偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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48☆消えないで

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何度も、血が、吹きこぼれたらしい。
うっとおしくて、口元をぬぐおうとおもったのに、腕が、動かなくて。
だから、腕を、見ようと思って。
そうしたら、自然に、目が、開いた。

すぐ目の前に、真っ青な顔で、目のふちに涙のしずくが大きく膨らんだサフラが大写しで、なんか、笑ってしまう。
この子と来たら、昔からすぐ泣くのだ。

・・・あ、昔から?
気絶している間に、ユオの記憶との混合がずいぶんと進んだらしい。懐かしい、とか、普通に思う。

あれだけ血を流したと思ったのに、視界に赤はなくて。自分が羽織っているのは、これ以上ないほど柔らかい、バスローブみたいな服。
普通に白い。
あれぇ?血はどうした?と、首をかしげる。

でも、思考が続かない。首を傾げたせいで、ウォータークーラーに入れられた目の端に水差しが映ったら、今度はとても喉が渇いているのに気づいた。

「・・みず・・」

おどろく程しゃがれた声だったけれど、サフラは飛びつくようにして水を用意してくれた。
やたらと重い右腕を動かすのを諦めて、左腕にトライする。ああ、こっちは何とか動く。
ただ、コップを受け取るには、震えすぎていて。

困ったな、の顔でサフラを見上げてみると、青い顔のサフラは、全身で私を包み込むようにしながら、コップを口に当ててくれた。

こくこくこく

水は、素直に喉を通って来た。

血を吐いた時特有の、あの食道も気道もあちこちひっつく、みたいな嫌な引き攣れがないから、どうやら思うさま口から吹きこぼしたのは血ではなかったらしいと結論付けて、『あれ?私がいつ血を吐いたよ?』、ってなった。私じゃなくて、ユオの記憶だろうに。
芋ずる式にばらばらだった記憶がものすごい速さで意味を持って並んでいく。

これまでさんざん血を吐いたユオの経緯も、今やきれいに並んでいる。ここまでくると、もう、記憶というより経験に近い。

だからかな。サフラの、しょげていると表現するには、あまりに強張った自罰顔を見ただけで分かってしまう。
あー、空洞に触れたの、事故だったんだろうな、って。

「えーと・・・」
「はい」
「手紙なのは、嘘じゃない、です」
「はい」

落ちてきたばかりの私と逆転したみたいに、サフラが「はい」しか言わない。
しかも、敬語だとわかる「はい」。
なんかしゃべりにくいな。

ユオが逃げた理由も、生命樹の話もしたくないから、次元の狭間からユオを連れ戻す話をしたいのだけれど。

無意識に姿勢を変えようとして、右腕におかしな力がかかったらしい。
気付いた時には、短い悲鳴が勝手に出ていた。

「・・・見ても、いい?」

サフラに言われるまでもなく、私も見たかったから、即座に、こくん。

サフラが、ゆるい服のそでを、おそるおそるまくると、腫れ上がった右腕があらわれた。

あの暴漢どもに捻り上げられたり踏みつけられたりしたせいだよなぁ。
って、ことは結構長い時間気絶してたんだ。大抵外傷がぱんぱんに腫れるのは翌日だもんね。

「・・っ。ここまで、ひどいなら、すぐに、言ってください」

えー?
『すぐ』ってことは、あの荒れ狂ったサフラに言えってこと?
それは無理だったのでは?

「痛い」

いまさらかな、と思いながら一応申告するとサフラが跪いた。

はたからみたらユオの目に操られているみたいだね。
腫れた腕にサフラの唇が這うのを、にぱにぱと見てしまう。
傷が癒えていく。あたたかくて気持ちがいい。

「ユオにも良くした?」

いまや潤沢といえるほど過去のユオの記憶で埋まっている私に、その手の記憶がないのが不思議で、きいてみる。

「・・・一度もありません。いつも、大丈夫だと笑って。倒れた時でさえ、癒させてはくれなかった」

その事実が飢えを思い出させたかのように、サフラは私を抱きしめて、強引に自分の気を押し付ける。腕を癒しただけでは止まらず、あふれる程の気の量。
そのくせ声は弱々しくて、何度もごめん、と囁いてくる。

拒む気は、なかった。
あふれかえるユオの記憶のなかにある、サフラの力を吸わない理由は、空洞からサフラの力が別次元に漏れ出すから。
でも、私の体についている空洞は、ただの残像だ。本体のユオのダメージを移しただけの、偽物。サフラの力を拒む理由は、この体には、もうない。

「気持がいい、もう痛くないよ。大丈夫だから謝らないの」

腕をサフラの首に回して気を吸う。
サフラは、一瞬硬直して、それから私をかき抱くようにして力を注いだ。
本当に、気持ちがいい。

うとうとと幸せな眠りに引き込まれつつある私の耳元でサフラがそっとささやく。

「消えたくないと、言ってくれませんか?」

「いじめかぁ?消えたくなくなったら、消えるとき悲しいじゃない」

拒んでいないとわかると、サフラは、何度も自分の唇を私に・・いやユオにかな・・重ねた。
入れ物がぜい弱なせいで、サフラの力が少しづつしか入らないから、あふれて零れ落ちる気が、肌をつたう。

あー、サフラってば、私が寝てる間にも注いでいたのね?
血と間違えちゃったじゃない。

一言いってやろうかとおもったけれど、サフラが、泣いていて。
ぼろぼろと、泣いていて。
だから、ただ、なされるがまま。吸い込めるだけ、何度も。

「んー、きもちよくて、眠い。酔っ払った感じ。もう、いい」

「どうか、消えないで」

「あは、消えたくないってば。すとっぷ」

サフラの手が緩まると、私の体はそのまま眠りに落ちていく。
サフラもそのまま横になったようだ。たくさん気を吸ってもらえたのは初めてなのだと、彼は何度も繰り返していた。
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