偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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41☆手紙におかえりというのなら

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あの日、王都に10回目の報告に行く前。
ユオは、サフラに『今回は、結婚相手を探すから帰りが遅くなるかも~』と、告げて、サフラを壮絶に拗ねさせた。

世間的には、20をすぎたユオが結婚しても、何も不思議ではないけれど、サフラからしたら論外。ユオを他の男に取られるなんて耐えられない。

なんで、僕じゃダメなのかと騒ぎ散らすサフラを、
『サフラの年じゃまだ結婚できないんだから、仕方がないでしょ』なんて、理由になっていない単なる事実で誤魔化して。

サフラのほうは、本当に拗ねすぎで、どうにかなりそうで、頭から水をかぶっている間に、ユオは黙って出発してしまった。

その後は、ユオにひどく怒鳴ったから怒ったのかも、とか、本当に恋人ができてしまったらどうしよう、とか、悶々で。

報告日から10日たっても戻らなかったら探しに行くと決めて、まんじりともせずイライラと過ごした。

でも、報告日から10日目に届いたのは、中央で唯一連絡を許容しているキルヤ様からの、親族向けの訃報、だった。

なんの嫌がらせだと腹を立てる前に、それを見て真っ青になったピノアさんの『ユオ』というつぶやきが、僕の脳髄を殴打した。

何か手掛かりを残しているかと、ユオの部屋をあさると、簡単なメモがあった。

『ちょっとキルヤ様にあってきますね!あと、何もないと思うけど、もしのもしの万が一、私が帰らなければ。サフラは、トレーニング、禁止。OK?師匠の遺言だからね、守んのよ!行ってきます!』

もしもの万一?遺言?
ユオは、自分に何が起こるか、わかっていたのだろうか。

8年ぶりに、キルヤ様の元に跳んで、ユオが、何個も焼孔をあけられて、瀕死の状態で、次元の狭間に投げ込まれたのだと、聞いた。

威嚇と実益を兼ねて、大罪人の罰に使われる、狭間の洞穴。
魔物のいる次元や、僕らのいる次元や、そのほかのたくさんの次元の狭間。

どことどこの次元の狭間、とはっきりわかるなら、どんなことをしても僕が行った。でも、次元は相対的に動き続けていて、狭間に至っては不定形で無数で荒れ狂った乱数で。
探っても探っても世界のどこにもユオの気配が見つからない。

最近は。狭間の研究だとか言って、生贄的に人やら魔物やら動物やらが投げ込んでいたらしい。そして、人間だろうが魔物だろうが、この狭間に投げ込まれて出て来た生き物を、僕たちは知らない。

何を知っても、ユオは戻らないのに、思考がまとまらなくて。
ユオの処刑場の周りにいた中央の奴らを、ノミのようにぷちぷち潰しながら、ノミのアタマに入っているよりも少ない情報を漉しとった。

ユオを害した世界なんて、砕けてしまっても良かった。
でもたまに、やめろとか殺すなとか、ユオの声が頭に響くから。こんなに自分と世界が遠く離れても、ピノアさんとかキルヤ様とか仕事仲間とか、ユオと一緒に仲良くしていた人の声は聞こえるから。まだ、乳母の声が思い出せるから。

だから、息をしていた。なるべく人を殺さないように引きこもって。
怒りがすべての命を灰にしないように。喪失感がすべての光を飲み込まないように。
そおっとそおっと、息をしていた。

そんな、ときに。
ユオの手紙だという彼女が、ユオの気配を纏って、別次元からやって来た。

残像だとわかるユオの気配は、喪失感の導火線で。
彼女に目の前で逃げられた衝撃と、ユオに捨てられた鬱屈と、ユオを奪われた怒りと。そんなものが漣爆したと思う。

自分の正気を疑いながら。彼女の存在を疑いながら。下っ端の神・・ユオのいうところのクレーム係さんだ・・に傅いて、彼女を手にした。左手でできた人形。ユオが、荒れ狂う狭間のどこかで千切れた、証。

