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最終章 旅立ち
5 綾なす思い
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クレメント家に到着した日の深夜。
ルイーズは、机に向かい一人で淑女教育の教材を作っていた。女学院に入学するまで教えは受けていたが、誰かに教えることなど初めてのこと。ルイーズは、自らが受けていた教育を思い出しノートに書いては消しを繰り返しながら内容をまとめていた。一週間分のスケジュールと授業内容を書き終えると、ノートを机に置きその日は就寝したようだ。
翌日の早朝にメアリーを見つけると、作成したノートを渡して都合が良いときに確認してほしいことを伝えた。それからというもの週に一度はお願いにくるルイーズに、メアリーもまた、内容の提案と実習の練習に付き合うという日々が三か月間続いた。
そんなある日、ルイーズが使用人の休憩室で遅い夕食を摂っていると、そこにメアリーがやってきた。
「お疲れ様です。ご一緒しても良いですか?」
「メアリーさん、お疲れ様です。どうぞ、こちらに座ってください」
「ありがとう。ルイーズさんがこちらに来てから三か月が過ぎたけど、ここの暮らしにはすっかり馴染んでいますね」
「環境が良いからでしょうか。仕事も楽しいです」
「良かったです。それが一番ですよ……あ!そうだわ。乳母のナタリーさんがそろそろ復帰できるそうです。そうなれば、淑女教育のほうにもう少し時間を割けるかもしれませんね」
「復帰を……、それではナタリーさんの体調が万全の状態になったら、淑女教育の時間を少し増やしていただきたいです」
ルイーズの言葉を受け、メアリーは納得するかのような笑みで頷いた。
「明日も朝から夜までですよね。何かあったら声を掛けてくださいね」
「ありがとうございます。実習のときは、一度見に来ていただけると助かります」
「分かりました。その時は遠慮なくおっしゃってくださいね。それでは私はお先に失礼しますね」
メアリーは、勤務時間の長いルイーズの体調を心配して声を掛けにきたようだ。
ルイーズは、一人になると手元に置いてあった本の中から栞を取り出した。そこにはリオンからもらった薄紅色の花が添えられている。しばらくの間、その花をずっと眺めていた。
翌日、リリーは授業の終了後にルイーズを遊びに誘っていた。
「ルーちゃん、あ……、失礼いたしました。ルイーズ先生、次のお休みですが、何かご予定はございますか? よろしければご一緒にお出かけいたしませんか? お父様とお姉さまの許可はいただいております」
「予定はございません。私でよろしければ、ぜひご一緒させていただきたいと思います」
ルイーズは、丁寧に話そうとするリリーを微笑ましく思いながら返事を返した。
♦
クレメント辺境伯爵家が治める辺境の領地には、広範な領地を守るために複数の砦が築かれている。今回の遠征では、その中でも最大規模の砦に常駐する騎士たちとの交代が目的のため、遠征期間が長期に及んだようだ。
前回の遠征では、騎士団を率いた団長の辺境伯が砦にいる騎士団に合流した。その時は、短期間ではあったが屋敷を留守にしている間にリリーを危機的な状況に追い込んだ。辺境伯は、その時の自分が許せないからと、今回はリオンに任せたようだ。
その頃リオンは、遠征を共にする仲間たちと夕食を摂っていた。
「皆、長い間ご苦労だったな。帰還したらまとまった休暇が取れる。どうかゆっくり休んでほしい」
リオンの発言に安堵の顔を見せる騎士たちは、和やかな雰囲気の中で食事をはじめた。
「そういえば、副団長、聞きました? 2~3ヶ月前に、新しい侍女が来たらしいんですけど、物凄く可愛い子らしいですよ。残留組の奴らが騒いでるって手紙に……、エッ? 副団長?」
食事を口に運びながら気軽な調子でリオンに声をかけた騎士団員は、目の前で固まる上司に驚きの表情を浮かべている。
「2~3ヶ月前……、侍…女? ものすごく可愛い……。ルイーズ?」
「おい、お前! 余計なことを言うな!」
「余計な……、こと? シオン、お前は何か知っているのか?」
「……知らないよ」
シオンがリオンから顔を背けたとき、外出していたブライスが戻って来た。
「おい、リオン! 伝令が来てるぞ!」
「伝令? 何があった!!」
リオンはブライスから手紙を奪い取ると、急いで中身を確認した。手紙に視線を落としたままのリオンから指示を待つ騎士団員達。そんな張り詰めた空気の中、リオンが皆に向けて言葉を放った。
