偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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5☆ユオがサフラに出会うまで

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ユオも、思い出していた。まぁ、われながら特異な個体ではあったのだと。

まず、ユオには、いわゆる前世の記憶、と言われるものがある。
前世。由生と呼ばれていた時期。

大して汎用性の高い生き方をしたわけではないから、いわゆる転生モノ、みたいなドラマが期待できないことは容易に予想が付いた。

由生の頃。年頃の娘がいきなり病床に伏せた割には、我ながら大人しい病人だったと思う。
治る気配もないというのに、泣かず、騒がず、淡々と治療を受けて。

体が資本のスポーツ推薦で大学に入ったばかりだったせいもあって、数週間も入院していれば、周囲の大人が『こいつの人生は終わったな』的な感情の処理に入るのは、手に取るように分かった。

そりゃぁサーブル大好きだったし、世界の舞台が近いぜ!みたいな熱気に浮かされて思わず推薦もらってしまったけれど。ちょっと周りがアツすぎてうんざり気味だったから、私としては、それほど人生終わった感はなく。

淡い憧れ対象だった家庭教師の影響で、数学も物理も化学もオタクかという程凝っていたから、普通に受験したほうが良かったかも、と思っていた位で。

だから、初めのうちは、この程度の不運はバッファの範囲内だ、いくらでも軌道修正は効く、と思っていた。

でも、入院が月を数えるころ、思ったより、厄介な病気だと納得せざるをえなくなった。

筋力がだんだんと衰える病気だった。重症筋無力症とかALSとかに近いような遠いような、膠原病の様な、でもちがう様な。要するに病名すらよくわからないけれども、生命の危機は割と近いらしい。

神童だ、天才だ、オリンピックだとちやほやされて、練習三昧の生活。それでも家庭教師に辞められるのが嫌で、勉強側の見栄も張っていたから、当然、遊びのレパートリーはすくなかった。ゲームも下手だったし、配信すらなかなか好みのものにたどり着けない。

大学に入る前は、中高一貫校だったので、一応部活に入っていた。演劇部。
演劇が好きだったというよりは、そこが、学校の出席日数が足りていない学生の巣窟になっていたせいだ。
顧問が学校の実力者で、学業でなくても何かに秀でていれば、単位を何とかしてくれたので。

面白い生徒がたくさんいた。

特殊メイクがプロ並みのやつとか、声帯模写でクラス全員の声が出せる奴とか。
見かけイマイチなのに動き方だけ超カッコイイ奴とか。
異食症の治療費を異食の配信で稼いで、本末転倒になった奴とか。

そんなキワモノが凝縮された人間関係の高校から、ザ・体育会、な大学のフェンシング部にいったので、ちょっと勝手がちがって、友人作りに出遅れた。そして出遅れたまま発病。

そんな訳で、見舞いに来るのは利害関係人が多く、暇つぶしにも、遊びレパートリーの足しにもなりにくい。

仕方がないから、病院では本ばかり読んでいた。サバイバルやジビエな食べものの話とか、毒草薬草とか、ネイチャー系が割と好きで。紙の図鑑は高額なイメージがあったけれど、電子書籍になると読み放題だったりして嬉しい。

それでも、一部の狂いもなく思う通りに動いていた体が、タブレットすら操作できなくなっていくのは、思ったよりストレスだったのかもしれない。

周囲の同情の視線や励まし諸々を受けているうちに、どうしてもスナック菓子が食べたくなった。ポテチとかエビせんとか、塩と油で塗りかためられたような、袋詰めのやつだ。

それでもって、人に止められるのが、もの凄く嫌だった。

病気の原因すらわからないのに、塩分は控えろとか因果関係の遠い注意事項がたくさんだったから、止められたくなければ自力で確保するしかないわけで。

周囲に人が居なくなった隙に、酸素吸入器やら点滴やらの管をぶっこぬく。
そして、病院の売店まで歩いてポテチを買いに行こうとした記憶が、その人生では最後だ。

その後、この世世界の由生は、派手に転倒して死んだらしい。
十代の女の子の死にざまとしては、あまり可憐でない方だと認める。

次に気が付いた時には、工場見学でみた、ビール工場の缶ビールのようにベルトコンベアで運ばれて、勝手に振り分けられた箱にはいった。

箱の前に点滅する質問は、『自殺ですか?YES OR NO』。

自殺などという気は全然なかったから、左手でNOを押す。
そうすると、やれ、悩んでいたのだろう?とか、人生を悲観したか?とかの余計なお世話の誘導質問がでて、初めの質問に戻る。

