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おままごとの婚儀をしよう
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「数匹あいつらが船の周り囲んでる!」
悲鳴のような報告で、船員たちは剣や弓を持って駆け出していく。
イリアは叫んだ。
「待って!攻撃じゃない!リノっ、リノっ、とめて!!」
昼の畑仕事を見ただけで、彼らは百匹でも整然と動くことができるのがわかる。数匹など、囲むうちに入らない。
リノが戸惑っているあいだに、イリアは船の外に飛び出した。
「イリアっ!」
リノの叫び声には答えず、イリアはゼノに向かって叫んだ。
「ゼノ!リノを船から出さないで!」
たとえ勝手に転んだだけでも、リノに何かあったら船員が何をするかわからない。
イリアは正面にゼノと書いた手紙を広げながら、大きな生き物に向かって駆け寄った。
大きな生き物は、イリアの手紙を舌ですくい取ると、イリアに何かを放った。
そして足を踏み鳴らす。
「ええと、ごめん、わからない。ここ?」
イリアが同じように足を踏み鳴らす仕草をすると、ぎょろりとした目が嬉しそうに見えた。
もう一度足を同じように踏み鳴らすと、大きな生き物は特に急ぐでもなく、攻撃に対する警戒もせずにくるりと背を向けて森に消えていく。
イリアが船に戻ると、ゼノが汗だくで、船員に囲まれていた。
あの爬虫類だか両生類だかわからない奴らが、宣戦布告に来たのだと喚く船員をなだめてくれていたのだ。
「あ、イリア。どうだった?」
掴みかからんばかりのリノを抑えてゼノが軽い口調で聞いてくれる。
だがリノの手には剣が握られていた。
うわ。一触即発。イリアが首をすくめる。
ペドロがイリアにほうってよこしたのは、工芸品のように見えた。
三色の草が綺麗に編まれて、まるこまっている。底には薄い布。
イリアはその形に見覚えがあった。山の民の一部で大昔使われていた花嫁の冠だ。
それに、のたくったような字が書かれてた皮が巻きつけられている。
取り敢えず殺気立った船員たちに、絶対船から出るな、間違っても矢など射るなと言いきかせて、部屋に戻す。
そのあと、イリアとゼノは額をつき合わせて、のたくったような字が書かれた皮の意味を読み解こうと努力した。
「花嫁、と、儀式?・・・つなぐ?半分ぐらいわかんないけど、宣戦布告とかじゃ絶対ないよ~。どうしよう。リノがあの調子じゃいつみんながトチ狂ってもおかしくないよお」
「だよな。これ多分、喜ぶ、昔、だ。う~、パールの合流まだかよ。リノの攻撃準備を一喝して止められる人間なんて、もう、パールぐらいだ」
普段なら、マギがついてくれる。
だが、マギは生理的にあの生き物がダメらしい。さっきもゼノに加勢しようという気配は全くみえなかった。
イリアが勢い込んで言った。
「リノは、話せばわかってくれると思う。頼んでみるよっ」
だが、ゼノが顔をクシャっとしかめる。
はっきり言って、リノのほうは、イリアの無茶が気になって大局が見られる状態ではない。逆にムキになる可能性の方が高く思えた。
だが、イリアが話せば分かると思っているのでは止めようがない。ゼノは何も言えずにイリアがリノの説得に行くのについていくしかなかった。
そして、ゼノの心配は大当たりする。
まず、イリアが直球過ぎた。リノが気の毒になるほどに。
「昔のように、友好の証に花嫁の儀式をしよう~?! 」
リノの最大級ありえないだろという復唱を、イリアはあっさり流した。
「多分そんな感じだと思う。で、私が行く」
しかも、早急に話を進める。
「はぁ?!」
「少々種族の違いがあっても多分何求められているのか察せるから」
「ばかやろっ」
そもそも全然少々じゃない!
