やした。
この国フェルニアは、魔力信仰が根付いているが、残念ながらどの国を見ても、人の魔力は減衰の一途だ。それはフェルニアの王族であっても例外ではない。
そして、力の衰えた王族の中でも、現王のティムマインに至っては、心の底から、戦力外と叫ぶに値する。
王の無能をごまかすために始めた戦を、負けが決まってからもずるずると引き延ばし、敵が王城に迫ると、王が生きてさえいれば再起はあると言って一人だけ身を隠した
血を流す自軍にも、略奪される街にも、蹂躙される民にも、何の展望も示すことなく。
ティムマインは、生まれつき特に魔力が低かった。それでも、バカバカしく歪んだ教育と選抜制度の下で、たまたま!偶然!事故で!奴の成績がトップになり、その結果王になってしまったらしい。
だが、それが都合よかった権力者も多かったようだ。
ブレることなく、杓子定規に教育要項にのっとった選択をし続ける王の操作はえらく簡単で、権力者どもの思った通りに動く。『正しく』さえあれば、民すら憤らない。
適正手続というトラップ。
要は、手続きさえ正しくあるように管理すればおのずと中身も正しくなるという幻想を手中にした、権力者や為政者の結束は固かった。が、固すぎて。国家交渉の失敗や戦のさなか、その幻想が自分たちに牙をむいても崩せなくなり、有能な人材から順に失われていったわけだ。
間抜けすぎる。
結果、当然のように国は生まれ変わる機を逸し、滅びに瀕し、わずか14才のルカや15才のタイキが、戦場だの王城だの迷宮回廊だのを闊歩する羽目になる。
「それより、『公妾』はどうでした?噂通りの美女でした?」
「あー、なんつーのかな。凄かったよ」
「カラダが?」
「・・・お前、思春期拗らせた?」
下り続ける坂道の先に、ほんのりと明るい亀裂が見えてくる。
歩いた距離はせいぜい10分だが、これまでの経験から行くと、これだけ歩けばまず知らない場所に出る。
いきなり水の中に吸い出されたこともあるので、タイキの腰にまいたロープをルカが岩の出っ張りにひっかけて持ち、タイキは先に手を出してみた後、息を止めて亀裂に頭を突っ込んだ。
ほんの2秒後。
「ひょぉー。大将、意外にも知っている場所ですよ。みます?」
タイキが珍しく弾んだ声を出すので、ルカはタイキのロープを離して駆け寄ってみた。
タイキと並んで、亀裂から顔を出したルカに見えたのは、どこまでも続く断崖絶壁と、金の採掘のためにわり裂かれた山々。はるか遠くにあるはずの、彼らの故郷だった。
「ムロの谷―?!」
この谷を越えれば、鉱夫でにぎわう街と、貧乏くさくも面積だけは広い田畑が共存していた北の辺境、ムロだ。
あちこちにかけられた橋が老朽化して交通の便が死ぬほど悪いのと、長引く戦争で無茶な金の産出を強いられた結果の事故が続き、すっかり過疎化が進んでしまったが、それでも根性で辺境都市の対面を維持している。
今となってはごくごく稀少な『機能している』ド田舎だ。
「領主さまにでも挨拶していきますか?」
「この谷超えてか?冗談だろ?」
ルカは、大きくのびをした。
今思えば、なかなかにおおらかで良い故郷だった。
ルカの幼少期は、出自もさることながら、大きすぎる魔力に振り回されて、結構生きにくかったのだ。
制御できなくなると、木でも岩でも、なんでもぶっ飛んだ。未だに繊細さが求められる治癒術などは苦手だし、数年前までは、ちょっとした癇癪で、自分でも怯える程の爆発が起きてよくへたり込んだ。都会だったら大惨事だ。
それでも、なじみのジジババ達は、
『こらー、乱暴はいかん!』と叫びながら駆けて来て、でもその時にはすでに籠やらつるはしやらを持っていて、