あー、これは、よくあるヤツだ。有人で電話応対させると高くつくから、自動応答でたらいまわして諦めさせるヤツ。

大変混み合っています。
オペレーターにお繋ぎできません。
時間をおいてやり直してください。

更には、失礼じゃね?と言いたくなるような、決めつけ。
危険を把握していながらわざとやりましたよね。
心のどこかで終わりにしたいと思っていたでしょう。

大概面倒になって、自殺にYESを押そうかと思い始めたところで、視点が上がりはじめた。

目の前に、やたらと疲れた顔の女性が座っている。

髪の毛もぐしゃぐしゃで、目のまわりにクマが張り付いている。座っている机は広いけれど、ノートPC以外の場所は、積み上げられまくったコーヒーとエナドリの空き缶。机の横のゴミ箱には袋菓子とカップ麺のからがぎゅう。
そして机にぶら下がったフダは、『クレーム係』。

「これは、・・・自殺では、ない、ですね。狭間管轄なもので、あなたのようなタイプがいらっしゃることは想定されておらず、失礼な質問の数々、申し訳ありません。システムの不具合を、みとめ、謝罪いたします。う。今日も、徹夜確定・・」

特に自分を優しい方と思っているわけではないが、月単位で病院のクレーム対応員の苦労を見て来たばかりの私としては、同情心が先に立つ。

「YESかNOか聞かれたのでNOと答えただけで、クレームはないので、謝罪も対応もいりません。私に割くはずだった時間、仮眠していていただいて構いませんよ」

徹夜確定、ということは、私の応対で時間がかかる前提なのだろうから、その分で休めるならそうすればいい。

儀礼的な見舞客にうんざりだった私も、もうちょっと動けたころは、ふざけたクレームに病みかけた病院職員と結託し、クレームのフリをしては、お互いに時間を確保しあったものだ。

「いえ、自殺者のレッテルが付くと、マウント取ろうとしてくる奴らに苦労する転生先になりますから」

「あー、他人からの評価は気にしない質です。さっきも面倒でYESを押す寸前でしたし、お気付いなく」

本当は出て行ってあげたほうが良いのだろうが、いかんせんここがどこだかわからないしな、とおもっているうちに、クレーム係の目はうるうるになって。

「ありがとう、ございます。そちらのソファで、さ、三十分ほどお待ちいただいても良いでしょうか。あ、お礼に粗品は好きなだけ差し上げます。試作品の夢入場券でお遊び頂いていても良いですよ。私、少し休めば、きっと・・」

ぱたり。
あ、すごい。寝たわ。

指さされたソファは、来客用のようだ。
卓上クーラーに刺さったエナドリ缶と、かごに入った駄菓子類。

お?遊んでいいと言われたのはこれかな?ちょっと異世界感をだしている入場券。他人の夢に入れるクーポン5枚つづり・・・って楽しいんだろうか。
試作品というだけあって、注意書きが一杯でイマイチ使えなそうだし、夢に入りたい人もいないから、普通の粗品の方がひかれるな。

横に積み上げられた手土産は、古代の新聞契約のおまけ系。

塩・胡椒・味の素の基本調味料と油のセットや、コーンスターチと砂糖、とか。頑張っておしゃれに走っても、乾燥させたバジルとかコリアンダーとかクミンとかの海外調味料。

単価で言うと、箱に詰めてもらえるミニマムの1000円位、かな。
クレーマーに気分を出させるための第一段階部屋みたい。

ここから上のやつを出せとごねられて、〇〇長と肩書のつく人間を出し、名前だけ『VIPルーム』と書かれた部屋に移動させてなだめて、高級コーヒーとか、ウェッジウッドのお皿とか、もうちょい値のはる手土産を渡して帰らせるフロー?

ギャップで相手をのむなら、この部屋のソファもお茶うけも手土産も安っぽさ大爆発で正解になる。

それでも、ポテチに煩悩してうっかり死んだらしい私としては、駄菓子大歓迎だし、油と、塩だの砂糖だの味の素だの調味料があれば、別世界に行ったとて、大抵のジャンクフードは作れる。
ひとつ選べといわれたなら、油と調味料のセットをもらうけど、好きなだけと言われたから、もてるだけ抱えて行こうか。
あ、なにこれ、ラムネづくりセット?
こっちはからりと上がる唐揚げ粉に、初めての豆腐作りセット?趣味良いな!!