「そうは言うけど、先に被害与えたのこっちだし、おまけに向こうだって、こっちの姿気持ち悪いとおもうよ?なのに、この申し出って、譲歩してるよね。断ったら失礼っていうか。儀式張ってるし、多分酷いことされたりしないと思う」
「だめっ」
「最悪何かあっても、こんだけ種族の違いがあれば子供出来たりしないから」
「なっ、なっ、なんつーこと考えてんだよ!」
うわ。
ここまで来ると、ゼノとしては、本心はリノに同情する。
あまりといえばあまりに直球だ。だが、今更フォローしても逆効果だろう。ゼノは平静を装って、イリアに加勢した。
「イリアの意見には一理あるぞ、リノ」
「っ、てめっ。マギの味方でもしてろ!」
「今回あいつは論外。両生類にきゃぁとかいうタイプかっつーの。そんな話は置いといて。イリアあいつらの様式、どんなだと思う?」
「割と、女性側に決定権がある感じ。踏みつぶそうって感じがない。陸上生物だから体外受精じゃないかもしれないけど、精包の受け渡し型とか。強引に押さえつけて体内受精ってパターンだったら、プラナリアだろうが砂民の男だろうがもっと腐臭がするもん」
イリアの答えは容赦ない。
「体重だけだってあいつら数百キロか、下手すりゃトンだろ!丸腰でいって暴力的な扱いされたらフォローできねーよ!」
「心配してくれんのは嬉しいけど!暴力的じゃなくて、継続的な友好への希望や未知の種族に対する敬意の表現だったらどうすんのよ!」
イリアの話のもって行き方を聞いていると、まるで人間に比べれば、あの両生類の方が紳士的なので、心配するなと言っているようだ。
すごいくくりだ。
「ダメだって言ったら絶対ダメだ。イリアは俺のだ!忘れたのかよ!」
あ、この流れはまずい、とゼノにはわかる。関係ない脇道で喧嘩になるパターンだ。
案の定、イリアが唇を噛む。
「じゃぁ、戦争するの?こっちが先に荒らしたのに手を差し伸べてきた種族と?私が避けられるかもしれないって言ってるのに?」
「イリアを差し出してまで避けなきゃいけねー戦なんてない!俺の気持ちもわかれよ!やっと、取り戻したんだぞ。勝手にその体投げ与えるようなまね、許せるわけないだろ!」
「ほっといたら殺し合いよ!原因こっちなのに!私はっ、できるわ!」
「ダメだっ。勝手な事するな!」
イリアが泣きそうになるのをみて、ゼノが『ちょっとごめん』と、リノを引っ張った。
イリアから充分離れると、ゼノはちょっと呆れたようにリノにきいた。
「お前さぁ、今のイリアのことちゃんと見てる?ひょっとして三年前のイリアは好きだけど、今はちょっとわかんないなぁ、とかそんな感じ?」
リノは目を釣り上げて答える。
「っ!なんでそう言う変な質問が出んだよ!イリアはイリアだ!ずっと前からっ。これからもっ」
「あー、はいはい。じゃ、イリアがムンドにさらわれる前、なんで変だったか聞いた?」
急な話題転換についていけずにリノが黙る。
「っ・・・」
「上陸前の時期に、お前がいつも以上に優しくする。イリアはそれが不安だったんだって。イリアが逃げ出すんじゃないかってお前に心配されてるようで。なんでそう思わせてるのか全然わからなくて。普通だろ?可愛いだろ?」
お花畑だったんだよ。
イリアがちょっと苦々しげに吐き捨てた内容は、ゼノにきかされたのでなければ、リノが嬉しくなるような、そんな小さな内容だったのだ。
あのまま一緒に出港して、しばらくたてば、幸せに消化できたはずの。
「どうせ、俺はそれすら聞けなかったよ。悪いか」
ゼノはきっと、こんなことを聞き出すのも簡単だったのだ。
「悪くない。でも、その頃のイリアは普通だ。お前が好きだから、小さなことで不安になって。でも今のイリアはその頃に戻りたいと思っていない。・・・イリアがムンドを責めたの、聞いたことあるか?」