『お?ルカ、今回はいい鉱脈にたどり着いているぞ?ほら見ろ、また金が獲れるから泣くな』
なんていいながら、何度もルカの頭を撫でた。
黙り込んだルカを、タイキが期待に満ちた目でみる。
「何考えています?」
「上り坂より下り坂を多くする方法。一方通行、かな」
そう言うと、ルカは思いついた順番にものすごいスピードで指示を口走り始め、タイキは一心不乱にメモを取り始める。
「計算得意なヤツ10人呼んで来い。城の主砲を動かすレールを果てしなく延長するぞ。レールは数人の人力で運べる重さに切って使い回す。ムロ出身者に避難民を誘導させるから呼んで来い、主砲エネルギー用の魔素タンクがいくつあるか調べろ・・」
ルカが口を閉じた時にはタイキのメモは軽く20枚を超えていた。
「避難民をムロに逃がした後、主砲の魔素を谷に運び込んで結界を作る、で、あっています?」
「だいたいな。で、タイミングよく攻めあがってくるムーガル軍に王城と王都はくれてやって敗戦は確定。あとは交渉でムロの自治を認めさせて完了」
「自分たちでやるんじゃなきゃ簡単そうですね」
「同感だ」
そのたった2週間後には、通常空間と回廊を隔てていたいくつもの障壁も数十の扉も吹っ飛んで。王城地下の迷宮回廊は、中で魔素がたぷたぷと揺れる、巨大な露天掘り穴のような、魔素回廊へと姿を変える。
王城の地下を自由に歩けるような立場になって4日目、うんざりするほど開けた扉の先に、ひたすら下っていく道を見てため息をつきながら、ルカは腹心の部下兼友のタイキに問いかけていた。
「大将、疲れてますね?同じに決まっているでしょうが」
「ほんとかぁ?」
何十とあるだろう扉の開ける順番や歩く場所次第で、目の前の道は何度も変わる。
空間が歪んでいて、国中のいたるところにつながっているのだ。
もともとフェルニアの王城は、この迷宮回廊を治めるために建てられた。大昔は、この回廊を自在に操り、近隣諸国を制して覇権を確立した王もいたそうだ。が、今やそんな逸材は望むべくもなく、力の衰えた王族は、この迷宮回廊をただ恐れ、締め切り、王城と間に障壁を増やした。
この国フェルニアは、魔力信仰が根付いているが、残念ながらどの国を見ても、人の魔力は減衰の一途だ。それはフェルニアの王族であっても例外ではない。
そして、力の衰えた王族の中でも、現王のティムマインに至っては、心の底から、戦力外と叫ぶに値する。
王の無能をごまかすために始めた戦を、負けが決まってからもずるずると引き延ばし、敵が王城に迫ると、王が生きてさえいれば再起はあると言って一人だけ身を隠した
血を流す自軍にも、略奪される街にも、蹂躙される民にも、何の展望も示すことなく。
ティムマインは、生まれつき特に魔力が低かった。それでも、バカバカしく歪んだ教育と選抜制度の下で、たまたま!偶然!事故で!奴の成績がトップになり、その結果王になってしまったらしい。
だが、それが都合よかった権力者も多かったようだ。
ブレることなく、杓子定規に教育要項にのっとった選択をし続ける王の操作はえらく簡単で、権力者どもの思った通りに動く。『正しく』さえあれば、民すら憤らない。
適正手続というトラップ。
要は、手続きさえ正しくあるように管理すればおのずと中身も正しくなるという幻想を手中にした、権力者や為政者の結束は固かった。が、固すぎて。国家交渉の失敗や戦のさなか、その幻想が自分たちに牙をむいても崩せなくなり、有能な人材から順に失われていったわけだ。
間抜けすぎる。
結果、当然のように国は生まれ変わる機を逸し、滅びに瀕し、わずか14才のルカや15才のタイキが、戦場だの王城だの迷宮回廊だのを闊歩する羽目になる。