クレーム担当の女性は、数時間は起きるとは思えない。
酒の飲める年まで生きられなかったが、駄菓子バーとか行ってみたかったのだ。
せっかくだから色々頂きながら、のんびりしよう。

何といっても久しぶりに体が軽い。ポケットにつっこんだままだったスマホを取り出すと、おお、指が好きに動くじゃぁないですか。さすがに通信アンテナはないし、時計がへんなうごきかたしているけれど、写真とかは見られるし、なにより電池が減ってないのが嬉しい。

いきなり始まった難病もどきで、物心ついてから毎日数時間練習だの運動だのしていた日常から転落して1年。人生切り替える気になった頃には入院。

まぁ、そんなだったので、体が軽くて、どこも痛く無くて、呼吸も自由なら、素直に嬉しい。

人間の致死率は放っておいても100%だし、人生が素晴らしいとかよりは、生き物が腐らないことを凄いと思う方だったから。
文句なく子煩悩だった母親が死んだときも、当面の目標が消えたときも、自分の体が弱っていく一方だったときも、自殺を考えたことはない。

ただ、生き物を続けるために出来る我慢には限度があって、その限度を、他人や物理法則に決められるのではなく、自分で決めたかったことは認める。ソレを、自殺とか、事故とか、外から名前を付けたがるシステムが存在しても、気にしない。
クレームする気もない。

勝手に自分を評価する相手に合わせると調子を崩す、というのは、選手になった幼少期からの自明の理だった。『その時々でできることを楽しむのがツウなのよ』、というのが結局、母親の最後の言葉になった。
娘との遊び代だぜ、っていいながら大金デポっておきながら、さっさと他界する落ち着きのない母だった。

そんな訳だったから。
塩と油たっぷりの駄菓子をいただきながら、久しぶりに軽く運動したり、オフラインでできるスマホゲームしたりして、気楽に過ごし。汗を拭きながら、エアコンが心地良いと感じてふと気づく。

冷たいエナドリのみながら運動してちょうどいい室温って、あの寝ているクレーム係さん、風邪ひかないか?

ソファの隅にたたまれていたひざ掛けがあったから、それをもって、クレーム係に近づく。

すぴすぴ、すぴぴ。

突っ伏して眠っているクレーム係の背中に、ひざ掛けをかけてみると、自分ではじっこを掴んでくるまった。

すぴすぴ、すぴぴ。

思ったよりも幸せそうな寝顔だ。
お疲れ様。

見るとはなしに、PCで点滅している文字が目に入る。
由生。ユオと読む。つい先日までの私の名だ。

いくつか並ぶ案件記録は、どれも次元の狭間に想いをこびりつかせてしまった人たちのものらしく、なかなか難物そう。

生物と非生物の種族同一性障害とか?次元の狭間に落ちたのは自分のせいではないのに、輪廻の輪からはじき出された、というクレームとか?訴えはそれぞれどぎつめの恨みに満ちていて、こんな愚痴聞いてたら消耗するわって感じの報告書。

まぁ、そんなのに比べると、私のは単純に生きていくエネルギーが次元の狭間に漏れ出る体質だった・・・ああ、なるほど、病名も分からなかったけれど、体が溶けるように筋肉が動かなくなっていったのはそのせいか・・というだけの単純な事故だ。

どうやらそれが原因で自殺しても、本人の過失なし・・・というか、普通自殺するよね分類にくくられていて、恨みをじゃぶじゃぶ洗って普通の輪廻に戻そう、というリサイクルコースに乗せられていたらしい。

なのに、自殺にNOを押し続けたから、クレーム係さんの管轄に入ったわけか。
プライバシーとかセキュリティーは尊重しないと、と思いながらも、これが異世界職のPCかぁ、っておもうとちょびっと離れがたくて。ごめんね、と思いながら、おそるおそる触ってみる。
仕組みはほとんどふつうのPCだった。由生のページには続きがあって、このままだと、どうやら私は自殺のレッテルをロンダリングする世界に行く模様。

おおげさな感情やら知性やらが育ち切る前に、短期間で殺されるのがデフォルトの世界とのこと。写真はぱっと見、のどかな森だ。
カテゴリー的には地獄にふりわけられているが、そこだと、高確率で、無垢ながら一生懸命生きました的なレッテルがもらえるので、シャワーでも浴びるつもりで気楽に行って来いと案内するようにガイドが出ている。

スタンプラリー的な転生なの?
まぁ、無意味にぐつぐつ煮られる地獄という訳でも無し、せっかくの睡眠を邪魔するほどのことでもない。

次の世界でも、ポテチとか、食べられるだろうか。
よし、粗品セットは手放さないぞぉ。
夢入場券みたいな、いらないかも商品も含めて、持てるだけ抱えた。なぜだか左手がものすごく箱を持つのが上手で。われながらがめついわぁと思いながらも幸せだった。

