偏食王子は食用奴隷を師匠にしました

白い靴下の猫

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3☆餌付け

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で。
僕が、必死の思い振り向かず、意志の力で首と視線を前に向け、電磁柵を出たところで、無線機が、がなってきた。

「27番サフラに警告。食用奴隷を伴わずに電磁柵を出ることは認められません。戻りなさい」

ち。

「途中で食用奴隷に逃げられる人だっているのに、不要だという判断は認められないのですか?崖を上るので、重いものは持ちたくありません」

7歳の僕に、12歳越えのクローン体をひきずって歩けとか言うなよな。

「生存確率が2割を切る戦略はリタイアとみなします」

「誰の2割です?僕の生存確率なら過半を余裕で超えます」

ばちん!

イヤリング型の無線機から火花が散って、ひどい頭痛がキーンと刺さる。

うっわ。電磁強制?!

ってことは、無線の向こうにいるのは高確率で幼稚舎の生活指導の教員、カリサだ。
サフラだけでなく、後ろ盾のない生徒とは徹底的に相性が悪い。杓子定規で、自分の理解できないことは、平気で愛の鞭とかぬかす力技で瓦礫と化そうとする。

あわててイヤリングをはずそうと両手を持ち上げたが、両手のブレスレットに強磁を流されて手錠型に。
そのまま、頭に、ばちん!と電気が流れる。

いつつつ

いい加減にして欲しい。この有能な頭になんてことしてくれる。

「27番、指示に従いなさい。あなたの安全のための措置です」

いや、おまえの電気使った強制のほうが、よっぽど体に悪いからな。
頭痛と吐き気で蹲りながら、サフラは毒ついた。

もう、ここまでくると、誰の目にもわかるダメージを受けたほうが切り抜けやすいかもしれない。
格付け試験本番なのだ。教員の恣意的な懲罰は、不正な順位操作にあたる。
あのくそ教員、排除してやる。

それじゃなくても筋肉のつきようもない幼児体系で挑むハンデ戦だ。これから魔物のフィールドに入ろうというのに、直前に気絶だの怪我だのさせられたくはないが、敵に電磁強制のスイッチ握られたまま戦地に向かうよりマシ。

「独断でのペナルティに抗議します。食用奴隷を狩らずフィールドに入ってはいけないというルールはありません。僕への強引な妨害を、カリサ教員の不正行為の証拠として記録願います」

子どもだからって舐めるな?!

「生意気ですよ、サフラ!」

逆上した声と。バチバチ鳴るイヤフィンマイクと。跳ね上がる自分の体と。

そこまでは、予測通りだったのだが、叩きつけられるはずの地面がなかった。

あれ?

後頭部直撃を避けようと顎を引いたサフラの頭部は、あたたかな腕でくるまれて。
ひさびさの、本当に久しぶりの、人の体温を感じた。

乳母の想い出にひき込まれそうになり、必死の自重で現実にとどまる。

ちょっと耳が痛いが、電磁強制の頭痛は止んでいる。
それから。白い服と、フライの・・いい匂い?

「使いますか?」

そう声をかけて来たお姉さんの手には、よく乾いたウッドチップが数枚。
ナーイス、絶縁体!
おまけにこのひと、監視カメラの位置がわかってるんだ。ウッドチップも僕の手元もお姉さんの体に隠れて死角。

僕が、腕輪の隙間にウッドチップを4枚刺して、即席の手錠を外している間、彼女は僕ともみ合ってでもいるように、じたばたと動いてくれた。
気が付くと、耳がすこし痛い。どうやらこのお姉さん、僕のイヤリング型の無線機の電極に強引にウッドチップをかませてくれたらしい。

耳たぶを挟んでいる金具を緩めるとヒリヒリしたからちょっと擦りむけているかもしれないが、電撃食らって吹っ飛ぶのに比べたら可愛いものだ。

「ありがと、ございました」

彼女は、僕が近くでみた初めての食用奴隷で、お姉さん年代・・世間的には子どもだろうけれど・・の女性で。なにより、きっちりかっちり理知的な目。

はふ。事前に教えられた『食用奴隷は知性も感情も芽生えていない人為的に作られた生命』、という説がデマだとまるわかり。一生食用奴隷は食べられないなと思う。

「その髪飾りのふさふさと交換で、監視カメラで追えなくなるところまでつれて行ってもいいですよ?ああ、食べられる前には逃げさせてもらうけど・・」

髪飾り、って、ゴムに色染めした鳥の羽根を巻いただけのコレ?
絶妙のタイミングで頂いたウッドチップと交換なら安いものです。
反射で髪ゴムを外して、つまらないものですが、の、ペコリ付きで彼女の手に押し付ける。

僕の方はお礼のつもりだったのだが、彼女は、商談成立ととったようだ。

「ユオです。よろしく、ご主人さま?」

そういって彼女は僕をさらっと引き起し、一緒に電磁柵を超えてくれた。

「あ、サフラです、よろしくおねがいします」

あわてて答えて、ブレスレットの食用奴隷クリアボタンを押す。
あは。これであっさり、食用奴隷をゲットした扱いだ。
カリサがどう喚こうが、邪魔しようがない。

サフラは、背嚢の紐にブレスレットとイヤホンマイクをぶら下げた。
いつ感電するかわからないものをもう一度身に着ける気にはならないが、記録を残さないと卒業できないから、折衷案。何か言われたら、カリサの不正懲罰を警戒したと喚いてやろう。減給位はくらうハズ。

ふ、ふ、ふ。

ニヤついている僕の前を、彼女は、怯える風もなく、さくさくとカメラが追えない森の中へと進んでいく。どう見ても、地理に明るい。

さっき『帰って来た』お姉さん、だよね。並んでみると僕よりちょっと大きいくらいで、かなり華奢。
しかも、魔物が闊歩する森なのに、絶対頻繁に入っている感じの歩き方。見間違えではなかったようだ。

監視カメラのカバー範囲から外れるとすぐに僕はたちどまった。

「お世話になりました。もう魔物エリアですし、引き上げていただいて構いませんよ」

「・・・いくらなんでも、5分で逃げられたとか通用しなくないですか?」

そりゃそうなんだけど、自分の心配をして欲しい。
武器も装備も無しの女の子が、そうそうもつはずがないからね。

背嚢をあさってみる。元から大掛かりな武器は禁止されている上に、筋力に自信がなくて荷物をケチったせいで、予備がたくさんある武器は多くない。

あー、それでも、短刀は3本あるな。
僕は一本を自分の手に持って、一本を彼女に渡した。

「どうぞ。お礼に差し上げます。ぶら下がっている小袋は矢毒です。ご自身を切らない自信があるならつけて使って下さい」

彼女は、ちょっと困ったように笑って一歩引いた。

「えーと。あなた、小さい子には酷かもしれませんが、捕食対象の私が、窮鼠になって貴族種に襲い掛かる可能性、とかも、考えたほうがよいですよ?」

「サフラです」

「は?」

「僕の名前は、サフラです。ユオさん?」

「ああ、失礼、サフラ、くん・・さま?」

「様無しで。僕が別の短刀を握っているのは、一応警戒ポーズなので、頭が弱い幼児疑惑は捨ててください。あと、食われそうになって反撃しないのは精神衛生上お勧めしません」

もう一度、短刀を差し出すと、ユオは受け取ったが、顔にはっきり『大丈夫かコイツ』と書いてある。

で、お互いが口を閉じた間をぬって、

ぐぅー

最悪なことに僕の腹が鳴る。

格付け試験の前に精をつけろと、やたらとグロテスクな・・・と言うと申し訳ないか、コックさん達の善意だし・・人型魔物由来の食事がだされ続けて、最近まともに食べていない。大した自制心もない僕が、逃避的に菜食主義をしていれば腹も鳴る。

が、食用扱いされているユオの前で鳴らしちゃまずいだろ。

人間も人型も食べられないことは、貴族種の僕にとってはバレたら終りの弱点だ。
ユオにも誰にもばらす気はないから、食用奴隷な彼女にとっての僕は捕食者なわけで。
被食者の前で、矢毒付きの短刀をもって、腹を鳴らすとか、ケンカを売っている。

ユオには、ウッドチップをもらった恩と、食用奴隷ゲットの課題をクリアに見せかけてもらった恩があるわけで、捕食行動をみせて魔物まみれの森の奥に追い込んだりしたら、良心が痛みます。

そんな訳で、握った手を突き出してくるユオの前で、ホールドアップ。
でも、ユオの行動はそんな僕の予測をもはるかに超えた。

「・・・食べます、か?」

へ?

突き出されたユオの右手に握られていたのは、短刀よりも随分小さく、うす茶色の固形物で。

うっわ。いい匂い。

「よ、よろしいので?」

「短刀のお返しにしては安いです」

いえいえ、滅相もございません。
ありがたーく、受け取って、齧る。

なにこれ。おいしい、おいしい、おいしいよぉ。なみだがでてきた。
毒が入っていても恨みません。

「至高のお味に感動です」

「・・・ヒマワリの種とかを適当に油で炒って砂糖で固めただけですよ?」

って、ユオが1から作ったわけ?
胃袋が、きゅん。
被食者立場のお姉さんに一瞬で餌付けされました。

「な、なにか、お返しを・・・」

「この世界で、お中元合戦?」

「は?」

「木片→髪ゴム→狩られたふり→ナイフ→ナッツバー。需要が違うせいで、お互いがもらい過ぎた気になって返すエンドレスパターン」

「なるほど!」

再び背嚢をあさり始めた僕に、下心がなかったと言えば嘘になる。
ユオにとって価値のあるものがあげられれば、お返しがもらえる!

魔物は危険だけどさ、それを気にしたのって、ユオをひとりで帰す前提だったからで。
僕がユオを守れば済む話では?

そう思いながら背嚢をあさる僕の背後に、魔物の気配。マンティコア1頭、かぁ。
自慢じゃないけど、10頭来たところで負けない自信がある。

まぁ、ユオが怖がるといけないから、近寄ってくる前に・・・
と思ったけれど、ユオの声は相当落ち着いていて。

「っと、マンティコアが来ますね。サフラさんは木登りできますか?」

そういいながら、僕を木のほうに誘導しようとした。
うわ、ユオときたら、僕を先に逃がそうとかしてます?

ごぉっ

振り向きもせずに、僕は手のひらをマンティコアにむけて火炎を浴びせた。主にたがわず火炎の先まで有能なので、はずれる気がしない。

マンティコアは、動きがライオンっぽいキメラ型の魔物で、顔が人っぽいというが、けむくじゃらで正直、全然人の顔に見えない。おかげで肉は、人型嫌いな僕でも食べようと思えば食べられるのだが、マンイーターなせいか、肉が固くて美味しくない。

「接近戦は避けますね。尻尾の毒針や爪が鋭いので、こいつと争っている間に出血して、つぎつぎ魔物を寄せてしまう事故が多いんです」

背嚢の紐をギュギュっと閉めてから、マンティコアに向きなおったが、奴はピクリとも動かない。
ん?マンティコアすでにご絶命?

「いや、避けますねって、もう避けた後・・・まるっと焼けていますけど?」

ちょっとあきれたようにユオがいう。

「あ・・れ?」

火炎の威力が思ったより強かったらしい。なんでだ?
不思議だよなと、火炎を出した自分の手を表から裏から見ているうちに、ユオがマンティコアに近づいた。

「肉を食べるだけですか?いらない部分があれば欲しいのだけど」

「あー、よろしければ丸ごとどうぞ」

「?なんで?お腹が減っている上に、片っ端から食べるゲーム中だったのでは?」

「僕は、その・・・ちょっとだけ、偏食で」

本当はちょっとやそっとのさわぎではないのだが。

ふーん。そんな感じで、ユオは、特に理由を突っ込むでもなく、渡したばかりの短刀ですぱすぱとマンティコアを捌いて行く。

尻尾の先の毒針を抜いて大事そうに包んでポケットにいれ、毒液腺ごと毒をゲット。腿と背中から肉のブロックを切り出してしごいた小腸でくるくると縛り、いくつか内臓を取り出すと。
ユオは、マンティコアの毛むくじゃらの顔と短刀で開いた傷口に大きな葉っぱをのせて隠した。

・・・なんとなく、彼女とは気が合いそうな気がする。
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