「……皆! 聞いてくれ! 明朝には出発する! 屋敷に戻るから準備を急いでくれ!!」
ルイーズは、机に向かい一人で淑女教育の教材を作っていた。女学院に入学するまで教えは受けていたが、誰かに教えることなど初めてのこと。ルイーズは、自らが受けていた教育を思い出しノートに書いては消しを繰り返しながら内容をまとめていた。一週間分のスケジュールと授業内容を書き終えると、ノートを机に置きその日は就寝したようだ。
翌日の早朝にメアリーを見つけると、作成したノートを渡して都合が良いときに確認してほしいことを伝えた。それからというもの週に一度はお願いにくるルイーズに、メアリーもまた、内容の提案と実習の練習に付き合うという日々が三か月間続いた。
そんなある日、ルイーズが使用人の休憩室で遅い夕食を摂っていると、そこにメアリーがやってきた。
「お疲れ様です。ご一緒しても良いですか?」
「メアリーさん、お疲れ様です。どうぞ、こちらに座ってください」
「ありがとう。ルイーズさんがこちらに来てから三か月が過ぎたけど、ここの暮らしにはすっかり馴染んでいますね」
「環境が良いからでしょうか。仕事も楽しいです」
「良かったです。それが一番ですよ……あ!そうだわ。乳母のナタリーさんがそろそろ復帰できるそうです。そうなれば、淑女教育のほうにもう少し時間を割けるかもしれませんね」
「復帰を……、それではナタリーさんの体調が万全の状態になったら、淑女教育の時間を少し増やしていただきたいです」
ルイーズの言葉を受け、メアリーは納得するかのような笑みで頷いた。
「明日も朝から夜までですよね。何かあったら声を掛けてくださいね」
「ありがとうございます。実習のときは、一度見に来ていただけると助かります」
「分かりました。その時は遠慮なくおっしゃってくださいね。それでは私はお先に失礼しますね」
メアリーは、勤務時間の長いルイーズの体調を心配して声を掛けにきたようだ。
ルイーズは、一人になると手元に置いてあった本の中から栞を取り出した。そこにはリオンからもらった薄紅色の花が添えられている。しばらくの間、その花をずっと眺めていた。
翌日、リリーは授業の終了後にルイーズを遊びに誘っていた。
「ルーちゃん、あ……、失礼いたしました。ルイーズ先生、次のお休みですが、何かご予定はございますか? よろしければご一緒にお出かけいたしませんか? お父様とお姉さまの許可はいただいております」
「予定はございません。私でよろしければ、ぜひご一緒させていただきたいと思います」
ルイーズは、丁寧に話そうとするリリーを微笑ましく思いながら返事を返した。
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クレメント辺境伯爵家が治める辺境の領地には、広範な領地を守るために複数の砦が築かれている。今回の遠征では、その中でも最大規模の砦に常駐する騎士たちとの交代が目的のため、遠征期間が長期に及んだようだ。
前回の遠征では、騎士団を率いた団長の辺境伯が砦にいる騎士団に合流した。その時は、短期間ではあったが屋敷を留守にしている間にリリーを危機的な状況に追い込んだ。辺境伯は、その時の自分が許せないからと、今回はリオンに任せたようだ。
その頃リオンは、遠征を共にする仲間たちと夕食を摂っていた。
「皆、長い間ご苦労だったな。帰還したらまとまった休暇が取れる。どうかゆっくり休んでほしい」
リオンの発言に安堵の顔を見せる騎士たちは、和やかな雰囲気の中で食事をはじめた。
「そういえば、副団長、聞きました? 2~3ヶ月前に、新しい侍女が来たらしいんですけど、物凄く可愛い子らしいですよ。残留組の奴らが騒いでるって手紙に……、エッ? 副団長?」
食事を口に運びながら気軽な調子でリオンに声をかけた騎士団員は、目の前で固まる上司に驚きの表情を浮かべている。
「2~3ヶ月前……、侍…女? ものすごく可愛い……。ルイーズ?」
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リオンはブライスから手紙を奪い取ると、急いで中身を確認した。手紙に視線を落としたままのリオンから指示を待つ騎士団員達。そんな張り詰めた空気の中、リオンが皆に向けて言葉を放った。
「……皆! 聞いてくれ! 明朝には出発する! 屋敷に戻るから準備を急いでくれ!!」
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