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36☆杯中花
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『いつまでもつかわかりません』と、彼女を作り出したクレーム係さんは言った。
彼女の気は、人ひとりの体を維持するには薄すぎるのだ。
ちょっと走っただけで真っ青になるくせに、雨や雪どころか長めに風に当たっただけで発熱するくせに。
魚を釣るだの芋を掘るだのと、彼女はひっきりなしに動きまわる。
料理もすれば、僕を気遣いすら、する。
止められないのは、弟子根性か、それとも、動く程話す程に、ユオっぽさが増していくからか。
ぎこちなかった四肢や表情の動きはあっという間にスムーズになり、よくしゃべり、当たり前のように僕に干渉する。殺すな、と。
彼女の変化は、杯中花が開いていくのを見ているようだった。
ユオはよく、あまいシュロ酒に杯中花を入れてくれた。
乾いた蕾が、コップの中でするするとほどけるのを見ていると、ひどい悪夢でうなされた後でも、うそのように落ち着けたのに。
今ほどけていくのは後悔の予感だ。
ユオといた頃の僕は、わざわざ人を殺そうと思ったことはない。僕らは、人も人型魔物も食べないから。
食べないから狩らない。ただそれだけだった。
ユオが消えた後の僕には、噴火寸前の溶岩だまりみたいな場所ができた。それが噴きこぼれて周りに・・ユオが周りと認めた人たちに・・迷惑をかけそうになるたびに、ユオを害したやつらをぷちりと潰して凌いだ。
鍋が噴きこぼれそうになるととりあえず白菜を入れる。そんな感じだ。
彼女がきてからの僕も、別に人狩りに出かけているわけではない。普通に情報屋とのやり取りとか、街の上層部やキルヤ様との意思疎通とか、あと、所属している医療機関とのデータ交換とか。
ただ、外に出ると、やたらと会うのだ。この辺境もいいところのクェリテに、中央の息がかかった白菜候補が、うじゃうじゃと湧いて出る。
いまも。
中央の兵士崩れが、悪態をつきながら目の前を横切っていく。
「がぁ、魔物だ厄災だと、気に食わねぇ街だぜ」
「食用奴隷の悲鳴なんてつかうから、魔物が発情しちまったんじゃね?」
「育ち切る前の食用奴隷は柔らけーらしいからなぁ。一体丸ごと買って、ヤりながら喰いてぇ・・」
「クズ王子が狩れれば、恩賞が出るから夢じゃねーって」
腹を立てるだけ損だと言わんばかりに、街人が奴らを避けてあるく。自分の店のそばで立ち止まってくれるなとばかりに、店主がご自慢の陳列を下げていく。
いかにも雑兵、いかにも流れ者。
腹を立てるだけ損。
分かっていても、すれ違いざまに全員消してやろうかという気になるのだが。
「サフラさーん?」
そういう時には、すかさず『彼女』が出る。
彼女は、よく僕を追っかけて歩く。
30分もせずに体力が尽きてついてこられなくなるけれど、たいていその間に僕がいら立つから、彼女は僕の気をそらそうとする。
「あの汚らしい口を裂くぐらいはゴミ掃除のうち・・」
つい言い訳が出るあたりで、僕も彼女に慣れてきたなと思う。
「そんなにお暇なら、一緒におうちの雑巾がけでもどうです?」
すでに酸欠気味か。青くなり始めた唇と、首筋に浮き始めた冷や汗。
間違っても雑巾がけが出来る体力にはみえない。
「・・わかったから、家にいて。また倒れる」
彼女が僕について歩く表向きの理由は、クェリテのサウラとユナ・・僕らのこの街での偽名だ・・に異常なしとアピールするためだという。
『中央の理屈上ユナはユオじゃないし、クェリテのユナが、健やかにブラコンしていれば、サウラはサフラ王子と無関係ですね』と。