「ない」
ムンドはイリアを騙し、リノと引き離し、自分の仇討ちのためにイリアを利用した。イリアはそのために、壮絶な苦痛を味わった。だが、イリアはムンドを責めたことがない。
「なんでだと思う?」
「優しいから」
アミュを想ったムンドをイリアは憎んではいない。それはリノにもわかる。
だが、ゼノはちょっと困ったような顔をする。
「・・まぁ、すごく遡ればそうなんだけどさ。自分が小さなことで幸せに悩んでるあいだに、妹は嬲り殺し。イリアはどう思ったろうな」
「っ、そんなのっ、イリアのせいじゃないだろ!イリアがどんなに悩もうが、他人が変わるわけじゃない!」
「・・・普通ならな。でも、イリアの力は普通じゃない。イリアがもう少し早ければ、助けられたかもしれない。幸せなイリアができないと思い込んでいただけだ」
「そんなことっ、お前に言われる筋合いはない!」
ゼノの胸ぐらに伸びかけたリノの手をゼノは無造作に払い落とす。
「俺じゃない。イリアがやってみたら宰相を倒せちゃって、自分でそれに気づいたから問題なんだ。だからイリアはムンドを責めない。自分で頭のお花畑とやらを忌避してるし、今の自分の方が昔の自分よりはマシだと思っている」
「・・・イリアは変わって、それは、ムンドのせいでも、シュップのせいでもないって言いたいわけか」
「まぁ、そう。イリアが変わったのは、選択肢を駆使できるちょっと壊れたイリアの方が、出来ることをしなかったイリアよりもマシだと思っているからだ。そんなことを思うイリアは嫌か?」
「そういう問題じゃない!」
「イリアにはそういう問題だ。だから、言ってやるな。イリアの体はイリアのものじゃない、みたいなことは。勝手に体使うなんてゆるさないって言われたことを、思いの深さだと思えるような昔のイリアはもう帰ってこない」
イリアは、宰相の捨て駒になった頃、なんの力もなかった。
死ねばおしまい。そういう役割だった。
だから死んだはずの命がリノに拾われても砂の国に帰ろうとは思わず、リノからも捨てられたと思ったとき、はばたくように自由になった。
だが、自由になったイリアの力は尋常ではなかった。力を得たイリアは、特別な選択肢を多く持ったのだ。ソラニンの芽などほんの一端にすぎない。
だが、リノの元に戻るや、ソラニンの芽の扱いひとつ、イリアにはわからなくなった。イリアはリノのものだったから。イリアが手にした成果は、リノのものを害した結果だったから。
「どう思われようとかまわねーよっ!」
「『勝手に動くな』それを思い知らせるためにシュップはイリアに何をした?『俺を見ろ』そのために宰相がポヌに何をした?」
「お前はどうなんだよ!もしマギがどこまでも自分の身を削って選択肢を駆使したら!耐えられるのかよ!限度があるだろ!」
「俺らのキャパに限度があったって、俺らの惚れた女たちには限度がないんだよ。おれなんて、そんなマギに耐えられなくて、ローヌさんに逃げたら、ローヌさんのほうがひどかったんだぞ。大概諦めたね」
「・・・だまって行かせろっていうのか?」
「そう。そんでお前がフォローに付けばいい」
「嫌だ」
はぁ。ゼノがため息をつく。
「わかった。じゃぁ、俺がイリアと代わる」
「はぁ?!花嫁だぞ!」
「どっちがオスかなんて確証ないだろ。ごまかして俺が行くからイリアをフォローにつけろ。あ、でも、イリアが俺を命懸けで助けても、イリアに不満ぶつけたりするなよ」
「・・・無理」
「お前なぁ」
「ゼノが行けるぐらいなら、俺が行く」
