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第6章 問題解決に向けて
6 花畑の記憶 ②
しおりを挟む「ありがとう」
こんなやり取りも自然に思えるくらい、リオンに心を許している自分に気づいたルイーズ。自分の胸の奥に眠っているであろう気持ちを言葉にできず、もどかしさを感じているようだ。
「私は……、こちらに来てから、懐かしさや安心感を覚えることが多くて……少し、戸惑っています。リオンさんに看病してもらったときも、リオンさんが近くにいることに何故だかすごくホッとして……。覚えていないのに……、一緒にいたいって思ったんです」
勇気を振り絞って伝えたのであろうルイーズは、顔を赤く染めながら俯いてしまった。そんなルイーズの話を聞いていたリオンは、最後の言葉に驚いたのか固まっているようだ。
「女学院を卒業したら、辺境に来ないか?」
ルイーズの気持ちを聞いたリオンは、ここぞとばかりに唐突に切り出した。しかし、そんな言葉を聞いて、今度はルイーズが固まってしまったようだ。
しばらくの沈黙が続いたが、ようやく話せるぐらいには、落ち着いたのかルイーズが自分の思いを語り始めた。
「リオンさん、ごめんなさい。私は、侍女になるために、淑女科から侍女科へ移ったんです。何もなかった私が、初めて挑戦してみたいと思って、両親に我儘も言いました。これで、その思いを叶えなかったら、必ず後悔すると思うんです」
やんわりと断られたリオンは、俯きながら何やら考えている様子だが、顔を上げるとおもむろに口を開いた。
「それなら、先ずは婚約をして、卒業後はこのクレメント家で、俺の専属侍女になってくれないか」
「婚約……? 専属侍女……?」
「婚約中は俺の専属侍女になってほしい」
唐突な提案に驚くルイーズだが、熱心に話すリアムに対して断り切れないようだ。卒業後は、侍女としての人生を歩む決心をしていたルイーズにとって、侍女の話は有難い話のはずだが、〈侍女〉以外の言葉が気になって、どう返事をしてよいものか迷っているのだろう。
「考える時間を……いただけますか?」
「もちろんだ。前向きに考えてもらえると嬉しい……長い時間、話し込んでしまって申し訳なかった。そろそろ戻ろう」
馬に乗り帰路に着く二人は、来る時とは違い硬い表情だ。意気込みを感じさせるリオンと、何やら考え込んでいるルイーズ。対照的な表情の二人だが、どちらも真剣な様子であることはうかがえる。
屋敷に着くと、クレメント家の執事であるロバートが玄関前で二人を出迎えた。リオンとルイーズが下馬すると、ロバートは二人に近づいた。
「ロバート……もう、起き上がって大丈夫なのか?」
「リオン坊ちゃま、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は大丈夫でございます。今は意識もはっきりとしております」
安心した表情になるリオンと頷き返すロバート。そんなロバートは、ルイーズの方へ向き直ると挨拶をした。
「ルイーズ・ブラン子爵令嬢様でいらっしゃいますね。お会いしたのは、貴女様が幼い頃でしたので覚えてはいらっしゃらないかと存じますが、執事のロバートです。
お恥ずかしい話ですが、お迎えの際は、どうにか立っている状態で、ご挨拶もままならずに大変失礼いたしました。それから……この度は、私のためにお見舞いに来てくださったと、クロードから聞き及んでおります。横になっており気づかずに、大変失礼いたしました。」
ルイーズに頭を下げるロバート。その姿を見ているリオンは、苦笑いしながらも嬉しそうだ。
「どうかお気になさらないでください。もう体調は良いのですか?」
「はい。この通り、回復いたしましたので、どうかお気に留められませんよう」
「それは良かったです。でも、無理はなさらないでくださいね」
「はい。本日は、リオン坊ちゃまにお付き合い頂きましてありがとうございます。今後とも、どうかよしなにお願いいたします」
ほほ笑みながら、二人を見るロバートは嬉しそうだ。
その後、部屋までルイーズを送るリオンは、朝食に誘うが断られたようだ。部屋に着くと、リオンにお礼を告げて、ドアの前で別れた。
「姉上、お帰りなさい。楽しかったですか?」
「ただいま、リアム。お花畑に連れて行ってもらったの。とても綺麗だったわ……それよりも、朝食はいただいたの?」
「はい。エマさん、エリーさんのお部屋で、一緒に食べました」
「そう、それなら良かったわ。リアム……、私…少し部屋で休むわね」
リアムに休憩することを告げると、ルイーズは寝室のドアを開けて中へと入っていった。しかし、一人になった途端に脱力したのか、目の前にあるベッドへと倒れこんだ。しばらく身動きもせずにそのままの状態が続いたが、すっと起き上がりクローゼットに歩いていく。
「ここへ来てから、開いていなかったわね」
クローゼットに置いてある荷物の中から、日記帳とLノートを取り出した。ルイーズは、その二冊を胸に抱えると、部屋の隅にある机に向かった。椅子を引き着席すると、日記帳を開いて、ここへ到着した日からの出来事を思い出しながら書き連ねる。次は、Lノートに自身の思いの丈を書き綴っていくようだ。机に向かい、何かをノートへ書き込んでいくルイーズは、無心にひたすら羽ペンを動かしていく。
「騎士団の練習場で、女性に腕を組まれても、拒まない姿は…嫌だったわ。でも、女性に慣れるための練習だったと、キースさんが言っていたわね。こんな気持ちになるのは……、気になるから?…好きだから…よね。
それから……今日は馬に乗ることができて嬉しかった。花畑も素敵だった。思い出せないのは残念だったけど……。思いを伝えてくれたことも、婚約の話も……、突然だったけど…すごく嬉しかった。
でも、リオンさんの専属侍女……。本気なのかしら?侍女の仕事は、きっと大変だけど、楽しいし、やりがいがあるわ……それに、学んだからには生かしたい…………でも、リオンさんの専属侍女は…違うと思う……それに今は、やるべきことが他にもあるわ」
本人は無意識だが、書いた内容を小声で呟いている。今日はそれほどまでに、心に負荷がかかっていたのだろうか、それとも蓄積していた感情が溢れ出たのだろうか。
今のルイーズにとって、自身の感情に向き合い、気持ちの整理をする時間が必要なほど、リオンの存在と侍女の仕事はどちらも大切なものなのだろう。分けて考える必要もないと思うが、どちらとも真剣に向き合うところはルイーズらしいのではないだろうか。
夢中で自分と対話をしているルイーズは、心配そうな表情のリアムが、時折ドアから顔を出して様子を伺っていることにも気づかないようだ。
それからしばらくの間、ルイーズは思考の整理に励んでいた。
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