そして、ちょっと事故気味の、魂ロンダリングをした。

・・・・

おおげさな感情やら知性やらが育ち切る前に、短期間で殺される・・・って、なーるほど。寿命の決まったクローンな訳か。

いきなり12才の体で意識が覚醒し、幼少期の記憶がなかったので少々混乱したが、どうやら今度の私の生は、『生餌』らしい。

ざっと目視確認したところでは、前世で馴染んだ女性体。
食べごろになるまでチューブの中で成長し、『食用奴隷』として、釣り堀もどきの森に放された。

あー、記憶残っていてよかったわ。
いや、システム的には良くないのかもしれないけどね。

ボケットにつっこみっぱなしだった財布だのスマホだのも、抱え込んでいた粗品セットも、もはや私の一部というか内部になっていて、自由に手から出せるし、使っても減らない。何らかのチェックをすり抜けたな、という気がする。

あのままクレーム係を寝かせ続けていたら、1、2時間位して、電気が消えた。
タイムリミットがあったのか、と気づいた時にはすでに遅くて、どうやら記憶のクリーニングとかの段階をすっぽかされたと思われる。

昔から自給自足なサバイバルにはそれなりの憧れがあった。高校の時の部活仲間の影響もあって、食べられる植物も毒草も薬草も趣味の範囲だし、少々ゲテモノな食料も割とこだわりなく頂ける。
私の一部になったスマホはもちろんもうどこにもつながらないけれど、昔調べたことがある内容とかは見られるし、画像の記録や再生もできるから、食べ物のレシピとかには困らない。

しかも、この世界、おいしいものが多い気がする!

森は豊かだし、放たれている私らは目覚めてまもないクローンが主体だから、狩猟採集をするのは私くらいで、小動物や魚は人に対する警戒心が薄い。

これには助かった。チューブの中で成長した12才のひ弱な筋肉でも何とかなる範囲。
ひ弱であっても、思うように動くし、適度にかけられる負荷に素直に成長していく筋肉は、健康!という感じですがすがしい。

まぁ、それでも。この状況をすがすがしいと感じる私は少数派だろうな、というのは分かる。
食物連鎖の最上位は、貴族種、というちょっと別種の人間、だったので。そして、彼らがここで最初に狩るのは、『食用奴隷』・・要するに私達だったので。

貴族種の人間は、人型の魔物や妖精をよく喰う。上位種を喰えば喰う程、自分の能力が上がるので、喰うのが貴族種の義務みたいなものだそうだ。

だから、ここで行われていることは、貴族種の人間達の、通過儀礼、なのだと思う。
一定の魔力量に達した、良いお家の子息や子女たちが、上流社会にその名前を認識される最初の儀式。

この釣り堀もどきで『食用奴隷』を狩り、それをエサに魔物を狩って食いながら、この先の適度に管理された魔物まみれの山を越える。
で、その時の戦果に応じて格付けされ、成績が良いほど、実力のある師匠を選べるのだとか。

貴族種も、普通の状態では人間を食べないから、ここで狩られる私達は、基本的には魔物のエサ用。だが、切羽詰まれば別だ。上手に魔物が狩れず、本気で飢えたり、怪我をして動けなくなったりすれば、貴族種は『食用奴隷』を食う。

アクセサリーやら化粧やらで小綺麗にした女性が、人肉を喰らっているところにぶち当たったりすると、ちょっと食欲が失せたりするが、まぁ、郷に入っては郷に従え。

食ったり食われたりは、動物をやっていれば自然な生活の一部だと思うことにする。あのクレーム係のPC画面では地獄もかくやの扱いをされていたが、野生の狸にでも生まれ変わったと思えばそれほど問題はない。

弱々した体だけれど、ありがたいことにどこも苦しくないし、まぁ、がんばって生きてみるかな。私ってば、前世の母のいうところのツウなので。

そんな事を考えている時に、体はちびっこいのに、それはそれは大人びた目つきをした、アンバランスな男の子に、出会った。

この20分後には、すっかり仲良しになる、サフラ君。
いや、もう、可愛いのなんの。母性本能、いや、母性煩悩が耳から垂れたね。

恋愛にもアイドルにも命かけたことないけどさ。オタ活とか幸せだろうなって瞬時に脳が納得した。
損得も脈絡も必要とせず、『大好き大好き大好き~!何でもしてあげちゃうよ!』って気分になる、あれだ。

うん、どうせ、ロンダリング人生だしね。オリンピックも理数科目使う受験もなさそうだし、今世はオタ活的な愛にでも生きてみようかな?!

なんて。そう思ったのだ。
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