「お前じゃ、あいつらの文字も全く読めなきゃ、儀式なれもしてねーだろ!おまけに、生理的にダメ、みたいな行動とってみやがれ、失敗する確率が跳ね上がるんだよ。ついでに失敗したとき考えろっ。戦になったら誰が指揮とんだよ、ばか!」
「何とかするっ」
「なんともなんねーわ!」
悲鳴のような報告で、船員たちは剣や弓を持って駆け出していく。
イリアは叫んだ。
「待って!攻撃じゃない!リノっ、リノっ、とめて!!」
昼の畑仕事を見ただけで、彼らは百匹でも整然と動くことができるのがわかる。数匹など、囲むうちに入らない。
リノが戸惑っているあいだに、イリアは船の外に飛び出した。
「イリアっ!」
リノの叫び声には答えず、イリアはゼノに向かって叫んだ。
「ゼノ!リノを船から出さないで!」
たとえ勝手に転んだだけでも、リノに何かあったら船員が何をするかわからない。
イリアは正面にゼノと書いた手紙を広げながら、大きな生き物に向かって駆け寄った。
大きな生き物は、イリアの手紙を舌ですくい取ると、イリアに何かを放った。
そして足を踏み鳴らす。
「ええと、ごめん、わからない。ここ?」
イリアが同じように足を踏み鳴らす仕草をすると、ぎょろりとした目が嬉しそうに見えた。
もう一度足を同じように踏み鳴らすと、大きな生き物は特に急ぐでもなく、攻撃に対する警戒もせずにくるりと背を向けて森に消えていく。
イリアが船に戻ると、ゼノが汗だくで、船員に囲まれていた。
あの爬虫類だか両生類だかわからない奴らが、宣戦布告に来たのだと喚く船員をなだめてくれていたのだ。
「あ、イリア。どうだった?」
掴みかからんばかりのリノを抑えてゼノが軽い口調で聞いてくれる。
だがリノの手には剣が握られていた。
うわ。一触即発。イリアが首をすくめる。
ペドロがイリアにほうってよこしたのは、工芸品のように見えた。
三色の草が綺麗に編まれて、まるこまっている。底には薄い布。
イリアはその形に見覚えがあった。山の民の一部で大昔使われていた花嫁の冠だ。
それに、のたくったような字が書かれてた皮が巻きつけられている。
取り敢えず殺気立った船員たちに、絶対船から出るな、間違っても矢など射るなと言いきかせて、部屋に戻す。
そのあと、イリアとゼノは額をつき合わせて、のたくったような字が書かれた皮の意味を読み解こうと努力した。
「花嫁、と、儀式?・・・つなぐ?半分ぐらいわかんないけど、宣戦布告とかじゃ絶対ないよ~。どうしよう。リノがあの調子じゃいつみんながトチ狂ってもおかしくないよお」
「だよな。これ多分、喜ぶ、昔、だ。う~、パールの合流まだかよ。リノの攻撃準備を一喝して止められる人間なんて、もう、パールぐらいだ」
普段なら、マギがついてくれる。
だが、マギは生理的にあの生き物がダメらしい。さっきもゼノに加勢しようという気配は全くみえなかった。
イリアが勢い込んで言った。
「リノは、話せばわかってくれると思う。頼んでみるよっ」
だが、ゼノが顔をクシャっとしかめる。
はっきり言って、リノのほうは、イリアの無茶が気になって大局が見られる状態ではない。逆にムキになる可能性の方が高く思えた。
だが、イリアが話せば分かると思っているのでは止めようがない。ゼノは何も言えずにイリアがリノの説得に行くのについていくしかなかった。
そして、ゼノの心配は大当たりする。
まず、イリアが直球過ぎた。リノが気の毒になるほどに。
「昔のように、友好の証に花嫁の儀式をしよう~?! 」
リノの最大級ありえないだろという復唱を、イリアはあっさり流した。
「多分そんな感じだと思う。で、私が行く」
しかも、早急に話を進める。
「はぁ?!」
「少々種族の違いがあっても多分何求められているのか察せるから」
「ばかやろっ」
そもそも全然少々じゃない!
