偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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93☆できごころ

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その時僕は、近づいてくるユオの気配を感じて、神経が全部ユオに向いていた。だから、他人がぜんぜん見えていなくて。
ユオと視線が合う直前に、女性に抱きつかれて本当に驚いた。

顔を見ると、知り合いの先輩。
僕の所属する研究所は、各国の国境街の共同機関で、人気も高いから、クェリテからも、数人所属している。抱きついてきた子もそう。

僕は、頭にユオを追っかけるのことしかなく、一瞬思いっきり振り払いそうになって、あわてて抱きとめる。顔見知りをいきなり路面に叩きつけるとかさすがにない。彼女も、距離感が異様に近いけれど、わりと誰にでもそうだし、頭脳的には優秀でまっとうな人だ。

「サウラ!久しぶりね!」

不意を突いた上に、勢いをつけて首にぶら下がるように抱きつかれたので、半周回って勢いを減らしてから、彼女を着地させる。

「危ない挨拶はやめてくれませんか、先輩」

動線上、背中を向ける方向になってしまったけれど、ユオの気配はつかんだままで。ユオの足が止まったのが分かった。

本当に出来心で、ほんのちょっと、ユオの反応がみたいな、なんて思ってしまった。
だって、この先輩、基本的に挨拶はハグだし、頬レベルなら男女問わずキス魔だし。

ユオと、恋人に、なった。
ユオは、自分が寿命僅かではないことを納得してくれた。
好きだといったら、好きだと返してくれる。それから、何度も一緒のベッドで過ごした。

だから、ほんのちょっと。誤解して拗ねたり、嫉妬してくれたり、怒ってくれたり。そんなユオを期待した。昔とは関係が変わったのだと、確信が欲しくて。

でも、足を止めたユオは、穏やかに、笑った、と、おもう。
そして、踵を返し、僕を置いて、遠ざかっていこうとする。家とすら、違う方向に。
あのクローンの女の子の治癒を誤解した時とか、女の子達がプレゼントを持ってきてくれた時とかと、まったく同じように。

「サウラ?ごめん、ど、どっか痛めた?顔が真っ青・・・」

「すみません先輩、また今度!」

ユオの気配を追って走り出す。

僕の、くだらない考えを見やぶって、その意趣返しだったらいい。
ユオが、僕と先輩をみて『おめでとう』とか考えたのでなければそれで。

「ユオ!」

ユオに届くまでの人ごみが、ほんとうにゴミにみえて、力のままに撥ね飛ばしてしまいそうだ。

「ユオっ!」

ユオが僕を振り向いて、目をみはる。

「え・・・」

ドンッ

ユオをかっさらうように抱えて、自分の背中から土の壁にぶつかって止まる。

ぎゅう

ユオを抱きしめていても、心臓のばくばくは、不安と焦燥のせいでしかない。腕をゆるめたら、ユオが人ごみに攫われ、手の届かないところまで流されて行ってしまいそう。

「サフラ?」

「どこに、行くんです?なんで・・」

僕の、誕生日だから、一緒に、過ごしてくれるって言ったのに。背中を向けて、遠ざかっていくなんて。

「え、知り合いと居たから・・」

居たから?
キスをする。道端でするにははばかられるようなキスを、恥も外聞もなく。

「ふみゃ・・っ、ん、ちょ・・っ!」

ユオは、あわてているのか嫌がっているのか、じたばたと僕を引っぺがそうとした。

「暴れないで、めちゃくちゃしそう」

「いやいや、既にめちゃくちゃご乱心だってば!背徳姉弟で売り出す気?!」

そんなの、どうでもいい。
ユオがこっそり出かけただけで、研究も仕事も手につかないのに。
どれだけ好きだと言ってもらっても、ユオの秘密が怖くてたまらないのに。

「僕と待ち合わせをしていたのに、どこにいくの?」

「待ち合わせ時間まで、ちょっと時間があるから、わすれものを取りに行こうかと」

「家と、方向が違う。それに、僕が居たの、気づいたでしょう?」

キスをする。キスをする。キスをする。

「ぶへ・・・、ぴ、ピノアさんの・・・」

「噓を、つかないで、師匠。お願いです」

我ながら情けない声で、すがる。往来のど真ん中で、今にも泣きそう。

「うー。できれば見せたくないな、とか、恥ずかしいな、ということは、私にもあったりするので・・」

ユオの嫌がることはすまいと、毎日のように誓うのに。
なぜこんなにも、僕には余裕がないのだろう。困った顔のユオの手を、ぎゅうと握る。

「置いて、いかないで・・・」

平気で僕を、他の女性の隣に置いてどこかに行ってしまおうとしないで。
きれいになりすぎたユオは、だれでも虜にしてしまう。
このまま居なくなってしまうのではないかと、不安にさせないで。

