せんたくする魚

白い靴下の猫

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新しい海域

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移民が落ち着き、元の砂の国もすっかり大人しくなったころ、エラブ艦隊は久しぶりにまた未知の領海を目指して出航することになった。どうしたことかパールもついてくるという。リノが生まれる前はよく船に乗っていたというし、医術にも優れたパールは、どの船でも仕事がある。エラブはえらくご機嫌だった。
だが。鉄と女の島をでてからたった五日。
エラブ艦隊はひどく平らな島の近くで大きな渦に引っ張られ、船体を損傷した。
航行が不能になった船もあり、島に船をつけるしかなかった。
だがその島につけようとすると、さらに次々に渦ができて船体が引きちぎられていく。
島についたのは、ひどく傷ついた半数。リノもイリアも島についた方の船にいた。
数隻は渦に消え、残りは渦の力で島と逆方向に跳ね飛ばされた。島と逆方向に跳ね飛ばされた船の多くも、船体の傷み具合からいって、引き返すことはできなそうだった。
島につけるしかないが、渦の動きが読めない。
パールは沖に足止めされた方の船にいた。
渦の場所や大きさを必死に記録するが、信じられない程ランダムだった。
ただ、うずの継続時間は長くて数十分だ。
軽い艦はあっという間に渦に引きずり込まれる。
一方、重い艦なら、うずの近くではほとんど進めないものの、頑丈な錨を連なって下ろせば、中規模の渦までならなんとか係留した状態でやり過ごせる。
パール達は、軽い艦を重い艦に結索し、尺取虫のように錨をおろしながら、じりじりと島に近づいていった。

第一陣で島に打ちつけられた艦のほうが損傷はひどかった。しかし、島は潤沢な食料や水や木材に恵まれていて、船員たちの心は軽い。
海から少し入った段丘状の開けた更地には果物が木の枝が見えなくなるほどぎゅうぎゅうにできていた。
その周囲には、根っこがまんまるでツルツルとした奇妙な植物が生えている。まんまるな根っこは半透明のクリーム色で、中にはきれいな水がたっぷり。自然の水瓶だった。
イリアはその横で、不思議そうな顔をしていた。
こんなに都合のいいものばっかり揃って生えているものだろうか。
イリアは周囲の砂を少しとってぺろりと舐めた。
思ったとおり。かなりしょっぱい。これでは地下水が真水とは到底思えなかった。
とすると、この水瓶状の根っこ、すごすぎる。
船員たちは大はしゃぎで、根っこを切り出し、果物を運び込んできた。
イリアだけが、運び込まれる物資を前にうなっている。
やがてイリアは、物資についているのたくった跡をみつけた。かなり大きくて単調ではあるが、規則性がある。その気になれば、いくらでもみつかる。
これって、文字、じゃないの?イリアは腕を組んで見入った。
船員が自然のものだと思って集めてきた水入の根っこ、果物の束などに、明らかに自然にできるとは思えない跡が刻んであった。
この跡、というか文字はかなり昔に見た記憶がある。
母に連れられて宰相から逃げていたとき、渓谷の泥の中から出てきた粘土板に刻んであった。
山民という呼び名は、雑多な部族を総括して指しているだけだから、別部族同士では言葉や習慣が違うなど日常茶飯事だ。お互いの言語体系が簡単な対訳みたいなものを作ることもある。
あの粘土板も、対訳だったのだろう。
イリアがわかる少しの言葉と、こんな感じの、のたくったような釘跡状の字が並んでいた。
母に見せると、『うーん、大昔の言葉じゃないかなぁ。こんな字使ってる部族ないもの』と言い、取り敢えず、イリアが拾ったのは、結婚式のお祝いの手紙みたいだと教えてくれた。
なんとなくおめでたい感じで長いことお守りにしていた。宰相に言われて戦に出るときにおいてきたけれど。
パールに聞けばもう少しわかるかもしれない。
ゼノはどうだろう。
山側の人間と言っていたし、あの知識の傾向は結構基礎があると思うのだが。
イリアはそこまで考えると、リノの部屋に向かっていた足をくるっと反対に投げ出して、ゼノの部屋に向かった。
「うっわ。なつかし。子供の頃流行った。いろんな山民の対訳本に出てくるのに、どこの部族も使ってない文字だっていうんでミステリー心くすぐられて。・・・で、これがどうした?」
「集めてきた食料や水のあちこちに刻んである。ほとんど読めないけど」
ゼノは、飲み込みが早かった。
「・・・先住民族がいるのに、俺らが荒らしちゃったってことか?」
「わからない。居住跡とかはみあたらなかったんだけど。こんなに都合のいいもんばっかり並んでる植生なんておかしいでしょ。普通に考えたら農園だわ」
「まぁ、同意だなぁ。取り敢えず、この文字で謝る手紙ぐらい作って、民族がいる前提で、探して見るか?」
「うん」
手紙といっても、二人で一晩かけて書けたのは「ごめん。私。無知。」の三ワードだけだった。

イリアとゼノの進言で、翌日は食料の調達ではなく、潜んで先住民族がいないか見回ることになった。
半信半疑というか一信九疑で見回りに出た船員たちは、驚愕と吐き気と恐怖に打ちのめされることになる。
洞穴から出てきた、数百匹の、なんかつるんとした巨大な生物が整然と働いているではないか。
昨日彼らが食料を採集した場所は、イリアの見立てどおり農園だった。
まるい根っこは灌漑用水のようだ。鋭い槍のようなもので水入の根っこを突くと、農園の植物にピューっと飛び、しばらくすると透明な樹液で突いた跡はふさがってしまう。
船員が根っこを切り出してしまったせいだろう、洞窟からコルクで栓をした水入りの根っこをゴロンゴロンところがしてきて、水の量を増やす。
最悪でも人間の別部族だと思っていた船員は、本能的に攻撃態勢になる。
だが、その中で、イリアの感慨だけがまったく違った。
あ、この顔知ってる。とても懐かしい気分で、幸せに観察した。
両生類、かなぁ。
イグアナとサンショウウオを足して、背中に硬い殻を背負った感じだ。
直立は不可能ではないかもしれないが、基本四足。尻尾が長く持ち上がる角度も広範囲。先が四つ股に分かれた尻尾は、サソリの尻尾のように高い角度まで上がる。
声帯の分化はかなり進んでいて、声での意思疎通は多いようだ。
器用なのは長い舌と長い尻尾。
舌で文字を書くし、尻尾で道具を使う。
視界が広いので、背中の殻に乗せたものも見えるようだ。
その姿は、イリアには、懐かしくて安心できるものだった。
昔母から聞いたおとぎ話に出てくるペドロという生き物に似ている。
大きさの縮尺は違うけれど、坑道の壁画にもたくさん書いてあった。おとぎ話の中では、彼らは知恵があっていつも優しくて、困ったときには助けてくれるのだ。
まぁ、こんなに大きくはなかったけれども。
イリアは手紙を持って出て行きたがったけれども、リノに強烈にとめられて、手紙を農園の植物にぶら下げるだけで引き上げた。
残念ながら、リノを始め海民の大勢は、本能的にペドロを気持ち悪がった。
目が、皮膚が、大きさが、耐えられないのだという。
殲滅を口走る輩が多く出る。
そんな馬鹿な。相手は人間が彼らの財産を荒らしたのを知っていながら攻撃してくる気配すらないのに。
ゼノがイリアの味方についてくれなかったら、あっという間に討伐隊が出ていただろう。
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