「そうは言うけど、先に被害与えたのこっちだし、おまけに向こうだって、こっちの姿気持ち悪いとおもうよ?なのに、この申し出って、譲歩してるよね。断ったら失礼っていうか。儀式張ってるし、多分酷いことされたりしないと思う」
「だめっ」
「最悪何かあっても、こんだけ種族の違いがあれば子供出来たりしないから」
「なっ、なっ、なんつーこと考えてんだよ!」
うわ。
ここまで来ると、ゼノとしては、本心はリノに同情する。
あまりといえばあまりに直球だ。だが、今更フォローしても逆効果だろう。ゼノは平静を装って、イリアに加勢した。
「イリアの意見には一理あるぞ、リノ」
「っ、てめっ。マギの味方でもしてろ!」
「今回あいつは論外。両生類にきゃぁとかいうタイプかっつーの。そんな話は置いといて。イリアあいつらの様式、どんなだと思う?」
「割と、女性側に決定権がある感じ。踏みつぶそうって感じがない。陸上生物だから体外受精じゃないかもしれないけど、精包の受け渡し型とか。強引に押さえつけて体内受精ってパターンだったら、プラナリアだろうが砂民の男だろうがもっと腐臭がするもん」
イリアの答えは容赦ない。
「体重だけだってあいつら数百キロか、下手すりゃトンだろ!丸腰でいって暴力的な扱いされたらフォローできねーよ!」
「心配してくれんのは嬉しいけど!暴力的じゃなくて、継続的な友好への希望や未知の種族に対する敬意の表現だったらどうすんのよ!」
イリアの話のもって行き方を聞いていると、まるで人間に比べれば、あの両生類の方が紳士的なので、心配するなと言っているようだ。
すごいくくりだ。
「ダメだって言ったら絶対ダメだ。イリアは俺のだ!忘れたのかよ!」
あ、この流れはまずい、とゼノにはわかる。関係ない脇道で喧嘩になるパターンだ。
案の定、イリアが唇を噛む。
「じゃぁ、戦争するの?こっちが先に荒らしたのに手を差し伸べてきた種族と?私が避けられるかもしれないって言ってるのに?」
「イリアを差し出してまで避けなきゃいけねー戦なんてない!俺の気持ちもわかれよ!やっと、取り戻したんだぞ。勝手にその体投げ与えるようなまね、許せるわけないだろ!」
「ほっといたら殺し合いよ!原因こっちなのに!私はっ、できるわ!」
「ダメだっ。勝手な事するな!」
イリアが泣きそうになるのをみて、ゼノが『ちょっとごめん』と、リノを引っ張った。
イリアから充分離れると、ゼノはちょっと呆れたようにリノにきいた。
「お前さぁ、今のイリアのことちゃんと見てる?ひょっとして三年前のイリアは好きだけど、今はちょっとわかんないなぁ、とかそんな感じ?」
リノは目を釣り上げて答える。
「っ!なんでそう言う変な質問が出んだよ!イリアはイリアだ!ずっと前からっ。これからもっ」
「あー、はいはい。じゃ、イリアがムンドにさらわれる前、なんで変だったか聞いた?」
急な話題転換についていけずにリノが黙る。
「っ・・・」
「上陸前の時期に、お前がいつも以上に優しくする。イリアはそれが不安だったんだって。イリアが逃げ出すんじゃないかってお前に心配されてるようで。なんでそう思わせてるのか全然わからなくて。普通だろ?可愛いだろ?」
お花畑だったんだよ。
イリアがちょっと苦々しげに吐き捨てた内容は、ゼノにきかされたのでなければ、リノが嬉しくなるような、そんな小さな内容だったのだ。
あのまま一緒に出港して、しばらくたてば、幸せに消化できたはずの。
「どうせ、俺はそれすら聞けなかったよ。悪いか」
ゼノはきっと、こんなことを聞き出すのも簡単だったのだ。
「悪くない。でも、その頃のイリアは普通だ。お前が好きだから、小さなことで不安になって。でも今のイリアはその頃に戻りたいと思っていない。・・・イリアがムンドを責めたの、聞いたことあるか?」
「ない」
ムンドはイリアを騙し、リノと引き離し、自分の仇討ちのためにイリアを利用した。イリアはそのために、壮絶な苦痛を味わった。だが、イリアはムンドを責めたことがない。