「わかったっ、わかりました!ついてきていいです」

ユオは、僕が握ってしまった手の上に自分の手をかぶせて引っ張って。
それから、子どもの頃のように、僕の手を握ったまま歩き始めた。

路地横から、薄暗い階段をおりた。それから、僕が見たことのない形の鍵を取り出して、古くてぼろい扉を開ける。
中は、岩盤の隙間を利用した無造作な地下室。
静かで、涼しくて、じめじめという程ではないけれど、ちょっとかび臭い。
厄災や魔獣からの一時避難用だと思うけれど、長時間いるのはしんどそうなサイズだ。

ユオは小さな蝋燭に火をともすと、僕から離れて甕が並んでいる台に歩いて行った。
板に、お世辞にも上手とは言えないけれど、分かりやすいユオの字が書いてある。
数字。日付?

「ここねぇ、ピノアさんの息子さんが持ち主さんで、私が格安で借りている秘密の場所です」

こんなに狭くて暗い地下が、僕に秘密の、場所。

「よく、来るの?」

「よく、来られるようになりたいの。あ、目的はぁ、シュロ酒をね、インスタントじゃなくて、醸造、しようかと。甕にいれて」

「カーヴ、なの?」

話の筋道がみえない。お酒用の地下倉庫に、よく、来られるようになりたい?

「うん。上手になったら、5年ものとか、10年ものとか。今まで考えたことがない位、長い時間をかけたヴィンテージものとか、サフラの金色とか、作ってみたくて」

・・・ああ、そうか。

ここはユオが、今まで考えたことがない長い時間を、はじめて考えて、それを形にした場所なんだ。

この先を生きようとしてくれた証で、嬉しいはずなのに、涙が勝手に上がって来る。

『できれば見せたくないな、とか、恥ずかしい』とか、そんな表現で、秘密にしたくなるくらい、ひっそりした、踏み荒らされるにはあまりに弱々しい、芽吹き。

「・・・無理に、踏み込んで、ごめんなさい」

ユオの秘密が怖くて、暴かずにいられなくて、ごめんなさい。

「へいきへいき。ようこそ、サフラ」

ユオは、やわらかく笑いながら両手を広げて、僕を見る。

この人は、僕に怒ったことがない。
ただの危険物だった7つの時も、思春期が雪崩を起こしていた時も、ユオの傷口に貼りつく怯えたお荷物になり果てた今も。

どこまでも受け入れてくれてしまう。
だから、僕がとまらなきゃ、いけないのに。

広げられたユオの腕にふみこめずに固まっていたら、ユオがとてとてと近づいて来て、僕を包み込んだ。

「今日のは、まだ入れたばっかりだけど、サフラの誕生日だから、一緒に飲もうとおもって、とりに来たの。嫌なことを思い出させたならごめん?」

いなくならないよと、なだめるような、そんな話し方で。子ども扱いじゃなくて、宝もの扱いなのだと、わからせるような抱きしめ方で。

「駄目弟子、ですね」

「ん?国境の人たちに愛されて、キルヤ様まで従えて、研究所のホープで?嫌みだわぁ」

そう言いながら、僕の頭を撫でる。

「不安定で、依存癖で、疑心暗鬼で。・・・捨てたく、なりませんか」

「なりませんよぉ。サフラの金色が、とても綺麗だから、シュロ酒でつくりたくなったわけだし?自慢の弟子よ?」

ユオの微笑みが、透明で、泣きたくなる。

この人の側に居られるのなら。

自慢の弟子だと言ってくれる声を伝える空気とか、距離が近いとわかるこの空間とか、ユオとの家やこの地下室がある国とか、まるごと守りたいと思う。

「好きです、ユオ。あなたと共に死ねないような異形には、絶対になりません」

僕は、あなたと生きて、あなたと死ぬ。
綺麗なあなたに、喜んでもらうためだけに、あなたが綺麗だという力を使う。

ぱちくりと、ユオが目を瞬かせた。

「きょ、共依存では?」

「そ、ですね。メンタルの共依存というより物理な共有結合かと」

かなり不穏な声で言ってみたのに。

弟子が優しい。
そういって、ユオは笑った。

涙が出てきてしまって、言葉が継げない。

「わ、泣かないで。ん、と、弟子って言ったからかな?こっ、こいびと?弟子じゃなくて、恋人が優しい!正解?!」

「・・はい」

大外れだけど、はい。
僕の涙はクイズじゃないけど、はい。

弟子・・じゃなくて恋人っ、の成長を抑制するダメ師匠が、怠惰で享楽的な人生にご招待しますからねー、まずはお酒で!なんて言いながら、ユオがシュロ酒を選んでいく。

格付け試験のフィールドで初めて飲ませてもらったときは、月の光に浮かんだ気がした。
あたたかでやわらかで、痛みや恐怖のシミが抜けていく感覚が不思議で。

きっと今日も、それから、その先何度も、僕はユオの光に浮かぶのだろう。

おしまい
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