32 / 93
32☆笑った
しおりを挟む
わ、わ、笑ってる?!
笑顔を誘った本人・・暫定ユオ・・ですら、こえーーーーっ!!ってなるのだから、望遠レンズ越しで話も聞こえない他人から見たら、その怖さたるや、骨格から縮み上がるほどで。
それでも、上司に観察しとけと言われ以上、報告の義務がある。
『サフラ殿が、カーテンを開けましたっ。その後、ユオ様に見える女性に笑いましたっ!食料を買いに外出する模様です!!』
報告先は、10名入ると暑苦しいという手狭な会議室だが、中にはこの街の中枢人物がぎゅぎゅっと詰まっている。
ユオとサフラを除くガーディアンメンバー4名と、王都から転居してきてたった1週間でクェリテに軍っぽい自警団を急遽出現させて指揮官になったキルヤと、政治畑の市長と。
それが、攻撃的な単語一つない報告にどよめいた。
「デマじゃないの?!」
「ユオに見える女性ってなに?!」
「買い出しって、市場へ?避難令出すか?!」
ユオは死んだ。それは紛れもない事実だけれど。
ユオの肉体自体は、代わりがあってもそれほど不思議ではない。
ユオの出自は、食用奴隷でクローンだったから、どこかに元細胞が残っていてもおかしくないし、同時期に放出された個体が生きている可能性だってある。
だが、そんな外ガワだけのユオで、サフラが笑えるとは到底思えない。
ユオは、長い時間をかけ、虐殺と言って過言でない暴虐の末に殺されていたのに、ユオはそれを隠しきった。
ここにいるメンバーは、サフラにとってのユオが、師で、家族で、恩人で、想い人で、太陽で、未来で、すべてだったことを知っている。
どこにもユオの気配がないことが苦し過ぎて、消えられないと。
ユオの死にかかわった人間の呼吸音が耳障りすぎて、狂えないと。
そう呻く、サフラの慟哭を知っているのだ。
・・・・・
表通りを、苦虫を噛み潰したような顔で、いかにも力の入っていない姿勢のユオを抱いたサフラが歩いている。近年まれにみるしっかりした足取りで。
苦虫を噛み潰したような顔というのは、もちろん穏やかな顔ではないわけだが、ここ数か月のサフラの表情と比較すれば、表現できる慣用句があるだけで御の字だ。
サフラのすぐ後をキルヤが歩く。
別にこっそり尾行しているわけではなく、非常事故の対応要員。
近づいてみると、腕の中のユオは、表情が乏しく、くってりと脱力していたが、口を開いた。
「ご無沙汰しております」
青い顔、抑揚のない声。ユオなら到底口にしそうにない挨拶。それでもご無沙汰、という挨拶は初対面の相手にするものではない。
「お、おう。どういう沙汰になってるか、聞いてもいいか?」
「食べ物を買いに行く」
そう答えたサフラとは、ここ数か月、まともな会話が成立していなかった。ピノアが食べ物を運んだりしているが、多分ほとんど口にしていないと思う。
「よく無事に散歩してたな。中央の兵士がからんで来て虐殺祭りになりかねんだろ」
「殺すとこいつが騒ぎそうだから。ユオでもないくせに・・」
おおっと、こいつ呼び。サフラがユオを呼ぶ呼び方としては、かなりの違和感がある。
「ユオ、じゃない場合、どうしてこうなった?」
「・・・」
「手紙、なのです。ユオからサフラへ、届きました」
笑顔を作った彼女からは、飢えてひりつくほど微かではあるけれど、間違いなくユオの気配がする。
「ヘロヘロの体力なんだからだまってろ」
ユオでもないくせにと吐き捨てながらも、両腕に大事そうに抱き込んで。自分以外と会話させるのを惜しんでいるようにすら見える。
「大丈夫ですよ。キルヤ様は、自分の気の押さえ方がすごく上手だから、話しやすいのです」
「悪かったな、下手で」
ほんの一瞬、サフラの気が膨らんだのを感じ、同時に彼女の額に汗が滲む。
「おい?」
数秒でも。ユオでなくても、手紙?でも。
キルヤからすれば、サフラがユオの残像に負荷をかけるなんて異常だから。慌てて前に回り、サフラの肩に手を置いて、精神誘導の準備。
「狂ってないんで、離して下さい」
ぷいと目をそらしたサフラは完全に拗ねていた。
いや、拗ねるって、どれだけ高度な精神状態だよ。悲嘆と喪失感で虚脱して、たまに動くと思えば後悔と憎悪の発作で。そんなサフラの数か月は、どうやら終わったようだ。