「なんでだと思う?」
「優しいから」
アミュを想ったムンドをイリアは憎んではいない。それはリノにもわかる。
だが、ゼノはちょっと困ったような顔をする。
「・・まぁ、すごく遡ればそうなんだけどさ。自分が小さなことで幸せに悩んでるあいだに、妹は嬲り殺し。イリアはどう思ったろうな」
「っ、そんなのっ、イリアのせいじゃないだろ!イリアがどんなに悩もうが、他人が変わるわけじゃない!」
「・・・普通ならな。でも、イリアの力は普通じゃない。イリアがもう少し早ければ、助けられたかもしれない。幸せなイリアができないと思い込んでいただけだ」
「そんなことっ、お前に言われる筋合いはない!」
ゼノの胸ぐらに伸びかけたリノの手をゼノは無造作に払い落とす。
「俺じゃない。イリアがやってみたら宰相を倒せちゃって、自分でそれに気づいたから問題なんだ。だからイリアはムンドを責めない。自分で頭のお花畑とやらを忌避してるし、今の自分の方が昔の自分よりはマシだと思っている」
「・・・イリアは変わって、それは、ムンドのせいでも、シュップのせいでもないって言いたいわけか」
「まぁ、そう。イリアが変わったのは、選択肢を駆使できるちょっと壊れたイリアの方が、出来ることをしなかったイリアよりもマシだと思っているからだ。そんなことを思うイリアは嫌か?」
「そういう問題じゃない!」
「イリアにはそういう問題だ。だから、言ってやるな。イリアの体はイリアのものじゃない、みたいなことは。勝手に体使うなんてゆるさないって言われたことを、思いの深さだと思えるような昔のイリアはもう帰ってこない」
イリアは、宰相の捨て駒になった頃、なんの力もなかった。
死ねばおしまい。そういう役割だった。
だから死んだはずの命がリノに拾われても砂の国に帰ろうとは思わず、リノからも捨てられたと思ったとき、はばたくように自由になった。
だが、自由になったイリアの力は尋常ではなかった。力を得たイリアは、特別な選択肢を多く持ったのだ。ソラニンの芽などほんの一端にすぎない。
だが、リノの元に戻るや、ソラニンの芽の扱いひとつ、イリアにはわからなくなった。イリアはリノのものだったから。イリアが手にした成果は、リノのものを害した結果だったから。
「どう思われようとかまわねーよっ!」
「『勝手に動くな』それを思い知らせるためにシュップはイリアに何をした?『俺を見ろ』そのために宰相がポヌに何をした?」
「お前はどうなんだよ!もしマギがどこまでも自分の身を削って選択肢を駆使したら!耐えられるのかよ!限度があるだろ!」
「俺らのキャパに限度があったって、俺らの惚れた女たちには限度がないんだよ。おれなんて、そんなマギに耐えられなくて、ローヌさんに逃げたら、ローヌさんのほうがひどかったんだぞ。大概諦めたね」
「・・・だまって行かせろっていうのか?」
「そう。そんでお前がフォローに付けばいい」
「嫌だ」
はぁ。ゼノがため息をつく。
「わかった。じゃぁ、俺がイリアと代わる」
「はぁ?!花嫁だぞ!」
「どっちがオスかなんて確証ないだろ。ごまかして俺が行くからイリアをフォローにつけろ。あ、でも、イリアが俺を命懸けで助けても、イリアに不満ぶつけたりするなよ」
「・・・無理」
「お前なぁ」
「ゼノが行けるぐらいなら、俺が行く」
「お前じゃ、あいつらの文字も全く読めなきゃ、儀式なれもしてねーだろ!おまけに、生理的にダメ、みたいな行動とってみやがれ、失敗する確率が跳ね上がるんだよ。ついでに失敗したとき考えろっ。戦になったら誰が指揮とんだよ、ばか!」
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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