せんたくする魚

白い靴下の猫

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塩の谷のローヌさん

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薬と乾いた包帯。乾いた毛布。
それらにくるまれると、マギはがっくりと動けなくなる。口以外は、だが。
一応ゼノが医療チェックを受けているあいだ、マギのそばにリノとパールとイリアがいた。
パールが聞く。
「あんた、腕輪どうした」
「ゼノにやった」
マギの答えはあっさりしている。
マギに腕輪を外させて、その意味さえ気づかせないゼノはやっぱり褒めてやるべきだろうなと、パールは思う。
「腕と肩、もうちょっとかばいな。深手なのはわかってるだろう」
「たいしたことないってゼノが言うもんで」
これも驚いた。どこまでもマギに刺さった不安の刺を抜くのに余念がないわけか。
「・・・重症だよ。ゼノはすぐにわかったはずだ。血止めだけじゃなく、麻酔薬を大量に塗ってんだから」
「あんにゃろ。小さな嘘から大きな嘘までまんべんなく混ぜるんだから、もおっ」
笑い混じりでマギがつぶやくのをパールは感心したように聞いた。
「ひょっとして楽しい一泊二日だった?」
「楽しくない!あいつってば、他に女いるくせに、もうすぐ死ぬかもとかなったら人のこと口説きに入って!脅しネタにしてやるわ!」
この状況で二日も口説いてることの異常さのほうをだれか突っ込めよ、とリノは思う。
マギの気を死ぬことからそらしたいからって、ネタに口説きを使ったりするから信用されないんだよ、とイリアは思う。
パールはそんな二人とマギを見比べて聞いた。
「他の女?」
「最近振られたとか言ってたけど嘘だろうね。本気のあれを振る女なんていない・・・そういうことゆーとつけあがるから言わないけど!」
マギの答えを聞いて、イリアが気の毒そうにいった。
「か、可愛そうなゼノ。ネタにしたとは言え、二日もかけて口説けなかったのか。きっと凹んでるよ。他の女ってローヌさん?ちゃんと聞いてあげたら?マギが思ってるような関係じゃないよ」
「ローヌ?まさか塩の谷のローヌじゃないだろうね?」
パールが驚いたように聞いた。ローヌという名が珍しい訳ではないが、ローヌと名乗ることは珍しい。ここ8年、殺されたくなければ改名する、というレベルには危険な名だからだ。
「あれ?パール知り合い?」
医務室帰りのゼノが割り込んでくる。自分の噂がされているというのに、しかも深い関係の女性の話なのに、全く普通の会話のようだ。このあたりの図太さがマギに信頼されない理由だろうと、イリアは思うのだが。
「・・・本物かい。ローヌは生きてるの?」
パールがいつもの三割増し真剣な声で聞いた。
「うん。本物だし元気。今、鉄と女の島にいるよ。砂の国が崩れて名前も大っぴらにローヌに戻したから、そのうちパールの情報にも引っかかると思う」
「・・・子供は?」
「8歳・・・って知ってて聞いてるだろ、パール」
パールは大きく息を吐いた。
「子供ごと生き延びたのか。人外の域だね。マギ、誤解だ。そのローヌだったら何十回だってゼノを振る」
「ゼノの子がいるのに?」
「だから俺の子じゃないってばぁ」
「あんたには聞いてない」
はいはい。そんな感じでゼノは首をすくめる。
ここで引き下がるところが普通じゃない。
だがパールが話をつなぐ。
「子供は、塩の谷の長の子だよ。一応、山民の王やってた」
孤立したいくつかの部族が砂民に滅ぼされて、遅まきながら山民は身を寄せ合い始めた。だが所詮は多様性を尊重するものどうしのたすけあい連合。塩の谷の長が王となることも話し合いで決まるようなゆるいつながりだった。
だが砂の国には驚異的な連合とうつった。あの頃はまだ山民の結束は砂の国の恐怖だったから。塩の谷の部族は徹底的な見せしめ根性で殲滅された。
ゼノは当然子供の出自を知っていただろうが、自分の子だと周りに誤解してもらえたなら幸運だ。
父親について誰何されなくて済むなら、そりゃぁ隠し子とでも何とでも言ってくれ、という気分になる。
この上なく危ない橋だ。半端に援助できる相手ではない。
「塩の谷の王族は、谷ごと埋められて念入りに殺された。逃げ込めるかもしれないってだけで、周囲の集落まで赤子が引きずり出されて、片っ端から殺されたぐらいだ。あんた、いつからローヌを助けてた?」
「七年前、かな」
淡々と、隠していたことすらないように、ゼノは長い年月を語る。
「ほぼはじめからか!ローヌは騎士長で、最後まで戦闘の中心に居たはずだ。だが、王妃が重傷を負って、王も追い詰められて。ローヌは一歳にもならない王の子を抱き、砂国の兵を半分自分に引きつけて逃走。王と王妃の自害の時間を稼いだ後、数千の敵兵の前で忽然と消えた・・・ってことになってる」
「すごい!」
イリアとマギが、はもって声を上げた。
「山民なら大抵、殺されたくなければ改名するってぐらいにはローヌの名を良く知ってる。子供は今でも求心力があるだろうね。どんな子だい?」
「めちゃくちゃ出来のいいガキ。蟲も動物も何種類も呼べて、灼熱回廊下の洞窟に道を通せる英才」
ほんの少しだけ誇らしげにゼノが答える。
「大したもんだね、ゼノ。まったく気づかなかったよ」
そんな大事を、船の誰にも気取らせず隠しきったのか。
パールにしては神妙な声でゼノをねぎらった。
だがマギの意識は過去の危険度には向かない。
「あんたそんなすごい女がいながら、あたしにかまってちゃダメだろう?!」
マギが抑揚たっぷりな声で非難する。
そこか?
「いや、だから振られたって!」
嫉妬して欲しいとまでは言わないけど、断じてそういう説教されたくないぞ!ゼノは膨れてマギの頭をぐりぐり撫で回した。
お前もそこなのか?
パールは感心したように二人を見ていた。
事情を聞いてたイリアにしても、そーゆーのは振られたって言わないでしょうよと頭を抱えたくなる。
どうして平気で誤解させたままにしとくかな。
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