せんたくする魚

白い靴下の猫

文字の大きさ
上 下
6 / 26

海神系アミュのお誘い

しおりを挟む
その更に一年後、海民と砂民は開戦の予感にピリピリしていた。
砂民の国内が大混乱をしていたため、そこへつけ込んで、海民が鉄を強奪しようと考えたのが原因だ。エラブ以外の海民は鉄を持たず、しかも二年という長期にわたってエラブ艦隊は遠征に出かけて戻らない状況下での砂の国の大混乱。
この大混乱は、海民にとってはチャンスであると同時に不思議な現象だった。
従来の砂の国は、宰相を頂点とする鉄壁のヒエラルキーのもと、軍の統制は抜群だった。
だが、ここ1~2年でそれがガタガタになっていた。軍の指揮系統が異常に分断されているのだ。海民と小競り合い程度に刃を交える時でさえ、砂民の軍は動きが悪く、砂民同士がにらみ合ったり同士討ちに陥ったりする有様だ。
海岸のいくつかには、まともに動ける兵が配置されていないポイントすらある。
世代交代か、お家騒動か。
だが、民の暮らし向きは良くなったらしく、砂民のサメの入江へのダイブは急激に減った。いかにもアンバランスだった。
市場には出入りする海民にも、そこそこの情報は入ってくる。砂国宰相とその直下に位置するはずの軍総司令の確執が原因だそうだ。
だが、なぜそれがいつまでも続くのかがわからない。
ガツンとぶつかって、どちらかが叩き伏せられて終で良さそうなものだった。これまでは宰相が必ずそうして勝ってきた。
同じ頃から急激に砂民の支持を集め始めた、海神の使いと呼ばれる女、アミュが問題なのかもしれない。
この女が何者なのか、どちらについているのかなどは全くわからない。
海民が、こんなにも長く本格的な戦を挑まなかったのは、海民の象徴的な存在であるエラブ艦隊が未知の海域に入り、他の海民との連絡が取れなくなったからだ。
もちろんエラブ艦隊は生存している。たまに海民の艦長達にあてた連絡が届くことはある。だが、他の海民側からの連絡を届ける術はなかった。
エラブは、強大な戦力を持つ一方で、今回の戦いの元である鉄を必要としない。
エラブの意向は聞きたいが、現状ではエラブの鉄は海民にいきわたるほどの量ではない。
海民たちは、情報を集めながらジリジリと待っていた。
だが、もうエラブが消えて二年だ。これ以上は待てない。
海民は、海岸に布陣した。当然、当初の布陣にエラブ艦隊の姿はない。
すでに沿岸での小競り合いは始まって、港にははいれなくなった。戦争状態だ。
エラブ以外の海民の基地は貧弱だ。物資の量から考えれば、海民は短期決戦を挑むべきだった。それでも海民が攻めあぐねているのは、たまにアミュという女が前線に出てくると、急激に分断されていたはずの軍が統一されたまともな動きをするからだ。海神の使いを名乗るなら海民の都合を考えやがれと毒つきながらも、アミュの情報収集に追われる。
砂国の軍は機能不全ではあるが、機能がいつ回復するかわからない。これは海民にとって、ひどく作戦が立てにくいものだった。
そんな状態で、開戦はしたものの小競り合いばかりという煮え切らない状況だった。

だが、沿岸と海岸は、ひと月ほどすると大騒ぎになる。
ふらりとしか言いようがない手ごたえのなさで、あっさりとエラブ艦隊が帰ってきたのだ。
外見上、艦の数は減ってはいないようだった。
せっかく土産も持ってきたのになんだ戦中かよと言わんばかりに、遠巻きに布陣に加わる。
積極的に戦に参加するのかどうかがわからない陣取りだった。帰還したばかりで、どれほど物資に余裕があるのかもわからない。
今頃、艦長たちが随分と情報交換と意思疎通に苦労しているだろうと思えるその瞬間、砂民から、最大級の攻撃があった。
信じられない。これまで、砂民の軍は海岸からの大砲の届く範囲から出なかったし、その射程距離は限られたものだった。
海民は、十分に射程距離から離れて布陣していたし、射程距離内には、たとえ 人魚が誘っても入るなと厳命している。
だが奴らは、小舟に大砲を積んで近づいてきたらしいのだ。
信じられない。
大砲は鉄だ。小舟で大砲が運べるはずがない。沈むはずだ。
だが、至近距離で爆発音がして、あっという間に舵や帆や武器がずたずたにされていく。砲撃はなぜだか斜め上に向かい過ぎていて、人的な損耗はほとんど出ていない。
たが、今後の戦略が著しく制限されることは明らかだった。船の素早い移動を阻止し、攻撃力を奪う。戦端を開く意欲ごと戦力が著しく削がれていくが止めようがない。
微妙に距離が遠く暗闇に紛れた小さい的に、海民の攻撃は有効ではなかった。砲撃は、敵の兵が密集していなければ無駄が多い。矢で射るには遠い。それでも何人かは射落としたのに、なぜかサメに食われる風もなく、仲間の小舟が拾っていく。
指揮系統の分断など全く感じさせない、見事な連携だった。
アミュが出たのだと、すぐにわかる。
砂民が新たな武器を持ったことも、アミュさえいれば軍が機能してしまうことも明白だった。
そしてさらなる問題が加わる。
砂民は、エラブを目の敵にしていたはずだ。
鉄でねじ伏せることもできず、船でも果物を収穫する異分子に、何度も暗殺を企ててさえいた。
だが、今回海民を震撼させるような攻撃で、エラブの周りには一切の攻撃が行われなかった。
明確な意思表示と見るしかない。アミュは、エラブに価値を見出しているのだ。