「おかえり、で、いいのかな・・」

我ながらかすれた声で、目の前の気配の薄いユオに、声をかけた。答えを期待していたのかどうか、自分でもよくわからない。

彼女は、ユオの声で、それなのに、どこか感情の足りない発音で、しゃべった。

「はじめまして、ユオの手紙のユオです。夜のお相手もできますよ?」

ユオが、言うはずもない台詞だった。

それどころか彼女の指は、まるで初心者の客引きのように分かりやすい誘い方で、僕に触れた。

人形なのだと、自分に言い聞かせたけれど、無駄だった。

ありえないセリフを口してすら、それでも、ユオが零れる。
今にも消えてしまいそうに揺らぎながらも、同じ造形で、僕に笑いかける。

こんなに弱々しい気なのに。
彼女の発する一言一言が、本物のユオではないのだと、殴りつけんばかりの勢いで主張してくるのに。

ぶちまけるように血を流しながらサフラから逃げた彼女と、原形もとどめない程に殴られて狭間に消えたユオと重なって。僕を狂わせた。

自分が既に狂っていて、彼女を胃袋に収めてしまおうとしているのではないかと、心配になるほど心がせいて、彼女を触りまわす。

ユオらしさを探しているのか、ユオではないことを確認しているのか。
僕が、何をしても彼女は、拒まない。

こんなの、ユオじゃない。いや、間違いなく、ユオだ。

ユオだったら、こんなに深く、触らせてくれるはずがない。
恋人ではなかったから。
僕が、彼女にとって、頼れる人間ではなかったから。

ユオ、ユオ、ユオ

なぜ、何も言ってくれなかった。
なぜ、あんな奴らに。

「教えて、ください。何が、あったのか」

じゃないと、狂ってしまう。狂って、彼女を食いちぎって、引き裂いて、一緒に沈んで。

幸せだった頃、ユオに深く触れる夢を、何度も見た。
ユオの男に、なる夢だ。
ユオに縋りつかれながら、あなただけだと、言ってもらう夢。

そんな夢を見た時は決まって有頂天だったのに。
なぜ今は、こんなにもあさましい気分なのだろう。
彼女に取りすがり、しゃぶりつくす餓鬼になり果てる。

彼女は、血の跡を残しながら、僕から逃げた。
逃がして、なるものか。もう二度と・・・

くふ

彼女の、苦し気な息づかいで、反射的に腕を緩めた。たったそれだけで。ユオが僕から離れていくようで、心臓が、体の奥が、冷たくなっていく。

「逃げない?」

こくこくこく
頷く彼女を、信じたいのに。

抱きしめて、抱きしめて、彼女の唇をなぞる。
ユオに、キスが、したかった。

昔のユオに、何度もトライして、何度もかわされて、そのたびに、ばか弟子って、いわれて、デコピンされて。

過去に引き込まれそうになる僕の指先が信じられない柔らかさをひろった。
彼女が、僕の指を、吸ったのだ。

頭が、どれだけ、彼女はユオではないと警鐘を鳴らしても、心臓が、ずくんずくんと波打って、ユオにされたのだと、ユオが、僕の指を吸ったのだと主張する。

溺れたと、おもった。
正気が、溺れたと。

「・・・誘われていると、思っ、うだろ・・・」

「もちろん、誘っていますとも」

願っても、祈っても、彼女がユオではないとわかる答え。

それなのに、彼女は、暖かい。
正気を失った僕に、好き勝手に触れられて、それなのに彼女は、僕に向かって、手を伸ばす。
彼女は、藁で、糸で、逃げ水だった。

渇きで、全身がひりつく。
ユオを掻き立て、ユオに飢えさせ、それでも、唯一ユオを感じさせてくれる彼女。

本当の、人形なはずがないのだと、当然感情だって痛覚だって、あるはずなのだと、何度自分に言い聞かせても、どうしても気遣えなくて。
一緒に沈んでくれと、そう願った。
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