笑顔を誘った本人・・暫定ユオ・・ですら、こえーーーーっ!!ってなるのだから、望遠レンズ越しで話も聞こえない他人から見たら、その怖さたるや、骨格から縮み上がるほどで。
それでも、上司に観察しとけと言われ以上、報告の義務がある。
『サフラ殿が、カーテンを開けましたっ。その後、ユオ様に見える女性に笑いましたっ!食料を買いに外出する模様です!!』
報告先は、10名入ると暑苦しいという手狭な会議室だが、中にはこの街の中枢人物がぎゅぎゅっと詰まっている。
ユオとサフラを除くガーディアンメンバー4名と、王都から転居してきてたった1週間でクェリテに軍っぽい自警団を急遽出現させて指揮官になったキルヤと、政治畑の市長と。
それが、攻撃的な単語一つない報告にどよめいた。
「デマじゃないの?!」
「ユオに見える女性ってなに?!」
「買い出しって、市場へ?避難令出すか?!」
ユオは死んだ。それは紛れもない事実だけれど。
ユオの肉体自体は、代わりがあってもそれほど不思議ではない。
ユオの出自は、食用奴隷でクローンだったから、どこかに元細胞が残っていてもおかしくないし、同時期に放出された個体が生きている可能性だってある。
だが、そんな外ガワだけのユオで、サフラが笑えるとは到底思えない。
ユオは、長い時間をかけ、虐殺と言って過言でない暴虐の末に殺されていたのに、ユオはそれを隠しきった。
ここにいるメンバーは、サフラにとってのユオが、師で、家族で、恩人で、想い人で、太陽で、未来で、すべてだったことを知っている。
どこにもユオの気配がないことが苦し過ぎて、消えられないと。
ユオの死にかかわった人間の呼吸音が耳障りすぎて、狂えないと。
そう呻く、サフラの慟哭を知っているのだ。
・・・・・
表通りを、苦虫を噛み潰したような顔で、いかにも力の入っていない姿勢のユオを抱いたサフラが歩いている。近年まれにみるしっかりした足取りで。
苦虫を噛み潰したような顔というのは、もちろん穏やかな顔ではないわけだが、ここ数か月のサフラの表情と比較すれば、表現できる慣用句があるだけで御の字だ。
サフラのすぐ後をキルヤが歩く。
別にこっそり尾行しているわけではなく、非常事故の対応要員。
近づいてみると、腕の中のユオは、表情が乏しく、くってりと脱力していたが、口を開いた。
「ご無沙汰しております」
青い顔、抑揚のない声。ユオなら到底口にしそうにない挨拶。それでもご無沙汰、という挨拶は初対面の相手にするものではない。
「お、おう。どういう沙汰になってるか、聞いてもいいか?」
「食べ物を買いに行く」
そう答えたサフラとは、ここ数か月、まともな会話が成立していなかった。ピノアが食べ物を運んだりしているが、多分ほとんど口にしていないと思う。
「よく無事に散歩してたな。中央の兵士がからんで来て虐殺祭りになりかねんだろ」
「殺すとこいつが騒ぎそうだから。ユオでもないくせに・・」
おおっと、こいつ呼び。サフラがユオを呼ぶ呼び方としては、かなりの違和感がある。
「ユオ、じゃない場合、どうしてこうなった?」
「・・・」
「手紙、なのです。ユオからサフラへ、届きました」
笑顔を作った彼女からは、飢えてひりつくほど微かではあるけれど、間違いなくユオの気配がする。
「ヘロヘロの体力なんだからだまってろ」
ユオでもないくせにと吐き捨てながらも、両腕に大事そうに抱き込んで。自分以外と会話させるのを惜しんでいるようにすら見える。
「大丈夫ですよ。キルヤ様は、自分の気の押さえ方がすごく上手だから、話しやすいのです」
「悪かったな、下手で」
ほんの一瞬、サフラの気が膨らんだのを感じ、同時に彼女の額に汗が滲む。
「おい?」
数秒でも。ユオでなくても、手紙?でも。
キルヤからすれば、サフラがユオの残像に負荷をかけるなんて異常だから。慌てて前に回り、サフラの肩に手を置いて、精神誘導の準備。
「狂ってないんで、離して下さい」
ぷいと目をそらしたサフラは完全に拗ねていた。
いや、拗ねるって、どれだけ高度な精神状態だよ。悲嘆と喪失感で虚脱して、たまに動くと思えば後悔と憎悪の発作で。そんなサフラの数か月は、どうやら終わったようだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる