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2☆サフラがユオに出会うまで

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サフラは小さなピンキーリングを見ながら、ユオとの出会いを思い出していた。

格付け試験の日。

ユオと出会えると思ってもいなかったその日は、ついに来てしまった、としかいいようのない最悪な気分だった。

格付け試験、というのは、なにがなんでも人型の魔物を喰えと強要してくる公開テストのことだ。一般的には、貴族種が学生期の最後になって通る大イベントだが、サフラの場合は諸事情あって、思いのほか早く受けなければならなくなった。

自分で言うのもなんだが、サフラという個体は、王子さまである。尊ばれる『ハズ』の身分なのだが・・・。『ハズ』なだけであって、実際には7歳児がはっきり認識できるほど尊ばれていない。

尊ばれていないどころか、精神的肉体的な虐待は日常化しているし、完全に感情のゴミ捨て場にされている。

理由は簡単。母親が死んでいて、後ろ盾がいないから。生まれた時期が遅く、既に大貴族は自分が支持する王子を決めた後だったから。

それでも、数年前までは乳母がいて、その人の体温はとても暖かかった。サフラ「王子」が、魔力量にあふれ、優しさだの才知だのにあふれることを、小躍りせんばかりに喜んでくれる乳母だった。そのおかげで、自分は、わりと気ぃ使いで、頑張り屋さんの幼児になった。

だが、当然のように、それは裏目に出た。

目立てばすぐに潰される弱い立場。
腹が立つ程、でこぼこのある魔力。
ある種の食物アレルギーから来る虚弱体質。

そんな弱みだらけの王子が、全力でべた褒めしてくれる乳母にいいところを見せたくて、乳母に肩車をしてもらったまま魔物を狩った。当時17の最年長の王子ですら狩れないBランクの魔物を。

効果は激烈だった。
サフラに対する周囲からの理不尽な体罰やら暴力やらが日に日に増えて、数か月後、サフラを守ろうとした乳母は、サフラの目の前で冷たくなった。

あれから、どれくらい、経ったのだろう。2年?3年?
がんばることなんて、なくなった。
勉強だって、魔力の鍛錬だって、やめた。

殴られて、這いつくばって、逃げ回って。
口の中はしょっちゅう血の味で、瞼の裏は乳母の死に顔で、誰の体温にも触れなくなって。

それでも乳母が、たくさん生きたら、プレゼントをもって、迎えに来るというから。
その時にまとめて、たくさんたくさん褒めてあげますからね、と言って死んだから。

だから。死んだほうが、さっぱりすっきりするかもなと考えはしても、生きるための努力をつづけた。

食べ物は、なるべく自分で採った。
教育にかこつけた体罰だの、派閥争いからくる暗殺もどきだの、血族からの腹いせリンチだのは、なるべく避ける努力をして、それでもひっきりなしにできる傷には、自分で作った薬を塗った。

体は、どう見ても貧弱。
虚弱体質と相まって、成長はおそかったし、無理が続くと滑舌も悪くなって、よくふらつく。
それなのに、役にも立たない王子様という身分のせいなのか、血筋なのか、僕の魔力は、伸び続けたのだ。

そして、最年少の7才で、格付け試験を受けられる魔力量に達してしまった。
そもそも、格付け試験は、7歳児が受けるように出来ていないのだが、困るのは当面サフラだけなので、当然だれも援護してはくれなかった。むしろ、これで死んでくれればな、という空気。

格付け試験そのものが怖い訳ではないのだけれど、僕にはひどい弱点がある。
致命的というよりむしろ即死的なその弱点をひと言でまとめると、『人型の生き物』が食べられない。

上位の魔物を喰えばそれだけ魔力が身につくと言われているせいで、貴族種に生まれたが最後、上位の魔物肉をさぁたべろほら食べろの毎日だというのに。

「強くなるのが義務」な貴族種の場合、人型の魔物が食べられないなどとバレたらあっという間に反社会的パーソナリティ障害扱いだ。好き嫌いの問題では済まされない。

が、こんがりと焼かれた、人間のミニチュアに羽が生えたとしか言いようのない妖精を前に、世の中には食ベたくても食べられない人がたくさんいるだの、感謝の心が足りないだのまくしたてられても、生理的に無理なのだから仕方がない。

なにがそんなに嫌なのかと自問自答してみたこともある。
すぐに思い浮かぶ原因としては、人型の魔物に仲良し・・・あ、もとは乳母の仲良しだけど・・がいたせいかもしれない。

が、それだけとも思えない。仲良しの馬がいても、馬刺しもコンビーフも吐かない。まぁ、積極的に食べようとは思わないけれど。

でも、人型の場合は少量だろうがのみ込んだが最後速攻で吐く。
食料になっていただいた個体には大変申し訳ないが、そりゃぁもう、胃袋がひっくり返ったかと思う勢い。
目が合うのが嫌なのかなと思って、頭部を隠してみたり、匂いの問題かと鼻をつまんでみたりしだが、全て徒労に終わった。

乳母が死んで、この弱みを隠してくれる人がいなくなって。
給食主体の貴族種幼稚舎の寮に放り込まれて年単位。よくもまぁ誤魔化せた。

幸か不幸か、生まれながらに僕の魔力量は多かった。そして、我ながら頭も良ければカンもいい。
わざわざ嫌いなものを食べなくても年齢比例の魔力増加が半端なかったので、食べたフリでこの年までやり過ごしてきた。

が、格付け試験は、上位の魔物を狩れば点数が上がる仕組みで、試験期間中の食料は狩った魔物で賄うしかない。

過酷な試験だが、メリットもあって。格付け試験を生きて突破出きれば、将来公務員になる資格がもらえるし、なにより、良い点数ならば、自分の師匠を選べるのだ。
一生にたった一人しかもてない師匠を。

そんなわけで、格付け試験は、人生の分水嶺あつかい。
本人の将来だの命だの家の名声だのがかかっている分、記録が公正だ。その記録で、魔物を狩ったり食べたりしなければ当然のようにバレる。

生きているだけで息切れ気味の僕としては、それほど点数にこだわらなくても良いのだけれど、大前提として、何も食べなければ人は死ぬ。

そして現実問題として、魔物のいる格付け試験のフィールドを抜けるには、安全第一に魔物の出ない道を選んでひたすらに進んでも1週間以上かかるのだ。

この安全第一ルートをとる奴らは、森のふちを通ってゴールを目指すので、外からも観察しやすい。魔物も出ないが、水場すらない道だ。入り口で狩った食用奴隷の血をすすり、肉を徐々に食いながら、ただただ乾いた道を進む羽目になる。

食用奴隷はクローンではあるけれど人間だ。人型肉も人間も食べたくない上に、人の血の匂いもできれば遠慮したい僕にとっては、森のふちを通ってゴールを目指すのは断固無理。

一方、自分の能力に自信があるやつらは、格付け試験のデッドエンドギリギリのひと月まで居すわって点数の高い大物を狩る。

こっちのルートをとるやつは、食用奴隷を自分で食ったりはせず、魔物を釣るエサにする。一般的なのは、食用奴隷を魔物の巣穴にぶらさげて、食べに出て来た魔物を矢で射るとかだ。自力で狩った新鮮な魔物肉を食いながら、自分の体をドーピングしてより上位の魔物を狩っていく。

魔物のすべてが人型をしているわけではないが、人型魔物は、狩りのコスパがすこぶる良い。
持っている魔力の割に肉体が強靭と言うほどではなく、数も多く、考えることも人間に近いから。

そう、近い。

大抵の人間は、子持ちの人型魔物にあうと、先に子を狙う。人型魔物は傷ついた子を置いては逃げないから。泣いている子から離れられず一緒に狩られる。

・・・いや、それって、人間と同じだよね。

僕をかばって死んだ乳母の記憶が鮮明な自分としては、人型魔物の親の方に感情移入しやすい位だ。

別に動物が動物を喰うのを否定しようというわけではないが、何も感情移入が起こりやすい同種を食わなくたって良くないか?

サフラは自分にとことん甘い自覚がある。
足の小指なんて、骨折した時にリハビリをさぼったから、ちょっと歪んでるけれど、自分のパーツの中で一番好きだ。自分で、自分が嫌がることをしない。そんな決意の象徴。

食用奴隷?人型どころか人間ですよ? 食べられないに決まっている。

よし、嫌なものは嫌。食用奴隷を狩らずに、このまま行こう。
食用奴隷をエサにしなくたって、僕を襲ってくる人型以外の凶暴なタイプを返り討ちにすれば食べられるはず。

格付け試験フィールドの入り口にあたる、食用奴隷の狩場は、魔物用の電磁柵で仕切られているので、人間の出入りは自由だが、魔物は入れなくしてある。

ここを出れば、自分の基本属性は、エサだ。
たぶん、周りより若くて柔らかい分、おいしい。
気合い入れましょ!

そう決意して、踏み出したところで。

磁柵の向こうから、木々の間を縫いながら隠れるように入って来る、食用奴隷のお姉さんとすれ違った。

え゛。
何このひと?!

食用奴隷。クローン育ちとはいえ中身は普通に人間だし、移動を制限する鎖が付いているわけではないから、理屈上は出て行ける。が、現実ではそうはいかない。

食用奴隷は、目覚めさせられたばかりで、魔物の牙を一切防げず、隠れるにも適さない柔らかな白い服を着せられて放たれるのだ。魔力もなく知力も低いはずだが、魔物に対する本能的な恐怖はある。だから、魔物除けの電磁柵の仕切りから出る個体は、まずいない。

何年も虐待すれすれの訓練を受けて来た僕たち貴族種ですら、気を抜けば魔物の胃袋直行というこのフィールドで、目覚めさせられたばかりのクローンがどうやって生き延びる?!

それが普通に、ただいま、って顔をして、電磁柵の外からこっそり入って来たぁ?!

おまけにこのお姉さん、なんかいいにおいがする。焼き魚・・・いや、フライ!?
更に言うなら、僕と同じ『驚愕!』って顔でこっちを見た気がする!?

正直、人生で一番振り向きたかった。一部の隙も無くおかしなものを見た。
今が格付け試験中でなければ、追っかけまわして、観察して。

でも今は監視カメラがある。
興味津々で観察されているだろうサフラがおかしな行動をとったら、主催者に筒抜けになるに決まっている。

長年生き延びたクローンとかなのだろうか。特に大きいようには見えなかった。というか、むしろ小さい。何体か見た他の食用奴隷より血色が良く、白い服はくたびれて見えたけど。いずれにせよ、稀少な個体だ。個人的な興味で迷惑をかけるのもはばかられる。

僕は、振り向きそうになる首を、必死で固定した。
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