偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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32☆笑った

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わ、わ、笑ってる?!

笑顔を誘った本人・・暫定ユオ・・ですら、こえーーーーっ!!ってなるのだから、望遠レンズ越しで話も聞こえない他人から見たら、その怖さたるや、骨格から縮み上がるほどで。

それでも、上司に観察しとけと言われ以上、報告の義務がある。
『サフラ殿が、カーテンを開けましたっ。その後、ユオ様に見える女性に笑いましたっ!食料を買いに外出する模様です!!』

報告先は、10名入ると暑苦しいという手狭な会議室だが、中にはこの街の中枢人物がぎゅぎゅっと詰まっている。

ユオとサフラを除くガーディアンメンバー4名と、王都から転居してきてたった1週間でクェリテに軍っぽい自警団を急遽出現させて指揮官になったキルヤと、政治畑の市長と。

それが、攻撃的な単語一つない報告にどよめいた。

「デマじゃないの?!」

「ユオに見える女性ってなに?!」

「買い出しって、市場へ?避難令出すか?!」

ユオは死んだ。それは紛れもない事実だけれど。
ユオの肉体自体は、代わりがあってもそれほど不思議ではない。
ユオの出自は、食用奴隷でクローンだったから、どこかに元細胞が残っていてもおかしくないし、同時期に放出された個体が生きている可能性だってある。

だが、そんな外ガワだけのユオで、サフラが笑えるとは到底思えない。

ユオは、長い時間をかけ、虐殺と言って過言でない暴虐の末に殺されていたのに、ユオはそれを隠しきった。

ここにいるメンバーは、サフラにとってのユオが、師で、家族で、恩人で、想い人で、太陽で、未来で、すべてだったことを知っている。

どこにもユオの気配がないことが苦し過ぎて、消えられないと。
ユオの死にかかわった人間の呼吸音が耳障りすぎて、狂えないと。
そう呻く、サフラの慟哭を知っているのだ。

・・・・・

表通りを、苦虫を噛み潰したような顔で、いかにも力の入っていない姿勢のユオを抱いたサフラが歩いている。近年まれにみるしっかりした足取りで。

苦虫を噛み潰したような顔というのは、もちろん穏やかな顔ではないわけだが、ここ数か月のサフラの表情と比較すれば、表現できる慣用句があるだけで御の字だ。

サフラのすぐ後をキルヤが歩く。
別にこっそり尾行しているわけではなく、非常事故の対応要員。

近づいてみると、腕の中のユオは、表情が乏しく、くってりと脱力していたが、口を開いた。

「ご無沙汰しております」

青い顔、抑揚のない声。ユオなら到底口にしそうにない挨拶。それでもご無沙汰、という挨拶は初対面の相手にするものではない。

「お、おう。どういう沙汰になってるか、聞いてもいいか?」

「食べ物を買いに行く」

そう答えたサフラとは、ここ数か月、まともな会話が成立していなかった。ピノアが食べ物を運んだりしているが、多分ほとんど口にしていないと思う。

「よく無事に散歩してたな。中央の兵士がからんで来て虐殺祭りになりかねんだろ」

「殺すとこいつが騒ぎそうだから。ユオでもないくせに・・」

おおっと、こいつ呼び。サフラがユオを呼ぶ呼び方としては、かなりの違和感がある。

「ユオ、じゃない場合、どうしてこうなった?」

「・・・」

「手紙、なのです。ユオからサフラへ、届きました」

笑顔を作った彼女からは、飢えてひりつくほど微かではあるけれど、間違いなくユオの気配がする。

「ヘロヘロの体力なんだからだまってろ」

ユオでもないくせにと吐き捨てながらも、両腕に大事そうに抱き込んで。自分以外と会話させるのを惜しんでいるようにすら見える。

「大丈夫ですよ。キルヤ様は、自分の気の押さえ方がすごく上手だから、話しやすいのです」

「悪かったな、下手で」

ほんの一瞬、サフラの気が膨らんだのを感じ、同時に彼女の額に汗が滲む。

「おい?」

数秒でも。ユオでなくても、手紙?でも。
キルヤからすれば、サフラがユオの残像に負荷をかけるなんて異常だから。慌てて前に回り、サフラの肩に手を置いて、精神誘導の準備。

「狂ってないんで、離して下さい」

ぷいと目をそらしたサフラは完全に拗ねていた。
いや、拗ねるって、どれだけ高度な精神状態だよ。悲嘆と喪失感で虚脱して、たまに動くと思えば後悔と憎悪の発作で。そんなサフラの数か月は、どうやら終わったようだ。
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