「それより、『公妾』はどうでした?噂通りの美女でした?」
「あー、なんつーのかな。凄かったよ」
「カラダが?」
「・・・お前、思春期拗らせた?」
下り続ける坂道の先に、ほんのりと明るい亀裂が見えてくる。
歩いた距離はせいぜい10分だが、これまでの経験から行くと、これだけ歩けばまず知らない場所に出る。
いきなり水の中に吸い出されたこともあるので、タイキの腰にまいたロープをルカが岩の出っ張りにひっかけて持ち、タイキは先に手を出してみた後、息を止めて亀裂に頭を突っ込んだ。
ほんの2秒後。
「ひょぉー。大将、意外にも知っている場所ですよ。みます?」
タイキが珍しく弾んだ声を出すので、ルカはタイキのロープを離して駆け寄ってみた。
タイキと並んで、亀裂から顔を出したルカに見えたのは、どこまでも続く断崖絶壁と、金の採掘のためにわり裂かれた山々。はるか遠くにあるはずの、彼らの故郷だった。
「ムロの谷―?!」
この谷を越えれば、鉱夫でにぎわう街と、貧乏くさくも面積だけは広い田畑が共存していた北の辺境、ムロだ。
あちこちにかけられた橋が老朽化して交通の便が死ぬほど悪いのと、長引く戦争で無茶な金の産出を強いられた結果の事故が続き、すっかり過疎化が進んでしまったが、それでも根性で辺境都市の対面を維持している。
今となってはごくごく稀少な『機能している』ド田舎だ。
「領主さまにでも挨拶していきますか?」
「この谷超えてか?冗談だろ?」
ルカは、大きくのびをした。
今思えば、なかなかにおおらかで良い故郷だった。
ルカの幼少期は、出自もさることながら、大きすぎる魔力に振り回されて、結構生きにくかったのだ。
制御できなくなると、木でも岩でも、なんでもぶっ飛んだ。未だに繊細さが求められる治癒術などは苦手だし、数年前までは、ちょっとした癇癪で、自分でも怯える程の爆発が起きてよくへたり込んだ。都会だったら大惨事だ。
それでも、なじみのジジババ達は、
『こらー、乱暴はいかん!』と叫びながら駆けて来て、でもその時にはすでに籠やらつるはしやらを持っていて、
『お?ルカ、今回はいい鉱脈にたどり着いているぞ?ほら見ろ、また金が獲れるから泣くな』
なんていいながら、何度もルカの頭を撫でた。
黙り込んだルカを、タイキが期待に満ちた目でみる。
「何考えています?」
「上り坂より下り坂を多くする方法。一方通行、かな」
そう言うと、ルカは思いついた順番にものすごいスピードで指示を口走り始め、タイキは一心不乱にメモを取り始める。
「計算得意なヤツ10人呼んで来い。城の主砲を動かすレールを果てしなく延長するぞ。レールは数人の人力で運べる重さに切って使い回す。ムロ出身者に避難民を誘導させるから呼んで来い、主砲エネルギー用の魔素タンクがいくつあるか調べろ・・」
ルカが口を閉じた時にはタイキのメモは軽く20枚を超えていた。
「避難民をムロに逃がした後、主砲の魔素を谷に運び込んで結界を作る、で、あっています?」
「だいたいな。で、タイミングよく攻めあがってくるムーガル軍に王城と王都はくれてやって敗戦は確定。あとは交渉でムロの自治を認めさせて完了」
「自分たちでやるんじゃなきゃ簡単そうですね」
「同感だ」
そのたった2週間後には、通常空間と回廊を隔てていたいくつもの障壁も数十の扉も吹っ飛んで。王城地下の迷宮回廊は、中で魔素がたぷたぷと揺れる、巨大な露天掘り穴のような、魔素回廊へと姿を変える。
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