まぁ、当然名分。すでに中央はサフラを師匠なしと認識しているし、彼女の本心は、僕が人を殺さないよう監視することだ。ユオの、伝言だから。
ユオと彼女は、似ていない。
ユオは強く、彼女は弱い。
ユオは僕を子供扱いで、彼女は平気で『寝よう』という。
ユオはいつでも僕を守ろうとして、彼女は僕から周囲を守ろうとする。
「ね、サフラさん。私がたおれると、また治癒特典、つきます?」
何より、ユオは僕の治癒を拒み、彼女はねだる。
「わざとだろ。倒れたくて倒れるならほっとく」
我ながら嘘くさい。
口では倒れるような無理をするなと言いながら、彼女が僕の治癒を受け入れてくれる時が、呼吸の苦さを忘れさせてくれる唯一の時間だから。
「体力が雑魚、なだけで、わざとというわけでは・・・でも、サフラさんの、治癒は、艶っぽいし、良い気分、です」
血の気が引いた唇で、何が、艶っぽい、だ。
街中の雑踏は、気の薄い人間には負担が大きい。息継ぎが多くなり、膝から崩れそうになった彼女を抱きとめる。毎度ながら、軽いし、体温が低い。どう贔屓目に見ても大丈夫じゃない。
「ありがと、ございます。きょうの、ご飯は、たまご料理に。この集中力じゃ、山芋掘ってもぜったい、途中で折れる・・」
荒い呼吸と震える足先を引きずりながら、彼女の口は、なんともそぐわない内容を押し出してくる。
「山芋・・・を、掘る気だったわけか?丸ごと?」
ユオと掘ったことがあるが周りの地面を1メートル以上掘ったぞ?
「たいりょく、つけようかと」
「本末転倒ってしってるか?!すぐに寝ろ!料理も却下!」
つい、怒鳴り声になり、舌打ち。
仕事仲間のピノアさんに言わせると、僕の語調は結構きついらしい。ポンポン怒鳴るなと何度か言われた。ニュアンスでわかってくれるユオのような女性ばかりじゃないのよ、と。
「ヤですよ、ひとりとかさみしいし」
「・・・っ、すぐに戻る」
「ごはん・・」
「買って帰る!」
彼女は、僕の腕にぶら下がるようにして、よいしょと立ち上がり、えへへと笑った。
彼女の気は、人ひとりの体を維持するには薄すぎるのだ。
ちょっと走っただけで真っ青になるくせに、雨や雪どころか長めに風に当たっただけで発熱するくせに。
魚を釣るだの芋を掘るだのと、彼女はひっきりなしに動きまわる。
料理もすれば、僕を気遣いすら、する。
止められないのは、弟子根性か、それとも、動く程話す程に、ユオっぽさが増していくからか。
ぎこちなかった四肢や表情の動きはあっという間にスムーズになり、よくしゃべり、当たり前のように僕に干渉する。殺すな、と。
彼女の変化は、杯中花が開いていくのを見ているようだった。
ユオはよく、あまいシュロ酒に杯中花を入れてくれた。
乾いた蕾が、コップの中でするするとほどけるのを見ていると、ひどい悪夢でうなされた後でも、うそのように落ち着けたのに。
今ほどけていくのは後悔の予感だ。
ユオといた頃の僕は、わざわざ人を殺そうと思ったことはない。僕らは、人も人型魔物も食べないから。
食べないから狩らない。ただそれだけだった。
ユオが消えた後の僕には、噴火寸前の溶岩だまりみたいな場所ができた。それが噴きこぼれて周りに・・ユオが周りと認めた人たちに・・迷惑をかけそうになるたびに、ユオを害したやつらをぷちりと潰して凌いだ。
鍋が噴きこぼれそうになるととりあえず白菜を入れる。そんな感じだ。
彼女がきてからの僕も、別に人狩りに出かけているわけではない。普通に情報屋とのやり取りとか、街の上層部やキルヤ様との意思疎通とか、あと、所属している医療機関とのデータ交換とか。
ただ、外に出ると、やたらと会うのだ。この辺境もいいところのクェリテに、中央の息がかかった白菜候補が、うじゃうじゃと湧いて出る。
いまも。
中央の兵士崩れが、悪態をつきながら目の前を横切っていく。