「露骨な避け方だな。イリアか?」
エラブが可能性の一つとして聞いた質問に、リノは確信で答えた。
「イリアだよ。今の攻撃、木砲だ。木で作る大砲。鉄じゃねーから軽くて当たり前。舟に積まなくても木砲だけで浮く。二、三発しかもたないし、今回は弾もサンゴ石とか貝殻の安もんだけどな。ただ、あのやり方だと火薬の方水に強くしなきゃなんねーし、反動の調節が大変なんだ。だから、できるのあいつだけ」
全く。イリアとリノが戦うのは、砂民にとっても海民にとっても避けるべきだろうな、とエラブは思う。
「お前を捨てても、それなりの情は残ったと見える」
エラブがからかうようにリノに言った。
「うるせーよ。簡単に使える薬は全部説明するから、適当に勝っといてくれ。・・・見てくる」
何をとは言わなくても、リノがイリアに会いにいくつもりなのがわかる。
「捨てられ、盗られ、敵対されて。それでも戻るなり砂の国の奥まで見に行くのか」
あきれた奴だと全身で表現するエラブに、リノは目もくれない。
「悪いか」
むしろ舵を強奪してでもすぐに引き返さなかったことを奇跡と思え、とリノは自分の忍耐を絶賛する。
「さてな。年寄りにはわからん」
「しばらく戻らないけど、心配するな。じゃ、行ってくる」
鮫を避け、敵の布陣を避け、宰相の懐までの道のりを、まるで散歩に行くように「行ってくる」か。エラブは苦笑するしかない。大したものだ、俺とパールの息子は。
エラブはその実、イリアがリノよりもムンドを男として選び、ともに船を降りたとは思っていない。
ただ、イリアにはやりたいことができたのだろうと。そう思う。
あの娘も普通ではなかった。
リノは、イリアがほかの男に組み伏せられることを心配して、随分熱心に剣を教えていた。だが、細身で軽い剣を持つようになった途端、リノのほうが上達せざるを得なくなるほど、あっという間にイリアは強くなった。
頭も知識もすごかった。半年もしないあいだに、リノと新しい薬の話ができるようになり、リノの鉄を再生させ、二人で、なんだかんだと新しい発明をしては喜んでいた。同じ瞳の色と輝きをして。
あんな二人をみてイリアに手を出せる男などそうそういない。
それがわからないのは、十六になって、えらく娘として綺麗になったイリアに目がくらみ、焦ってからまわっていた十四のガキ、当のリノぐらいだ。
だが、その分、イリアが自分の力を冷静に見つめるようになれば、色恋沙汰以外で自分の使命を見つけても驚かない。
例えば、砂国を転覆させるような。
二年前の砂国の圧政は、ひどいものだったらしい。
海民の奴隷になれば生き延びられると信じて、サメの入江に入って行く砂民が大量にでた。そして、奇跡的に生きて海民に拾われる者もまたいた。
イリアも何か拾ったのだろう。
自分の力のすべてをたたきつけたくなる何かを。
それがエラブのおおまかな予想だった。
そして、エラブが帰ってくるなり行われた、露骨にエラブを避けたデモンストレーション感満載の攻撃。
イリアはエラブ艦隊に用があるのだ。
ほうっておいてもいずれコンタクトがあるだろうに。リノはそれを待つ気はさらさらないようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」 現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった   雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身 「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」 私の目の前に現れた彼の突然の申し出   冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身 突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが 彼の独占欲はエスカレートしていく 冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・ 雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。 そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。 だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。 愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。  

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました

宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー 私の何がダメだったの? ずぶ濡れシリーズ第二弾です。 ※ 最後まで書き終えてます。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...