偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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78☆キルヤの自重

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キルヤは、自由奔放に生きていると言われてきたし、自分でもそうかな、と思わなくもないので、こんなことをつぶやくのは初めてだ。

「自重、しないとな」

サフラが暴走していることは、もう、朝ふらついていたユオを見るだけでまるわかりだったし、パライと渡り合ってボロボロになったユオを、そのまま家に帰すのは嫌だった。

だが、帰りたがっている女を強引にとどめておく、という行動を取ったことがなく、瞬発力に欠けた。
嫌な予感だの警鐘だのは頭をガンガン鳴らすのに、振り切られるままにユオを見おくってしまった。

案の状、というにはあまりに短時間で。
ユオが病院に担ぎ込まれたと連絡が入って駆けつける。

とりあえずの原因は、過呼吸、だそうだ。
サフラは、専攻が医学系で、治癒に至っては至高の域だ。そんな奴が、何をしに病院に行ったかと思えば、単純に人手の問題。
医者は二人がかりでサフラの方を手当てしており、さらにユオに二人医者がついて過密状態。

そしてサフラはと言えば、ユオの右手から、高温で流れ出る油をふき取りながら、カチ、という軽い音のたびに右手から飛ぶ火花を抑え込むのに必死だった。

ユオの手の甲を伝って肘下に流れようとする油は陽炎をあげていて、引火していないのが不思議な温度に見える。サフラが手を離したら手の肉は焼けくずれて、あっという間に骨が見えるだろう。

引火点も発火点も超えているのではないかと思える熱に、医者たちの自制心は吹っ飛んで。叫びながら後ずさっていく。
もっと鎮静剤をぶち込めという医者と、もう最大限でこれ以上無理だと喚く医者と。

煮えたぎる油を吸う包帯を巻いておくわけにも、火種の側に置いておくわけにもいかず。鎖の跡が付き、ひどく腫れて血のにじむ右手は剥き出しだった。

阿鼻叫喚。
キルヤとしては、馬に蹴られやすいポジションにいる自覚があり、サフラの面前でユオの心に介入するようなことは避けていた。

が、ここまで崩れたユオを放っておくのは無理だ。
いまだに鎮静剤の限界量がどうだと喚くだけの医者を押しのけて、ユオの額に手を当てる。

精神誘導なら医者よりキルヤの方がよっぽど腕が良く、かけてやれる言葉選びなら、ユオよりよっぽどマシ。

・・・・・

ユオ、きこえるか?

サフラが素手でアツアツの油さわっているぞ、気にならないか?ちょっとこっち向け。

こら、火かちかちさせんじゃねーわ。サフラの手焼いちまってるぞ。
サフラにケガさせんな、っていわれもな。やらかしてるの、お前の暴走だぞ。

とりあえず力抜け。たすけてやるから。

サフラは死にもしなけりゃ生命樹にもならないよ。安心しろって。

大丈夫。
もう、右手、縛られてないだろう?
ああ、動きが悪いのは、お前が引きちぎろうとか焼き落とそうとかしたせいらしいぞ?

いいから、油も火もひとまずしまえ。
できねぇ?んじゃ、まず温度さげろ、唐揚げの温度まで!
おっけー。つぎ、何だっけ、ほらあれ、すっげー鶏が柔らかくなるヤツ。塩味とハーブの。コンフィ?うまいよな。あれの温度に。
えらいえらい。
で、料理おしまい。お前んち、使った油どうしてる?固める派?いいね、そうしてくれ。

サフラは泣いてねーよ、むしろ泣いてるのはお前だ。公衆の面前で鼻水まき散らしてピーピー泣きやがって。だから、寝とけっていったのに。
人の話きかないからこんな目にあうんだろうが。

誰も死んでねーってば。落ち着け。
あー、もう。お前が、自分の死から目を反らせないのは、お前のせいじゃないんだよ。

ほら、戻って来い。

なんだ、サフラと顔合わせにくいってか?
サフラに忘れられたきゃ、俺を使っていいぞ。昔いったろ、おれと結婚するなら、サフラごと守ってやるって。まだ有効だからな。

なんだ、その馬鹿にした態度は。
おまえ、どんだけ俺を軽い男だと思ってるわけだ?悪いが、俺の女性の扱いはサフラとはくらべものにならない程ハイスペックだぞ。

軽く思われるの自体は、まぁ、いいか。ユオは、軽い愛、足りてないもんな。俺は気楽だぞぉ。お前が死んでも、一週間位凹んで、すぐ忘れて、他の女漁ってやる。
こっちにこいって。

サフラが嫉妬するから、悪いが急いでくれないか。

もどれ、戻れ、戻って来い。

・・・・・
ユオの幻想から抜けて額から手を離した時には、火花も油も止んでいて。
へたり込むサフラの手を握ったまま、ユオはすよすよと寝息を立てていた。

はふ。

心根が素直な奴は、誘導が楽でいいのだが、見たくないところまで見えてしまうのが玉にキズ。

ユオの、漆黒の疲れが、見えた。恨みにも、憎しみにも、悲しみにもなれず、ただただ引力になっていくその疲れは、人が抱えられるものではない。

痛々しかった。
サフラには耐えられないだろうユオの愛が、あの漆黒の引力の中で、どれだけの力を振り絞って保たれてきたのだろうかと考えると、痛々しすぎて、苦しい。

横たわる、ユオを見る。

血が滲み、電磁強制の跡すら分からなくなる程の痣と擦過傷で、わざわざ医者が検査しなければ、折れていないと判断できない程に腫れた上がった右手。ザンギ野郎に感電させられた左手。足首のきつすぎるテーピングと、強引に出血だけとめてある胸と。

どれだけ泣いたのか、目をつむっていてすらわかるほどに腫れた瞼からは、いまだに涙がにじみ出す。

言っても仕方がないと、サフラを傷つけても何にもならないと、分かっているのに。
夢誘導の後は不安定になるから、しばらくは人と話さないと決めていたのに。

自制できずに、口をついて出てしまう。

「・・・優しくしてやってくれないか。他でもないお前から、こんなズタズタにされる程の事を、ユオがしたか?お前の望む未来を紡げないのが、こいつのせいかよ」
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