「がぁ、魔物だ厄災だと、気に食わねぇ街だぜ」
「食用奴隷の悲鳴なんてつかうから、魔物が発情しちまったんじゃね?」
「育ち切る前の食用奴隷は柔らけーらしいからなぁ。一体丸ごと買って、ヤりながら喰いてぇ・・」
「クズ王子が狩れれば、恩賞が出るから夢じゃねーって」
腹を立てるだけ損だと言わんばかりに、街人が奴らを避けてあるく。自分の店のそばで立ち止まってくれるなとばかりに、店主がご自慢の陳列を下げていく。
いかにも雑兵、いかにも流れ者。
腹を立てるだけ損。
分かっていても、すれ違いざまに全員消してやろうかという気になるのだが。
「サフラさーん?」
そういう時には、すかさず『彼女』が出る。
彼女は、よく僕を追っかけて歩く。
30分もせずに体力が尽きてついてこられなくなるけれど、たいていその間に僕がいら立つから、彼女は僕の気をそらそうとする。
「あの汚らしい口を裂くぐらいはゴミ掃除のうち・・」
つい言い訳が出るあたりで、僕も彼女に慣れてきたなと思う。
「そんなにお暇なら、一緒におうちの雑巾がけでもどうです?」
すでに酸欠気味か。青くなり始めた唇と、首筋に浮き始めた冷や汗。
間違っても雑巾がけが出来る体力にはみえない。
「・・わかったから、家にいて。また倒れる」
彼女が僕について歩く表向きの理由は、クェリテのサウラとユナ・・僕らのこの街での偽名だ・・に異常なしとアピールするためだという。
『中央の理屈上ユナはユオじゃないし、クェリテのユナが、健やかにブラコンしていれば、サウラはサフラ王子と無関係ですね』と。
まぁ、当然名分。すでに中央はサフラを師匠なしと認識しているし、彼女の本心は、僕が人を殺さないよう監視することだ。ユオの、伝言だから。
ユオと彼女は、似ていない。
ユオは強く、彼女は弱い。
ユオは僕を子供扱いで、彼女は平気で『寝よう』という。
ユオはいつでも僕を守ろうとして、彼女は僕から周囲を守ろうとする。
「ね、サフラさん。私がたおれると、また治癒特典、つきます?」
何より、ユオは僕の治癒を拒み、彼女はねだる。
「わざとだろ。倒れたくて倒れるならほっとく」
我ながら嘘くさい。
口では倒れるような無理をするなと言いながら、彼女が僕の治癒を受け入れてくれる時が、呼吸の苦さを忘れさせてくれる唯一の時間だから。
「体力が雑魚、なだけで、わざとというわけでは・・・でも、サフラさんの、治癒は、艶っぽいし、良い気分、です」
血の気が引いた唇で、何が、艶っぽい、だ。
街中の雑踏は、気の薄い人間には負担が大きい。息継ぎが多くなり、膝から崩れそうになった彼女を抱きとめる。毎度ながら、軽いし、体温が低い。どう贔屓目に見ても大丈夫じゃない。
「ありがと、ございます。きょうの、ご飯は、たまご料理に。この集中力じゃ、山芋掘ってもぜったい、途中で折れる・・」
荒い呼吸と震える足先を引きずりながら、彼女の口は、なんともそぐわない内容を押し出してくる。
「山芋・・・を、掘る気だったわけか?丸ごと?」
ユオと掘ったことがあるが周りの地面を1メートル以上掘ったぞ?
「たいりょく、つけようかと」
「本末転倒ってしってるか?!すぐに寝ろ!料理も却下!」
つい、怒鳴り声になり、舌打ち。
仕事仲間のピノアさんに言わせると、僕の語調は結構きついらしい。ポンポン怒鳴るなと何度か言われた。ニュアンスでわかってくれるユオのような女性ばかりじゃないのよ、と。
「ヤですよ、ひとりとかさみしいし」
「・・・っ、すぐに戻る」
「ごはん・・」
「買って帰る!」
彼女は、僕の腕にぶら下がるようにして、よいしょと立ち上がり、えへへと笑った。
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