偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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51☆キルヤ参戦

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キルヤがクェリテに到着したのは、数か月前。
大音量のユオの悲鳴で引き寄せられた魔獣が暴れる、まさに直前だった。

中央軍が王権をちらつかせて強引な出入りを繰り返したせいで、クェリテに入るのも、ガーディアンを抱える上層部を引っつかまえるのも苦労しなかった。

いや、むしろ、市長のコウラのほうから飛びついてきた。

キルヤとて、クェリテの秘密主義は十分理解していたから、最初からサフラに会わせろと喚いたわけではない。

ユオが手土産に置いていった酒盗の瓶・・『ピノアさんの息子さん』がやっている発酵食品会社の看板商品だ・・を引っ提げ、ユオがフェイクに運んでいたサフラに擬態された元の気を辿ったせいだと思われる。

キルヤが発酵食品のお店にたどり着いた時には、すでにほかの客は帰された後で、静かにシャッターが下ろされ、カウンターの中も、レジの前も、クェリテの上層部とその自警団に入れ替わっていた。

「どなたを、おさがしでしょうか。お持ちの瓶は、カイ派の重鎮が興味を持つには、少々B級品気味かと存じますが」

コウラが市長とは思えない腰の低さで聞いてくる。

「本気で土産物売りつける気かよ。ピノアさんという方に会いたい。テストが必要なら、ユオの作った計算問題でももってこい」

駆け引きをするつもりは毛頭ない。

特殊系能力者こそいないものの、こんなに狭い一般店舗に、王都の軍属でもめったに見ない高レベルな攻撃系能力者が4人。立派すぎるお出迎えだ。

「ご用件は」

「俺の親族を含む中央のアホどもが、サフラをあぶりだそうと、虐殺されたユオの悲鳴をここで流すそうだ。そいつらが殺されても自業自得だが、ユオに死なれたサフラがそれで止まると思えないから来た」

「・・うげ」

高尚とは言えない返事で、キルヤへの信頼をあらわしたコウラは、すぐに『ピノア女史を呼んで来い』と指示した。

部屋に戻ってきたばかりの若い自警団員・・律儀に、ユオの筆跡で書きたくられた計算用紙をにぎってきたらしい・・が、紙束を置いて駆け出していく。

当たり前だ。テストどころじゃない。
それでもユオの字が懐かしくて、キルヤはその紙の束をめくった。

汚い字だと、なんどもからかったけれど、毎度読めればよいのだと一括され、その汚さにも理由があると納得するほど筆記が早かった。

この文字もずいぶん急いで書いたのだろう。

「厄災の動きを予測する軌道計算?こんなことまでやってたのか、あいつらは」

「お読みに、なれるので?」

「あー、障りだけ・・」

答えかけたところで、すさまじい大音量が店をつんざいた。
戦闘の猛者が、一瞬耳を抑えて伏せるほどの震動。

キルヤがもたらした事前情報から考えれば、悲鳴、なのだろうと想像はつくが、トラップというより音響爆弾を疑う。

遅かった。

伝令は到底ピノアにたどり着いてはいないだろうし、ましてやその先のサフラのフォローなど夢のまた夢だ。

冷や汗が出るような数分ののち、異様な地鳴りが、建物を揺らし始めた。

・・・・・・・・

「おい、コウラ大将!凌げるのか?このままいくと、国境が何キロも後退するぞ」

聞いてはみたものの、現場を覗けばむつかしいことはすぐにわかる。

通常のスタンピードは、これほど雑多な種族が混ざって発生することはない。

津波のように一斉に押し寄せておきながら、一斉に叫び声をあげておきながら。

その構成主体は、火に弱い魔獣と、火を食べて成長する魔獣。水に弱い魔獣と水で大きく膨らむ魔獣。頭さえ落とせばよい魔獣と切るたびに増える魔獣。

これだけ混ざれば、有効な攻撃方法も防御方法もない。統一行動が無力だから、指示すら出せない。

魔獣の群れが内陸の都市に向かって敗走する中央軍を追えば、彼らが食い尽くされるまでの道のりすべてが人の住めない焦土と化す。いくつの都市が潰え、幾万の人命が消えるだろうか。

コウラが自分の唇を食い破り、全滅覚悟の一斉出撃を決意する段になって、キルヤは覚悟を決めた。

「おい、大将。非常事態だ。サフラが閉じ込めた厄災を使おう」

「大厄災、を、ですか?」

「他に手があるのかよ。まさかと思うが、サフラがこの悲鳴きいても人助けに励むと思うのか?この街の人間も、近場にいる魔獣も、何日も逃げきったんだろうが。信じろ。1度泳げた奴は2度目も泳げる!」

「しかし、サフラもユオもなしでは二度と閉じ込められんのです。ガーディアンの攻撃はすべて吸いとられました。総崩れになります!」

国境地帯をワープしまくり、精神攻撃をまき散らして死者を量産し、その死体を引き寄せて成長しまくった大厄災だ。

「ユオの計算書があるだろうが。この厄災は、国境と境界をおもに跳んできっかり2日と2時間で元の場所を通る。開け閉めだけなら俺でもなんとかなる」

藁にも縋る、って言葉を知らないのか、俺は立派な藁だぞ、とキルヤが主張するが、

「精神攻撃がひどいのです。開け閉め時だけでも、正気を保てる人間がこの国に何人いるか・・」

苦悩、という表情を隠そうともせず、コウラはうなだれた。
この時間がないのにうじうじしやがってとばかりにキルヤが自分の力を開放する。

「正気なんぞいくらでも保ってやるから、あの決死隊を下げさせて案内しろっ。本当に全滅するぞ!」

コウラの鼻先に突きつけたキルヤの指先から、青い気が揺らぎ出る。

「特殊系能力者?!・・っ。自警団、攻撃中止!代わりに大厄災の時の避難手法をアナウンスしろ!キルヤ様っ、ついてきてください」

急激に目に力が戻ったコウラを見て、超絶にキャッシュな奴だな、と思わなくはないが、この状況では有難い。

「おうよ」

どうやら、サフラたちは、優秀な仲間と楽しくやっていたらしい。

そして、1分後には。
鳴り響く警報とガーディアン達による状況説明の放送。

既に、バリケードは破られていたけれど、魔物たちはなぜだかユオの悲鳴を流したスピーカーの破壊に血道を上げていて。街中になだれ込む速度が一時的にゆるんでいた。

その隙間を塗って、ガーディアンたちの放送は、大厄災の時の避難方法で2日凌げ、かならずクェリテを取り戻すと繰り返す。

腹をくくったクェリテの在住者は、各自粛々と自宅に退避し、建物ごと水浸しの黄緑色の布で覆い、息を殺した。
それが前回の厄災で有効な退避方法だったから。あの大厄災を生き延びた誇りがあるから。

キルヤがその扉を開けるまで、10分とかからなかった。

青く透明な光がキルヤとコウラを分厚く覆って。
まがまがしく人を壊すはずの雄たけびが、猿轡でもされているかのようにくぐもって聞こえる。不格好なポンポンに突き刺さる死体の数々が、万華鏡の模様のように幾何学的だ。

飛び出した大厄災は、次第に大きく跳ね跳んだ。

それを見て、魔物だけでなく、鳥も虫も獣も、森に向かって大急ぎで引き返していく。人間と同じく、大厄災の対処法を覚えているのだ。スタンピードの狂乱が嘘のように冷静に、植生の多い湿地に潜み始める。国境を越えた森では、水浸しの黄緑に困ることはない。

・・・

そのまま対策本部と化した食品店では、自警団の猛者と合流したキルヤが、浴室でびちゃびちゃに濡らした黄緑の布にくるまったまま、外をのぞいていた。

死体が無数にささったトゲトゲの巨大ボールが、正気を保つのが難しくなるような波長をまき散らしながら、縦横無尽に飛び跳ねるのだ。

雪崩を打って転がり逃げる中央軍の兵が血肉をぶちまけながら、そのボールのトゲトゲへと変わっていく。厄災に取り込まれなかった千切れた死体の一部が、ふよふよと漂いながら、厄災の後をついて行く。

自分でときはなっておきながら、自他とも認めるぼんぼんなキルヤとしては胃液が上がってしかたがない。ゲロゲロに吐いてやろうかと思ったところで、コウラに引きずり戻される。

まったく。厄災は、いつからこんなにひどいレベルになった?

数年前までの厄災は、狂った魔獣と大差なかったと言うのに。
ユオとサフラは。国境街は。魔物に加えてこんなものまでを相手に戦っていたわけだ。

厄災の調査報告が抜けまみれだった理由も納得だ。

権力者たるもの、自分たちを圧倒的な強者に見せなければならないわけで。あっけなく踏みつぶされれば事実を隠したくもなる。ごまかしている間にも厄災のレベルは上がっていき、気づいた時には錯綜と蒙昧でぐっちゃんこだったろう。

そして、そのツケが今、雪崩を起こした。
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